愛姫伝

数あるブログの中からお越しいただきましてありがとうございます。 不思議な数々の出会いから、今は、愛媛の神社めぐりをしながら、神社や女神様そして、神話の神々の伝説を調べています。

今年もありがとうございました

こんばんは。
そしてお久ぶりです。


更新が止まったままにも関わらず、毎日沢山の方にご覧いただきまして、本当にありがとうございます。

一年立つのは本当にあっという間で、今年も残す所後2日となりました。

神社を巡り始めて、今年で丸7年が過ぎ、私にとって大きな転機の年となりました。

新しい仲間ができ、今、仲間たちと一緒に大きな一歩を歩き始めた所です。


でも、これも神社と出会って、沢山の神社を巡りながら、歴史を調べ、昔の人々の思いと向き合ってきたからこその一歩だと思っています。

表面的には神社と関係ないことをしているように思うかもしれません。
でも、私の中では、またこれから一緒にやって行くことになった仲間には、私がどうしてやろうとしているか、未来でどんな社会を作りたいか、そんなことを何度も何度も話しています。

戦いや争い、人に勝つことや人よりお金持ちになることが、目的になってしまった今の世の中がやっぱり間違っているということ。

どうしてこんな世の中になってしまったのか。
その根源が、歴史に関係があるということ。

今、少しづつ世の中が向かってきた方向が間違ってたのでは?
と思う人が増えてきて、生き方も変わってきました。

格差が広がり、弱い人がどんどん切り捨てられる世の中。

戦地へ行けるような法律ができたり、原発があんなことがあったにも関わらずまた動き出したり。

命よりもお金。

命より大事な物なんてこの世に存在しない。

人間だけなく、命ある物は全て同じように大切で、全ては繋がって成り立っているということを、もう一度感じることができるようになるように。

そうなってしまった原因が歴史の中に見ることができるとわかった今、今度はどうしたら、元のように思えるようになるのか、感じれるようになるのか。
そのために、私にできることは何なのかを考えていきたいと思っています。

本を書く時間は今の私には全くありませんが、いつか「そろそろ書いてもいいよ」と言う時期になったらじっくりと書くことができる時間を与えてくれると思い、今は、今目の前にある、しなければいけないこと、まるで何かに突き動かされるように始めたことに、全力を注いでいきたいと思っています。


今日、突然思いつき、久しぶりに大浜八幡神社へ行くと、もう一人のお父さんと呼んでいる、小千命の銅像が、太陽を背にキラキラ光っていました。


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謎の地方豪族、越智氏の祖、小千命。

その存在の意味を消されてしまったことも、今の世の中に繋がる大きな意味の一つ。

越智氏から、200を越える苗字が誕生したと言われ、全国には、自分で知らないだけで、この越智氏族がご先祖さまだと言う人が実はとても沢山います。


河野、今張、矢野、立花、橘、西條、桑村、八塚、新居、浮穴、別宮、高部、一城、松木、徳永、河内、古田、東條、境、大野、藤、井上、高岡、中川、宮原、岡、日浅、相原、高田、河上、白井、箱居、高部、久喜田、林、吉田、井出、難波、神戸、佐藤、武智、高橋、岡田、平、石井、近江、三谷、大内、藤田、藤野、後藤、黒川、曽我、和気、小泉・・・


まだまだ書ききれないほどの苗字が、越智氏から排出したとされています。

この他歴史上、とても重要な位置を示す人たちが、越智氏に関わっています。


もしかしたら、今ご覧の皆様の中にも、ここ愛媛県の今治市、元越智の国に繋がる方がいらっしゃるかもしれませんね。


いつか、そんな方々が今治に集まる日がきたらいいな。なんて途方もない夢も…


2016年は「丙申(ひのえさる)」。

2015年は、生み出す年、いろんなことの方向性が見えてくる年。
2015年に始まったことは、この先しばらくその流れが続いていくので、いろんなことをきちんと考えないといけない年だと昨年の終わりごろに言ったような気がします。
それは一人ひとりにおいても、国や世界と言う大きな世界においても。

そして、来年、丙申の年は、いろんなことがあきらかになる年。

丙は、「あきらか」という意味があり、申は、元は幹枝の茂りを表す意味でもあり、電光の走る形でもあり、神の初形とされ、神に通じると考えられたのです。

光が屈伸する形でもあり、枝が伸びるという意味でもある申の年は、善も悪も、広がっていく年だと言います。

2016年は、2015年に現れたものが、段々形を作っていく年。

そして、60通りある干支の中で、来年は「33」番目。

何だかこの数字、とても重要な年のように感じます。

善も悪も、関係なく広がってしまうとされる年。
一人ひとりが、自分のことだけでなく、もっと広い目で、きちんと見なければいけない年となりそうですね。

世の中が、まるで遠い昔と同じように、大きく二つの考え方に分かれてきた今。

自分がどちら側にいるのかを、今一度考えてみてはどうかなと思います。

そしてそれが本当に、これからの未来のために、よりよい選択なのか。

自分で自分を見るということが、一番難しいこと。
でも、今はそれが必要な時だと思います。

自分を知る。

まずは、そこから始まっていくのだと。

そして、もう一つは、今の自分の考え方は、未来のためになるのか。
子供たちが本当に幸せになれる世の中になるのか。

「自分」や「家族」だけに焦点をあてるのではなく、自分に関係のない人たちに焦点を当てて考える。自我を捨て、自我で物事を考えず。


そうすると、もしかしたら今までと違うものが、そこに見えてくるのかもしれません。

一人でも多くの人が、自分や自分の周り以外の人の幸せを考えるようになれば、世の中はきっともっとよくなっていく。そう思います。




2016年が、皆さまにとって幸せな一年になりますように。
心からお祈りし、2015年の最後のご挨拶とさせていただきます。

来年も、どうぞよろしくお願いいたします。


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Commented by 一心 at 2015-12-30 11:35 x
今年最後に愛姫さまの書込みが読めて嬉しいですね
どうぞ良いお年をお迎え下さいませ
Commented by ldc_nikki at 2015-12-31 01:30
一心さん、お久しぶりです。お元気ですか?
いつも本当にありがとうございます。私もお名前が拝見できてとても嬉しいです。
一心さんも、どうぞ良いお年をお迎えくださいませ。
来年もどうぞよろしくお願いします。
Commented by いずみこ at 2016-02-03 16:00 x
はじめまして、こんにちは。西条市在住の、いずみこと申します。
去年から何度かこのブログを拝見させていただいています。きちんと意識したのは、母の田舎の内子町の天神社についての記事を読んだとき。今日は伊予稲荷神社について検索したらまたこのブログに出会い、稲荷と瀬織津姫についてのお話が面白かったので、コメントさせていただきました。
瀬織津姫は(恐れ多いですが)自分に近い感じがして好きです。
私は神仏とありのまま向き合うので歴史は調べていませんが、愛姫様と共感する部分もあります。
古い神も新しい神もみんな好きです。それぞれ役割があって、その時代にいらっしゃる。現れるのもいなくなるのも役割なのです。人間があれこれやってきたように見えますが、もちろんそうして歴史はつくられてきましたが、神様側から見れば、そうして人類の成長を見守っているのです。
しかし、愛姫様のおっしゃるとおり、今の時代、取り返しがつかなくなる前に、源へ、自然へ帰る必要があります。大切な精神と、この世界での生き方を見出し、気づいた人から実行していく。私たちが生きている間はまだ大丈夫かもしれませんが、次世代以降はわかりません。何が大切で、何が必要なのか、残し伝えていかなくてはなりません。

愛姫様のように、古来に目を向け、神仏と歴史からそれらを見出し伝えていることに出会えて、とてもうれしく思います。また、新しい形だなあと思いました。皆生まれてきたからには、必ず古来と血肉からつながっているわけですからね(笑)。

これからもぜひ続けていってくださいね。
蛇足ですが、ブログの更新は(無理のない範囲で)こまめにした方が良いかと思います。本当に余計なお世話ですみません。しかし、今やSNSは人とのつながり・出会いに広がりをもたせるものになっています。私自身はしていないので偉そうなことは言えませんし、欠かせないとも言いたくありませんが、ブログ等やっているのなら、そこも大切な発信場になるはずです。縁ある人は、必ずたどり着きますから。

いつかお会いできればうれしいです。お隣ですから近いですね(笑)。
ありがとうございます。

いずみこ
by ldc_nikki | 2015-12-29 23:06 | 日記 | Trackback | Comments(3)
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