愛姫伝

数あるブログの中からお越しいただきましてありがとうございます。 不思議な数々の出会いから、今は、愛媛の神社めぐりをしながら、神社や女神様そして、神話の神々の伝説を調べています。

手渡さなかった御神体 籠神社の姉妹 「河内神社」

こんばんは。

今日は、前回の続き、籠神社の姉妹といわれる 「河内神社」 です。

昨日もお話したように、西石原に鎮座する籠神社と、お隣、東石原に鎮座する河内神社は、姉妹、兄弟といわれます。

河内神社の祭神は、現在の大山祇神。

しかし、元は、瀬織津姫だった。
ここ、河内神社には、まるで、姫の御神体を守ったかのような伝承が残っています。

表向きは、「大山祇神」 を祀りながらも、ここは、今も瀬織津姫の御神体を祀っているのかもしれないという貴重な、伝説です。

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河内神社の御神体であろう鏡では、「土州本川郷舟戸氏神川内大明神」 と書かれてありました。
その御神体は、金幣箱に入れられていたといいます。
そして、現在のところに祀られる前は、大川村川崎のミタキ山の山中に氏神として祀られていました。

源平合戦の終わりころ、岩崎次郎左衛門という弓の名人であり忍法つかいであったものが、同志五人で御神体を箱に納めて持ってこようとしていました。

しかし、川をのぼり、谷を越え運んいたのですが疲れてしまい、弥十郎という男を見晴らしのよくきく高い所に残しておいて見張役にし、上の越の崖の上で休んでいるうちに眠気が出てうとうとしていたら、弥十郎でない声がするので、西へ行くのを止め、崖下まわり、更に下の高い崖から氏神の入った箱を谷のほうへと落としてしまいました。
落としたと同時に、地ゆるぎがしはじめて三日三晩ゆるぎがとまりませんでした。

見張の弥十郎が帰らないので現場へ行ってみると、弥十郎は切られて死んでいました。

落とした氏神の箱は、地ゆるぎが止んでから行ってみると、そこにはなく、谷川づたいに川しもへとさがしてゆくと、有間の地主神社の祠のところにあったので、その所へ合祭した。
それから、現在の宮林であまり烏がさわぐので、土地の人が不審に思って行ってみると、金幣が樫の木に掛かっていたので、神官さんがお祈りをしているとゆらゆらおりてきた。
そして、そのおりたところへ本社を建立して、今にいたっているといいます。

それから月日が流れ、明治十年、この御神体をお役人のところへ持ってこいとの命令があったのです。
神官は、言われたとおり持って出かけました。
しかし、有間の森の首というところまでゆくと、神官の目がくらんで歩けない。

なんとかもとへ帰ってきたのですが、鳥居のところで倒れてしまいました。
副神官の和田仲、大平義忠という人が氏神さまにおことわりのお祈りをすると、神官もやっとなおり、もとの神社へ神鏡をおさめ込んだといいます。

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この伝説を読んで、どう感じたでしょうか?

私は、前半の部分は、まるで姫の御神体を隠すために運んでいて、殺されてしまったかのように思いました。

また、後半部分では、やはり明治時代まで続いたという、姫の封印は本当だったんだと思いました。

前半の殺された場面ですが、実は殺した相手とは平家だと書かれてありました。
でも、あえてその部分は書くのをやめました。

戦いで負けた相手は、いつの時代も悪いことをした人物にたとえられてしまうもの。

誰が、弥十郎を殺したかはわかりませんが、私は平家ではないと思っています。

このように、姫の封印は、日本中で行われていきました。

御神体を運ぶ途中に、命を落としたものは、弥十郎だけではありません。

数えきれない人が、歴史の中で消され封印されてしまったことだけは、忘れてはいけないと思います。


*河内神社
*高知県土佐町石原
*祭神:大山祇神

河内神社は、この川を渡ったところに鎮座します。
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木が生い茂る杜の中に。

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拝殿です。
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拝殿に彫刻された 「鬼」 がとても印象的でした。
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ふと頭の上を見ると。
これは、何を意味しているのでしょうか。
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本殿です。 
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名前は変えられても、ここには今も姫が祀られている。そんな気がします。

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高知からの帰りは、来た道とは違う道をとおりました。
瀬戸川沿いを北へ。 大蛇の伝説が残る山は、思った以上に高く、壮大な景色がひろがっていました。

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そして、今回どうして通ってみたかった、「吉野川」
吉野川は、大国主命の御神体が流れてきた川でもあり、この吉野川と、愛媛側を流れる銅山川の間の山が、今一番きになっている山だからです。

この間の山々は、歴史に封印されたもう一つのなぞがあるように思えてなりません。

なぜか、今でもほとんど人が入ることができない深い山々。 なぜなら、ここには道がないからです。
西は、寒風山トンネル。 東は、川之江まで、この間の山を越えるルートはありません。

この山の中のことは、またいつかお話ができる時がきたら、お話したいと思います。

山の中を走っている途中、ふと空を見上げると、 「龍」が飛んでいました。
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ここが、吉野川へと合流する 瀬戸川です。

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そして、吉野川です。こんな山の真ん中に、大きな川が流れています。
この川を見て、古代の人々の生活が少し見えたような気がしました。

古代の人々は、山道を歩くのではなく、この川を舟でのぼってきたのかもしれないと。
山の中で時々出会う 「舟戸」 という地名。
これは、川の港のようなものだったのかもしれません。

四国の山は、奥が深く人が容易に入ってこれなかったことでしょう。

川を使えば、牛や馬がいなくとも、大きな荷物を運ぶこともでき、 
古代の人々に不可欠であった 「丹(朱)」も、この山の中にはありました。

水が豊かで、気候にも恵まれ、古代の人々が一番平和に暮らしていける場所だったのかもしれません。

ある時代までは。。。。。

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私と同じように、神社を巡り歴史を調べている方が、福岡県にいらっしゃいます。
その方のブログの今日の記事に、姫の封印に関わるとても貴重な伝説が書かれてあります。

よかったらご覧ください。 

ひもろぎ逍遥「赤司八幡神社(1)」

今日も最後まで、ありがとうございました。





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Commented by ネコチチ at 2012-01-27 19:21 x
自分はこの石原の近くで育った人間です。
自分の記憶違いかもしれませんが、石原の川内神社は郷ノ峠の西の小申田(旧名・田野々)にある河内神社を分祀したものだと聞いています。分祀に至るまで、少々、争いがあったようです。
河内神社については少し調べましたが、戦国時代の上八川領主で、田野々を本拠地としていた和田美濃守が楠木正成の子孫であったことが名の由来であるとか、その次に上八川領主となった片岡氏との関わりがあるとか、色々と言われているようですが、真相はよく分りません。
石原の川内神社にまつわるお話はどういう文献でお調べになったのでしょうか?
教えて頂けると有り難いです。
Commented by ldc_nikki at 2012-01-27 21:03
ネコチチさま、はじめまして。愛姫(あいひめ)と申します。この神社のことは、土佐町誌の中に書かれてあったものだと思います。というのが、こちらの神社の総代さんが、町誌だったか、村誌だったか、持ってきてくださり、一緒に探してくれたのですが、表紙をはっきりと見なかったため、村誌か町誌かどちらかはっきりと見ていないのです。
私が見たいところだけコピーしてあげるからと言ってくださり、私はその部分だけ頂いて帰りました。高知県の図書館でしたらあると思います。 その中に、一般的呼称として書かれている文面もあります。
Commented by ldc_nikki at 2012-01-27 21:12
続き。
そこには、初めてこの郷の山を開いた人が祭った大神さまだと書かれてあります。一説には、仁神守近という、川田氏の祖神であり、河内国(大阪?)よりきて、阿内郡に鎮座する牧岡神社に勧請されたともいうそうです。
また、この社は、川縁神社いっていたものが河内というようになったとも書かれてあります。
どちらが、ほんとうかわかりませんが、これは、この岩崎氏一族に今も残る金箱だそうです。きっと、何かいえないことがあったのでしょうね。
私は、まだまだこちらの地名がどこを指すのかわからないので、またぜひ、いろいろ教えてください。
Commented by ネコチチ at 2012-01-28 23:03 x
ネコチチです。
詳しく教えて頂きまして、有難うございました。
この地域に散在する河内神社のそれぞれに色々な由来があるようで、自分の頭では整理するのに暫く時間がかかりそうです。
言及しました分祀云々の事情については、それまでは同じ行政区画(郷?)として扱われていた石原地区と小申田(田野々)地区が分離する事になり、その際、両地域の間で河内神社の奪い合いがあったように聞いています。遠い昔の話です。
小申田の河内神社は石原の川内神社よりは質素ですが、地元では力の強い神として知られています。比較的、最近のことですが、境内の木を伐採して売った者がおりまして、間もなく、これに関与した三人が病気にかかり、三人とも若死にしてしまいました。また、河内神社を他の神社と合祀するという計画が持ち上がった事があったようですが、実行しようとしたところ、異変が起こり、話は白紙に戻されたそうです。神格が違い過ぎたと母が言っておりました。
自分はこの土地を離れた人間ですが、上八川の寺野も瀬戸川も釣りが好きだった子供時代の自分の活動圏内でした。懐かしかったです。有難うございました。
Commented by ldc_nikki at 2012-01-29 03:17
ネコチチさま こんばんは。神社の奪い合いですか。。。。悲しいお話ですね。神社の木を伐採するといけないというのは、昔から言われていることなのに、どうしてそんなことをしてしまったのでしょうか。
人間は、文明が進めば進むほど大切な心をなくしてしまうものなのでしょうか。 河内神社には不思議なお話が沢山あるのですね。きっと、決死の思いで逃がしてきた人々の思いが込められているからなのでしょうね。 
ネコチチさん、でもね。私は、神様が祟るというのは思いたくないのです。木を伐採してしまった人が若死にしてしまったのも、もしかしたらそうなのかもしれませんが、私は、人は、そんなことは起こるはずがないと思いながらも、実は心の中で、ずっと祟りを恐れていているから、その心は現実を造り出したのだと。
Commented by ldc_nikki at 2012-01-29 03:18
続き。
「じゃあ、思わなければならないはず。自分だけは、神の祟りなんて信じてない」 という人がいたといます。でも、そういいながら、心の奥底で本当の自分が、恐れているのだと思うのです。
それは、人が本当に心底悪くはなれないということでもあります。
もし、何かを起こさせたとすればそれは、自分自身。 納得いかないかもしれませんが、私は、決して誰かのせいにしたり、神様のせいにしたりはしたくないのです。神さまは、私たちが生きるために必要なものを与えてくれる存在なのだと。
「神格が違う」ということは、きっとその地に姫の御神体をもってこられた方が、伝えていき、今もその言葉は受け継がれている証でもあり、それが時に恐怖にもなるのかもしれません。罪は、誰にも知られることなく月日が流れたとしても、心の中からは消えることはなく、それを背負って生きていくことになり、その罪が自分自身を苦しめる一番の怨霊となるのではないでしょうか。
だから、決して恐れないでくださいね。怖いのは姫ではなく、自分の心。祟りがあるとすれば、それは自分自身が怨霊となり祟りを起こすのだと私は思います。
Commented by ldc_nikki at 2012-01-29 03:18
続き。ネコチチさん。

高知も、とてもいいところですね。あんな素晴らしいところに、故郷があることが、とってもうらやましいです。
愛媛のことが主のブログですが、またぜひ、遊びにきて下さい。

本当に、ありがとうございました。
Commented by りひと at 2016-12-03 17:08 x
何でしょうね、記事を見て涙が出てきました。
四国苦手だったので立ち入らないでいたかったのdrすがこちらのサイトならと。
宿毛の記事を探しています。
もしもあるようならご紹介頂きたいです。9033
Commented by りひと at 2016-12-03 17:08 x
何でしょうね、記事を見て涙が出てきました。
四国苦手だったので立ち入らないでいたかったのdrすがこちらのサイトならと。
宿毛の記事を探しています。
もしもあるようならご紹介頂きたいです。9033
Commented by りひと at 2016-12-03 17:10 x
涙が出ました、なんでしょうね。
宿毛の記事ありましたら教えてください。4417
Commented by ldc_nikki at 2016-12-18 01:19
> りひとさん
お返事が遅くなってすみません。
宿毛はまだ八十八ヶ所付近しか行っていませんが、今はブログを書く時間がなく、それでもよければまたご紹介させていただきたいと思います。
ご覧いただきありがとうございます。
Commented at 2017-01-15 16:43 x
ブログの持ち主だけに見える非公開コメントです。
Commented at 2017-01-23 00:21
ブログの持ち主だけに見える非公開コメントです。
by ldc_nikki | 2012-01-10 22:35 | 高知県 | Trackback | Comments(13)
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