カテゴリ:日記( 179 )

新年明けましておめでとうございます。
2017年がスタート。
今年の始まりは、私は夜明けの太陽ではなく、日が沈む頃西の空に現れる月。

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1月2日は、金星が月に近づき美しく輝いていましたね。
金星は、明け方か夕暮れ時にしか見ることができない星。

今のように電気がない時代、暗闇の中に一際明るく輝く星が、太陽が沈む頃現れ、太陽が昇る前に現れる。
この光景をどう感じていたのか、それが金星を女神とした理由だと、今もう一度遠い昔の人の心になって考えてみたいなと思っています。

年末二つの出来事がありました。
一つは、棚が重さに耐えられず落ちてきて、その中から今買っている犬の血統書が出てきました。
そこに家に来る前の名前が書かれていて…。ちゃんと読んだことがなくて。その名前を見てびっくり。
月の女神、アルテミス。
私が神社に行き始めたのは、月の女神が始まりで。
最初は不思議なことがたくさんありました。犬が家に来た時は、まだ始める前で気にも留めてなかったけど神社を始める少し前にやってきた犬も、偶然月の女神だったことに気づきました。

瀬織津姫という女神さまのことを知った時は、今のようになるなんて思ってもいませんでしたが、
今考えると、瀬織津姫を知る少し前から、あの黒い蝶と同じように、私の周りにはその前兆があったのかなと、後になってわかることが今でもあります。

年が明ける前、いつものように今治最古のお寺、役行者ゆかりのお寺へ行くと、いつもはお弟子さんしかいないのに、私がきっとくるだろうからと住職さんが待っていてくれました。
そこで目についた一枚のお札。
その意味を聞いてみると、北の位置に書かれているのは、妙見さまだと。
そしてれはそ北斗七星であり、命を司る星と。

1300年前の方法で今も護摩焚きをしていると言うお寺。
その教えは、妙見さまは北斗七星であり、命を司る星。

やっぱりその意味をちゃんとわかっていたんだと思いました。

どうして役行者は、山を開いていかなければいけなかったのか…。
どうして、石鎚山だけ特別な意味を持たせたのか。
どうして、最後に箕面の滝に行ったのか。
どうして、役行者は越智と一緒にいたのか。

ずっと役行者を避けていた私が、今治最古のお寺に、幟に導かれて行った日からとても身近に感じるようになりました。

年末に、改めて妙見の意味を教えてもらったことも、棚から落ちてきた血統書も、何等かの私へのメッセージだと思って、今年一年過ごしていきたいと思います。

それが何かを暗示していたのかどうかは、今は知ることができませんが、
それを意識していることが大事なのかなと思います。

もしかしたら、今、私の心が弱くなっていることで、信じる力をくれたのかもしれません。
思い返せば、私の心の中に不安がよぎると、いつも不思議なことが起きてきた。
不思議なことが起こらなかったら、神社へ行くこともやめていたかもしれません。

黒い蝶々が何度も私の前を横切った姫に出会う前の出来事、次々流れてくる雲が天の川にかかる前に消えて行った時のことも、道に迷って蝶々について行ったことも…。

心を閉ざさず、希望を失わず、信じて進むこと。
それが今の私には必要なことなのかもしれません。

今日はもう3日。
明日から仕事もスタート。

そろそろ、お正月モードから仕事モードへと切り替えないとですね。

皆さま2017年も、どうぞよろしくお願いたします!

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by ldc_nikki | 2017-01-03 14:15 | 日記 | Trackback | Comments(0)

2016年も残りあとわずか…。
みなさんいかがお過ごしでしょうか。私は今年も最後までバタバタの年の瀬を送っています。

今年の私は昨年始めたことを今後どうやって繋げていくかを考える年になりました。
また、これから自分が向かうべき道は何なのかを考える年にもなりました。

今その答えが少しづつ見えてきて、次への道を歩き始めようとしている所です。

でも、まずは今の積み重ねだということを忘れず、一つひとつ、今に向き合いながら…。

歴史を紐解くことは、未来の向かうべき道を考える元となる。
私はそれをとても強く感じています。

今の常識や今の価値観や今の思想は、ずっと日本にあったものでもなく、最初から世界にあったものでもありません。
時代によって変化する常識や価値観。

時代が大きく変わろうとしている今、もう一度いろんなことを考えないといけないと思います。

2016年は、丙申。いろんなものがあきらかになる年だと言われ、本当に、今までずっと隠されていたものがあきらかになってきました。
そして四国では、60年に一度のお遍路が逆打ちの年だと言われました。
衛門三郎が、空海に出会うために逆回りをして出会うことができた年、それが丙申。

どうしてこの年だと言われるのか、それはわかっていませんが、私が思うに、それは、火の年、丙(火の兄)と通じることができる、申の年。
60年に一度申しか、繋がることができない火の兄。その年に、逆になることで、本来の神と繋がる。

繋がれるのは、60年に一度のこの年しかないからだったのだと。
私が生まれてから初めて迎える、丙申の年。またいろんなことを気づかせてくれました。

いろんなことがあきらかになっても、その重大さにまだまだ多くの人が気付いてないのが現状。

気づくか気づかないかは、それをどれかで真剣に思い、考えているかだけだと私は思います。
同じ時間を生きて、同じ出来事が起きても、見える人と見えない人がいる。感じる人と感じない人がいる。
それは、見える人が特別なわけでも、感じる人が特別なわけでもなく、ただ、物事に真剣に向き合っているか、思いの強さだけなんだと私は思います。

2017年は、丁酉(ひのととり)。丁は陰の火、酉は陰の金。火が金を溶かす、『相剋(そうこく)』の関係。

「丁」は、壮年男子の意味を持つので、今が一番充実した時。しかし酉は、熟した状態を表し、もうこれ以上は伸びないことを表しています。
そして、丁である、火が酉で金を溶かす。

丁酉の年は時代を変えるような大きな出来事があるかもしれませんが、その時はとても素晴らしいことだと思えるのですが、もうこれ以上は伸びない酉の意味するものを考えると、そう長くは続かないということ。勢いよく始まったものは、時代の変化についていけず、終わりを迎える日が待っている、またそれだけじゃなく、私たちの生活にのちに大きな悪影響を与えるものが生まれてしまう可能性もあるということをよく考えて、選んでいかなければいけないように思います。

社会も会社も自分も、今目の前の利益や目の前の楽しさだけに心を奪われず、これから60年後、100年後、300年後も、みんなが幸せになれることとは何なのかを考えた上で、決めたり、始めたり、選んだりしなければいけない重要な年になるのではないかと思います。

今、世の中の考え方は、大きく二つに分かれようとしています。世界中で話題になりつつある『格差』。

格差が広がるか、それともみんなが助け合う世の中がやってくるか。私たち一人ひとりの心が決めることがだと思います。
子供たちやこれから生まれてくる子供たちのために、私たちが今するべきことはなんなのか、これまで以上に考えなければいけない年となるように思います。

来る年、そして未来がよき方向へと進んでいくことを願い、2016年最後のご挨拶にさせていただきます。

今年も一年本当にありがとうございました。
皆様よいお年をお迎えください。

愛姫


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by ldc_nikki | 2016-12-31 21:01 | 日記 | Trackback | Comments(0)

ご無沙汰しています


久しぶりにここを開きました。

沢山のコメントをいただきながら、お返事ができなくてすみません。


ここ一年、神社になかなか行くことができていません。
でも、忘れているわけではありません。

全ての始まりはこのブログで、瀬織津姫という存在を知ったことからで、その原点だけは一生変わることはありません。


今は、一見全く違うことをしているように見えるかもしれません。
でも、私の中では全てが繋がっています。

また瀬織津姫を知り、神社を巡り始め、その中で私が学んだこと。
それがあるから、今があると思っています。


あれからもうすぐ8年。

ただただ、目の前に起こる全てのことを受け入れ、今置かれている状況が全て今必要なことだと信じ、焦ることなく一生懸命向き合う。


遠回りしているように見える人もいるかもしれません。

何のためにしているのかと思う人もいるかもしれません。

でも、ただ信じること。

どんなことも今の私には必要なことだと信じること。

〚信じる〛ということは、自分の心と向き合うことだとこの8年で学びました。

今、目の前のことが不安になるのは、今が必要なことだと信じれないから。

目の前に起こることは、自分が選んだ道であり、自分が信じた道。

それは誰のせいでもない、自分の心が決めたこと。

信じることができないと、よけいに遠回りしてしまう。

信じることができたら、時が来れば必ず次の道が用意される。

何度もそれを教えられました。



苦しい時ほど、辛い時ほど、未来が見なくなりそうな時ほど、
自分の心と向き合う。

解決する方法を外に見つけようとするのではなく、自分の中に見つける。

とても難しいことですが、本当に物事を解決する方法は、自分の中に見つけるしかない。そう思います。


私自身まだまだ修行中ですが、
ほんの少し、その意味がわかるようになりました。


神さまも仏さまも、
自分の心の中にいる。

その意味も…。

夢を持ち、自分を信じて、目の前のことを受け入れて一生懸命生きる。

何か起こった時は、試されてる。
それでも信念がゆがまないか…


私も、信念を持って、今を信じて、ただ1歩1歩進んで行きます。


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by ldc_nikki | 2016-04-23 09:12 | 日記 | Trackback | Comments(1)

こんばんは。
そしてお久ぶりです。


更新が止まったままにも関わらず、毎日沢山の方にご覧いただきまして、本当にありがとうございます。

一年立つのは本当にあっという間で、今年も残す所後2日となりました。

神社を巡り始めて、今年で丸7年が過ぎ、私にとって大きな転機の年となりました。

新しい仲間ができ、今、仲間たちと一緒に大きな一歩を歩き始めた所です。


でも、これも神社と出会って、沢山の神社を巡りながら、歴史を調べ、昔の人々の思いと向き合ってきたからこその一歩だと思っています。

表面的には神社と関係ないことをしているように思うかもしれません。
でも、私の中では、またこれから一緒にやって行くことになった仲間には、私がどうしてやろうとしているか、未来でどんな社会を作りたいか、そんなことを何度も何度も話しています。

戦いや争い、人に勝つことや人よりお金持ちになることが、目的になってしまった今の世の中がやっぱり間違っているということ。

どうしてこんな世の中になってしまったのか。
その根源が、歴史に関係があるということ。

今、少しづつ世の中が向かってきた方向が間違ってたのでは?
と思う人が増えてきて、生き方も変わってきました。

格差が広がり、弱い人がどんどん切り捨てられる世の中。

戦地へ行けるような法律ができたり、原発があんなことがあったにも関わらずまた動き出したり。

命よりもお金。

命より大事な物なんてこの世に存在しない。

人間だけなく、命ある物は全て同じように大切で、全ては繋がって成り立っているということを、もう一度感じることができるようになるように。

そうなってしまった原因が歴史の中に見ることができるとわかった今、今度はどうしたら、元のように思えるようになるのか、感じれるようになるのか。
そのために、私にできることは何なのかを考えていきたいと思っています。

本を書く時間は今の私には全くありませんが、いつか「そろそろ書いてもいいよ」と言う時期になったらじっくりと書くことができる時間を与えてくれると思い、今は、今目の前にある、しなければいけないこと、まるで何かに突き動かされるように始めたことに、全力を注いでいきたいと思っています。


今日、突然思いつき、久しぶりに大浜八幡神社へ行くと、もう一人のお父さんと呼んでいる、小千命の銅像が、太陽を背にキラキラ光っていました。


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謎の地方豪族、越智氏の祖、小千命。

その存在の意味を消されてしまったことも、今の世の中に繋がる大きな意味の一つ。

越智氏から、200を越える苗字が誕生したと言われ、全国には、自分で知らないだけで、この越智氏族がご先祖さまだと言う人が実はとても沢山います。


河野、今張、矢野、立花、橘、西條、桑村、八塚、新居、浮穴、別宮、高部、一城、松木、徳永、河内、古田、東條、境、大野、藤、井上、高岡、中川、宮原、岡、日浅、相原、高田、河上、白井、箱居、高部、久喜田、林、吉田、井出、難波、神戸、佐藤、武智、高橋、岡田、平、石井、近江、三谷、大内、藤田、藤野、後藤、黒川、曽我、和気、小泉・・・


まだまだ書ききれないほどの苗字が、越智氏から排出したとされています。

この他歴史上、とても重要な位置を示す人たちが、越智氏に関わっています。


もしかしたら、今ご覧の皆様の中にも、ここ愛媛県の今治市、元越智の国に繋がる方がいらっしゃるかもしれませんね。


いつか、そんな方々が今治に集まる日がきたらいいな。なんて途方もない夢も…


2016年は「丙申(ひのえさる)」。

2015年は、生み出す年、いろんなことの方向性が見えてくる年。
2015年に始まったことは、この先しばらくその流れが続いていくので、いろんなことをきちんと考えないといけない年だと昨年の終わりごろに言ったような気がします。
それは一人ひとりにおいても、国や世界と言う大きな世界においても。

そして、来年、丙申の年は、いろんなことがあきらかになる年。

丙は、「あきらか」という意味があり、申は、元は幹枝の茂りを表す意味でもあり、電光の走る形でもあり、神の初形とされ、神に通じると考えられたのです。

光が屈伸する形でもあり、枝が伸びるという意味でもある申の年は、善も悪も、広がっていく年だと言います。

2016年は、2015年に現れたものが、段々形を作っていく年。

そして、60通りある干支の中で、来年は「33」番目。

何だかこの数字、とても重要な年のように感じます。

善も悪も、関係なく広がってしまうとされる年。
一人ひとりが、自分のことだけでなく、もっと広い目で、きちんと見なければいけない年となりそうですね。

世の中が、まるで遠い昔と同じように、大きく二つの考え方に分かれてきた今。

自分がどちら側にいるのかを、今一度考えてみてはどうかなと思います。

そしてそれが本当に、これからの未来のために、よりよい選択なのか。

自分で自分を見るということが、一番難しいこと。
でも、今はそれが必要な時だと思います。

自分を知る。

まずは、そこから始まっていくのだと。

そして、もう一つは、今の自分の考え方は、未来のためになるのか。
子供たちが本当に幸せになれる世の中になるのか。

「自分」や「家族」だけに焦点をあてるのではなく、自分に関係のない人たちに焦点を当てて考える。自我を捨て、自我で物事を考えず。


そうすると、もしかしたら今までと違うものが、そこに見えてくるのかもしれません。

一人でも多くの人が、自分や自分の周り以外の人の幸せを考えるようになれば、世の中はきっともっとよくなっていく。そう思います。




2016年が、皆さまにとって幸せな一年になりますように。
心からお祈りし、2015年の最後のご挨拶とさせていただきます。

来年も、どうぞよろしくお願いいたします。


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by ldc_nikki | 2015-12-29 23:06 | 日記 | Trackback | Comments(3)

2014年も残りあとわずか、皆様いかがお過ごしですか?
今年も、振り返ってみるといろんな人と出会い、いろんなことがありました。
嬉しいことも、悲しいことも。
でも、時は何もしなくても過ぎていき、何があっても移り変わっていく。
一年の終わりに振り返ってみると、それを実感します。

30代までは、あまり時間を意識したことがありませんでしたが、
40歳を過ぎてから、時間に限りがあるということをとても意識するようになりました。

残りの時間がどれくらいあるかはわかりませんが、私がこの世界に生きてる間に、できるだけ多くの謎を解きたい。
一つでも多くの謎に取り組み、真実の姿にいろんな方向からたどり着けるようにしたい。

そうすることが、私の残りの人生ですることなんだと思うようになってから、本当に時間の使い方が変わってきたように思います。

歴史を調べるようになって、一つ一つ進んでいくことの大切さを知り、今を大切にしなければ自分の進みたい道へ近づくことができないと知り、真実へ近づくこともできないことを知りました。

そして、それを積み重ねることによって、一つ一ついろんな願いが叶うようになりました。

11月29日。
初めての大浜八幡神社での奉納演奏とお話会。

一人でも来てくださったら、その方のために開催しようと思っていたのですが、
本当に予定以上の方が集まってくださり、楽しいひと時を過ごすことができました。

初めてお会いする方も沢山いて、会場に集まってくださった皆様全員が、このブログ読んでくださっている方で、驚きとともに、感謝の気持ちでいっぱいになりました。

いつか一度でいいから、この神社で奉納演奏がしてみたい。そう思っていましたが、私のお願いを一つ返事でお受けしていただき、篳篥、龍笛、笙の方がきてくださり、本当に素敵な演奏をしてくださいました。

突然思いついてすることになったお話会。

このお話会を境に、私のこれからの人生はまた大きく変わったような気がします。

来年は、またいろんなことが動きだします。
まだまだ、新しい芽が出始めた所ですが、その芽を少しづつ少しづつ育ていけたらと思っています。

歴史を調べ、一つでも見えなくなってしまった、過去と今を繋ぐ糸を見つけること。
そしてもう一つこれから私がしていくべき道が少し見えてきました。

「世界のすべてのものの繋がりを取り戻し、新しい未来の創生と全ての共存を実現する」

何だか、ものすごい大きなことのようにもとれるのですが、
本当は、これは特別なことじゃない、私はそう思っています。

私たちは、みんな繋がっている。
人と人も、人と動物も自然も地球も宇宙も、そして過去と今も、今と未来も。

本当は繋がっているのに、その繋がりを感じることができなくなってしまっている今に必要なことはこの繋がりをもう一度実感できる世の中にすることなんじゃないかと思います。

心が言葉をつくり、文章をつくり、現実をつくる。

歴史を知るためには、心を見なければ見えないように、
私たちの心が今をつくっている。

その心に何があるかによって、世の中は大きく変わっていくのだと思います。

「繋がっている」ということを頭だけでなく、心で体で感じることができるようになると
その行動は本当の幸せに向かっていくのだと思います。

繋がっていることを感じることと、歴史の真実に辿りつくことは同じだということを、
これからも伝えて続けていきたいと思います。

来年の干支は、

「乙未(きのとひつじ)」

2014年の今年は、これからの30年の始まりの年でした。
そして来年は、今年向かい始めた方向がより加速していくとも言われます。

私たち一人一人決断がとても重要な年となるかもしれません。

「善」という文字は、「言+未+言」を合わせてできました。

この二つの「言」は、中国では原告と被告を表していると言います。

古代中国では未が神の使いとして裁判に使われたため、
「善」という文字に使われたと言います。

「善」、違う二つの言葉(考え)のどちらを持って善とするかがとても重要になってくると思います。

未は神の使いとして、人間たちのどちらの言葉を善とするかを、じっと見ています。

2016年は、「示申」
「申」は神のこと。
来年2015年は、
神さまが示される2016年に向かって、本当は裁判として争うのではなく、
お互いが寄り添い、二つが一つになって初めて、
「善」になるのだと思います。

それができなければ、「善」ではなくなるということを、
一人一人が心に留めて過ごしていただけたらと願います。


来る2015年が、素晴らしい年となりますようお祈りし、
今年最後のご挨拶とさせていただけたらと思います。

よいお年を!
ありがとうございました。

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by ldc_nikki | 2014-12-31 00:53 | 日記 | Trackback | Comments(1)

新年あけましておめでとうございます。

2014年がスタート!
皆さま、お正月いかがお過ごしでしょうか。

お正月早々、沢山書きたいことはあるのですが、
今日は一人で映画 「かぐや姫の物語」を見てきたので、
その感想を書きたいと思います。

 「いまは昔、竹取の翁(おきな)といふもの有りけり」

で始まる竹取物語は、平安時代に書かれた伝説の物語。
この物語について、いろいろな解釈がされていますが、
私自身はまだ、はっきりとこの物語が意図したこと、この物語で作者が伝えようとしたその意味が
はっきりつかめていません。

そんなこともあり、
今回のこのかぐや姫の物語は、とても興味深いものでした。

でも当初、「かぐや姫の罪と罰」ということだけがクローズアップされ、
正直少し私の考えと違うかも?という思いがあり、見るのをそんなに急いでいませんでした。

でも、今日なんとなくかぐや姫の物語を見た人のレビューを読んでいて、
一人だけ他の人と違うものを、この中から読み取った人がいました。
その人の感想を見て、すぐに見ないといけないと思い立ち、
今日、一人見に行くことにしました。

もうご存知の方も多いと思いますが、
この物語は、実在の人物にある程度あてはめることができ、
飛鳥から奈良へと移行するその時期のことを
あらわした物語だと言われています。

 「いまは昔、竹取の翁(おきな)といふもの有りけり」

の竹取の翁とは、忌部氏の一族だと考えられていることも
もうご存知のところです。

そして、五人の貴公子は、
・中納言いそのかみのまろたり・・・中納言・石上麻呂(六四〇~七一七)
・大納言大伴のみゆき=大納言・大伴御行(?~七〇一)
・右大臣あべのみむらじ=右大臣・阿倍御主人(?~七〇三)
・くらもちの皇子=藤原不比等(六五九~七二〇)

そして、御門。
かぐや姫という名前をつけた人物は、忌部氏だとされます。
ということから、忌部氏側の人物が書いたものだという解釈もありますが、
私はそうではないかもしれないとも思います。

忌部氏は、必死で御門に詰め寄ろうとしましたが、
結局その座を、藤原に奪われてしまいます。
もし忌部氏側からの目線で書かれたものなら、
こういう内容にはならなかったのではないかと思うからです。

それよりも、忌部氏のした役割みたいなものが、
ここにあらわされているのではないかと思うのです。

実はかぐや姫ととても似ているお話があります。
かぐや姫は育てる相手が、姫ですが、
もう一つのお話は、男の子。

しかしどちらも忌部氏が深く関わっていたと思われる物語です。

私は、誰の目線で書いたということを断定するよりも、
かぐや姫の物語の中で作者が、伝えようとしたこと、言いたかったことは
何だったのか?
ということにとても興味がありました。

だから、今回の映画も同じ、
高畑監督が、この映画を通じて何を伝えようとしたのか。
それがとても気になるところでした。

人それぞれ伝わり方が違うと思いますが、
今日は私がこの映画を通じて受け取ったメッセージを
お話したいと思います。

まず思ったことは、
高畑監督という方は、やっぱりすごい方だということです。
かぐや姫が、何をさしているのか、誰か一人を特定することは別として、
かぐや姫が意味するものは何だったのか。
それをまるでわかっているかのような描き方に、
思わず鳥肌がたつほどでした。

映像のあちらこちらに、絶妙のタイミングであらわされるキーワードとなるもの。

何より驚いたことは、
まるでその姿を重ねあわせているかのように、
五人の貴公子がかぐや姫の前に座った時、
突然現れたもの。

わずかな演出とも言える映像の一コマですが、
私はこのシーンをみた瞬間鳥肌がたつほどでした。

他にも、竹はもちろんですが、桜、織機を使うその場面も、
なんとも言えないタイミングであらわされる。
もう私は、言葉が出ないほどの衝撃でした。

そして、何より今回の映画で、
私が一番感じたことは、
この映画の中に、女神がどうしてこの世から姿を消さなくてはいけなかったのか、
どうして、裏の世界、夜の世界(黄泉の世界)、浄土の世界へと
追いやられなくてはいけなかったその本質を伝えようとしていることでした。

今昔物語の中で作者が書いた竹取物語の意図が、
本当はどうだったかということは書いた人でなければ100%正しいとは
言えないかもしれません。

でも、高畑監督さんが、
竹取物語の中にこれを感じ取っていたのであれば、
それは本当にすごいことだと思います。

宮崎駿さんが、千と千尋の物語の中で、
千尋のお父さんとお母さんを豚にしてしまったことは今の世の中、
しかし、竹取物語の中の父さまとかかさまを
高畑監督は、父さまだけにその意味をかぶせていました。

その違いはとても大きい。

「まるで獣や動物と同じ」

そう言ったかぐや姫の言葉。

高価なものを得ること、贅沢なものを食べること、大きなお屋敷に住むこと、
地位を得ること。。。。
それらを追いかける、まるで獣と同じ。

父さまは自分の地位のために、姫を御門へと嫁がせようとする。
五人の貴公子たちは、高価なものをあげることで心を動かされると思う。

お金を持ち、地位があり、位の高いところへ嫁にいくことが
女の幸せだと勝手に思い込む。

男たちが一番だと思うものは、お金であり地位。
そのためなら相手を殺してでも、戦ってでも得ようとする。

しかし、それをかたくなに拒み続けた姫。
そんなものに心を奪われることもなく。
そして、月へと帰って行った。
誰のものにもなることなく。。。。。

あの時代、何が間違っていたのか。
何をしようとしたのか。
どうして姫は消されてしまったのか、
その意味もまた、この物語の中に高畑監督が見たものと
重なるのです。

そして、私がこの映画を見て一つ気づいたことが、
これまでは、かぐや姫という存在は、
実在する人物ではないと思っていたのですが、
もしかしたら、かぐや姫にあてられた人物がいたかもしれないということ。

そして 「月に帰った」 その意味は、
その人物の持つ意味でもある。

ただ勘違いしないで欲しいのが、
瀬織津姫という女神の存在がその人物だというのではなく、
その意味を持つということです。

その意味を持つとはどういうことかというのは、
ここではまだお話することができません。

よく瀬織津姫の生まれ変わりとか、
瀬織津姫をある特定の人物にあてはめたりしますが、
瀬織津姫という存在は、
誰か一人にあてはめることができるのではないということは
書いておきたいと思います。

あの時代起こった歴史を、現実と空想(考え方を元にして)を
入り交えながら、その根源となるかぐや姫の意味を
しっかりと組み込みながら書かれたもの

それが、 「竹取物語」 なのかもしれません。

平安時代までは、語り継がれていた歴史の真実。
その真実、歴史が動いた意味、人の心の変化、欲望、
それらを伝えようとしたもの

それが 「竹取物語」 なのだと。

この映画が2013年~2014年にかけて公開されることも
偶然ではないように私には思えます。

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by ldc_nikki | 2014-01-03 01:53 | 日記 | Trackback | Comments(10)

2013年も、残り後わずかとなりました。
大晦日、皆様いかがお過ごしでしょうか。

12月は、仕事がとても忙しくもっと更新をしようと思いながら
なかなか更新することができませんでした。

歴史の勉強をする時間もあまりなく
毎日の仕事をこなすのに精いっぱいでした。

心の隅で、もっと以前のように歴史を考える時間をとりたいと思う気持ちがありますが、
今私がいる場所、しなくてないけないことが一番近道なんだと信じ、
今できることを一生懸命することだけを考え、
今年一年過ごしてきました。

以前の私なら、焦る気持ちや不平不満を言っていたかもしれません。
でも、姫のことを知ったあの日から私の考え方は大きく変わり、
今与えられたことが大事なんだと、
心から思えるようになりました。

これも、姫に出会ったおかげ、
歴史に出会ったおかげだと今はこの道に私を導いていただいたことを
心から感謝しています。

2013年、振り返ればいろんなことがありました。
神戸の写真展から始まり、
一年間に数えきれない人との出会いがありました。

また、人だけでなく、
自然の中にも、聞こえてくる音の中にも、手にするものの中にも、
見えるもの、聞こえてくる音、沢山のものとの出会いがありました。

また今まで当たり前のように目の前にあったものでも、
新しい一面や、違うものの見方、考え方、感じ方があるということを、
深く考えさせられてた一年でもありました。

歴史は、出来事は一つでも、それぞれの人によって
感じ方も受け止め方も見え方も違うということを知り、
私たちが今生きている中でも、
同じように、人によって大きく考え方が違い、その見方、感じ方によって、
明日が変わっていくものだということがよくわかってきました。

日本だけでなく、
世界中が同じような道を選んできた歴史。

それによって、経済的に豊な生活ができるようになった人たちもいれば、
今も貧困に苦しみ、差別に苦しんでいる人たちがいる。

人の心から信仰心がなくなり、大切なものを見失い、自然と私たちの繋がりを感じなくなり、
物質的なもの、人間の欲望を叶えてくれるものにばかりを
重視するようになり、権力に溺れ、人より優位にたつことに喜びを感じ
見る目線も考え方も、どんどん変わってきました。

歴史を見る目線も同じ、
多くの人がまるで競うように一番を見つけようとする。
日本の始まりはどこか、古事記が日本の始まりだと思う。
神話の表舞台ばかりに目を向け、
神話の全てが正しいもの、美しいもの、素晴らしいものとし、
その裏に隠された陰の部分には、誰も目を向けようとしない。

いつも笑顔でいること
いつも楽しい気持ちでいること
いつも幸せな気分でいること
いつも綺麗なものだけ見ること

それらは確かにとても大事なことだし、
いつも暗いことばかり考えていては、
前に進むことはできない。

でも、何かが間違っている。

暗く考えるのではなく、
陰の部分もしっかり見えなくては本当の幸せはやってこないということを。

それは
神話の裏に隠された、人間の心の闇の部分を見ようとしないことも同じ。

どうして神話をつくらなければいけなかったのか。
どうして古事記を書かなければいけなかったのか。
どうして経済ばかりを優先し、命を大切にすることができくなったのか。

「神話を忘れた民族は滅びる」

と言われますが、
この言葉の本当の意味は、
神話を忘れることは、そこに隠された真実もまたわからなくなってしまうからなのではないでしょうか。

神話の全てが素晴らしいのではなく、
神話の中から読み取ることができる人の歴史、人の心の闇、人が選んだ道を
見ることが神話以外からはもう知ることができなくなってしまっているからではないでしょうか。

神話から本当に読み取らなくてはいけないのは、
神話の舞台を探すことでも、
神話の主人公がだれかを特定することでもなく、
神話の中から読み取ることができる、人が選んだ道、
人がつくろうとした世界、人が重視したもの、
そのアンバランスな選択が、
1300年たった今、大きな歪となってあちこちに現れてきているということを
読み取らなくてはいけないのだと思います。

来年は、「甲午」

60年に一度訪れる暦。
出雲が60年に一度遷宮されるのも、暦が一巡するからだと言います。

古事記が1300年を迎え、
出雲大社と伊勢神宮が新しい出発し、
そして来年四国八十八ヶ所が、1200年と言う節目にあたり、

暦は 甲午となる。

甲午とは、

変化の年になると言います。
私たちの意識が何を望み、何に向かおうとするかによって、
これから始まる60年の暦は、
大きくその道へと舵をきる。

名もない私には何もできないかもしれません。
でも、影となったその姿を、影となったその意味を
影とされながらもずっと支え続け、私たちの欠片となって
有り続けることを知ってしまったからには、
それを何かの形で残すこと、
それが今の世の中にどんな影響を与えているかということを、
もっと詳しくもっと正確に知り残していかなければいけないと強く思います。

生きている間にはもしかしたら理解されないかもしれませんが、
いつか、きっと必要な時がくる。

そう信じて続けていきたいと改めて決意した一年でした。

このブログをご覧頂いてくださっている方は、
想像以上に多く、ここに書くことの重さを感じています。

でも、皆さんが見てくださることが私の励みでもあり、支えてでもあります。

ご覧頂いている皆様全てに、
心から感謝をしています。

2014年が皆様にとって素晴らしい年となりますことをお祈りし、
2013年最後のブログとさせていただきます。

本当に本当にありがとうございました。

よいお年をお迎えください。

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by ldc_nikki | 2013-12-31 20:39 | 日記 | Trackback | Comments(0)

心を見つめる

こんばんは。

今日、今治で小さい子供を道連れに、30代の女性が焼身自殺をしたと報道がありました。私は、仕事でお寺を訪れた際にその話を聞きました。
どうしてそんなことをしたのか。
思い詰めて、普通の状態ではなかったのだと思いますが、
どうしてこんなにも自殺をする人が多いのか、
しかも小さい子供を道連れに。
子供たちのことを考えると、胸が締め付けられる想いです。

どんなことがあっても、生きて前向きに生きてさえいれば、
いつかは光が見えてくるのに。
身近な人の中でも、数人自殺をしました。
生きたくても、生きることができなくて亡くなってしまう人もいる。
それなのに、どうして自殺という選択を選んでしまうのか。

「命」

自分自身の命はもちろんですが、自分以外の命、それは人間の命だけでなく、
動物の命、自然の命、そして地球の命。
命とはなんなのか。物に溢れ、お金に支配され、経済中心で考え続けてきた歴史。

「生きる」

人はなんのために生きるのか。
どうして生きているのか。

それは、裕福な生活をするためでも、お金を儲けるためでも、争いをするためでもないはずなのに、命よりも、そんなものを重視するようになった、根本的原因を考える時期にきているんじゃないかと思えて仕方ない。

世の中では、毎日、多くの犯罪が起こっていますが、それに比例するように、それに対する罰を増やす。
でも、いくら罰則をきつくしても、問題は一向になくならず、それどころか
どんどん増えていく。
罰則では、犯罪はなくならないことはわかっているはずなのに。
全ては、人の心になんらかの問題がある、それは自分だけの問題ではなく、
社会全体の心の問題。

どこに問題があるのか、それを見ることができないのは、全ての問題は、表面的なものに問題があるとしか考えないからなのではないかと思う。

考えることをやめてしまい、外にばかり、他人にばかり問題の原因をみようとし、
自分の心に問題があるということをわからなくなってしまった。

それは、長い歴史の中で、積み重ねてきた問題でもあり、
一人一人が、自分の心の奥へと、その原因を見ようとしなくなったことでもある。

どうやって自分の心を見たらいいのか。
自分の行動や思考が、自分が見えない心の中で左右していることを、
知る方法がわからない。
それは古代の歴史を見る方法と同じで、自分の出した答えが、どうしてそう思うのかと、何度も何度も、なぜがなくなるまでつきつめていくしか方法はない。

もっと多くの人が、心をもっともっと深く見つめることができるようになれば、
生き方、考え方が変わってくるのではないかと私は思います。

そうしなければ、本当に理解することはできない。
理解したつもりになっているだけで、本当はそれも上辺だけでわかったような気になっているだけだということを、私自身が身をもってそれを感じてきた。

こんな悲しい事件が少しでもなくなるようにするためには、
全く関係ないと思われる私たち一人一人が、もっともっと心を見つめなおさなければ方法はないと思う。

まずは自分を知る。他者を変えようとするのでも、世の中を変えようとするのでもなく、一人一人がもっと自分という人間を、心の奥底にあるものを、もっともっと知ることから始まるような気がします。

どうか、こんな事件が起こらない世の中になりますように。

心からご冥福をお祈り申し上げます。

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by ldc_nikki | 2013-12-08 02:19 | 日記 | Trackback | Comments(2)

言葉とは、表とは、

こんばんは。

今日は今年一番の寒さ。
ここ愛媛でも、山は雪で白く彩られ、急に冬が訪れたようです。

ブログではなかなか更新できませんが、
相変わらず頭の中は、
歴史のことでいっぱいです。

歴史のことを深く考えるようになって、
今まで、気にならなかったことが、とても気になったり、
私たちが、今まで考えてきたことは、ある意味洗脳に近いものだったんだと
わかってきたり、歴史を調べることが単なる、歴史だけにとどまらず、
いろんなことを深く考えるようになりました。

これまでの歴史を研究する人たちは、
ただ、表面的な記述ばかりが気になり、そこに書かれてあることからしか
歴史を見てこなかった。

ただ、これは嘘のことを書いているとか、
これは本当のことだとか、
古事記一つにとっても、ここに書かれてあることが
どこの場所のことだとか、
ここが始まりの地だとか、
そんなことばかりに気をとられいるせいで、本当のことが見えなかったのではないかと
最近強く感じます。

始まりの地って、何をもって始まりというのか。。。。

本当の源を、忘れ、見えないまま、
何が始まりなのかと、疑問を感じずにはいらなれない日々が続いています。

そんな中、昨日、ある言葉が目に止まりました。

「アワ女とサヌキ男」

昔から言われているというこの言葉の意味を、
アワを女性性の意味としている。

アワ=女性性とは、「分け与えること」

私は、この言葉を見て、言葉ってなんて便利なんだろうと、
「分け与える」という、本来は、とても素晴らしい意味ともとれる言葉が
私には、とても都合のいい言い方にしか見えなかったのです。

「ものは言いよう」

という、言葉がありますが、本当に言葉って(日本語)って、
その通りだなと思うのです。

「分け与える」という言葉を見て、
きっと、私以外のほとんど人は、なんて心優しいと思うと思います。

でも、私の中では、
「アワ女」 の意味する 「分け与える」は、
「利用される」 という意味と同じなのです。

どうして、分け与えると利用するが、同じ意味なるのか、
誰にもわからないかもしれません。

それが、「ものはいいよう」歴史の謎を解けないことに繋がるのです。

言葉の奥に込められた想い、
言葉の背景にある状況、

それは、「分け与える」だけは、見えないのです。

例えば、
自分の大切な子供が特別な能力があるからと、ある日突然誘拐されてしまい
誘拐された子供は、他の土地でその能力を使って、大国を築いていったとします。

奪われた両親は、どんな気持ちになるでしょう。
もし自分が奪われた側の人間なら、どんな想いがするでしょう。

しかし、反対に奪った側の人たちは、
その能力のおかげで、豊かの国となり、その繁栄の元、裕福な生活ができるようになったとしたら。
奪ったことよりも、その力で繁栄ができたことを、
喜ぶでしょう。

そして、その力は、「分け与えてくれた」 と言う。

それが、本人の意志でなくても。

誘拐された子供は、自分の故郷に帰ることもできず、
自分の本当の名前も明かされることなく、
その身を光にあてられることなく、
ただひたすら、奪った人たちのためにあり続ける。

もし、自分が親の立場だったら、兄弟の立場だったら、
血の繋がる一人だとしたら、
どんな想いがするでしょう。

そんな相手の気持ちも考えず、
自分たちさえよければいい、自分たちだけ栄えることができればいい、
自分たちの暮らしさえ裕福になればいい、
自分たちだけ、権力を持つことができればいい。

まるで、今の時代とそっくりだと私は思えてしかたがありません。

「言葉」

それは、それぞれの立場で、いろいろな形となって
言い表されられる。

一つの出来事を、誰かに伝えようとした時、
それは、自分の立場で言っているということを見抜かなければ
その本質を見抜くことができないということを、
歴史が私に教えてくれました。

本当に、見ないといけない歴史は、
古事記でも、卑弥呼でも、イザナミでも、神武天皇でも・・・・・
なく、それら全ての奥に繋がる、一番大切なものの歴史なのではないかと
私は思います。

それを知ることが、
これまで沢山の命が繋がれ続いている歴史に、
本当の意味を持たせることになるのだと。

私たちは、一番大切なものを見ようとせず、
華やかな歴史の登場人物や、歴史に名を残す偉大とされる人物や、
表の歴史ばかりに目を奪われ過ぎてきたのかもしれません。

瓊瓊杵尊が、磐長姫を選ばず、木花咲耶姫を選んだことと同じように。。。。





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by ldc_nikki | 2013-11-20 00:51 | 日記 | Trackback | Comments(8)

心の糸

こんばんは。

お久しぶりです。
もう10月ですね。みなさん、お元気ですか?

私は、健康診断で初めて再検査の通知がきて、今日胃カメラの検査を生まれて初めてしてきました。
軽い胃炎と、ポリープ。
念のため細胞ととりましたが、多分良性だということで一安心しました。

4年前、神社に行き始めたころも癌と間違えられて、
初めて真剣に「死」を考えましたが、やはり病気になってみないと
わからない心があると、今回も感じました。

検査を受けるだけでも、結果を見るまで不安でいっぱい。
これだけ、神社やお寺を周っていても、やはり、病気は怖いもの。
今、この瞬間にも、死を宣告され、死と向き合わなければいけない人が世の中には沢山います。
そん方々の想いを考えると、なんと言っていいかわかりません。

誰でも命には限りがあり、いつか終わりがくる。
この世界から離れた後、今生きていることは全て忘れてしまうのだろうか。
辛かったことも、楽しかったことも。

生きている間、人は欲望を満たすために生きる。
でも、いくら欲望を満たしても、単なる自分だけの欲望ならば、それは何のためにもならず、
その一瞬の欲望を満たしたことだけにすぎない。

生きるとはなんなのか。

今の世の中は、経済優先、お金が優先。
命よりお金の時代が、どんどんエスカレートしています。
本当にそれでいいのかと、こうして歴史を調べ、いろいろなことがわかってくるごとに、
疑問がわいてきます。

人の欲望を満たすために、自然は破壊され、海や森は汚染され、
どんどん、生き物が住めない世界になりつつある。

これ以上、何を望むのだろう。
これ以上、会社を大きくすること、経済を優先させることに何の意味があるのだろう。

バブルが崩壊し、グローバル社会と言われ始めて、もう随分時が過ぎました。
しかし、この世の中の何がそんなによくなったのでしょう。

そろそろ、何も変わっていないことに、それどころか、ますます、
地球に暮らす命にとって、悪い方向へと進んでいることに、そろそろ気づいてもいいころなのではないでしょうか。

明日、10月2日は、いよいよ
伊勢神宮 遷御の儀。

18時から、動画で配信されます。
私はリアルタイムで見ることはできませんが、後で見たいと思います。

伊勢神宮。
今から1300年前、持統天皇より始まった、
式年遷宮。

太陽の登る方角につくられた伊勢神宮。
太陽の元の国として新しく始まった、倭の国、日本。

伊勢神宮の本当の意味は誰にもわからなくても、その奥には今も生きつづいている。
それまでの倭の大事にしてきたものが。

大陸の東の果て日本。
それは朝日が昇る場所として、ぴったりだったかもしれません。
でも、この世界を照らす光は太陽だけではなく、
命は、太陽だけでは、生きることも繋ぐこともできない。
それは今の日本に必要なもの、必要な心。

私たちが、日々とっている行動は、全ては心が決めていることの延長線上で、
その心から行動までを繋ぐ糸を先端までたどっていけば、そこに全ての原因がある。

もし今の世の中が少しでも、間違っていると感じるならば、
それは心の源に、何か忘れているもの、影に隠れてしまっているものがあるからなのだと思う。

歴史で隠されたことは、単に歴史の中で隠されただけでなく、
同じように、私たち一人一人の心の中にも、隠れてしまっているのです。
消えてなくなったのではなく、ただ、見えなくなってしまっているだけなのです。

それを見るためには、これまでたどってきた、数千年の歴史をさかのぼるかのように、
少しづつ少しづつ、忘れてしまったものを思い出していかなければいけません。

何度も生まれ変わってきたこの魂を遡るかのように、
魂の源を、探していかなければいけません。

だから、そこにたどりつくまでには、ほんの少し時間がかかるかもしれません。
でも、心がそれを見たいと思うなら、必ず源へとたどり着くことができると私は思います。

私もまだ源へとたどり着いているわけではありません。
でも、ほんの少し近くたどり着くことができていると、やっと思えるようになってきました。

本当はとてもシンプルで、簡単なこと。
でも、そのシンプルで簡単なことを、心の底から必要だと感じることができるようになるために、
私が自分の中の絡まった糸をほどいて行ったように、
皆さんの心の中の絡まった糸をほどいていけたらいいなと思います。

多くの人が、残してくれた微かな足跡をたどりながら、
過去へとさかのぼっていく旅。

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by ldc_nikki | 2013-10-02 00:06 | 日記 | Trackback | Comments(3)

数あるブログの中からお越しいただきましてありがとうございます。 不思議な数々の出会いから、今は、愛媛の神社めぐりをしながら、神社や女神様そして、神話の神々の伝説を調べています。
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