カテゴリ:愛媛県今治市( 40 )

来島の海

お久しぶりです。
皆様、お元気ですか?

2015年も、早3ヶ月が過ぎ、桜の花が咲く季節になりました。

昨日、ブログの読者の方から、一通のメールが届き、とても嬉しく久しぶりにブログを書いてみようと思い、
パソコンに向かっています。

ブログを更新しない日が続いているにも関わらず、多くの方がご覧になってくださっていて、本当に感謝しています。
相変わらず、私は毎日忙しい日々を送りながらも、頭の片隅にはいつも歴史のことが頭から離れず、気になることがあれば、本を広げたり、ネットで検索したりと、歴史の謎を追いかけています。

日に日に、私がこうではないかと思っていたこと、確信に変わり、一つ一つですが、いろんなことがわかってきています。

今の世の中に通じる歴史。
私たちが、今直面している沢山の問題は、歴史に通じ、今の世の中は、それをきちんと知ることから始まると
強く感じています。

心が現実をつくり、心が言葉をつくり、心が文章をつくる。

心とは、その人の行動全てに繋がっていて、心の奥にある一人一人の考え方、思考が、私たちの全ての行動に影響を与えている。
だから、まずは、心を知ることから始まると歴史を通じて学びました。

『心を見る』

それは、歴史を知る上でも、自分を知る上でも、とても大切なことです。
それを見ることができなければ、本当の歴史を見ることができない。

特に、私がずっと見ようとしている歴史は、それができなければ見ることができません。

よいとか悪いとかではなく、真実を知ることが、どれだけ大切なことか…

私たちは、子供の頃から、常識と言う世界の中で大きくなり、偉い人たちが言うことが正しいことだと教えられてきた私たちは、それだけではないさまざまなことに疑問ももたないようになってしまいました。

疑問を持つということは、反抗するのではなく、拒否するのでもなく、排除するものでもなく、まずは考えその意味を知ろうとすること。
そして、知ること。
そして、それをちゃんと受け入れることから始まる。

それは自分自身も、歴史も同じ。

歴史を通じて学んだ多くのことを、少しでも多くの人に、伝えることができたら。
歴史を伝えることと一緒に、伝えていけたらいいな願っています。

昨日、今治市波止浜から、船で5分のところにある、小さな島、来島に行ってきました。

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ここは、中世に活躍した、村上水軍の一つ、来島村上水軍の本拠地でした。
また、ここは神の島とも呼ばていました。

今治市周辺には、特に潮の流れが早いところが、三ヶ所あり、この島の周りはその一つです。

海は川のように流れ、船が前に進めないほどの急流。
急流に囲まれ守られている島、それが来島です。

ここにも、小さな神社があり、一社は河野氏が来島の守り神として祀ったという、八千矛神社があり、山の中腹には、村上氏を祀ると言う村上神社があります。

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村上神社の上には、本丸跡があります。

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ここからは、来島海峡が一望できます。
ここ来島海峡を含む、芸予諸島は、弥生時代から、海が一望できるところが見張りの場所となり、また、祭祀の場所にもなっていました。

大三島近辺の島々には、巨石とともに、今もその跡が残ります。

古代、大きくわけて、二度の大きな戦いの舞台となった、この海。
飛鳥時代には、天智天皇が作ったとされる城があり、弥生時代には、多くの高地性集落遺跡がありました。

時に、天智天皇の時代に起こったであろう戦いは、私たちが学校で習う歴史とは少し違うものだったかもしれません。

また、この海は、御手洗の神の海と呼ばれ、祓いの海でもありました。


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来月4月5日から、大三島で私の歴史講座が始まることになりました。


……………………………………………………………………………………………

★日時…2015年4月5日(日)14:00~15:30
★場所…カフェ&レストラン典座(てんぞ)様にて。
愛媛県今治市上浦町井口7333
  (大三島IC降りてすぐの信号を左折→車で1分、左手) 
  TEL 0897ー87ー2224
★内容…歴史講演会『大三島の歴史を教わろう』
シリーズ1…基礎的な古代のこと
★人数…先着30人限定
★費用…参加費1,000円(ワンドリンク+お茶菓子付)
★主催…しまの学校かみうらら
facebookページ 『しまの学校かみうらら』
https://www.facebook.com/kamiurara.sakari?fref=ts

大三島の歴史は、日本の歴史を知るためにどうしても知っておかないといけない場所。
大三島のことを知らずして、日本の歴史は語ることができない。
私は、そう思っています。

興味がある方はぜひご参加ください。

この講座は、シリーズで月に一度くらいのペースで行うそうなので、少しづつ大三島の歴史を中心に、歴史を知らない人でもわかるように、お話をしていきたいと考えています。

フェイスブックをされていない方は、私に直接ご連絡頂いても大丈夫です。
ご対応させていただきます。


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島に咲いていた椿の花です。
椿は、古来より日本にあった木で、冬でも枯れないその姿は、永遠の命を意味するとても神聖な花でした。
その神聖な花が、時として、鬼となり、化物となる。

それは、瀬織津姫が三途の川の女神と言われることとある意味同じで、この花に女神の姿を重ねていたからだと思います。

女神は時として、とても神聖な神となり、時として死の神となる。
人それぞれ、女神に対しての目線が違うからなのです。

人は、その人の目線によって、悪にも善にもなる。
全ては心次第なのです。

心が変われば、見えるものも変わる。
その意味を、歴史通して私たちに教えてくれるかのようです。

『心を見る』

四国八十八ヶ所を巡るお遍路は、心と向き合う旅とよく言われますが、心と向きあうことによって、今まで見えなかったものが見えてくる。
心が変われば、見えるものが変わる。

多くの人が見えなくなった大切なものが、また一人に一人の目に映るようになるように。
私は、これからも命あるかぎり、一つ一つ、過去と現在を繋いでいきたいと思います。

そして、できるなら、現在と未来を、新しい形で繋いでいきたいと思います。

これからも、末永くどうぞよろしくお願いいたします。









by ldc_nikki | 2015-03-24 00:41 | 愛媛県今治市 | Trackback | Comments(0)

夕日の照る国

こんばんは。

愛姫伝のお話会まで、後一ヶ月となりました。
ブログやフェイスブックページを見て
お申し込みしてくださったみなさま、ほんとうにありがとうございます。

ブログとフェイスブック意外で
ほとんど何も宣伝していないのですが、
こうしてまだお会いしたこともない方がお申し込みしてくださり
ほんとうに感謝しています。

残り、後5名となりました。
もし、まだどうしようかなと迷っていらっしゃる方がいましたら
どうぞ思い切ってご連絡ください。

男性も現在6名ほどいらっしゃいます。

お申し込みしてくださる方は
ほとんどがお一人です。

きっとメールやお電話をするのに勇気がいっただろうな。と思います。
私でももし逆の立場だったらとても勇気がいると思います。
そんな中ご連絡いただいたことが、ほんとうにうれしいです。

私が神社のことを始めたきっかけの、
大浜八幡神社で、こうして集まれることに、心から感謝します。

「夕日の照る国」

古事記の中で、

「この地は韓国(からくに)に向かい、笠沙(かささ)の岬まで真の道が通じ ていて、朝日のよく射す国、夕日のよく照る国 ...」

と書かれているところがありますが、
遮るところがなく、海から朝日が昇り、夕日の光の道ができる場所。
まるで、竜が島々を縫うように、光の道を通る。

そんな場所はこれまでほとんど見たことがありません。

しかも、それが陸地部で見れる三角になった土地。

世界地図を見てみても、
そんな場所は、たった一つしかありません。

愛媛は、四国でも西側に位置するため、
夕日がとても美しいところです。

初めて愛媛に訪れ、夕日を見たら
誰もがその美しさに魅了されるといいます。

そんな愛媛の中でも、
特に今治市は、夕日だけでなく、朝日も登る場所です。

海の上を光の道ができる。
真っ赤な太陽が沈むその方角に、
光輝く光の道ができる。

夕日の沈む方向は、浄土があると考えられていました。

浄土、
それは、あの世。
この世での命をまっとうし、
元いたところへ戻っていく。

それが、天国でもあり、浄土でもあり、
魂のふるさと、命の源でもある。

太陽を基準に考えると、
人は太陽が沈む方向を、あの世、
死んでいくところと考える。

この世を基準に考えると、
死ぬところは、全てが終わってしまうと感じてしまう。

何が正しいのか、どの考え方が正しいのかなんて、
私たちにはわからない。

ただ、一つ言えることは、
私たちの考え方次第で、
夕日の沈む方向は、
浄土にもなり、天国にもなり、ふるさとにもなるということ。

心次第で、
それはどんな風にも形を変えることができるということ。

太古の昔の人々は、
私とは全く違う考え方をしていました。

命は自然も動物も人間も同じように循環し、
繰り返すと。

人間の命も動物の命も自然の命も
全ては一つのものから生まれ、繋がっている。
だから、命は全て大切なもの、全ては家族と同じだったのです。

心で見るものが変わり、見えるものが変わり、
行動が変わり、現実が変わる。

誰かが今の世界をつくっているのではなく、
私たち一人一人の心が、習合し、
現実を作り出している。

だから、現実を変えるためには、
だらかが何かをしてくれるのを待つのではなく、
自分一人が変わってもしかたないのもなく、
まずは自分から、自分の心が、変わらなくてはいけないと
私は歴史から学びました。

形は心がつくる。
心が形をつくる。

しかし、やっかいなことに、
形の表面だけ見ても、表面からは心を見ることはできない。

人は形に心を合わせ、
形に心が惑わされる。

それは現実の世界でも、
歴史も同じ。

歴史を見るためには、
まずは、自分の心が、形ではなく、心を見ることができなければいけない。
まずは、自分自身の心を見ることができなければいけない。

私は、
この6年間、歴史の形ではなく、その形をつくった人々の心を見ようと
してきました。
最初は、自分が心を見ている意識はありませんでしたが、
知らず知らずのうちに、歴史を見ながら、自分の心とも向き合うようになり、
自分の心がこれまでさまざまなことがあった現実を作り出していることに
気づきました。

それと並行して、
歴史の謎も少しづつわかってきました。

まだまだ、もしかしたらたどり着いていない、
自分の心があるかもしれないと思います。

まだまだ、歴史も謎ばかりです。

歴史を見ることと、
自分の心を見ることは同じ。

どんな心がどんな現実を作り出し、
それが歴史をつくり、今の世の中に繋がっていくのか。

今を変えるためには、
心を知り、心を変えるしか方法はない。

私が何かを伝えることができるとしたら、
心が作り出している現実に気づくことができるよう
歴史からお話することかもしれないと最近思います。

四国八十八ヶ所は、
自分の心を見つめる旅だといいます。

心を見つめることによって、
私が歴史の謎が解けたように、
大切なものに近づくためなのかもしれないと思う。

大切なものに近づくと、この夕日の先に見えるものが
もしかしたら今と全く違う姿になっているかもしれません。。。。


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by ldc_nikki | 2014-10-31 02:13 | 愛媛県今治市 | Trackback | Comments(0)

大浜八幡神社の元旦

こんばんは。
お正月も終わりお仕事が始まった方も多いことと思います。

私も明日から仕事がスタートです。

皆さんはお正月どんな風にお過ごしでしたでしょうか?
私は、大晦日から元旦にかけて
いつものように大浜八幡神社へ初詣。

でも、今年は、
大浜八幡神社へ行く前に、
今治市最古のお寺 

「石中寺」へ行ってきました。

石中寺は、昔、今治市中寺というところにあり、
中寺の地名になったお寺でもあります。

このお寺は、役行者とも関係が深く、
役行者が石鎚山を開山する前にいたとされる所で、
ここから石鎚山へと出発したとされています。
このお寺の僧侶とともに。

石鎚山は、役行者によって
「石鎚蔵王大権現」を出現させ、開かれたとされています。
その時開かれたお寺を、
天川寺と言います。

まるで、奈良県の天河大弁財天と同じように、
役行者は石鎚山を仰ぐ場所にお寺を建立しました。

石中寺は、もうなくなってしまっているとばかり思っていたのですが、
昨年、仕事の途中に偶然見つけた
「神変大菩薩」の旗。

その旗に導かれるように、旗の建てられている所を辿っていくと
そこに石中寺がありました。

お祭の前で旗を出していたらしく
普段何度も通っている道から少し入った所、
しかも、大浜八幡神社のすぐ上にあるなんて、
まったく知らなくて、
本当に驚きました。

二度目に訪れた時、
住職さんともお話ができ、お弟子さんたちとも仲よくなり、
今回大浜八幡神社へ行く前に、
どうしても行かないといけないという気持ちになり、お寺へ行きました。

大晦日なのに、
お弟子さん以外だれもいなく、
静かな本堂の中で、2013年最後のお努めをされているところでした。

以前は役行者に対してあまりいい感情はなかった私なのですが、
このお寺に行き始めてからほんの少しづつ
その気持ちが変わりつつあり、
なんだか最近は、とても近い存在に思えてきました。

不思議ですね。

お寺で2014年を迎え、
大浜八幡神社へ。

いつものように
瀬織津姫の社へと向かい新年のご挨拶をすませ、
杵築神社のオオクニヌシにご挨拶をし
小千命の銅像へ、ご挨拶をし、
本殿へ。

いつもは静かな境内が、沢山の人で賑わい、
本殿の中では宮司さんがご祈祷を行い、
境内では、氏子のみなさんが御餅つきをし、
参拝者の方へ、お餅をお配りしていました。

私も参拝が終わってから、
御餅つきをさせていただき、
お餅を丸めるお手伝いのを一緒にさせていただき
無事、お正月を迎えることができました。

この神社へ行き始めてから
私の人生は大きく変わり、
今の私があります。

原点を忘れることなく、
常に最初の気持ちを胸にとめ、
今自分がやるべきことを、ただ一心にやり続ける。

ここへ時々こうしてくる度に、
その気持ちを自分で確認しているような気がします。

瀬織津姫、大国主、小千命、饒速日命。

私の調べる歴史に、大きく深く関係する
4柱の神さま。

ここからのスタートだったからこそ見えること、
ここが原点だからこそわかる歴史。

大浜八幡神社と出会えたことに
心から感謝。

今年も、ここからスタートします。

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愛姫伝神社・お寺・観光マップ
by ldc_nikki | 2014-01-07 01:35 | 愛媛県今治市 | Trackback | Comments(5)

新年、明けましておめでとうございます。

2013年、元旦。
新しい年が明けましたね。

皆様、元旦どのようにお過ごしでしょうか?
初詣に行かれたでしょうか?

私は、12時になってから家を出て、
やっぱり私の原点でもある、大浜八幡神社に行ってきました。

昨年は、
少し行く時間が遅かったたので、
神社につくと、人はほとんどいなくて、
氏子の方々だけが、お餅つきをしていました。

そんな中、昨年は御餅つきのとりをとらせていただきました。

そして、今年。
神社へつくと、人、人、人、
いつもとは全く違う、神社の光景でした。

氏子の方々が、
「今年は多いな~。」と話している声が聞こえてきて、
去年よりも沢山の人が訪れていることを知り、
とてもうれしく思いました。

いつものように、
手を浄めると、瀬織津姫が祀られるところへ。
旧年中の御礼と、新年のご挨拶を済ませ、
ふと後ろを振り返ると、行列ができていてびっくり♪

普段は、ここに参拝する人をあまり見たことがなかったので、
本当にうれしく思いました。
少しづつ、少しづつ、参拝する人が増えているのかな。
そんな気がしました。

そして隣の、大黒さまが祀られる所へ。

そして、父である、「小千命」の銅像へご挨拶。

この銅像の前で手を合わせる人はほとんどいないので、
周りの人がちょっと不思議そうな顔で見ているのがわかりました。
でも、そんな中、私たちが手を合わせている姿を見て、
銅像の横に書いてある、小千命の説明を読んでいる数人の女性がいました。

この銅像の人が、どんな人なのか少しは知ってもらえたかな~。と思いながら、
メインの拝殿へ。
拝殿には人が並んでいて、少し待って参拝。

おみくじを引いて、お守りを買って
御餅つきへ。

昨年は、ほんの少ししかつけなかったのですが、
今年は、なんと二臼もつきました。
途中少し疲れてやめようかと思いましたが、
臼の中のお餅を見ているうちに、なんだか、姫とニギハヤヒが一つになっていくんじゃないか。
そんなことが頭をよぎり、手を止めるのをやめました。

お米がどんどん繋がってネバナバのお餅になっていく姿が、
どんどん二つの力が合わさっていくように思えたのです。

お餅ってきっとそういうもんなんだ。と、初めて体感で感じたような気がします。

頭でわかっていても、体がわかっていない、心がわかっていない
そんなことが自分にどれだけ多いかが、神社に行き始めて知りました。

2013年の元旦、
また新たな古代の人々の感覚が蘇ったようなそんな気がしました。

その後、ついたお餅を自分でまるめて、
あんこをつめて、完成♪

お餅をほとんどつくったことがなかったので、
1個目は、ひどい形。
氏子の奥様方に、こうしてこうして、こうするの。と
一つ一つご指導を賜りながら、
つくったにも関わらず、まったく酷い形^^;

しかし、2個、3個とつくるうちになんとか形になってきました。
2013年の年明けは、
氏子の皆様と、こうして一緒にお餅をつけたことが
何よりの喜びでした。

これも神社とのご縁ができたおかげです。

2013年の干支は

「葵巳(みずのとみ)

「葵巳」は、干支の組み合わせの30番目

干支の組み合わせは、全部で60あるので、ちょうど真ん中にあたります。

十干(じっかん)は、名前の通り、10の種類があるので、
10年に一度、まわってきます。
「葵」は、十干(じっかん)の十番目にあたり、
ちょうど、一つの節目にあたります。

2013年の‘癸’は、今の世代に入った1984年から数えて三回目、
干支のちょうど半分を終える年となります。

ということから、これまでの30年に
一つの締めくくりを行う年とも言われています。

そして組み合わせのもう一つ、
「巳」は、十二支において、6番目。
これもまた、十二支の丁度真ん中にあたります。

巳は、生命の循環である、
「誕生、成長、老衰」の、丁度中間地点にあたり、
次の成長への新たな命を発生させる役目があるとも
言われています。

「巳」は、再生の象徴でもありますが、
これもまた、これまでの過程から新たな時代へと入る
節目の年でもあります。

「葵巳」という組み合わせは、
これまでの6年、これまでの10年、そしてこれまでの30年の
総仕上げであり、これからどんな方向へ向かっていくかが
決まる重要な年だとも言います。

昨年も、何度も何度も、
今は大きな節目の時きているのではないかというお話をしてきました。

干支で言うと
この30年総決算が、今年。

今までの時代の総仕上げが今年なら
どんな総仕上げが待っているのでしょう。

高度成長期の30年は、
さまざまなものができ、どんどん成長していきましたが、
成長がなんとなく止まり始め、
次の30年が過ぎていきました。

成長に限界があることをなんとなくわかりながらも、
もっともっとと求めてきた結果、
命を考えない世の中になってしまった。

そして、震災。更に放射能により、多くの命の源が侵されてしまいました。

命ともう一度向き合わなければいけないことを感じながら
それでも月日がたつごとに、
なんとなく薄れてきた。

これからの30年、そして、30年後の未来。

私たちは、子供たちや、これから生まれてくる命のために
今何を始めなければいけないのか、
昨年よりも、もっともっと考えなくてはいけないのではないかと思います。

地震もあの震災で終わったわけではないかもしれません。

過去、大きな地震がある時は、
数年後に続けてどこかで地震がおきています。
そんな過去の歴史を知りながら、今、この瞬間が何もないから、
きっと大丈夫だろうとどこかで思ってしまう。

今度、もう一度、あのような地震や津波が起こったら
どうするのだろうと私は不安になります。

何かが起こらけらば動くことができないのが人間なのかもしれません。

でも、少しづつでも、
命の大切さに気づく人が増えますように、願い続けたいと思います。

成長から、生存へ。 共生、共存へ。 「命」の時代へ。

そんな時代がやってくることを願いながら、
新年のご挨拶とさせて頂きます。

皆様、こんな私ですが、
本年も、どうぞよろしくお願いいたします。
皆様にとって2013年が、よりよい一年となりますように
心からお祈りさせて頂きます。

2013年、1月1日   愛姫

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http://www.youtube.com/watch?v=1Oe_oGUkhLs&feature=share&list=PL2152C6D379AB231C


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by ldc_nikki | 2013-01-01 23:53 | 愛媛県今治市 | Trackback | Comments(3)

花火

こんばんは。

この週末は、今治のお祭りでした。
今年も二日間、スタッフとしてお手伝いしていたので大忙し。

今年も沢山の人が、お祭りに参加してくださり、
また沢山の人にお越しいただき、ほんとに感謝です。

今日は、神社のお話はお休みして、
今日の夜行われた花火の写真をのせたいと思います。

もうみなさんは、今年花火を見に行かれたでしょうか?

今年の今治の花火は、数年ぶりに音楽が復活して、
音楽と花火と、そして今年初、レーザーをコラボさせた
まるでディズニーランドのようでした。

今治の港が
まるで、ディズニーランドのようになりました。

そんな花火の様子を、
ディズニーランドの音楽とともに、
ご覧いただきたいと思います。



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愛姫伝神社・お寺・観光マップ
by ldc_nikki | 2012-08-06 01:32 | 愛媛県今治市 | Trackback | Comments(0)

大山祇神社と姫と狸

こんばんは。

まだ一度も訪れていない徳島。

それなのに、今徳島のことが次々とわかってきます。
以前から、気になっていた場所や謎。

それが、なぜか次々と、その意味がわかってきます。

あまりに一度に、宝物の箱が沢山のプレゼントが出てくるかのように、
繋がってくる現状に、自分でも驚いています。

しかし、私のこの考えが間違っていると思うかたもいらっしゃると思います。

私自身、本当に1300年間だれもわからなかったことが、
こんなに次々わかるはずがないと思う気持ちもどこかにあります。

でも、確かに、真実に近づいていると、
私は、思っています。

その気持ちがもっと強くなるように、
一つ一つ、例えどれだけ時間がかかろうとも、
確かめていくことしかないと思っています。

今日も徳島の神社に、大山祇神社と瀬織津姫の関係を語るかのような伝承を見つけました。

徳島の神社のお話は、
徳島へ訪れてからにしたいと思っていますので、
今は、あまり深くふれることを避けたいと思いますが、
愛媛以上に、なぜかその姿がはっきりとわかる伝承が多いことに
驚いています。

きっと、ここを長くご覧頂いてくださっている方々なら、
その伝承を読むなり、はっと気づくことがあると思います。

いよいよ、
伊予の国以外の神社の伝承にも、
深く入っていく時がきたのかなと思っています。

もし、皆様の町で、
この伝承はもしかして?
と思う場所がありましたら、ぜひ、教えていただけると
うれしいです。

ブログの最後に、

「一緒に、瀬織津姫を復活させましょう♪」と書いてありますが、

なんとなく、一緒に
姫の隠された場所を、見つける時が始まったようなそんな気がしています。

なんとなく、この伝承はそうかも?
と思うところでも大丈夫^^
それを、一つづつ、確かめていきたいと思いますので、
ぜひ、沢山の情報をお待ちしています。

私は、かくれんぼの鬼になったような気分です。
全国に数えきれないほどあるだろう、隠された場所を、
一つ一つ見つけている、鬼。

1300年間閉ざされたまたなドアを、
一つ一つ、一緒に開いていきましょう♪
一人でも多くのみなさんと一緒に。。。。。。。。。。

では、今日のお話です。

今日は、またまた狸のお話。
今まで、私の地元今治以外の狸の伝説ばかりをお話してきましたが、
地元にも、姫と狸を結びつけるかのような神社が沢山あることに
今頃になって気づき、昨日、少し早く終わったので、
行ってきました。

今治の狸は、
大山積神と姫と狸の繋がりを教えてくれるかのような場所にいました。

しかも、今まで訪れたことのある、
越智家に深くかかわる、重要な神社ばかり。
どうして今まで気づかなかったのかと、不思議に思うところばかりです。

では、続けて三社、狸を祀る神社をご紹介していきますね。

まずは、玉川町、白山神社。
祭神は、菊理媛神。

光林寺という空海ゆかりのお寺の中を通り、
その裏山に鎮座される、白山神社の中に、

「狸神社」 はあります。

光林寺は、あの大山祇神社の本地仏、大通智勝仏の仏像を置く、
東円坊と深いかかわりのあるお寺で、
数年前まで、光林寺が、東円坊のお寺も見ていたとされます。

大山祇神社、建立とも関係の深いこのお寺の裏山の
姫を祀る 白山神社の中にも、ちゃんと狸は存在していました。

*白山神社 境内社 狸神社

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こちらは白山神社の拝殿です。
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そして、狸神社。
この狸神社。なぜか、山王神社祭神と書かれた祠と同じところに祀られます。
山王神社の祭神は、

「大山咋神」 ← 大山積命のこと。

この中に、狸が祀られていること、もうおわかりですね。

次は、今治市蔵敷町 

「鴨部神社・榎狸の宮社」

鴨部神社は、越智家の中でも特に有名な 「鉄人」と呼ばれた、
越智益躬を祀る神社です。
この境内にある、大きな楠に住んでいたと言われる狸。

いつのころからかこの大老木に、
一匹のはげ頭の大きな狸が住むようになりました。
だれいうとなしに、この狸を榎狸と呼んでいたといいます。

この狸は、
鴨部神社(または東禅寺)の使い走りをよくしていました。

ある夏の暑い日、清水の八幡さんにお使いを済ませての帰り、
暑さと疲れで、榎の近くのなすび畑の日陰でうたたねをしていたところを、
蔵敷の住人に見つけられ、棒を手にした数人の者に追いたてられ、
逃げ道を失って井戸の中へ転落してしまいました。
それを無残にも竹ざおで突きたてられ、あえない最期を遂げました。
その晩、狸退治(?)をした人達を中心に、
隣近所の人たちが皆で狸じるを作ってにぎわいました。

ところが、その後、狸退治をやった連中や家族、
それに狸じるをよばれた者が、次々と変死したり妙な病気にかかるなど、
珍事が続出しました。

この地の人たちは、これはてっきり榎狸のたたりだと大いに恐れ、
有志の間で相談の上、祈祷をしてもらい、
その結果、現在の毘沙門天の隣地に新宮を造り、
「高砂八幡」としてお祭りしました。
その後、従前ほど、災難は起こらなくなりましたが、
それでも、まだぼつぼつ変な病気になる人が後を断ちませんでした。

そこで、鴨部神社の境内に新たに「お狸様」と称する宮社を造り 
―蔵敷町の故青野小三郎氏の発起によるもの― 
一層てい重にお祭りしたところ、その後、ぷっつりと災難がなくなったということです。

そして、現在鴨部神社のお狸様の横は、
狐を祀る宮社と並ぶように、鎮座します。

左が狐を祀る神社、
そして右が狸を祀る神社です。

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この社の左(赤い方)が狐。右(青い方)が狸です。
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そして最後が、

「別宮大山祇神社」

和銅5年(712)大領の越智玉澄公により、
伊予一ノ宮、大山祇神社の地御前として勧請創建された神社。
神社の隣には、
四国八十八か所55番札所 南光坊があります。

ここには、
「大楠と三匹の狸」の伝説があります。

神社の境内にある、大楠に住んでいたとつたわる

「お奈遠」「お佐遠」「お袖」の三姉妹狸。

一説には、現在は、この大楠には「お奈遠」だけが祀られていると言います。

その他の狸はというと、
境内にある他の楠に祀られているのではないかと思います。
書かれてはありませんでしたが。

*別宮大山祇神社
*大山積大神
*「お奈遠」「お佐遠」「お袖」の三姉妹狸

拝殿
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拝殿の横に鎮座する大きな稲荷神社
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本殿と稲荷神社に挟まれるように鎮座する、
磐長姫を祀る 「阿奈婆神社」

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まるで竜宮城のような、阿奈婆神社の本殿
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境内に祀られる三つの御神木。このそれぞれに狸が祀られているのだと思います。
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そしてこれが、三姉妹狸の本体。
大楠です。
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三姉妹とは、宗像三女神と同じ意味の狸だったのだと思います。

「お奈遠」「お佐遠」「お袖」

別宮大山祇神社に住んでいたと伝わる 三姉妹狸とは、
空海が開放した、姫の意味を持つ狸だったのです。





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by ldc_nikki | 2012-06-08 00:01 | 愛媛県今治市 | Trackback | Comments(7)

こんばんは。

今日は、今治市に鎮座する 「三嶋神社」をご紹介します。
今治には、沢山の三嶋神社があります。

越智氏の本拠地なので、当たり前といえば当たり前なのですが、
「三嶋」 と書かれていない神社でも、その大半が神紋が 「三」の文字。
改めて、三嶋の勢力がどれだけ大きかったかを、思いしらされます。

今日ご紹介する三嶋神社は、
国府があったところではないかと言われている場所の一つ、

「上徳」 というところにあります。

「上徳=神徳」とも読めるこの場所は、
富田地区にあり、朝倉へと続く頓田川沿いに位置します。

川を朝倉方面へと走っていると、右下に木々が生い茂る小さな杜があり
神社はこの杜の中にあります。

この神社へ行くのは今回で二度目。
一度目はもうずいぶん前で、なんだか薄暗いところ。。。と思ったのが第一印象でした。
その時は、全く気付かなかったのですが、
ここに、大きな鍵を握る神様が祀られていたとことに今回気づきました。

その神様が、タイトルにもある

「鷺大明神」 です。

境内社の中に祀られる神様なのですが、
この神様が、出雲と伊予の国を結ぶ重要な神様なのではないかということが今回わかりました。

「鷺」 と言えば、
ブログの中でも何度も出てきている鳥。

三嶋明神と鷺は、同一とも言える とても深い関係にあります。

あの今治市鳥生町という名前の由来にもなった鷺は、
三嶋明神の 「神使」 と言われています。
河野家が戦いに苦戦している時、鷺が現れ助けてくれたお話や、
道後温泉のお湯を見つけたのも、足をけがした鷺がお湯の中でその傷をいやしている姿を見て
発見したと言われ、現在も道後温泉の本館には、まるで大山祇神社の方を見ているかのように
本館の屋根の上にいます。

北を向いた鷺
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また鷺は月の神の使いともされ、兎と同様、
月の女神の神使です。

古代太陽の神使は 「カラス」 とされ、
それと反対に、 月の神使は 「鷺」 だとされていたのです。

そしてこの鷺が、伊予の国以外に祀られていることがわかりました。

その場所が 「出雲」 です。

鷺大明神として出雲の国に祀られる 「鷺」は
島根のお隣の鳥取では、 鳥取の神話の代表 「兎」とともに 鷺が祀られているといいます。

「鷺」と「兎」はともに、月の使い。
どうして、出雲の国に「鷺大明神」が祀られたのか、
これからもう少し詳しく調べていかないといけませんが、
私は、この鷺大明神が一つの大きな鍵を握るような気がしています。

*三嶋神社
*今治市上徳字高森194・195番地
*祭神:大山津見命(おほやまつみのみこと)

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神社の境内には、水を抜かれた池があります。
その中には、小さな祠が。。。。 ここに昔は弁財天が祀られていたのでしょうか。
それともここが、祓いの池だったのでしょうか。
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そして更に奥には、大きな磐があります。
古代、ここが祭祀の場所だったのかもしれません。

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そして磐の隣には少し小高い丘があります。
その上に、小さな祠があります。 
ここに鷺大明神は祀られています。

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この階段を上がります。
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そして同じ場所に、天照皇大神。
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この三嶋神社のすぐ近く、田んぼの中にもう一つ小さな祠があります。

「桜元塚大明神」

その由来ははっきりとわからないのですが、
地元の言い伝えでは、お酒が好きな神様で、必ず午前中に行くことと言われているそうです。

「桜」の「元」 とは、桜の神様はここです。と言いたいのでしょうか。
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by ldc_nikki | 2012-04-24 22:48 | 愛媛県今治市 | Trackback | Comments(0)

こんばんは。

3月も後少しですね。 一か月が本当に早いです。
いつもの年ならそろそろ桜が咲き始めるころなのですが、今年はまだまだ。。。
今日の新聞に、菅原道真がたどり着いた場所桜井の梅の花が、一か月遅れで今満開になっているそうです。

朝倉へ続く桜で有名な川沿いには、いつもの年と同じように提灯がたくさんつけられているというのに、
夜桜を楽しめるのはもう少し先になりそうです。

お花見の予定がなかなかたてられませんね。

でも、春はもうすぐそこ。 桜の開花を楽しみに待ちたいと思います。

では、龍女のお話。 いよいよ今日で最後になりました。
衣干からスタートした龍女が登った川 「龍登川」をさかのぼり、千手観音を龍女自らが掘ったと伝わる場所

四国八十八か所 「仙遊寺」に向かうことにします^^

仙遊寺は山の頂上近くにあるのですが、今回私たちが行った場所はお寺ではなく、お寺に入る少し手前の
弘法大師加持水のある場所です。

以前お話した宇和町のお寺、四国八十八ヶ所 「明石寺」 では、龍女が大きな石をかついで山を上がり、
山の頂上に着く前に、太陽が昇り鶏が鳴く声を聞いておどろいて消えてしまった場所にも、
弘法大師は井戸を掘り水を出していました。

そして今回は龍女が千手観音を掘ったと伝わる場所。

ここにも、弘法大師が民のために水を出したと言われる場所があります。

それが、ここ仙遊寺です。

そして仙遊寺には、加持水の入口の手前に小さな池があります。

池の名前は 「放生池」

「放生」 とは、 捕えられた龍を放してやることをいいます。

724年、八幡神の託宣により宇佐神宮で放生会を行ったことが起源といわれる
「放生会」 は、京都府の石清水八幡宮や福岡県の筥崎宮をはじめ全国の八幡神社で行われいる儀式です。

大山祇神社境内にある、雨乞いの池の名前も 「放生池」 といい、そこでは龍が三つに切られたという伝説が残っていますが、この儀式は姫である「龍」の魂を鎮めるための儀式だったのだと私は思っています。

その放生池が、ここ仙遊寺にもありました。
それも、お寺の中ではなく弘法大師の加持水の入口に。

池には観音様の姿が。。。。
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この木の向こうには不動明王がいらっしゃいます。
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そして池の向こう側には小さな祠があり、その中には龍が。。。
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池の向こう側に行ってみます。入口には狛犬のようなものが。。。
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入ってすぐ左に不動明王が。

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そして観音様
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観音様のお顔はとても優しい顔をしていました。
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そして、中央に祀られる小さな祠へ。
祠の前に行き手を合わせ合掌。 そして中を見てみるとそこには。。。。。
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白い龍。

小さな龍でしたが、見ているとドキドキしてきて、なんだか緊張します。
ここには何の説明もありませんが、この池は 「龍」のための池。
龍の魂を鎮めるための池だと思いました。 

そしてこの向こうが、龍女の伝説の場所だと。

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まずはこの山門をくぐります。
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そしてここから山へと入ります。
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階段を上ります。
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一歩足を踏み入れると一瞬にして空気が変わります。
ここから神域。
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山へと上る道の横には、水はわずかしか流れていませんが、美しい水が流れています。

ここが、龍登川の源流です。

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龍女はこの川を伝いここまでやってきたのですね。
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そしてとうとう見えてきました。
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弘法大師加持水。

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この水は1000年以上たった今も枯れることなく、わき続けています。
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途中不自然に途切れた龍登川でしたが、その源流はちゃんとこの地にありました。
龍女は、自分の魂が眠るこの場所に、千手観音を掘りました。

この地にそういう伝説が残ったのは、きっとその存在を何かの形で残したかったからなのだと思います。

そしてこの地は、姫を祀る一族が逃げてきた場所でもあり、姫をここで最後まで守ろうとした人が、最後を迎えた場所かもしれません。

弘法大師はそのことを知り、ここへとやってきたのだと思います。
そして姫の魂を外へと出すために、井戸を掘ったのだと思います。

その水は、不治の病をも治す 「再生の水」 

瀬織津姫の聖なる水です。

ここは私には瀬織津姫の眠る聖地のように思えました。

仏の姿に変えられてしまっても、真の意味は同じ。 例え封印され、消された場所だったとしても、
そこには、ちゃんと姫の魂が宿っていると感じます。

龍女の伝説はただのつくられたお話ではありません。

その奥には多くの人々の命と姫の魂、そして言うことができない多くの真実がつまっているのだと思います。

最後に仙遊寺から見る景色です。

今から約1300年前、この山奥で見た景色はどんな風だったのでしょう。

島と島を大きな橋で結ぶ光景はきっと想像もできなかったでしょうね。

豊かな暮らし、自由、争いのない世界。
そんな世界がいつかくることを願いながらこの世を去っていったのかもしれません。

私たちは今、この時代の人々の望んでいた世界に生きているのかもしれません。
でも、今度はこの時代の人々が持っていた大事なものを無くしてしまったのかもしれません。

こうして歴史を巡ることで、少しづつ少しづつ
無くしてしまったものが、蘇ってくるような気がします。

今日は久しぶりに動画をつくってみました。

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by ldc_nikki | 2012-03-24 03:42 | 愛媛県今治市 | Trackback | Comments(2)

こんばんは。

今週は家族が順番にインフルエンザにかかって大変。
元気なのは私だけ^^;

今年は寒かったせいなのか、こんな時期にまたインフルエンザが流行るなんて、
皆さんは大丈夫でしょうか?

少し暖かくなってきましたが、まだまだ寒暖の差が激しい時期が続きます。
どうぞお体に気をつけてください。

では今日は前回の続き、竜登川の第4回目です。

川が行き止まりとなり、不自然に左へとおれていましたが、そのままもし川がまっすぐに流れていたら
龍仙寺へと登っていくはずだと思い、そのままお寺にむかってまっすぐ行ってみることにしました。

川はここから左へとおれていました。

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向こうに見えるのは仙遊寺の山
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山にむかっていると、小さな標識が。
止まってみてみると、ここはお遍路さんの道でした。

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仙遊寺まで1.8km。 歩いてお遍路さんをする方たちはここを歩いて行くんですね。

そして、少し行くと初めてみるお寺が。 名前は 「吉祥寺」
なんだか、気になったので車を止めておりてみました。

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目の前には池。
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入口にはお堂が。
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そしてお寺の入口に置いてあった看板には
「鷹取殿」 と書いてありました。

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「鷹?」 鷹ということばが気になり、行ってみることにしました。
鷹取殿はこの吉祥寺の裏山の上にありました。
山へとあがる入口に小さなお堂があったのでみてみるとその中には「三島の神紋が」
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ここも三島家のお寺でした。
ますます気になり上に行ってみることに。
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一番上まで行くと、小さなお堂がありました。
そこには赤ちゃんのステイがたくさん結び付けられていました。

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お堂の彫刻は初めてみる形で、波と波の間に注連縄がかかっていました。
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ここは、正岡紀伊守経長が
天正13年(1585年)小早川隆景の奇襲を受け落城し自害した後、
妻子は鹿子谷で自害したため、その霊を祀ったもので、
安産、子育てのお守りとして多くの一族の人々が信仰されているところでした。

正岡家は、越智家から河野家へと名前が変わったように、
越智家の血を受け継ぐといわれています。

正岡という苗字は北条に多く、北条には正岡家が宮司を務める神社もあります。

この山には鷹取城というお城があり、そのお城の城主の妻子は傷ついた体のうえ、お腹に子供を身籠り、そのお腹をかばいながらこの近くの鹿子谷の洞窟の中に隠れていたのですが、とうとう自害してなくなったといいます。

この戦いは、愛媛中のあちこちに攻め入った、豊臣秀吉の四国征伐です。

この鷹取城はあちこちの城が落城する中、最後まで抵抗し続けた場所だといいます。

今でこそ車でこの山の中までこれますが、昔は今のように開けていたわけではなく、この山の中で必死で抵抗しつづけた様子を思い浮かべると、なんだかとてもつらくなります。

また、この妻子の最後のお話などは、瀬織津姫が封印された時代と重なるものがあり、こんな風に多くの人々が山の中で隠れ最後は自害また、討死したのかもしれません。

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次回は、龍女がのぼった川「龍登川」の最後の場所、
龍女が千手観音さまをほったと伝わる仙遊寺の湧水です。

吉祥寺から山を見上げると見えるこの建物が仙遊寺です。
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by ldc_nikki | 2012-03-22 22:55 | 愛媛県今治市 | Trackback | Comments(4)

こんばんは。

昨日の続きの龍登川です。

衣干神社から川沿いをまっすぐまっすぐ進むと、川はだんだん狭くなっていきます。
途中小さな橋の上で降りてみると、橋にもちゃんと竜登川の文字が。。。

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田んぼの中をまだまだまっすぐ山へと向かいます。
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そして住宅街の中へ
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しかし中寺という地区に入ると川が途切れてしまいました。
その途切れた所には、宝寿寺というお寺が。。。。
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でもこのお寺はそんなに古くからここにあるわけではないようで、直接関係はない気がします。
ただ、ここで突然川の流れが不自然に左へと折れています。
本来龍登川は仙遊寺まで続いていたはず。いつ川の流れが変えられてしまったのかははっきりとわかりませんが、なんとなくこの川の流れが変わったこの辺りに何かあるような気がしました。

そして、偶然調べものをしている時に見つけた伝説とこの辺り一帯の意味が後で繋がりました。
それがこの地図です。


川の流れが直角に曲がっている所が、先ほどのお寺 「宝寿寺」です。
地図を見てもわかるように、そのまままっすぐもし川が続いていたその先には、

四国八十八か所 「仙遊寺」があります。

そしてその間にあるお寺が 「吉祥寺」 
このお寺は、越智家から分かれた 「正岡氏」ゆかりのお寺です。

そして、西の方をにある二つの記。

一つは 「弁天池」 が今も残る 「厳島神社」

その向こうには 今はもう壊されてしまっているお寺 「石中寺」

この石中寺はその姿はもうありませんが、その名前だけは今も残っているようでバス停の名前が
石中寺でした。

このお寺が、姫が封印された時代、とても重要な拠点の一つだったのです。

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<石中寺の由来>
富士山をはじめ日本の高山は、たいてい役行者<えんのぎょうじゃ>(役小角<えんのおず>とも言います)が開拓したと言われています。また、その間に数々の仙術を披露しており、「日本霊異記」と言う書物には、孔雀王咒法と言うもので空を飛んだり、鬼神を駆役する等、種々の奇蹟を伝えています。
ところで、四国霊峰と言われる石土山(瓶ヶ森とも言い、山岳愛好家は瓶の愛称で呼んでいます。)も役行者の開創によるものと言われています。
 この役行者が、全国行脚の途次、大宝元年(701)に清水の中寺の石中寺の不動院に寄られて、ここを根本道場として、孔雀明王、不動明王、愛染明王の法の功徳によって大誓願を行いました。すると、不思議なことに、空中から五色の雲が下り、楢原、石土、豊岡、象頭の四大権現が現れました。そこで、役行者は、石中寺の住職峰仙とともに、石土蔵王権現の彌山を決めるため、石中寺の東に向かって行き、高くて険しい山々を駆け巡り、草衣木食を以って難行苦行を積んだ末、石土山瓶ヶ森で、遂に尊い大権現の霊感に浴しました。早速この石土の地に安置申し上げるとともに、清水の石中寺にも本尊としていただいたと言うことです。このようなことがあって以来、石中寺がずっと、石土総本山として信仰されるようになりました。その後千有余年間、いろいろ時代による興亡はありましたが、近くの霊峰石鎚とともに、多くの信者を有し今日に及んでいます。
特に、昭和のはじめに、清水の小笠原観念住職が中興に当たり、かなり規模の大きい壮大なお寺になり、更に、昭和二十二年(1947)天台宗寺門派より独立し、石土総本山石中寺として、全国的にその名を広めるまでに至りました。しかし、残念なことに、二十数年前経済的な面で思わしくないことがあり、建造物がこわされ、御本尊が他に移されています。

これは今治地方に伝わる伝説の一つです。
ここに書かれてあるように、役行者は 701年、大山祇神社の大造営が始まったとされるころ、この石中寺を根本道場として大誓願をおこないました。

そして石鎚山の弥山を決めるためにここから出発しました。

そして石中寺がずっと、石土総本山として信仰されるようになったといいます。

ということはここに、大和の拠点があったということになります。

先日お話した久米の政庁でもそうだったように、そこには必ず「寺」がありました。
大和をつくるにあたり 「寺=役行者」 は 必要不可欠。 
影の大きな役割を担った役行者が、根本道場を置いた場所が拠点であったのではないでしょうか。

600年前半につくられた久米の政庁は、その機能を今治へとうつしました。
そして、今治に国府がつくられたといいます。

今治の国府がどこにあったのかは、まだ今もはっきりとしたことがわかっていません。

でも、このことから私は、この辺り一帯。
龍登川が途切れたこの場所から、寺があった場所一帯に国府がつくられていたのではないかと思いました。

だから川もここで途切れているのかもしれません。

またここには、空海のある伝説もあります。

ちょうど川が途切れた場所の近くに松木という地名があります。
この松木に住むお百姓さんが空海が水を与えてくれるよう頼んだところ断ったため、この辺りいったいの水を、金気水にしてしまったといいます。

金気水とは鉄分を多く含む水のことで、とても飲める水ではないといいます。

龍女が観音さまを掘ったと伝わる 「仙遊寺」では弘法大師は水を出したといいます。
しかしその麓である 松木では 飲めない水へと変えてしまったという伝説が残っています。

空海は、水を出したという伝説と、水を止めた、また飲めない水にしたという伝説の両方があります。

水を出した場所とは姫がそこに祀られていた場所に多く、水を止めた場所は姫を封印した側に関係が深い場所ではないかと思います。

これらのことから、今治ではまだ遺跡として国府が発見されたわけではありませんが、
ここがやはり一番可能性が高いのではないかと思います。

石中寺は今はもうその姿はなく、小さなお堂だけがバス停の向かいにありました。
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そして、姫の水だけが残る 「弁天池」もすぐ近くに。

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今は小さな公園となっていますが、泉の側に小さな厳島神社がたっていました。
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地元の方でしょうか。 ちゃんとお供えものを置いてくださっていました。
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次回は、途切れた川をそのまままっすぐ仙遊寺へとむかってみたいと思います。

先日、スマートフォンのサイトをつくっているとお知らせいたしましたが、
まだ完成とまでは行きませんが、少し形になってきましたので、ご紹介させていただきたいと思います。

(愛姫伝 写真集)
サイトURLhttp://smart4me.net/aihimeden

QRコード
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スマートフォン専用サイトなので携帯では見ることができません。
両方で見ることができればいいのですが・・・・・。

今日もありがとうございました。



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愛姫伝神社・お寺・観光マップ
by ldc_nikki | 2012-03-20 02:36 | 愛媛県今治市 | Trackback | Comments(1)

数あるブログの中からお越しいただきましてありがとうございます。 不思議な数々の出会いから、今は、愛媛の神社めぐりをしながら、神社や女神様そして、神話の神々の伝説を調べています。
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