志守り 大宮八幡神社 

こんばんは。

先週の土曜日、いよいよ香川へと入りました。

先月は徳島、そして今月は香川。
この二つの県に入るのに、約3年かかりました。

でも、今だから行ける。
そう思う出来事が、振り返れば多々あります。

そして、今回の香川も、
きっともう少し前だとわからなかった新たなた繋がりの場所を
見つけました。

まだ徳島のお話もしていませんので、
香川は更に先になりますが、
お楽しみ。

一つ、一つ、
時間がかかってもたどっていくことが、一番の近道。
真実へと少しづつ近づいて行っていると
信じたいと思います。

今日の神社は、
前回の伊予市の清神社から砥部へと抜けたところに
鎮座する神社です。

ここは、全く行く予定ではなかったのですが、
帰り道前を通り気になって立ち寄ってみました。
そこでまた、一つの出会いがありました。

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伊予市から砥部町へと、山の中を通ります。
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山を降りて、国道33号線へと出る前に、
神社はあります。

「大宮八幡神社」

この辺りは昔もっと深い山の中で、鳥がとても多く、

「鳥部」と呼ばれていたそうです。
ここに神社が建てられたのは、崇峻天皇の時代だとされます。

しかし、もともと神籬をたててお祀りしていた場所もあるということから、
本来は、もっと古くより神を祀っていたところではないかと思われます。

崇峻天皇の御代とは、
587年~のことで、この時代は一つ大きな鍵を握る時代です。

587年は、物部氏が滅んだとされる年です。
そしてこの翌年から、突然 「越智家」の名前が文献に姿を現すようになります。

それが、鉄人と呼ばれた
「越智益躬」です。

物部氏は滅びたとありますが、
ここから一揆に、仏教の力が強くなります。
でも、まだここから更に争いはましていったのではないかと思います。

少しづつ少しづつ、
この辺りから、封印への勢いが広がっていったのだと。

そして、ここもいち早く、
変えられてしまった神社の一つではないかと思います。

社殿によると、ここへ最初に祀った神は、
「筑前宗像宮 三女神」 となっています。

砥部は、隣の松山市や伊予市のように、
直接の舞台とはなっていないような気がするのは、
ここへ移り住んできた人が、松山市や伊予市とは少し違う一族だったかのような気がします。

それが、この祭神に現れていると。

新居浜にも、宗像氏が移り住んだとされる場所がありましたが、
ここももしかしたら、そうかもしれません。

858年、宇佐八幡宮より八幡大神を勧請し、
現在は八幡神社となっていることが、
歴史の移り変わる様子を表しているかのようです。

*大宮八幡宮
*伊予郡砥部町大南317
*祭神
誉田別尊(ほむだわけのみこと)
足仲都彦尊(たらしなかつひこのみこと)
息長足姫尊(おきながたらしひめのみこと)
姫大神(ひめのおほかみ)

境内社
厳島神社
荒神社
霊神社

神社へ入る時、ちょうど太陽が真ん中にきていました。

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右がわに見える青い龍の絵は地元の高校生たちが描いた絵だそうです。

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拝殿
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参拝して帰ろうとした時、宮司さんと出会いました。
いろいろお話をさせて頂き、
記念にと写真までとってくださり、その場で印刷してくださりました。

写真ができるのを待っている時、
一つのお守りに目が止まりました。
今まで見たことのない、お守り。

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志を守ってくれるお守り。

志を持ち続けることは、難しい。
途中であきらめてしまうことも、多いかもしれません。
私も、何度もそうなりそうな時がありました。

私はこのお守りは、そうなりそうな時、
原点に戻してくれそうな気がしました。

諦めてはいけない。
とそう私に訴えてくれているような錯覚さえ。。

この日、迷わずこのお守りを頂き、
バックにつけて毎日持ちあるいています。

もしくじけそうになったら、これを見て原点に戻ろうと。

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宮司さんが写真をとってくださらなかったら、
このお守りとも出会うことはなかったかもしれません。

本当に、ありがとうございました。




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愛姫伝神社・お寺・観光マップ
by ldc_nikki | 2012-07-09 21:25 | 愛媛県伊予郡砥部町 | Trackback | Comments(2)

こんばんは。

しばらく大山祇神社の謎のお話を続けてきましたが、また、今日から伊予の国の神社を巡りながら、瀬織津姫の姿を探してみたいと思います。

大三島のお話も、もしかしたら、時々交えながらとなるかもしれませんが・・・・。

今日は、現在合併して砥部町となった、旧広田村に鎮座する 「三島神社」をご紹介します。
三島神社が鎮座される所には、「龍」にまつわる伝説が残っていることが多々あります。
ここ、広田村に鎮座する 三島神社の奥の滝には、 「馬に角が一本だけはえた姿をしている」 「龍駒」の伝説が残っています。

この三島神社は、桓武天皇元年、大三島から、三嶋大明神の神霊を勧請の際、行在所として供奉の人々が神霊を安置して休息した場所と伝わります。 その時、ここを 「神谷口」と称したといいます。

その後、土御門天皇元年8月21日、改めて、大三嶋より勧請したと伝わります。

祭神は、 大山積命。 

しかし、ここには、それ以前から祀られていた神様がいることを伝えるように、不思議な伝説が残っています。

ここ、多居谷という部落の山奥、多居谷川の水源である北谷嶺のふもとに、高さ約10m、幅約30mに及ぶ赤紫色の巨大な岩嶺があり、そこに、駒ケ瀧があるそうです。
瀧の頂上に約4㎡ほどの平らな所があり、ここから水源に向かって、溝中央の岩石に馬蹄の跡が残っているといいます。

ある一説には、この頂上には天狗が住んでいるとも言われ、
もう一説には、ここに天の神さまが、 真っ白い「龍駒」にのって現れ、この岩を下りていき人々の住む部落の方へと行かれたといいます。
そして、この岩石には、今も、馬の足跡が残っていると伝わります。

神様がのっていた馬は、「龍駒」 と言って、頭に、一本の角があるといいます。

真っ白い頭に角がある馬といえば、西洋のユニコーンを思い浮かべます。

ユニコーンの角には、蛇などの毒で汚された水を清める力があるといいます。
その一方、とても獰猛(どうもう)な、生き物ともされています。
フランスの文学者の書では、ユニコーンのことを
「この世で最も美しい、最も誇り高い、最も恐ろしい、最も優しい動物」 として描いているそうです。

この表現のされ方は、瀬織津姫と同じですね。

この龍駒は、高千穂にもその伝説が残るといいます。

どうして、この場所に、「龍駒」の伝説が残っているのか、その理由はわかりませんが、この白い龍駒に乗った神が現れて以後、雨乞いの聖地とされていると言います。
この瀧に雨乞いの行事を古例によって斎行すれば必ず雨が降ったと伝えられています。

ここも、また、水の神(姫)の聖地と言えるかもしれません。

*三島神社
*伊予郡砥部町多居谷12
*祭神:大山積命(おほやまつみのみこと)

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御神木
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拝殿
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境内社(宮谷三島神社・熊野三社神社・天満神社・若宮神社)
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この他、この中には2社の名前が書かれてあったのですが、字が消えてしまい見えませんでした。

本殿
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燈籠
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この村の山奥に、真っ白い角を持つ馬にのって、美しい姫が下りてきた。
そして、この村を今も守り続けている。 なんだか、何もない小さな山里が、神の森に見える。
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私たちが知らないだけで、 この国には多くの伝説が残っています。
皆さんのすぐ近くでも、もしかしたら素敵な、伝説があるかもしれません。

たとえ、誰かがつくった物語でも、 そのつくった人々の心の中には、物語の映像が見えていたのかもしれません。

その光景を目に浮かべるだけで、 何もない風景が、全く違う世界に見えてくるものですね。

人の想像する能力は、神さまから与えられた素敵なプレゼントかもしれません。
そして、人は、想像することによって、 また新しい何かを生み出すこともできる。
それもまた、 人間に与えられた、神様からのプレゼントだと私は思います。

その素敵なプレゼントを、 みんなが幸せになれる世の中のために、 活かせていけたらどんなに素晴らしい世の中になることでしょう。。。。。。




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愛姫伝神社・お寺・観光マップ
by ldc_nikki | 2011-11-08 01:03 | 愛媛県伊予郡砥部町 | Trackback | Comments(0)

こんばんは。
先日紹介した神社の由緒に書かれていた、天逆鉾。

どこから、大三島へ奉還されたのか、次の課題というお話をしましたが、
今日、他のことを調べているときに、偶然見つけた地名。

大三島に奉還される前の、唯一の手がかりだった、神社の名前と地名。
今日、その地名を見つけることができたのです。

ほんとうに、そこにあったかどうかはわからないのですが、その場所に鎮座する神社の名前も、同じ。
まだ、今はお話することができませんが、今度、その神社へ行ってみようと思います。

こんなに早く見つけることができると思っていなかったので、またまたびっくりです。

神社を巡り初めてから強く確信したことがあります。
それは、前にも言ったと思いますが、順番があるということなのです。
何かにたどり着くためには、必ず通らなければいけない道があるということ。

その時は、何だか、遠回りしたような気持ちになるかもしれません。
もしかしたら、無駄なことをしたと思うかもしれません。

でも、今は、そんなことは、考えたりしなくなりました。
それは、全てには、順番と、その「時」があるからだということがわかったからです。

何か一つわかれば、次の課題が与えられ、そしてまたその課題をクリアできれば、また次の課題が与えられる。 それを続けていると、何かに近づく気がするのです。
日常の中では、それが何かに近づいているとは、わかりにくいかもしれません。
でも、こうして神社を巡っていると、自分が知りたいことがわかった時や、行きたい場所にたどり着いた時、そこまで行くまでに、たどった道のりが、全て繋がっていて、どれも必要だったことがはっきりとわかるのです。
不思議と、どんなことも、意味のないことなんてないのです。

それを何度も繰り返していると、たとえ、その日に何も見つからなくても、どうしてその場所へ行ったかがわからなくても、何も心配することはなく、きっといつかその意味に気付く時がくるだろう。と素直に思うことができるようになりました。

今回も、また、そんな出来事がありました。

1ヶ月くらい前、なんとなく気になった池と地名がありました。
その日は、何の目的もなかったので、地図を見ながら、なんとなく気になったその池に行ってみました。
でも、その時は、その池にも回りにも何もなく、どうして、ここに来たんだろう? と思っていました。
でも、その場所を離れる時、そこから見える山がとても気になったのです。
いつか、この山にあがる時がくるだろうな。 なんとなく、そんな風に思いながら、その場を後にしました。
あれから、一ヶ月。

大三島へ奉還された、天逆鉾があった場所は、その池のすぐ近くの神社だったのです。
更に、その神社はもともとはその場所にはなく、山の方にあったようなのです。
その山が、あの時気になった山。

今日、地図で神社の場所を調べてびっくりしました。
ほんとうに、すぐ近くまで行っていたなんて。。。
その時の私は、まだ、天逆鉾の話を全く知りませんでした。 だから、まだいく時ではなかったのだと。
でも、きっとあれは、私にもうすぐ近くまできているよ。と教えてくれていたように思います。

人は、心が理解できるものしか、見ることはできない。

それは、全てにいえることで、いくら目の前に重要なことがまっていても、次へのステップへの扉がまっていても、それを見ることの出来る心がなければ、人は見ることが出来ないのです。

前に進めないのは、誰のせいでもなく、自分に原因があるのだと、心から理解できるようになりました。
遠回りしているように思えるときは、遠回りしないとわからないことが、きっとあるからなのです。
まっすぐに、早く進もうとしても、それが理解できない限り決して次へと進むことはできないのだと。
だから、全てのことに、素直に向き合い、全てを受け入れ、前に進むことが大事なのだと思います。

心が素直になれば、どんなことも受け入れることができれば、小さなシンクロや、新しい出会いが訪れ、いつのまにか、次の扉の前にやってくる。
些細な幸せや、小さなシンクロは、目に見えないメッセージかもしれません。


・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

今日、ご紹介する神社は、砥部町に鎮座する 「三島神社」です。
小さな子どもに大人気の、砥部動物園の近くにあります。

ここは、以前偶然近くを通りかかった時、何だかきになる杜があるなと、前までいってみる、「三島神社」と書かれてあったのですが、その時は、もう時間がなかったので、いつか、また来れる時にこようと、参拝しませんでした。
今回、子どもを動物園に連れて行った帰りに、立ち寄ってみました。

*三島神社(麻生)
 伊予郡砥部町麻生32
*祭神
 大山祇神(おほやまつみのかみ)
 高於加美神(たかおかみのかみ)
 雷神(いかづちのかみ)

やはり、ここにも、高於加美神(たかおかみのかみ)雷神(いかづちのかみ)が一緒に祀られています。
この名前を見ると、私には、瀬織津姫と、ニギハヤヒと書かれてあるように最近見えてしまいます。

そして、ここの由緒が書かれてあったので、読んでみると、
和銅5年(712)8月23日、越智郡大山祇神社より勧請。
三島別宮地前宮と号した。建立は越智散位大夫玉輿、同異母弟玉澄と伝えられる。とあります。

ここは、越智玉澄が、建立した神社でした。
そして、勧請された日が、和銅5年(712)8月23日。

実は、今、この日付が気になってしかたありません。
和銅5年。 この年のお正月、古事記が完成されたと言われています。
古事記が完成された年の8月23日に、勧請された、三島神社。
しかも、それは、ここだけではありません。 

この時、大三島では、新しい大山祇神社をつくっている最中でした。 完成は、この4年後です。
完成する前、この時は、まだ瀬戸に三島明神は祀られていました。
宮浦へうつる前に、勧請された三島神社ということは、祭神は瀬織津姫のまま勧請された可能性が高いのです。 でも、なぜ?

今は、そのわけを探すために、愛媛県中の神社を一つづつ、調べなおしています。
実は、愛媛県中の神社を調べるのは、これで3度目。
同じ文章を読んでいるのに、1回目、2回目、3回目とその時々で、気付く内容が違います。
ここでも、人は、なにを目的にしているかによって、同じ文章でも、全く違ってみえるんだなと、自分でびっくりしています。

越智玉澄が建立した、大きな節目の神社。
まだまだ、わからないことが沢山ですが、その重要な場所に導いていただいたことに心から感謝します。

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三島の神紋です 
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桜がとても綺麗でした。
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境内には、多くの緑が残されていました。
鎮守の杜。
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今日も、ありがとうございました。




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愛姫伝神社・お寺・観光マップ
by ldc_nikki | 2011-04-14 22:44 | 愛媛県伊予郡砥部町 | Trackback | Comments(2)

こんばんは^^
今日、仕事中、何もしないのに、いきなりパワーストーンのブレスレットが
パーンと切れ、石がはじき飛びました。
何かしているの時なら、ゴムが切れたのかなと思うだけなのですが、
今回は全く何もしてなかったので、びっくり。

私に何か近づいてきて、
それから守ってくれたのだと思っています。

気に入っていたブレスなので、
ちょっとショックですが。。。。 感謝して、またリニュアルしてもらうことにします。


今日は、空海ゆかりの地です。

ここは、全く知らなかった所で、行ってびっくり!
四国八十八箇所の、前々回紹介した浄瑠璃寺に行った後に
行ったのですが、気になっていた道を通り、道の駅によると、
近くの山に 「権現山」があると書いていたのですが、
山の上だから今日は無理かな~。なんていいながら、地図でちょっと気になった
神社に行くことにしました。

そして、そろそろかな~とまた地図を見ようと車を止めて、
左を見ると、鳥居が!
え?またここがそうなの? 
急いで車を降りてみてみると、 「豊峯神社」

本当にびっくりです!

神社の敷地は、思っていたよりずっと広く、神社だけではなく
夏は流しそうめんもしている所でした。

鳥居をくぐり、小さな川を渡ると、向こうに見えているのが拝殿です。

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広田村(現・砥部町)の権現山の麓にある神社で、神社だけでなく、
四国八十八箇所 51番札所石手寺の奥の院でもあります。

ここは、登山道の入口でもあり、
この拝殿の近くから、登っていきます。

この山は石鎚山を源流とし、峰の形も石鎚山に
似ていることから、中世以前より修験道の霊地とされてきました。

空海が18歳の時に修行した所と伝えられ、
今でも、修行した洞口や、滝の行場など、そして空海が掘った洞窟から出てきたと言われる
神水も湧き出ています。

この川を渡ると登山道があります。

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そして入口

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権現山は、ミニ石鎚と言われるほど、石鎚山にそっくり。
鎖も三つあり、頂上へ行くには、鎖を登らなくてはいけません。

石鎚にも、3つの鎖があります。

途中、修行したと言われる滝があるのですが、
ここは、回り道があり、鎖がなくてもいけるので、今度、行ってみたいです。

頂上には、祠があり、豊峯神社があります。
頂上までは、約30分で登れるそうなので、女性でも登ることは可能だと思います。

ただ、かなり急ですので、十分気をつけて上がって下さい。

神社の拝殿の奥には、お寺もあります。
偶然、一ヶ月に一度しかこられないここの方が「先生」とよばれる人と
来ていて、中へと入れていただきました。

すると、空海のお母様の観音様が。。。。
縁結びと言われいるそうで、結婚を結んでくれたり、ご縁を運んでくれたりすると言われています。

とても優しいお顔で、どことなくるり姫観音さまに似ていました。

そして、更に奥には、
上の方にお堂がある、小さな山がありました。

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この下には、
小さな洞窟のような場所と其の前に、弘法大師の水が。。。

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とても冷たくて、本当に気持ちよくて、
何度も何度も手を水につけ、ブレスレットも浄化させて頂きました。

おしみなく湧き出る水、ほんとにありがたいですね。

ここは、あまりまだ知られていない場所のようでしたが、
ここは是非足を運んでいただきたい場所です。

愛媛には、まだまだ四国八十八箇所以外にも、
空海ゆかりの地と言われる所が沢山ありそうです。

人々の幸せを願い、修行し、お寺を作り、湖を作り、
争いを静め歩いた空海さまは、やっぱり凄いお方です。

今のこの世の中に、もう一度現れて欲しい。
そうすれば、少しは世の中が変わるでしょうか?

少しでも、近づくことが出来るよう、
私も日々、自分に出来ることを精一杯したいと思います。

そうすれば、きっと何かに繋がるはずだから。。。


今日もありがとうございました。
明日も素敵な一日になりますように。







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私が行った、オススメパワースポットを地図で紹介。
まだ始めたばかりですが、これからどんどん増やしていきますので
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愛姫愛媛パワースポット地図
by ldc_nikki | 2010-09-21 20:50 | 愛媛県伊予郡砥部町 | Trackback | Comments(0)

数あるブログの中からお越しいただきましてありがとうございます。 不思議な数々の出会いから、今は、愛媛の神社めぐりをしながら、神社や女神様そして、神話の神々の伝説を調べています。
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