こんばんは。

今日も昨日に引き続き、四国中央市のお話です。

金砂湖から、別子山の方へと銅山川沿いを走ると、もう一つの湖が見えてきます。

「法皇湖」 ここにも、もう一つの ダムがあります。

銅山川沿いには、全部で、4つのダムがあります。
この短い距離の間に、4つものダムがあるのも、なんだか異様な感じがします。

以前から、思っていることなのですが、
ダムがつくられる場所は、何かを隠したい場所が多いようなきがするのです。

最初に、そう思ったのは、
奈良県吉野郡川上村の、丹生川上神社上社が元あった場所につくられた、
「大滝ダム」

ここは、縄文時代の祭祀場がある、とても大切な神さまのいるところです。

ここからは、数多くの縄文遺物が出土しています。
また、最古の祭祀遺構(縄文時代中期~後期初め、約1万年前~2800年前)「宮の平遺跡」が発掘された
場所でもあります。

この聖地が、ダムに沈んだということを知った時も、
どうしてここにダムなんかつくるんだろう?  そう 強く思いました。

そして、この山も。。。。。
ダムをつくるにあたって、もししたら見つかってはいけないものが、見つかったのではないか?
そんな不信感さえ、あります。

銅山川流域につくられた、別子ダム 富郷ダム 柳瀬ダム 新宮ダム。
このダムのあったところもまた、 姫の聖地だったのかもしれません。

今日ご紹介する神社は、 「富郷ダム」 に沈んだ神社を、一か所に集めた神社です。

この富郷ダムがあった場所には、 
富郷津根山の松野,宮城、寺野.葛川、城師 という 5つの地区がありました。

ここは、 源平の合戦で敗れた平家の落人が逃げ落ちて住んでいた場所でも知られ、このダムの中に沈んだ村も、そんな平家の伝説が残る村でした。

また、ここで平家は 「明剣神社熊野の神」 を、祀っていたといいます。

平家の落人たちが、住んでいたと伝わる場所は、「姫」にかかわる場所が多いことに最近気づいてきました。

平家の神と言えば、 「宮島 厳島神社」 が有名ですが、
以前も、少しお話したように、 厳島神社に祀られる、三柱の女神は、 「瀬織津姫」 のこと。

また、これはまたの機会にさらに詳しくお話しますが、
ここ宮島に祀られる神さまの起源は、 「大三島 大山積神社」 にあるのです。

「大山積神社」 と 「厳島神社」 の神様は、同じだということが書かれてあるものを見つけました。

だから、もしかしたら、平清盛は、ここが、古代から日本の最高の神として祀られていた女神の、大三島に次いでの聖地だということを知っていた可能性が高いと思うのです。

平清盛が、宮島に厳島神社を建立する前の神社は、廃社に近い状態になっていたといいます。

その場所に、現在のような、立派な神社を建立したことは、そこに、それだけの神様が祀られていたということ、また、 宮島が、古代からの聖地だったということを知っていたとしか考えられません。

だから、平家の落人たちは、 姫に繋がる神を、氏神として祀っていたのではないかと思います。

そして、この銅山川流域に隠れ住んだ、落人の子孫が、ここに銅山を見つけ、開拓をしていったと言われます。
しかし、その村も、今はこうして、ダムの中に神さまと一緒に沈んでしまったのです。

このダムのほとりに、建てられた、「八幡神社」 の中には、 本来それぞれの部落で祀られていた神社が
一つに集められ、祀られています。

今日は、そんな 「八幡神社」 とその中に祀られる、 小さな部落の神様を、写真で紹介させて頂きます。


                              【八幡神社】
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                      【八幡神社に合祀された神社の名前】
・八幡神社<城師の地より> ・八幡神社<折宇戸女の地より> ・明剣神社<葛川の地より>
・新田神社<寺野の地より> ・熊野神社<宮城の地より>
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                                【本殿】
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                       【各部落に鎮座されていた神社】
                            【荒神社 葛川】
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                           【大山祇神社 城師】
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                          【若宮神社 折宇戸女】
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                           【若宮女神 寺野】
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                           【若宮神社 城師】
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                           【若宮神社 葛川】
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                          【金毘羅宮 城師戸女】
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                           【若宮神社 宮城】
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                           【若宮神社 寺野】
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ここには、こんなに多くの神社があったのですね。
もうお気づきかとおもいますが、ご覧のとおり、そのほとんどが 「若宮神社」 を祀っています。

若宮神社は、平家の氏神の一つでもあります。
平重盛が丹波の国守をしていた時、山城の国 「石清水八幡宮」 
の権殿に祀られていた、御祭神が 「仁徳天皇の御分霊」 であったとされ、この御分霊が、若宮神社の御祭神と表むきには言われているようですが、 実は、この若宮神社は、平清盛が、信仰していた、真の姫の姿なのではないかと思うのです。

兵庫県尼崎町に、 「大物主神社」 があるのですが、
この神社のまたの名前を、 「若宮・若宮弁財天 またの名を若宮八幡」とも称したと伝えられています。

そして、若宮の主祭神は安芸厳島神社と同じ市杵島姫命であるとし、さらに若宮の起源は平清盛が大物に勧請〔かんじょう〕した厳島神社であると書かれてあったいいます。

更に、興味深いことがあります。
これは、もう少し、詳しく調べていきたいことですが、
厳島神社には、 「今社」 とよばれる神社があったとされます。
そして、この 「今社」 が 江戸時代には 「若宮」とよばれるようになったものなのかもしれません。

また、 この 「今社」の祭神 は 後に 「山王社」 に移ったとも言われるのですが、 
このことは、長い間、秘密にされていたことだといいます。

また、 この 「今社(今宮)」 では、 大山祇神社の中で何度も出てきている、 9月23日に、
重要な神事が行われていました。

厳島神社の本殿には、 三柱の女神を祀りながらも、 もしかしたら、清盛は、外にはわからないように、
この「今社」 において、 瀬織津姫を祀っていた可能性があります。

厳島神社の 「今社」「今宮」 は、 この 「若宮神社」 と同じ意味をもつ神社なのかもしれません。
そして、そこに祀られる神様こそ 変えられていない 「瀬織津姫」 だったのかも。

ですから、ここ、平家の里に鎮座される神社のそのほとんどが 「若宮神社」 だったこともこれに繋がるのだと思います。
平家が滅んでしまった後も、落人たちは、清盛が一番大切に思っていた 「若宮神社」を祀り、ずっと守り続けていたのかもしれません。

この富郷ダムにある 「法皇湖」 の下には、平家の人々の故郷でのたくさんの思い出と、1000年の歴史、そして、姫の数多くの神社が、眠っています。  

そして、姫は、
湖の中に宿る 「龍」 として、 いつかその姿に光をあてられる日を、待っているのかもしれません。

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みなさんの故郷が、また、今住んでいる場所が、もし水の中に沈んでしまったら、どんな気持ちになるでしょう。 子供のころの遊んだ思い出も、 学校も、 住み慣れた家も、全てが水の中に沈んでしまったら。。。。



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愛姫伝神社・お寺・観光マップ
by ldc_nikki | 2011-11-17 23:30 | 愛媛県四国中央市 | Trackback | Comments(2)

こんばんは。

今日は、昨日に引き続き、四国中央市をご紹介します。

前回の熊野八幡神社から、今回は新居浜市別子山の方へと山道を走り向かいました。

銅山川沿いの道を、まっすぐ西へ。
銅山川沿いの山々には、とても気になる山の名前がたくさんあります。

昨日は、徳島や高知の県境の山のお話を少ししましたが、県境の山々には、まるで、その場所を通したくないような、伝説があるといいましたが、 ここ四国中央市から、新居浜市の間の山、ここを 「法皇山脈」 
といいますが、ここには、瀬織津姫と繋がる名前の山が並びます。






まず、伊予三島から、金砂湖へと抜ける道の途中にある、 コスモスで有名な山は、

「水波峰」 といい、ここには、水波権現が祀られています。
ここへは、近いうちに行きたいと思っているのですが、まだ行けていません。

そして、この水波権現が祀られている山を、 「加賀山」 と言います。

加賀と言えば、石川県ですが、加賀国は設置されたのは、823年。
大化の改新の頃までは加賀郡は賀我、加宜、香我、賀加とも言われたとされています。

どうして、この水波権現の山が、加賀山と呼ばれるようになったのかは、まだわかっていませんが、
何か繋がるものがあるのではないかとおもっています。

水波峰 (瀬織津姫) から西へ行くと、 「鋸山」 があります。

これは、二つの意味が考えられます。

◆一つ目は、 現代の 「鋸(のこぎり)」 そのままの意味で考えると、その隣の山との間に置かれた
「亀裂」 を意味する山。 
もうご存知の通り、豊受神とは、伊勢神宮外宮に祀られる 「豊受大神」 のことです。

徳島県の女神である、 「大気都比売」 も同一だと私は考えているのですが、
豊受大神は、伊勢神宮における、瀬織津姫のもう一つの姿。 
「白蛇」 が 「白狐」 に化けてしまった(化けるという意味を使って現された姿) 瀬織津姫が狐の後ろに隠されてしまった姿です。

「亀裂」 とは、 瀬織津姫と豊受大神の魂を二つに分けた、裏と表の顔の境目ともいえる山と考えられます。

◆二つ目は、 古代の考え方で。
 「鋸」 で思い浮かぶ 古代の模様 「鋸歯(きょし)文」
 「鋸歯文」 は 弥生時代の中期ごろから、銅鏡や土器に描かれた模様です。
 まるで鋸の歯のような、ギザギザの模様で、 その形は、 三角形にも見えます。
 古墳時代からは、埴輪の装飾や、銅鉾、そして、古墳の壁画にも描かれています。
 
 この模様に、どんな意味があるのか、はっきりとしたことはわかっていませんが、
 北条時宗の伝説では、「龍の鱗」 ともされているようです。
 また、古代文明では、 三角形を女神の象徴とされていたり、 ピラミッド型を三位一体、また水を意味す  
 る神 「ジバ神」 としてあらわされていたことを考えると、 
 この 三角形ともいえる、「鋸歯文」も、女神の象徴、水の神(龍神)の象徴をあらわしていたとも考えられま
 す。 
 
 とすると、 この 「鋸山」 は、 やはり、 瀬織津姫である、 水の神 龍を意味する山ということになります
 しかし、どちらにしても、 この山もまた、 瀬織津姫の存在をしめすかのような名前がつけらています。

そのさらに西に行くと、 次の山が 「豊受山」 です。
ここは、さきほども少しお話したように、 「豊受神社」 が鎮座し、 「豊受神」 が祀られています。

「豊受神」 とは、 食物の神なのですが、 ここでは、 食物神としてだけでなく、 「雨乞い」の神でもあるのです。  この豊受神社の由緒には、 「天武天皇」 が 豊岡山(豊受山)に豊受大神を奉斎したとされていますが、 私は、それより前に、 ここには瀬織津姫が祀られていて、古事記をつくり、歴史を変えるにあたり、いち早くこの山に祀られる 瀬織津姫の名前を変更したか、あるいは、ここで、何か大きな出来事が起こったのではないかと思います。

そして、最後にさらに西に行くと、 「赤星山」 という山があります。
ここは、 越智玉澄が、 ここ宇摩に、三島明神を勧請する時、海の上で強い南風がふき、遭難しそうになり、この豊受神の山に向かって祈ったところ、 ここ 「赤星山」から流星が飛び山頂に赤い火が現れ海を照らし嵐がおさまりました。
そして、この山の名前を、 「赤星山」 つけたといいます。
また、海を火映灘(燧灘)と呼ぶようになったといいます。

先ほどの、豊受神社では、今でも、年に二度、やまじ風の鎮静の祈願が行われているそうです。

瀬織津姫の魂である、三島明神をここ宇摩(伊予三島市)へと運ぶ途中にあったできことということは、これもまた、 瀬織津姫に関わる山だということを、言いたかったのだと思えます。

法皇山脈沿に鎮座する、瀬織津姫を祀る神社と、 瀬織津姫に繋がる山。

そして、古代、砂金がとれていたという 「銅山川」 
ここには、古代鉄や銅ととった残り屑もあるといいます。

古代の人々にとって、貴重な鉱山資源が豊富なこの山と川に、もしかしたら、大きな王国があったかもしれない。 などとも思ったりします。

四国中央市から今治市にかけての、愛媛県瀬戸内海沿岸には、 「秦一族」が 住んでいたとされる場所も多くあります。 もしかしたら、 ここに、 「秦王国」 があったのかもしれないと。
そして、 大三島は・・・・・・・。

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愛姫伝神社・お寺・観光マップ
by ldc_nikki | 2011-11-16 23:54 | 愛媛県四国中央市 | Trackback | Comments(2)

こんばんは。

今日は、瀬織津姫の名前が今も残る神社をご紹介します。

ここは、四国中央市 (旧三島町) の山の奥。
なかなか、今までここまでくることができませんでした。

やっと、くることができました。

愛媛は、大山積神によって、瀬織津姫の名前が消されている場所が多く、今も姫の名前を表に出してくれている神社は、数少ないのです。

その中でも、なぜか四国中央市の山の中には、姫の神社が三社あります。
どこも、金紗湖という湖の向こうの山の中。

そのうち 1箇所は、かなりの山奥で、車で行くこともできないようで、
今は、決まった宮司さんさえもいないそうです。
別の神社の宮司さんが、年に数回、もう一社の瀬織津姫を祀る神社から、山へ向かって拝んでいるそうで、
その方に聞いてみたのですが、 その宮司さんさえも一度も行ったことがないそうです。

それにしても、どうして、この山奥にこんなに固まって、姫の神社が残っているのでしょう。

まだ、その謎ははっきりとわかっていないのですが、
この四国中央市の山から、隣の徳島県と高知県の県境の山々には、不思議な伝説が数多く残っています。

そのどれもが、姫に繋がるような伝説。

例えば、徳島県へと超える峠には、三途の川の伝説があったり、
「鬼」 が住む場所や、 「大蛇」 がでる場所。 また、妖怪がでるところなど、徳島県側に伝わる伝説として、今も伝わっています。

まるで、徳島から愛媛へと山を越えさせたくない何かがあるように。。。。

これは、これから先、徳島県に行って、その場所に立ち、調べてみないとわからないことかもしれませんが、
きっと、この山の中に、誰にも知られたくないことがあったのだと、そんな気がしています。

また、高知県へと超える山 「白髪山」 のに並んだ 「工石山の巨岩」には、白山神社が鎮座し、
白山権現が祀られています。
そして、その山を越える峠の名前は 「竜王越」 という名前がつけられています。

白山権現とは、瀬織津姫の神仏習合の姿です。
そして、その上には竜王が住み、そこを竜王越という。

「愛媛」 「徳島」 「高知」 この三つの県の県境の山は、瀬織津姫やニギハヤヒに深い関係のある場所に間違いないと思っています。

そして、その向こうにある 「剣山」 にも。。。。。

今日、ご紹介する神社は、その神社自体には、何も由緒が残っていませんが、
ここに行くことに意味があると思うのです。

神社を巡り、歴史を調べていくことは、 まるで、 人生と同じ。

「意味がない」 ことをしているように思えても、全てに意味があり、
そこを通らないと、決して次へと進むことができない。

私は、 神社巡りから、 それを教わりました。 

先を急ぎすぎ、 何かを飛び越えて行こうとしても、たどり着くことはできないんだと。

どこかへたどりつくためには、そこにたどり着くための準備ができていないといけないということを。

だから、焦らず、そして諦めず、 今できることを一生懸命する。

それが、何かにたどり着くための一番の近道であり、たどり着くための条件でもあると思います。

*熊野八幡神社
*四国中央市富郷町寒川山681番地
*祭神
 瀬織津比女命(せおりつひめのみこと)
 事解命(ことさかのをのみこと)
 伊邪那伎命(いざなぎのみこと)
 速玉男命(はやたまのをのみこと)
 菊理比売命(くくりひめのみこと)
 息長足比女命(おきながたらしひめのみこと)
 品陀和氣命(ほむだわけのみこと)
 帯中日子命(たらしなかつひこのみこと)
 新田義貞公(にったよしさだこう)
 於加美命(おかみのみこと)
*境内社
 合併神社   厳島神社
*由緒
 建久以前の奉斎といわれ、寿永3年(元暦元年)の奉斎ともいわれるが未詳である。
 現在の御社殿は、正治2年3月28日の再建と伝えられ、明治26年12月25日に内務省より保存金を下付されている。

そして、こちらの神社の御神徳は、
「様々な悪い繋がりを断ち、様々な良い繋がりを結んで下さる。」 です。

まるで、この山の上から、一日も早く、よい世の中がくるようにと、瀬織津姫が祈り続けているように思えました。 
「本当に正しいことは何なんなのか。」 
「本当に良い繋がりとはどんな繋がりなのか。」

早く気づいてほしいと、願っているかのように、私には感じました。。。。。。。。。。。。。。。

                       【金紗湖にかかる赤い橋】
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                         【川を通り山の中へ】
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                            【寒川山】
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                            【鳥居】
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                         【境内社 厳島神社】
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                             【拝殿】
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                             【本殿】
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                            【合併神社】
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                             【燈籠】
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                 【合祀された神社の境内に置かれていた神の石】
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これはこの熊野八幡神社のある部落から更に山の上にあった部落の神社の境内に置かれてあった石です。
この石にどんな意味があるのか、聞いてみたのですが、もうその起源を知る人はいないそうです。
ただ、この石をここへ運んでいる時に、足の骨を折るなど、ここまでくる道のりは険しいものだったそうです。

                           【神域の中の木】
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                              【全景】
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                        【境内の木に生えるきのこ】
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                    【神社の側になぜか置かれていた鐘楼】
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少し聞きたいこともあったので、近くで畑仕事をしている男性に、声をかけてみました。
その男性は、偶然にも、この神社のお世話をされているかたでした。

男性は、私たちに心の中で訴えるように、おっしゃいました。

「最近は、みんな歳をとって、歩くことも大変になってきてな。 
神社の掃除すら出てこれない人たちばっかりじゃ。 わしが、もしいなくなったら、その時はこの神社も、もう終わりかもしれんな~。子供らも、町へおりて、帰ってきやせんし、仕方ないわな~。」

もう、何回、こんな言葉を聞いたことでしょう。
山の中へ入るたびに、 その光景を目にして、いつまでこの神社はここにこうして存在できるんだろうと。

今、小さな小さな山の奥の神社かもしれません。
でも、ここには、大切な歴史、 そして、ここに住む人たちのさまざまな思い出が詰まっています。

このまま、 この歴史を閉じてしまっていいのだろうか。

数少ない、本当の姿が残る場所がなくなれば、過去のことを思い出すことも、過去のことを知ろうとする人も
いなくなってしまうのではないのかな。

そして、 消されてしまった神様も、 消されてしまった歴史も、 消されてしまった多くの人たちの存在も
もう永遠に、葬り去れてしまうのでしょうか。。。。。。

今、私にできることは、こうして少しでも、ここに存在した証を残しておくことかもしれない。
そして、そこであった歴史も、できることなら見つけ出して、それをいつか認めてくれる時まで、残していくことかもしれない。
なんて、最近、思うようになりました。

一つでも、多くの真実を。

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愛姫伝神社・お寺・観光マップ
by ldc_nikki | 2011-11-15 23:26 | 愛媛県四国中央市 | Trackback | Comments(0)

こんばんは。

今日は、伊予三島の太鼓祭りでした。

愛媛の秋祭りは、松山からスタートし、東へと進んで行きます。
北条、西条、新居浜、川之江、そして、伊予三島です。

今治は、小さな御祭りは行われますが、ほかの地域のような御祭りはありません。
どうして、秋祭りがないのか、今だにその理由がわかりません。

愛媛の瀬戸内海側では、 西条、新居浜、川之江、そして伊予三島で、太古台、だんじりの御祭りが盛大に行われます。

その中でも、 私が今回、伊予三島を選んだのは、 今わかっている中では、伊予三島だけが、姫神さまを、のせていると聞いたからです。

伊予三島は、各地区によって、別々に、行われますが、その中でも、やはり、三島神社のかきくらべが、一番盛大だと聞き、今年は必ず行こうと決めていました。
生まれてから、今まで、一度も見たことがなく、今日は、朝からドキドキ。

伊予三島の 三島神社は、以前ブログでもご紹介しましたが、
大三島の大山祇神社から、越智玉澄が勧請したと伝わる神社の中でも、一番重要な神社といってもいいと思います。

四国中央市 旧伊予三島にある三島神社は、
奈良時代の初期越智玉澄宇摩の大領に任ぜられ
今の上柏町御所の地に新館を建て宇摩郡を経営したが、
年老い毎月の大三島宮参籠も出来なくなったので、
養老4年旧8月23日大三島宮より奉遷し八綱浦三津名岬加茂川上冠岡の地を選び
奉斎したのが始まりだと伝わります。
そして、それより此の地を三島と云う様になったと。

しかし、この由緒は少し繋がらない所があります。
それは、越智玉澄が、この地で年老いたという所です。

越智玉澄は、大山祇神社を宮浦へと移した後、 ここ宇摩からは移ったということになっています。
それなのに、どうしてこのような由緒になったのか。。。。

昨日も少しお話しましたが、大山祇神社の祭神が変えられた時の中心人物、「越智玉澄」 という人はいったいどういう人だったかは、今も、私の中での一番の謎です。

でも、この伊予三島の三島神社は、伊予の国の中でも、特に重要な三島神社だったということだけは、間違いないと思います。

現在の四国中央市、 旧土居町、 川之江市、 伊予三島市は、 縄文時代からの遺跡や、古墳時代の古墳など、数多く発見され、 とても古い時代から栄えていた場所だということがわかっています。

伊予三島、川之江の山の中を流れる 「銅山川」 は、 太鼓は 砂金がとれていたので、砂金を必要とした豪族たちが、ここも開拓したとしても不思議ではありません。

山深くに、今も残る瀬織津姫の神社。 
そして、高知県との境目の山は、不思議な伝説も。。。。

今日は、御祭りを見た後、この山の奥に鎮座する瀬織津姫の神社にも行ってきました。
深い山の中には、まだまだ誰も知らない何かが眠っていと思えてなりません。

では、新居浜の太鼓祭りの写真をご紹介します。

先頭は、濱町・明神丸です。
この明神丸は、三島神社の御神体を奉置し太鼓台巡行路の先頭で奉納歌を歌い運行します。

この船の中に、姫の御神体が奉置されています。

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御神体は、この中にいるのだと思います。
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今にも動き出しそうな、「龍」 
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そして、太鼓台です。
三島地区の太鼓台は、現在8台。
どれも、豪華絢爛。赤い布団が印象的です。 船が通った後、各地区の太鼓台が、かきくらべを行います。

力を合わせ、どこの地区が一番長い間、太鼓台を持ち上げることができるかを競います。

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太鼓の音が、体の芯に響いてきて、何かが目覚めるようなそんな感覚がします。
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一番初めは、「川原地区」 の太鼓台、雲龍。
この太鼓台だけ、他の太鼓台と少し作りが違います。 明治30年代に制作され、播州高砂次郎助町により高砂神社にて奉納されていたものが、明治末期から大正初期(不明)に当地伊予三島川原町に継承されたなものだそうです。

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これは、「中組」第九號。
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蟇股は、七福神。
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そして、これは、上町、第七號 東雲。
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姫の神社に行くため、全部みることはできませんでした、思ったより間近でみることができ、本当によかったです。

若い人が少なくなり、御祭りが衰退している所が増えてきたといいますが、いつまでも受け継いでいってほしいと心から願います。

今日は、愛姫伝動画 第12章をつくりました。

今回の題は、「神々の島」です。

ぜひ、ご覧下さい。
今日も、 最後までお読みくださいまして、ありがとうございました。




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愛姫伝神社・お寺・観光マップ
by ldc_nikki | 2011-10-23 05:41 | 愛媛県四国中央市 | Trackback | Comments(3)

こんばんは。

今日は、久しぶりに 「大浜八幡神社」に 行ってきました。
1ヶ月ほど前、友達と一緒に行ってから、行っていなかったのですが、昨日の夜、なんとなく行かなきゃ。
そんな気持ちになって、今日は、仕事が終わってから、まっすぐ、大浜に向かいました。

大浜八幡神社に行くと、 「ただいま~」 と言いたくなるのは、
ここがスタートの神社だからかな?

いつものように、手水舎で手を清めた後、手水舎の龍にご挨拶をしてから、
まず、姫の神社 「潮富貴神社(しおふきじんじゃ) へ向かいました。

すると。。。。

「あれ?」 

ふと、看板のようなものが目に入りました。
一ヶ月前は、まだなかった。 なんだろう? 

近寄ってみると、 なんと、 ずっと願っていた、姫の神社の説明が書かれていたのです。
まだ、真新しいその説明書きは、 隣の大国主の社の壁面にはられていました。
そこには、一番初めに 「瀬織津姫」 の名前が。。。。

(宮司さん、 作ってくれたんだ!)

ずっと前に、ここに案内板があったらいいですね。 と宮司さんに言ったことがあったけど、
本当に、つくってくれるなんて思ってもみなかったので、 もううれしくてうれしくて・・・・・。

そして、その中に、見慣れない、神様の名前が。。。。。。

以前、姫の神社の祭神を調べてた時には、 確か、 大祓い詞に出てくる 四柱の神様、

・瀬織津比売(せおりつひめ) -- もろもろの禍事・罪・穢れを川から海へ流す
・速開都比売(はやあきつひめ) -- 海の底で待ち構えていてもろもろの禍事・罪・穢れを飲み込む
・気吹戸主(いぶきどぬし) -- 速開津媛命がもろもろの禍事・罪・穢れを飲み込んだのを確認して根の国・底の国に息吹を放つ
・速佐須良比売(はやさすらひめ) -- 根の国・底の国に持ち込まれたもろもろの禍事・罪・穢れをさすらって失う

この四柱が祭られているとばかり思っていました。
それが、違っていたのです。。。。。。

『倭姫命世紀』には、 日本の代表的な神社、伊勢神宮に祓戸の大神のうち三神が祭られているという伝承が載せられているのですが、ここ、大浜八幡神社の、潮富貴神社にも、同じように、祓戸の大神のうちの三神だけが、祀られていたのです。

・瀬織津姫尊・・・伊勢神宮内宮・荒祭官(天照大神の荒魂として祭る)
・速秋津姫尊・・・伊勢神宮内宮・滝沢宮並宮
・気吹戸主尊・・・伊勢神宮外宮・多賀宮(豊受大神の荒魂として祭る)

これは、『倭姫命世紀』に書かれた、伊勢神宮の伝承です。

そして、ここ、潮富貴神社に、もう一柱祀られていた神の名前は、
大宮売神【おおみやのめのかみ】 でした。

大宮売神とは、『古事記』や『日本書紀』には、書かれていない神様です。
では、どこに書かれてあるかといいますと、
斎部氏が、807年に書いたといわれる 『古語拾遺』です。

この中に出てくる 大宮売神とは、
天の石戸から出てきた天照大神が移り住む宮殿に仕えた神様です。
天皇の宮殿に鎮座して、出入りの者を監視し悪霊の侵入を防いで,親王や諸臣たちが過ちを犯すことなく,心安らかに仕えるように見守る神。

どうして、ここに、祓戸神と一緒に、祀られているのでしょう?

斎部氏は、元々、朝廷の祭祀を司る氏族だったと言われます。
しかし、、大化の改新以降、同様に祭祀を司っていた中臣氏が政治的な力を持ち始め、祭祀についても役職は中臣氏だけが就いたのです。
そして、 瀬織津姫の名前は、完全に、消されてしまったのです。

ということは、やはり、ここ大浜八幡神社は、少なくとも、藤原氏や持統天皇が行った、神々の隠滅に抵抗した氏族だったのです。

大山積神社では、小千家の祖神は、大山積神(三島明神)ということになっていますが、
ここ、大浜八幡神社では、 小千家の祖神は、 ニギハヤヒとされます。
小千命の銅像の横に書かれた、系図にも、大山積神の名前は、どこにもありません。

小千命、発祥の地とされる、ここ 大浜八幡神社は、 小千命を祀るとともに、津島(門島神)を祀る神社です。 この津島の門島神とは、 瀬織津姫のこと。
1400年前に、創建されたと伝わる、大浜八幡神社は、 長い間、祓戸の神として、姫をまつりながらも、
神社の名前は、祓戸神社とせず、潮富貴神社として、守り続けてきたのだと思います。
そして、その祭神も、 大祓詞の中に出てくる、四柱の神とせず、 『倭姫命世紀』に書かれた、伊勢神宮の伝承と同じ、三柱の神とし、天照大神が移り住む宮殿(ニギハヤヒと瀬織津姫が住む宮殿)に仕える、大宮売神を一緒に祀り、守り続けてきたのだと思いました。

宮司さんが、この看板を作ってくれなかったら、 このことを、ずっと知らないままだったかもしれません。
本当に、感謝です。
今日は、お会いすることができなかったので、 今度、改めて、ご挨拶に行きたいと思います。

本当に、ありがとうございました。

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・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
今日は、昨日の続きです。

今回の目的地は、瀬織津姫を祀る、剣長神社でした。
金砂湖に沿って、山道を走ると、細い山へと向かう道がありました。

多分、この辺のはず。。。

そう思い、山へと入って行きました。

そこは、綺麗な川が流れる、深い山の中でした。
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地図にも、もちろんない神社です。 住所もはっきりとした住所がわかりません。
後は、勘に頼るしかない。。。。

そう思いながら、ゆっくりと、山の中へ。
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しかし、いくら進んでも、それらしい場所は、見当たりません。
かなり、奥へと入ってしまったので、これは全く違う方にきてしまったと思い、引き返すことに。。。。

元きた道を、ゆっくりと引き返しましたが、 全く見つからず。。。。

今回は、かなり難関かも。
そう思い、神社の宮司さんの電話番号を調べ、かけてみることにしました。

どうか出てくれますように。。。。

宮司さんが、電話に出てくれました。
事情を説明し、剣長神社の場所を聞きいてみると、 なんと、宮司さんも知らないとのこと。
剣長神社のところに、名前は書かれてあったのですが、 兼任で、 誰も宮司さんがいない神社なので頼まれはしたものの、 道があまりにも悪く、たどり着くことができなかったそうなのです。
そして、もう一社、宮司さんが兼任している神社があり、そこから、剣長神社が鎮座する山の方に向かって、一緒に、祈りをささげているとのこと。

その、もう一社の名前は、 甲斐野神社。 

とりあえず、ここから、宮司さんが拝んでいるそうなので、この神社のある場所を聞きいくことにしました。
電話を、切った後、急いで、甲斐野神社を調べると、なんと、ここにも瀬織津姫が祀られていたのです。

私たちは、すぐ 甲斐野神社へ向かいました。
それが、宮司さんもめったに行かないからか、 宮司さんの言われたとおりに、行ってみたのですが、
また、そこにも、神社らしき建物は、全く見つかりません。

どうしよう。。。 と思っていると、 一人の女性がいました。
とりあえず、聞いてみることに。

「すみません。 甲斐野神社という神社を探しているんですが、どこにあるかご存知でしょうか?」

「え?」
残念ながら、甲斐野神社は知らないというのです。この辺に神社があることも、知らないと。

しかたなく、元きた道へ。

やっぱり、一番初めに通った道のどこかにあるような気がするから、もう一度戻ってみようということになり、
また、 最初の場所へ。

もう一度ゆっくり、ゆっくりと。。。
すると、最初に通った時も気になった、更に山の方へと入る道。

(この辺のような気がするんだけど。。。。) そう思い、辺りを見回すと、

「あ! 学校跡がある!)
(宮司さんが、近くに廃校になった小さな小学校があると言ってたので)

木の陰に隠れて、一度目は全く目に入りませんでした。
学校の方へと、曲がり、山道をゆっくり進んでいきました。 

「どこだろう? 車では行けないところかもね。」
そう言って、ふと、後ろを振り返ると。。。。。。。。。。。

「あ!!!!!  狛犬!!!!!!」

山の中の小さな道の途中に、小さな狛犬が、目に飛び込んできました。

「きっと、あそこだよ!!」

急いで車を止めて、 そこからは歩いていくことに。

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多分、まっすぐ前を向いていたら、この狛犬には気付くことはなかったと思います。

(諦めなかったから、姫が教えてくれたのかな。)

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微かに、道とわかる程度の、細い小さな道。

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昔なら、怖くて、こんな山の中へ入っていくことはできなかったかもしれません。
でも、姫の神社がもうすぐそこにあると思うと、 引き返そうなんて、思えなくて、ひたすら、前を向いて歩いていきます。

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そして、やっと、見えてきました。
拝殿だけで、いっぱいになってしまうほどの、小さな敷地の中に、神社は鎮座していました。
拝殿の前は、ほとんど余裕がなく、写真を撮ることは困難でした。

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甲斐野神社

祭神は、
・猿田彦命(さるたびこのみこと)
・大己貴命(おほなむちのみこと)
・木花咲弥姫命(このはなさくやひめのみこと)
・少彦名命(すくなひこなのみこと)
・瀬織津姫命(せおりつひめのみこと)

明治43年9月に華梱神社、杉尾神社、同44年6月に四社神社を合祀して社名を甲斐野神社となったそうです。

ここは、今まで行った神社の中でも、一番、わかりにくい場所でした。
住所もわからず、地図にもなく、勘だけがたよりかもしれません。

法皇山脈の南側、銅山川の南の山の中に、瀬織津姫は祀られていました。
行くことができなかった剣長神社も、同じ山の中の少し西側にあります。
ここは、まるで、人目を避けるように、誰にも知られないようにと、 外からでは、全く見えない場所に祀られていました。

今までは、どんなに山奥でも、こんな感覚はありませんでしたが、ここを訪れた時、見つからないようにと、隠し守ったのではないかと、強く思ったのです。

伊予三島の人々は、なんとかして、姫をまつり続けたかったのかもしれません。

剣長神社もきっと、更に山奥へと逃げた人々が祀った跡なのかもしれません。
姫を守るために。

神社に参拝した後、 目の前をす~っと黒い蝶が横切りました。

やっぱり姫が導いてくれたのかな? (そう思いたい)

もし、本当にそうなら、こんなにうれしいことはありません。

ありがとうございました。

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(守りたいもの)は、なんですか?

どんどん、便利で裕福な時代になり、 守りたいものが今の世の中は変わってきたように思えます。

本当に、守らなくてはいけないものは、なんでしょう。

自分ですか。
地位ですか。
名誉ですか。
お金ですか。

これらも、もちろん、必要なもの。
でも、順番が違う気がするのです。

本当に守らなくてはいけないものを、犠牲にしてまで、 守らないといけないものなのでしょうか。

今、私たちは、 それを問われているような気がします。





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愛姫伝神社・お寺・観光マップ
by ldc_nikki | 2011-08-09 23:54 | 愛媛県四国中央市 | Trackback | Comments(0)

こんばんは^^
今日は昨日の続き、四国中央市、旧伊予三島の神社のお話です。

実は、この神社に行ったことにも凄い意味がありそうで、
先週この地に訪れてから、びっくりするような出会いがありました。

それも、奈良の友達のおじい様の神社
丹生川上神社の上社。

もうこれは龍神さまとのご縁として言えないようなシンクロに
おどろいて、実は今でも心臓がドキドキ。
すみません。
一人で気が動転しております。

ちょと深呼吸をして、今日はまず、伊予三島の神社のお話をしたいと思います。

熊野三所神社に行った後、時計を見たら、もう5時。
本当は、瀬織津姫の神社に行きたかったのですが、時間がないので、
現地に行ってから気になった神社。

「三島神社」に行くことにしました。

三島神社といえば、伊豆。
そして、主神さまは 大山積神さま。

愛媛には、三島神社が沢山ありますが、これは大三島の大山祇神社(三島大名神)を
崇拝していた、村上水軍が勧誘したと言われています。

四国中央市 旧伊予三島にある三島神社は、
奈良時代の初期越智玉澄宇摩の大領に任ぜられ
今の上柏町御所の地に新館を建て宇摩郡を経営したが、
年老い毎月の大三島宮参籠も出来なくなったので、
養老4年旧8月23日大三島宮より奉遷し八綱浦三津名岬加茂川上冠岡の地を選び
奉斎したのが始でだそうです。
そして、それより此の地を三島と云う様になりました。

この土地の由来にもなっている、三島神社。

この地を訪れる際には、是非とも行っていただきたい神社の一つです。

秋のお祭りも盛大で、艶やかな、太鼓台が町を練り歩きます。

では三島神社をご紹介しましょう!

正面は、国道の反対側にあります。
大きな立派な鳥居です。
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そして、歴史を感じる立派な神門
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大山積の文字が。。。
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神門には、二つの龍が。。。
片方は口が開いていて、片方は口が閉じている。
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ここには、龍神さまがいらっしゃいます。
それでこんな立派な龍が神門にいらしゃるのかもしれませんね。。。

まずは、拝殿へ。
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まるで、森の中の神域のような光です。

そして、本殿

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御祭神さまは
大山祇神(おほやまつみのかみ)
高龗神(たかおかみのかみ)
上津比咩神(かみつひめのかみ)
下津比咩神(しもつひめのかみ)
雷神(いかづちのかみ)


毎年10月21日に
氏子初詣祭(ウジミセ) という
例大祭初日の宵に新生児が社参し、
翌々日の神幸祭の際、宮出しからお旅所まで供をする。

という神事があります。

そして10月23日は例祭。
私も一度見てみたいです。


そして、拝殿の前には磐座(いわくら)があります。
これは写真にとれなかったのですが、この磐座は、
大昔のそのままの状態で保存されている石群です。
この辺りは、古代(縄文時代か弥生時代)から人が住んでいたと言われている場所で、
この石群はその古代のものだと言われています。

この場所だけは、他の空気と違う何か、人が入ることを許されない。
そんな場所でした。 もちろんこの中には入ることは出来ません。

そして、この神社には、もう一つ、
伝説の石があります。
そのお話は最後にして、まずは、境内の紹介です。

境内には沢山の境内社があります。

諸山仂神社(十六社)
合祀社宮(八幡神社、荒神社、幸神社、斎霊神社、外 を合祀)
天神社
笑子神社
住吉神社
春日神社
天照皇太神宮(豊受大神宮、出雲大社、宇佐八幡宮 を併祀)
大石神社(磐座)
田畠神社(社日神社)
水神社
室神社
目神社
三鉾神社

全ての祭り神さまは記載されていなく、今回は全てはわかりませんでした。
わかる範囲ですが、続いて境内社です。

まずは、
「目神社」
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めがみさんと呼ばれ、目の病気を治してくださる神様だそうです。

「笑子(えびす)神社)
住吉神社ともいい、海上安全、漁業繁盛の神様。

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そして、この後の神社に参拝前に現れた蝶。
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この後参拝したのは、
合祀社宮(八幡神社、荒神社、幸神社、斎霊神社、外 を合祀)

その他沢山の神社を合祀しているようなのですが、
はっきりしたことは書かれてありませんでした。

この中に姫がいなのかも。。。

そして、「天神社」天満宮です。
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そして、
天照皇太神宮
(豊受大神宮、出雲大社、宇佐八幡宮 を併祀)

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そして、入口の鳥居のすぐ横にあるのが、
「春日神社」です

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最後になりましたが、石のお話です。

伝説の石 「龍宝石」です。

この石は、300年ほど昔、庄屋さんの家に毎日鯛を売りにくる漁師がいました。
ある時、庄屋さんは、漁師に「この石はどこでとってくるのか」とたずねました。
すると、余木崎の沖合いに、竜宮のような珍しい石があり、毎日2匹の鯛が現れます」
と答えます。其の話を聞いた庄屋さんはどうしてもその石が欲しくなり、大きい船3隻を繋ぎあわせ、
石に縄をかけ、引き潮の時を待ち持ち上げ船に運び、岸まで運びます。
そして、庄屋さんの家まで道を作り、4ヶ月もかけて家に庭まで運びます。
「珍しい竜宝石」だと毎日沢山の人がやってきました。しかし、
この石が来てから、庄屋さんの家では不幸が続きました。そこでおがんでもらった所、
おつげがありました。
「毎日きれいな海水をくんで石にかけ、海のかみさまをおまつりしなさい」と。
それから、毎日毎日、雨の日も風の日も、海まで水をくみに行ったそうです。
この道を「しょうこみち」といいます。そして、しょうやさんが亡くなり、
子孫が、この神社に石を寄付したということです。

本当に、まだ海の中にあった時の感触が残っているような
本当に、神聖な石です。

龍宝石

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昔の人は、竜宮の入口のように見えたのでしょうか。
きっと今でも海の神様(龍)がこの石に宿っているような気がします。

この石の神様と大山積神さま、そして沢山の神様のおかげで、
またとても素晴らしいご縁があったことに心から感謝しています。

今日もありがとうございました。

明日もよい一日になりますように☆







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愛姫愛媛パワースポット地図
by ldc_nikki | 2010-09-16 23:41 | 愛媛県四国中央市 | Trackback | Comments(2)

こんばんは。
今日、また不審者メールが。。。。
今治市内で不審者が出たとの情報があると、学校からメールで
情報が流れてきます。
この4月くらいから、毎月何件かメールが入る。
どうして、子供達をそんなに狙うのか。。。。
世の中、欲望の塊がうようよしているように最近思えてしかたがないです。
変わることはできないのでしょうか。。。。。



今日は、昨日の続き、四国中央市です。

山水さんが私の誕生日の日に、熊野本宮大社でトークショーをされてから、
熊野とご縁があるようで、今回も、金砂湖から市内へと戻る道に、
熊野神社がありましたので、参拝してまいりました。


「四国中央市金田町半田乙372」

熊野三所神社

ここは大きな道路から少し中に入った所で、
住宅が近くに沢山ありますが、神社のある場所は裏山があり、
とても静かな場所でした。

お寺が隣接してあり、お寺と関係があるかどうかはわからなかったのですが、
入口が同じなので、神仏習合の場所かもしれません。

お寺の名前は、

「大光寺」高野山真言宗 
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高野山と言えば、空海。やっぱりここも空海さまでした。。。

そして、神社へ。

熊野三所神社

入口の鳥居
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そして鳥居をくぐります。
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そして拝殿へ。

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御祭神:伊邪那岐神(いざなみのかみ) 
     伊邪那美神(いざなみのかみ)



ここは、
紀伊国有馬村より勧請の熊本本宮の別社があり、
神務をもって奉仕したのが明徳2年秋9月、
それ以前の創祀と思われるそうです。

熊野本宮大社。 ここでもまたご縁を感じます。
そして、何よりびっくりしたのが、
代々今治領主の崇敬社であり、毎正月国家安全武運長久の祈祷をし神符を領主に献進していた。
と記されてあります。

今治と、とても深いご縁のあった神社だったとは。。。

由緒はほとんど書かれてある所が少ないので、
帰って調べてわかることばかりで、帰ってからの方がびっくりさせられることが多いです。

そして本殿。

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また、この境内には、他の境内社があります。

稲荷神社(豊受姫神)

天満宮(菅原道真公)

出雲大社(大国主命)

熱田神社(日本武尊)

岩崎神社(天照大神)


写真は、出雲大社(大国主命)と熱田神社(日本武尊)です。

愛媛ともご縁の深い 大国主命。
そして、日本神話の中の英雄 日本武尊(ヤマトタケルノミコト)です。

境内社を参拝しようと思った時です。
どこからから、蝶が飛んできました。 

「姫さまだ~!!」 (蝶は姫の神使だと思っています。瀬織津姫は黒又は青い蝶、その他の姫は黄色や白、そして今回のアゲハチョウ)

ここでは、アゲハチョウでした。
私の近くに飛んできて、止まりました。 今日も写真を撮らせてくれるのかな~。
蝶に近寄って、カメラを向けましたが動きません。

「ありがとうございます」

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すると今度はトンボが。。。

「男神さまだ~!!」トンボは男神さまの神使だと思っています。

最近トンボもよく近寄ってきてくれます。

「写真を撮らせて下さい」 お願いしながら

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神社を巡るようになるまで、虫のことをこんなに気にしたことはありませんでした。
小さなことにも、目を向けると、何か新しい発見があるかもしれませんよ。

私が最初に、蝶を見てあれ?と思ったのは、
去年の夏の終わり。 瀬織津姫のことを知ってすぐくらいの時でした。

丁度、その時は、私の最後の選挙の仕事の期間中で、
いろんなところで、街頭演説をしていました。

それも、車が沢山通る大きな道や、町中で。。。

最初は、蝶がいるな~と思う程度だったのですが
車を止める度に、黒い蝶が現れるので、あれ?また?
あれ?まただ?

あまりに何度も現れるので、物凄く不思議に思いました。

そして、瀬織津姫の神社へ初めて行った時、
神社の境内で、私の前を黒い蝶がす~っと通っていったのです。

もしかして、姫が何かを伝えにきてたの?

もちろん、私の勝手な思い込みかもしれません。 でも。その後の、
龍の滝での、青い蝶、そして、瀬織津姫の神社で何度も現れる 黒い蝶。

それで今は、蝶を見るたび、姫の使いの蝶だと思っているのです。

先日、大三島に行った時、ほんとに、黒い蝶が現れ友達もびっくりそして、
今回と同じで、トンボがいくら近寄っても逃げない姿を見て更にびっくりしていました。

本当に不思議なことはあるものだと、神社に行き始めてつくづく感じます。

そして、今日また、とても不思議な出会いに驚いています。
このお話はまた、今度したいと思います。

今日も最後までありがとうございました。
明日も素敵な1日になりますように。。。





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私が行った、オススメパワースポットを地図で紹介。
まだ始めたばかりですが、これからどんどん増やしていきますので
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愛姫愛媛パワースポット地図
by ldc_nikki | 2010-09-15 21:50 | 愛媛県四国中央市 | Trackback | Comments(4)

こんばんは。
朝晩は随分涼しくなってまいりました。 
もう秋もすぐそこまで来ていますね。

昨日は、いろいろ調べ物をしていたら遅くなってしまって更新できませんでした。
いろんなことが次々とつながり、毎日が発見で驚いています。

今週は、この土日で行った、四国中央市と砥部町のお話です。

まずは、四国中央市です。

ずっと前からとても気になっている四国中央市。やっと足を踏み入れることが出来ました。
ここは、愛媛県県の一番東の町。 古くは宇部地方と言われ、古墳が沢山残っている
愛媛でも重要な町だと言われています。
旧川之江市、伊予三島市が合併し、現在は四国中央市となっています。

実は、この町には瀬織津姫の神社が他の町より多いのです。
今回は、瀬織津姫の神社には行くことが出来ませんでしたが、これからこちら方面にも
何度も足を運び、姫様の神社を見つけたいと思います。

今回は、金砂湖周辺です。

川之江ICを下り、少し今治方面へと戻ると、翠波高原の看板目印に左へ曲がり、
山道を登って行きます。

車が一台しか通れないような、古いトンネルを抜けると
翠波高原につきます。

翠波高原は、秋のコスモスが有名で、山の上に沢山のコスモスが咲いています。
今回は時間の関係で行けませんでしたが、この翠波高原の更に上に、
翠波権現があります。 ここへは次回行きたいと思っています。

翠波高原を過ぎ、そのまままっすぐ道なりに進むと、金砂湖につきます。
そして湖の側に、目的の神社があります。

この日もとても不思議なことがありました。
湖が近くなってきたので、どこかで一度止まって地図を見ようと思いながら走っていて、
「ちょっとこの辺で止まってみるね」
となにげなく、車を止めて、ふと左を見ると 神社が。

急いで下りて神社へ行ってみると、目的の神社があったのです。

ほんとにびっくりでした。

神社の名前は

「大宮四社神社 」

もとは、とても古い歴史がある神社で、明治時代に、氏子地域にあった神社を合祀しています。

そして、この神社はもともとは別の場所にあったそうです。
柳瀬ダムというダムを作った時、水没する為、現鎮座地に奉遷しています。

金砂湖は、この柳瀬ダム建設に伴い、水をせきとめ出来た人工の湖なのです。

現在神社が鎮座する場所は、湖の見える少し高い所。
まるで、湖を見守るかのように、ひっそりと鎮座されています。

御祭神は

天之御中主大神(あめのみなかぬしのおほかみ)
天之常立大神(あめのとこたちのおほかみ)
国之常立大神(くにのとこたちのおほかみ)
天照皇大神(あまてらしますすめおほかみ)
加茂別雷大神(かもわけいかづちのおほかみ)
武甕槌大神(たけみかづちのおほかみ)
斎主大神
姫大神(ひめおほかみ)
高龗神(たかおかみのかみ)
天児屋根命(あめのこやねのみこと)
市杵島姫命(いちきしまひめのみこと)
王太子命
奥御前
姥婆御前



この名前を見ただけで、そのパワーは凄いものなんだろうと思いましたが、
神社の写真をとっている時も、凄いパワーにびっくりしました。


それでは、拝殿です。

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凄い光が降りてきています。
小さな神社ですが、このパワーはとても凄いものがあると思いました。

そして裏へ回って本殿へ。

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この本殿を撮ろうとした時でした。
まるでテレビにノイズが入るように、カメラの中にノイズが1秒ほど入ったのです。
ノイズが入ることはあまりないのでびっくりしました。

拝殿の前は、深い森へと続いています。

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森の中には、細い参道のような道がついていました。
昔の人はこの道を通ってきたのかな。。。

そして本殿より、少し湖よりに、ご神木のような木がありました。

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この木と共に、この村の人々を今でもお守りしているんだろうな。。。
そんな気がしました。

神社を後に、次は湖へ。

人工の湖ですが、周りは深い山に囲まれ、とても美しい金砂湖。
そして、この山奥のどこかに瀬織津姫の神社があります。
地図にも出ていない小さな神社。

いったいどこにあるんだろう。

そんなことを考えながら、湖の近くで車を止めました。

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この湖の下に、先ほどの神社が眠っているのです。
それを考えると、とても悲しい気持ちになります。

写真の赤い橋。
あの橋をこれから渡って行きます。

橋を超えると、突き当たりが二つの道に分かれています。
右へ行くと、新居浜の別子銅山に行きます。
今回は、左の山がきになっていたので、左へと行ってみることにしました。

私もこの道は初めての道です。

それまでは、2車線の広い道だったのですが、左へ行った途端、
急に道が狭くなり、対向車が来たらぎりぎりよけれるくらいの道です。
ひたすら、山の中をぐるぐる、ぐるぐる回ります。

途中、綺麗な沢があり、車もほとんど合うことがありません。

途中、山へと上がる道が何本かあったのですが、大きな車では危ないので、
そのまま道なりに進んで行きました。

途中とても綺麗な場所を見つけたので、撮影。
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太陽の光でキラキラと光る湖は、それはそれは美しいものでした。
家はほとんどなく、自然がそのまま残る山の中です。

走ること1時間ちかく、一つの橋に着きました。
走っている途中、名前が気になっていた橋。

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「神竜橋」です。

神の竜の橋。この名前が、この道を通り始めてみた地図で一番気になっていた場所でした。
橋の所で、写真を撮ろうと車を止めると、目の前に、黒い蝶が。。。。

どうしてここで黒蝶?

蝶は、山すそをずっとくるくると回りながら飛んでいました。

私は、手帳に書いていた姫の神社の住所をもう一度地図でよく探してみました。
すると今通ってきた道のどこかから、更に山へと入って行くようでした。

姫はそれを私に知らせたかったのかな。。。

そして、この橋は、神域と下界の境目。
橋の向こうには、小さな部落が見えました。

きっとここが、神域への入口なんだ。 そう確信しました。
今度来た時は、この山の中の、瀬織津姫の神社に必ず辿りつける。そう思っています。


最後に。。。。

今回行った場所が、ダムの中に沈んでしまった神社とはここに来るまで知りませんでした。
私の友達のおじい様の神社も、奈良のとても有名な神社なのですが、今はダムの中にあります。

ここと同じで、新しく、別の場所へと奉還されていますが、
やはり、しずめるべきではなかったのではと思います。

人間が生活する上でやもうえない苦渋の決断だったのかもしれませんが。。。
沈んでしまった神社のことを、今知っている人がどれくらいいるのだろう?
人間の都合で、沈めてしまったのだから、せめてその感謝の気持ちをいつまでも、伝え続けていって
もらいたい。

そう思います。



自分達の都合で、自然を壊し、動物を殺し、今では人が人を毎日のように殺している。
そして、楽に生きたい、自由に生きたい、贅沢に生きたい、偉そうに生きたい、思い通りに生きたい、
ほんとにそれで、いいのでしょうか。。。。

今日たまたまつけた時、痴呆症の介護をしている方の話が出てきました。
痴呆症で、自分が誰かもわからず、何をしているのかもわからない。そんなお年よりが、
そんな体で、介護しているその人の面倒を見てあげると、逆に世話をしようとする。

本当の人間の本質は、誰かの為に役にたつことで喜びを感じ、
誰かの為に、役にたちたい、そして、何かと繋がっていたいという気持ちなのではないか。。

自分が元気な時は、そんなことは考えもせず、一人でいたい、自由にしたいと思うかもしれない。
でも、本当の喜びや幸せは、そこからは生まれない。

「共生共栄」 共に生きて、共に栄える。それが幸せの形なのだと
強く思います。

今日も最後まで読んでくださってありがとうござました。






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愛姫愛媛パワースポット地図
by ldc_nikki | 2010-09-14 21:09 | 愛媛県四国中央市 | Trackback | Comments(1)

数あるブログの中からお越しいただきましてありがとうございます。 不思議な数々の出会いから、今は、愛媛の神社めぐりをしながら、神社や女神様そして、神話の神々の伝説を調べています。
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