日本に数少ない狼信仰の神社 「木野山神社」

こんばんは。

昨日は、久しぶりに朝から一日中神社めぐり。
向かった先は、「岡山」

今年の秋に岡山で写真展をするので、何度かは訪れようと思っていたのですが、
先日ある出会いから、一つの神社が気になりまずはそこへ行ってみようと思い、岡山へ。

一日中ごはんも食べずめいいっぱいまわってきました。

岡山のお話はまた後日になりなますが、今回行ったところもすべて重要な場所ばかり。

行ってみなければわからないことばかりで、驚きと感激の一日でした。

岡山と愛媛は古代密接に繋がりのあったところで、
まだまだその本当の意味はこれから調べていかなければいけませんが、
今回岡山を訪れ、その気持ちがますます強くなりました。

この瀬戸内海沿いにはまだまだ、知らないことがたくさん。

まだまだ姫旅は続きます^^

では今日の神社です。

今日の神社は、松山市堀江を見下ろす山の中に鎮座する 「木野山神社」

別名 「オオカミ神社」です。

「オオカミ神社」と聞いて、最初は 「大神神社」 だと思ったのですが、
このオオカミとは 「狼」 のこと。

日本で数少ない狼信仰の名残の神社です。

狼信仰と聞いてまず思い出されるのが、もののけ姫の中にでてくる 「山犬」
サンが山の中で一緒に暮らしていた、あの山犬も狼のことを指しているのではないかと思います。

狼とは犬属に属する動物。
狼信仰とは犬ととても深い関係にあります。

今では狼信仰はあまり知られていませんが、昔は狼は信仰の対象となっていました。
狼は山の神の使いとして、害獣退治をする役目でした。

今の私たちの感覚では、狼はとても凶暴で神の使いとは考えにくいですが、その凶暴な性質と、鋭い牙で、
悪しきものを退治するとされていたのです。

しかしその悪しきものがいつの日が、大蛇と混合されるようになりました。

その伝説が、犬飼が大蛇を退治する伝説です。

犬飼は、犬養姓が行っていたとされ、犬養は朝廷の狩猟犬を飼う役職でした。
しかし、この犬養氏が新たな大和をつくるさいに、大きな役割を担うことになったのです。

新しい大和をつくるためには、大蛇を退治しなければなりませんでした。

大蛇とは瀬織津姫のこと。 そしてそれは瀬織津姫を祀る一族のことです。

大蛇を退治する役割を担った、犬養が大蛇を退治する伝説の物語になったのは、このことが起源となっているのではないかと思います。

藤原不比等の後妻の名前は、 「県犬養 三千代」 父は県犬養東人、犬養氏の一人でした。
天武天皇の御代、犬養氏は、屯倉(みやけ)と言ってヤマト政権の支配制度を守護する氏族の一つでした。
壬申の乱(じんしんのらん)では、県犬養大侶が天武天皇側に仕え活躍をしました。

本来犬養氏がどちら側だったのかはわかりませんが、この時には天武天皇側についていました。

そして、後妻の「県犬養 三千代」は、藤原不比等の妻の中でも特別な存在でした。

県犬養 三千代は、軽皇子(後の文武天皇)の乳母を務めていたとされています。
あの大奥の中でも見れれるように、天皇の乳母となった県犬養 三千代が、女性の中でとても強い力を持っていたと考えられます。
それを表すかのように、県犬養 三千代は「橘」という名前を与えられます。

犬養氏の中で橘姓を与えられたのは、この三千代だけだとされていることから、橘姓の実質上の祖は、
三千代でした。  

橘姓と言えば、越智から橘へと名前を変えたと伝わる、新居浜や西条の国造だった越智玉守の子孫がいます。
このことから、三千代の母方は越智氏と関係があったのではないかとも考えられるのです。

四国八十八ヶ所第54番札所 近見山 宝鐘院 延命寺は、聖武天皇の勅願により開創したお寺の一つですが、
ここにはスサノオの伝説があります。

スサノオが現在の大西の海岸に着いた後、現在の野間地区を通り川をのぼっていくのですが、
この延命寺があった地区だけ通してくれなかったことから、野間地区にも関わらず今でも野間神社の氏子にこの地区だけ入っていません。

この延命寺のある場所の地名が、「阿方(あがた)」といいます。
犬養の名前は、 「県犬養(あがたいぬかい)」この地区に 「あがた」とつけられたことは、犬養氏に関係があるのではないかと
も考えれるのです。

天武天皇のために戦い勝利した犬飼(犬養氏)が大蛇を退治する役目だとされるのは、
この時代だからこその伝説だと思います。

また「桃太郎」のお話の中にでてくる「犬」も、この犬養氏のことを指しているのではないかと思います。

四国には、他の地域以上に犬神信仰の伝説が多くあると言います。

本来は山の神の使いとして、田の守り神として信仰されていたものが、時代の渦の中でさまざまに変形していったのではないかと思います。

この松山市に鎮座される木野山神社もまた、本来の姿ではないのかもしれません。

木野山神社が狼神社とよばれるわけは、ここに祀られる 「高寵神・闇寵神」にあります。
木野山神社に祀られる高寵神・闇寵神の姿は、狼だといいます。
邪悪なものに対して高い神徳がある狼の姿をした高寵神・闇寵神。

本来の高寵神・闇寵神の姿は、もちろん狼ではなく「龍」です。
大山積神は、高寵神・闇寵神を合わせて祀られることで本当の姿となるとされるように、
龍と退治する犬飼によって、狼の姿に変えられてしまった高寵神・闇寵神がここには祀られているのです。

*木野山神社
*愛媛県松山市東大栗町
*祭神
 主祭神 :素盞鳴命、大山積命
 配神  :少名彦命、豊玉彦命、高寵神、闇寵神

山へと上る途中にあった鳥居。 昔はここを歩いてぬけていたのかもしれません。
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神社入口
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境内へ
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この神社には塩祓所というものがありました。
参拝前に身を清める塩が置いてある神社は初めてみました。
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境内社の天満宮
天満神社の創建は建徳元年(1370 年)。
河野通定公が大宰府天満宮より勧請したといいます。
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そして木野山神社 拝殿
木野山神社が狼信仰となったもう一つの謎はお寺にあります。

木野山神社は、医座寺の奥の院として勧請されたと伝えられています。
この医座寺は、この山の麓にあり、この山の名前を医座山といい、またの名前を

「白山」 といいました。

この山には、一位木(あららぎ)と呼ばれる巨木(霊木)があって、真西にあたる堀江の町は太陽を遮られ、作物の実りは悪く町民の健康を害し、それは難渋していました。
そこで、行基菩薩はこれを救うために一位木を伐採。
その木を七等分して一刀三礼しながらノミをふるって、七体の薬師如来を彫刻したといいます。

そしてその七体の薬師如来を七つの寺のご本尊とし寺を創建したといいます。

そのお寺が、

医座寺・十輪寺・蓮華寺・安養寺・正観寺・雲門寺・西光寺です。

このお寺は、古代 伊予七薬師霊場と呼ばれ、
現在は、伊予十二薬師霊場となっています。

ここでもやはり 「七」 が暗号のようにもちいられています。

七つの薬師如来と七つのお寺。
(妙見信仰「北斗七星」とも同じです。それは瀬織津姫のこと)

その中に、あの石手寺が含まれます。 石手寺の創建当時の名前は安養寺。

そして、医座寺の古文書には、医座寺がこの七つのお寺の中の

本寺であったと伝えられています。

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木野山神社にはられた大きな注連縄。
ここもまた大山祇神社や出雲大社と同じ、封印を意味する注連縄。
始まりが終わりで、終わりが始まりです。

向かいにある天満神社の注連縄と比べてみてください。

まずは、天満神社
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そして木野山神社
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神社では向かって左が始まりで、向かって右が終わりを意味します。
通常、注連縄は始まりからねじりはじめ、終わりで結びます。

しかし、封印を意味する神社では、終わりから始まり、始まりで終わる。
もう二度と始まることはない、この中から出ることはないのです。

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今治でもやっと桜が満開になりました。
朝倉へと向かう古代の道路、頓田川沿いに植えられた桜。
桜には穢れや汚れを浄化する力があるとされていました。

それはこの桜にも姫を重ねていたからですね。。。。。

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Commented at 2013-01-13 13:30 x
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Commented by ldc_nikki at 2013-01-14 00:40
たこやきさん、はじめまして^^愛姫と申します。わざわざ教えて頂いてありがとうございます♪
実は、今岡山でとてもきになっている所なんです^^次に岡山に行く時には、ぜひ行きたいと思っている区域でびっくりしました。まだまだこの辺りは調べていないのですが。私の勘では、とても重要なことがここで見つかるような気がしています。それくらい、あることに繋がる大事な地域なんです。なかなか橋を渡っていくことができにくいのですが、ぜひ行ってみたいと思います。ちなみに、もし創建が700年前後、またはそれよりも前の神社があれば教えていただければ嬉しいです♪これからもどうぞよろしくお願いします^^
-愛姫-
Commented at 2013-08-20 19:40 x
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Commented by ldc_nikki at 2013-09-06 22:33
motoyan さん、はじめまして。
岡山県高梁市の木野山神社のある地域。ここもきっとまだまだ隠れた歴史があるような気がします。
スサノオがおまつりされていないのは、そこに住んだ人がスサノオとあまり縁がなかっただけで、根源にもつ意味は同じかと思います。
いつか行ってみたいです。教えてくださってありがとうございます。
Commented at 2016-07-21 21:34 x
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by ldc_nikki | 2012-04-06 22:32 | 愛媛県松山市 | Trackback | Comments(5)

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