愛姫伝

数あるブログの中からお越しいただきましてありがとうございます。 不思議な数々の出会いから、今は、愛媛の神社めぐりをしながら、神社や女神様そして、神話の神々の伝説を調べています。

伝説の淵と城の跡 三滝渓谷  「三滝神社」 

こんばんは。
今週はいろいろありまして、なかなか更新ができませんでした。

もう 6月ですね。
一日の時間が昔より、短くなっているという話をどこかで聞きましたが、本当に今年に入ってから
更にスピードアップしたように思います。

先週末は、雨で、どこにもいけませんでしたので、今週末はまた、どこかへ行ってこようと思っています。
梅雨の晴れ間は、有効に使いたいですね。

今日のご紹介する場所は、前回の続き、城川町の 渓谷の中に鎮座する 三滝神社です。
この渓谷は、城川町随一の景勝地といわれる、三滝渓谷と言います。

標高641.9mの三滝山は、八十八滝、九十九渕といわれるほど、多くの滝があります。
私は、今回は車で神社近くまで行ったので、こんなに沢山の滝や渕を見ることはできませんでしたが、それでも、この中で、とても珍しい 二見滝におりました。

遊歩道入り口の駐車場を過ぎると、そこは、鎮守の森。 
新緑がとても美しい木々の中を、とおり、山の上へと登っていきます。

すると、左から水の音が、そこには、二つの滝 「二見滝」 がありました。
e0165472_22275087.jpg


二見滝は、二つの異なった谷から落下する滝で、全国でも稀なことだといいます。 

中野川から落ちる右の滝壷がナベ淵
e0165472_22301984.jpg


窪川から落ちる左のトックリ淵といいます。
e0165472_22311830.jpg


決して大きな滝ではありませんが、違う源流から落ちる二つの滝が、
こうして同じ場所で出会う。 なんだか、人と人の出会いのようですね。

そして、左から落ちる滝の上に、もう一つの滝があります。
その淵のことを、ヨゼン淵、カンス淵と言います。
e0165472_22354825.jpg

e0165472_223625.jpg


この上の滝が、気になるな。。と思って後で調べてみると、伝説が残っていました。
カンス淵の方は、「豊親様」 と言われる、三滝に古くから伝わる、豊親大権現さまが、水に入り行をされた場所と言われています。
また、ヨゼン淵は、水煙かすむところにひずめのような小洞があり、
石を投げ入れるとよい嫁さんを迎えられるという伝説があるそうです。

独身の殿方は、行かれるといいかもしれませんね^^
また、ヨゼン淵は石鎚山の登山者が身を清めていく処だといわれているそうです。

神社へ参拝へ行く前に、ここで、身を清めてから、行くとよいかもしれませんね。
上の滝は、水が流れるところまでおりていくことができます。
透き通った、冷たい水が、そして、滝から降り注ぐ水しぶきが、心も体も清めてくれそうです。

e0165472_22455978.jpg


滝で身を清めたら、いよいよ神社へ。
神社は、少しわかりにくい場所にあります。 目印の看板は、三滝城。

三滝城の看板に向かって右に曲がり、大きなイチョウのある場所へ。
神社へとあがる 参道の階段の入り口に、大きなイチョウの木があります。
ここは、三滝城、旧二の丸のあと。
推定樹齢350年の、大イチョウは、
高さ約40m、根周り約8.6m、目通り約7.4m、枝張り半径約15m、地上8mにて二大幹となっています。

この木にも、伝説があり、
天正11年正月13日、
城主紀親安は城に火を放ち、この大銀杏の下で辞世の歌を詠み、自害したと伝えられます。

この場所で、一つの歴史に幕が閉じられたのですね。
e0165472_22543914.jpg

今は、そんな悲劇が起こった場所とは、思えないほど、神聖な空気と、エネルギーに満ち溢れています。
深い森の中に、一人、力強く、立つ、大イチョウ。 勇気がわいてきそうです。
e0165472_2257061.jpg


木は、やっぱり凄いな。 ここで、じっと、動くことなく生き続け、大くの生命の源となっている。
何を望むわけでもなく、ただ与える続ける。 
私たちが、この木に、この森に、この地球にできることはなんなのだろう。 そんなことを、ふと思いました。

e0165472_2312230.jpg


さあ、神社へと思ったら、鳥居の横に、社が。。

ここは、三滝城主紀親安の廟。 親安の霊を祭る社でした。
e0165472_2382217.jpg


中には、三島の神紋が、
e0165472_2392594.jpg


碑文正面中央が親安公の林庭院殿日諦正春大居士。
その左槙秀山花大姉は奥方の菊の方、
その右月峯正詠上座は長男正親を合祀したものといわれています。
e0165472_23113981.jpg


参拝前に、ご挨拶をさせていただき、いよいよ神社へと向かいました。

誰もいない、深い森の中に鎮座する、三滝神社。
鳥居の向こうに見える、石積みの階段を、上へ上へと上って行きます。
e0165472_23135065.jpg


下からは、どこまで上がっていくのか、わからないほど、高いです。
e0165472_23151223.jpg


神社へ行き始めた頃は、少しの階段でも、ふうふう行っていましたが、最近は、こんな階段でも、上に神様がいらっしゃると思うと、早く行きたい。そんな気持ちの方が、強く、階段も、いやな気持ちがなくなりました。
そして、山の中へと入れる喜びが、日に日に強くなってきます。

鳥居が見えてきました。
e0165472_23182180.jpg


鳥居をくぐると、そこは、今までの景色とは全く違う、開けた土地が広がっていました。
こんな山の中に、こんな場所があるなんて。。。。

昔は、ここも、沢山の人が行き交っていたのでしょうね。
e0165472_23211793.jpg


入り口にあった、古い折れてしまった、大きな木が何かを物語っているようでした。
e0165472_23225388.jpg


そして、つきました。 三瀧神社へ。

*三瀧神社
*西予市城川町窪野2816
三滝神社は、明治45年2月に豊親様に窪田全部の神様のお集まりを願うことになって建立された神社です。
三つの村の神社が、集まってできた神社なのです。

・三嶋神社(大山祇神、大雷神、高おかみ神)・・・・・河内、男地、板取川(中三組)「中の宮」河内と男地の境に鎮座
・豊親神社(安閑天皇・親安公)・・・・・・寺野、長崎、大芽、桂、中野川、窪川(せば谷)
・的山神社(日本武尊(俗称馬足様))・・・・下里、川後岩、串屋(下三組)下里の二本木の上手に鎮座

ですから、今でも、三滝神社の神輿は的山、三嶋の三体あり紋どころも異なっているということです。

この中の、「豊親様」 といわれる神様は、先ほどの滝のところでもお話しましたが、水の女神だったのではと思います。 古代から、この地方に伝わる、水の女神だったのかもしれません。

そして、三社を合祀した後、更に、三十一社をも合祀し、三瀧神社と改称されたといいます。
・客神社(菊桐姫命)
・黒森神社(菊桐姫命)・森神社(大己貴命)・八坂神社(素戔鳴命)
・天王神社(素戔鳴命)・穴神社(大己貴命)・敷地神社(大地主神)
・愛宕神社(火産霊命)・八幡神社(誉田別命)・天神社(菅原道真公)
・天満神社(菅原道真公)・稲倉神社(稲倉魂命)・白王神社(木花開耶姫命)
・神明神社(天照大神)・大宝神社(年代相知命)・荒神社(奥津彦命、奥津姫命)
・貴船神社(底筒男命)・金比羅神社(大物主命)・辰神社(健磐龍命)
・山神社(大山祇神)・、宗忠大神・蛭子神社(事代主命)

e0165472_2333336.jpg

e0165472_2335305.jpg

e0165472_23354910.jpg

e0165472_23372098.jpg


ここに、瀬織津姫さまのお名前を見ることは、できませんでしたが、
私には、姫さまがいるような気がしました。

ここに導いていただいたことに、感謝をしながら、次の場所へと向かいました。

姫さま、そして、神々さま、こんな素敵な場所へ来させていただいて、本当に、心から感謝します。
ありがとうございました。 (合掌)
e0165472_2341460.jpg






神々の伝説を伝えるために、そして、
その中から自らの生き方を見つけるために、
ブログランキングに参加しています。

幸せの輪を一緒に広げませんか。幸せの入り口(バナー)をポチっとお願いします。


にほんブログ村 哲学・思想ブログ スピリチュアル・精神世界へ
にほんブログ村


ブログで紹介した場所を、地図でご案内しています。。
お越しの際には是非ご参考にされてください。

愛姫伝神社・お寺・観光マップ
トラックバックURL : http://makild.exblog.jp/tb/14887117
トラックバックする(会員専用) [ヘルプ]
Commented by show at 2014-09-21 14:05 x
はじめまして、三滝神社を検索しておりましたら貴女様のブログを見つけました。この神社にまつわる話の中で、豊親様が出て来ます。私は幼少の頃より先祖は豊親神社と言う所に祀られていると父からしゅっちゅう聞かされておりましたが、関西出身の私には果して何処にあるのやらさっぱり分かりませんでした。
父は現、愛南町御荘と言う所の出身です。
1583年、紀親安(豊親様)は長宗我部氏に攻められ紀氏である北ノ川氏は滅ぼされます。
が、親安には三人の子がおりこの三人は上手く逃れ、後に種々様々な生き方をし、その内の一人が私の祖先だそうです。本当の話かどうかは分かりませんが、今までずっと心に引っかかっていた物がやっと晴れました。日本史上には先ず出て来ませんが、戦国時代の話は父が言ってる通りです。ですが大変多くの写真を掲載されてるのを拝見させて頂き、私もぜひ訪問してみようと思いました。大イチョウの木に純粋に手を合わせたいと思います。ブログに掲載して頂き本当に有難うございました。


by ldc_nikki | 2011-06-02 23:41 | 愛媛県西予市城川町 | Trackback | Comments(1)
カレンダー
S M T W T F S
1 2 3 4 5 6 7
8 9 10 11 12 13 14
15 16 17 18 19 20 21
22 23 24 25 26 27 28
29 30 31