こんにちは。
昨日は、 やっと夏休みをとって、 少し遠くへ行ってきました。
子供たちも私も両方が楽しめる場所をと、選んだ場所は、 広島県、宮島。

今年の8月に、 宮島の水族館がリニュアルオープンしたことを先日、偶然見つけ、
日帰りで行けて、こんなに、ベストな場所はない!

ということで、宮島へ行ってきました。。

そういえば、まだ、神社を巡り初めたころ、 初めて大三島の大山祇神社に行った時、おみくじをひいたら、
生まれてはじめて、「凶」が出て、ちょっとショックを受けましが、
今回、 厳島神社で、 おみくじをひいたら、
なんと、 またまた 「凶」だったのです。

なんだか、 節目節目に、凶がでるような気がして。。。。
前回の凶の時も、 あれから、すべてが始まったようなもの。

また、今日を境に、 新しい出発かな。。。。なんて、 いいように考えすぎ?

でも、8月に入ってから、 また、違うステージに入るような、そんな気がしていたので、
また、新たな課題を与えられるのかな。。。と、そんな気がしています。

宮島の 厳島神社は、 やっぱり素晴らしいところでした。
今回は、じっくり見ることができず、 まだまだ、全部をまわりきれていませんので、
次は、 もっとゆっくりと、 隅々まで見てみたいと思います。

厳島神社の、詳しい紹介は、 少し先になりそうですが、 ぜひ、その時も、ご覧いただければうれしいです。
でも、今日のお話も、まるで、厳島神社に行くのを合わせたかのように、 とても関係のある神社です。

保内町
「磯崎 客神社」 です。

保内町の中心地から、 海のすぐそばの道を、 長浜方面へと、走ります。
今は、綺麗な道ができているので、 今回私たちが行った、海岸コースは、 地元の人以外、ほとんど通らないような道でした。

夕日が沈む前で、 とてもきれいな景色が広がります。
保内町のお隣、 長浜町から、双海町へとつづく道は、 「夕やけこやけライン」と名前がついているほど、
夕日が美しい町といわれています。

ぜひ、まだ、見たことがない方は、 足を運んでいただきたい場所でもあります。

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今日ご紹介する神社は、保内町と長浜町の境にある町で
磯崎というところに鎮座します。

山を下りると、南予独特の、小さな部落がみえてきます。
海岸に面し、とても静かな海辺の町です。

ここに、鎮座するのが、
「客神社」 

今まで、この客神社のことにふれていませんでしたが、 今回、 ここに行ったのも、ふれる時期がきたということなのかもしれません。
そして、ここをご紹介する時、厳島神社に行ったということも、意味があるのだと思います。

「客神社」は、(まろうどじんじゃ)と読みます。
全国に、 客神社と同じ意味をもつ神社は多数あり、 東北とそれ以外では、
呼び方が異なります。

東北では、「アラハバキ神社」 荒波々幾神をまつる神社と言われ、
それ以外の地域では、「客神社」 や「門客神社」と言われています。

厳島神社に行ったことがある方は、ご存じだと思いますが、 厳島神社の摂社に、
客神社は、あります。
本殿、宗像三女神(市杵島姫命、田心姫命、湍津姫命)に参拝する前に、参拝しないといけないといわれている神社が、「客神社」です。

厳島神社の、入口からすぐのところに、 鎮座する、客神社の祭神は、
天忍穂耳命
天穂日命
活津彦根命
天津彦根命
熊野樟日命

そう、この五柱の神さまは、 あのアマテラスとスサノオが、行った誓約の時、
建速須佐之男命が、天照大神が持っていた「八尺の勾玉の五百箇のみすまるの珠」受け取ってそれを噛み砕き、吹き出した息の霧から生まれた五柱の男神さまです。

そして、
「宗像三女神」
市杵島姫命、
田心姫命、
湍津姫命もまた、
アマテラスとスサノオが、行った誓約の時、
アマテラスがスサノヲの持っている十拳剣(とつかのつるぎ)を受け取ってそれを噛み砕き、吹き出した息の霧から生まれた女神さまです。

これは、三女五男神、あの雛祭りのお雛様も、ここが起源という説もあります。

厳島神社は、 中心の神として、 宗像三女神をまつり、
客神社として、 五男神をまつる 三女五男神の神社だったのです。

客神社や、門客神社の、 「客人神」、「門客神」とは、
地主神がその土地を奪われて、後からやって来た日本神話に、登場する神々と立場が逆転し、客神となったとなった神のことを言います。

厳島神社の本殿よりも先に、 必ず参拝しないといけないといわれる、
「各神社」
そして、 本殿からまっすぐ海の方へいったところに、左右に鎮座する
門各神社 もまた、 客人神で、
櫛石窓神(くしいわまどのかみ)、豊石窓神(とよいわまどのかみ)
またの名を、天石戸別神といいます。

天石門別神は古来より天皇の宮殿の四方の門に祀られていた神で、御門の神であるともいいます。

厳島神社は、その中心の神のまわりに、
各人神をまつる、 神々の立場が逆転したといわんばかりの、神社だったのです。

厳島神社については、また、厳島神社のご紹介のところで、さらに深く、追求していきたいと思いますが、
全国に、鎮座する「客神社」は、 このことからもわかるように、
瀬織津姫の名前が消されたことと、 ニギハヤヒの位置を、アマテラスに奪われたことと、
とても深い関係のある神社だということがわかりました。

客神社の、御祭神は、 それぞれの神社によって異なりますが、
すべて、 あの古事記がつくられた時に、 その存在を変えられ、失った神々をまつる神社だということに
かわりはないのかもしれません。

そして、もう一つ。
この厳島神社に祀られる 三女五男神は、 あの空海が、岩屋寺を開基されて時、
岩屋寺の守り神として、 お寺のまわりに11もの神社を鎮座した時に、祀られた神と同じだということ。

空海もまた、 この神々が、重要な意味をもつことを知っていたと思います。
瀬織津姫を消され、 その変わりに スサノオとアマテラス それぞれの勾玉と剣から生まれた 神々の持つ意味が、どんな重要な意味をもつのか、知っていたということなのだと思います。

*客神社(磯崎)

*御祭神
 伊邪那岐命(いざなぎのみこと)  
 伊邪那美命(いざなみのみこと)
 国狭槌命(くにのさづちのみこと)
 菊理姫命(くくりひめのみこと)
*境内社
 山神杜(大山績命
 船玉杜(大海津美神、三筒男神、素蓋鳴命、息長足姫神)
 宮島杜(市杵島姫命)
 金刀比羅杜(大物主神、崇徳天皇)
 床浦杜(大名持神、少彦名神)
 天神杜(菅原道真公)
 八幡神杜(八幡大神)
*由緒
  末梢

ここ保内町の、客神社の祭神は、 三女五男神とは、まったく違う神様が祀られていますが、
ここもきっと、姫の名前が、消された後なのだろうと思います。

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拝殿
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境内社
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古代、この海を舞台にどんなことが、繰り広げられたのでしょう。
海からやってきた、人々は、どんなことを想い、どんなことを夢みて、 この国未来をつくろうとしたのでしょう。
 
この海は、人間の歩んできた歴史を、見続け、ある時は、人間の脅威にもなり、でも、それは、ただの脅威ではなく、 浄化、そして、警告、 母のように、私たちを見守ってきたのではないでしょうか。
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愛姫伝神社・お寺・観光マップ
by ldc_nikki | 2011-08-27 13:57 | 愛媛県八幡浜市保内町 | Trackback | Comments(2)

こんばんは。

今日は、保内町の新田神社です。

この神社のある場所は、八幡浜市との境目にある山、権現山のふもと、 そして、ここから、東へ4kmほどの場所には、 瀬織津姫の神社、鳴滝神社があります。

鳴滝神社は、 八幡浜に古くから伝わる、龍伝説誕生の地です。
まだ、私も行ったことがない、八幡浜沖に浮かぶ、大島には、 ここで誕生した龍が後に住んだという伝説が残り、さらには、少し前に紹介した、佐田岬半島の、 阿弥陀池の龍伝説の龍も、ここで生まれた龍につながります。

その数キロ西に鎮座する、新田神社が、最初に鎮座したのは、
古宮の地でした。 この古宮の地がどこだったのかは、 まだわかっていません。
そして、この神社に合祀されている神様の中に、 瀬織津姫の別名でもある、
「水波姫命」 が いらっしゃいます。

八幡浜市という名前は、 八幡神社の八幡大神からきた名前だといわれています。
八幡大神とは、 瀬織津姫を隠すための名前もしくは、逆に、名前を変えてでも残したかったからつくられた神様の名前かもしれません。

九州に近いこの場所は、瀬織津姫の伝説(龍伝説)が残る場所でもあり、瀬織津姫=八幡神の関係がとても深い場所でもあるのかもしれません。

新田神社の話に戻りますが、
この新田神社が、はじめに鎮座された年は、仁和3年(887年)。

この年は、 今で言う、東南海地震が起きた年でもあります。
この地震を、 仁和地震(にんなじしん)といいます。
西暦887年、平安時代に起きた、 巨大地震の一つで、東海地震と南海地震が同時に発生し、
大阪湾にも巨大な津波が押し寄せたという記録があります。
平安時代は、今の時代と似て、 災害が次から次へと起こった時代でもありました。

この地震の9年前 (879年)には、 関東で大地震、
そして、18年前 (869年)には、今年起こった東北の地震に似た、 三陸沖を震源とする、
巨大地震と、巨大津波によって、甚大な被害をおった、貞観地震がありました。

さらには、この貞観地震の5年前 (864年)には、富士山の大噴火がおこっています。

富士山の大噴火から、今と同じように、東日本で次々災害が起こり、
そして、23年後、西日本に 東南海に、1000年に一度といわれる、巨大地震が発生しました。

もしかしたら、この新田神社は、神の怒りを鎮めるために、祀られた神社の一つかもしれません。

昨年、斉明天皇に関係する古墳が見つかったというニュースが流れた時、
古事記が作られて来年で1300年、 平城遷都から1300年の年に、斉明天皇のお墓が判明し、
それと合わせたように、瀬織津姫が、多くの人々に知られるようになり、私と同じように、姫の神社を巡る人が
急激に増えてきました。

もしかしたら、 奈良時代、平安時代に起こったことが、この時代に起こり始めるのかもしれないと思っていた矢先、 3月11日、 三種の神器の中の一つを祀る神社に参拝したその足で、 そこから歩いてすぐのスタジオで、瀬織津姫の曲をレコーディング、 そして、姫の歌を歌い、編集室に入った直後、 
あの地震は、起きました。

本当に、偶然にしてはあまりにも、合わせたようなタイミングでした。

これから、もしかしたら、 あの時代と同じようなことが、 起こっていくかもしれません。
自然のサイクルと言ってしまえば、それまでですが、 自然=神 人間は、もしかしたら、過ちを見つめなおすために、 新しい時代を作り出すために、 再生を繰り返すようになっているのかもしれません。

同じものは、いつまでも続かない。
同じ状態が続くと、人間は、大事なことを忘れてしまう生き物なのかもしれません。

自然=神=人間 。
すべては、つながっている、本当は一つ。 自然も、人間も、 神の一部だから。
そして、それは、 陰と陽の存在でもあり、 どちらかが 陰になれば、 どちらかが陽になり、
陽になれば、陰になる。  そうしながら、時を刻んできたのかもしれません。

ただ、今回だけは、少し今までと違います。
人間は、超えてはいけない線を越えてしまいました。

それが、原子力です。

日本が、2度も 核(原子力)の犠牲にあうのは、 これ以上続けてはいけないという、
神様の警告なのかもしれません。

核爆弾を落とされた時は、 もう二度と戦争は起こさないと、決めて、
平和の国を目指して進んできました。
でも、今回は、警告を無視して、 まだ、 その力を利用しようとしています。
もっと、酷いことにならないうちに、 一日も早く、 原子力をやめないと、本当に、取り返しのつかない世界になるんじゃないかと、恐怖さえおぼえます。

それは、神さまの一部としての私たちの世界の、陰と陽のバランスを保つために。

瀬織津姫は、蝦夷の国の女神と言われますが、 
そこへと伝わった原点は、 愛媛の三島神社です。

その姫の国、 蝦夷の国、 姫自身の地が津波によって流され、その地の原発が津波によって壊されたことを
どう受け止めるかは、 私たち一人一人の、心次第かもしれません。

これから、起こるであろう、地震や噴火、その他多くの災害の被害を、
最小限にすることができるのも、私たち人間の心次第。
自然災害だけなら、 いくらだって再生することはできます。
でも、放射能だけは、 人間の力では、再生することができないということを、今回の地震で気づかされたのではないでしょうか。。。。。。

*新田神社
*八幡浜市保内町須川379
*祭神
 伊邪那岐命(いざなぎのみこと)  
 伊邪那美命(いざなみのみこと)
*境内社
金刀比羅神杜(大物主命)
合併神杜(天照皇大神、豊受姫命、水波姫命、仁徳天皇、大山積命、河野祖神)

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拝殿
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本殿
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金刀比羅神杜
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そして、姫を祀る合併神杜 
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参拝が終わり、車に乗ろうとしると、 ここでも、 大きな黒い蝶が飛んできました。
小さな川のほとりで。。。。
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そして、保内町最後の神社へは、海沿いの道を走って行きました。
この道は、私も初めて通る道でした。

夕焼け前の美しい海に、 光の道ができました。
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もののけ姫の映画の中の曲に、
「アシタカとサン」 という曲があります。 みなさんも、一度は聞いたことがある曲だと思います。

でも、この曲に、歌詞がついていることをご存じでしょうか。
私も、これを聞くまでは、 知りませんでした。

震災以前につけられた歌詞ですが、 まるで、 今の私たちに向けて作った歌詞のような気がします。
私たち、人間は、何度だってやり直すことはできます。
闇で、先が見えなくても、私たちの心の中に希望があれば、 未来はどんな風にだって変えることも、
切り開くことも、できると私は信じます。

そのためには、 今、私たち一人一人が、 もう一度、自分の心としっかりと向き合わなけばいけない。
そして、自然とともに、大地とともに、 もう一度、 新しい未来を作っていく、 希望の未来を。


はるか彼方に ねむる人よ
瞳とじればひろがる
あの日のやさしい声

永遠の光が 土にかえるように
大地の ゆるしが とどくまで

しんじて ともに生きること
そして 生まれるつよさ

みあげて 遠くをはなれても
心をひとつにむすぶ 愛 希望のそら




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愛姫伝神社・お寺・観光マップ
by ldc_nikki | 2011-08-25 01:18 | 愛媛県八幡浜市保内町 | Trackback | Comments(5)

こんばんは。

今日は、昨日の続き、八幡浜市 保内町です。

保内町は、現在は、かんきつ類の栽培が盛んな町ですが、 
愛媛県で一番早く電気がともったり、 金融機関が一番早くできたりと、、文明開化期をリードした町なんですよ。

古代の歴史は、 まだまだ謎のままですが、
保内町川之石という地区は、 古くから港として栄えたり、 みなとの近くでは、 鉱山で栄えました。

佐田岬半島は、中央構造線に位置していることもあり、佐田岬半島の付け根にあたるここ保内町は、
もいくつかの鉱山がありました。

川之石地区は、保内町となる前は、 一つの町でした。
そして、この町もまた、3つの町が合併した町で、 その前は、
磯津村・宮内村・喜須来村という、三つの村がありました。

村の中には、宮内川という川が流れ、 旧八幡浜市との境に、権現山という山があります。

古代の歴史をもっと深く調べていくと、ここにも、姫の跡が見つかるかもしれません。
今日、ご紹介する神社がある、 雨井とよばれる地区は、 特に姫がいるような気がします。

この時、私がここを選んだのも、 なんとなく 「雨井」 という言葉に、興味をもったからなのです。
行くまでは、 ここがどんな場所かも全くしりませんでした。

でも、後で調べてみると、私たちが参拝した、雨井神社のまわりには、姫を思わせるような場所があることがわかりました。

まずは、 雨井地区に鎮座しる 雨井神社のご紹介です。

雨井神社がある地区は、平地が少なく、海のすぐそばに山があります。
わずかな平地に、細い道が走り、古い町並みの住宅が並んでいます。

どこも細い道ばかりで、 神社を見つけにくく、ゆっくりゆっくりと車を走らせ、あたりをキョロキョロ。

すると、 家の壁に貼り付けてある、 小さな看板が目に入りました。

それは、津波の際の避難経路を表す、看板でした。

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雨井神社は、 津波の際の避難場所になっていました。
車をとめて、ここからは歩いていくことに。

民家の間の、細い坂道を上ります。 津波が海から押し寄せてきたら、この町はいったいどうなるんだろう。
そんなことを考えながら神社へと向かいました。

すると、石垣と鳥居が見えてきました。

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近くには、みかんの木が。
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秋には、 オレンジ色に染まり、おいしいみかんができるんでしょうね。
鳥居をくぐり、 拝殿へと向かいます。

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拝殿です。
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*雨井神社 (あまい)
*八幡浜市保内町川之石6-137
*祭神:伊邪那岐命(いざなぎのみこと)  
     大国主命(おほくにぬしのみこと)   
     事代主命(ことしろぬしのみこと)
*合併神杜(大物主命、大山祇命)

雨井神社は、由緒は末梢されていて、 過去のことはわかりませんでした。
ただ、イザナギと大国主命がセットで祀られているところは、あまり見かけないので、少し不自然です。

雨井という名前は地名ですが、 「水」に関係する、神がいないのも、とても不自然です。

この神社では、 イザナギ=瀬織津姫 かもしれません。

本殿
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津波避難場所の案内がありました。
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境内から海を見ると。。。
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津波なんか、 二度と来ないでほしい。 
そう願いたいですが、 地球が生きている限り、それを止めることは誰にもできません。
いつか、この海の向こうから、津波が押し寄せてくる日がくる。
とても悲しいことですが、 それは、 受け入れるしか仕方のないことなのだと。

雨井神社で参拝を終え、車に戻った時でした。
1匹の、黒い蝶が、車の近くに飛んできました。 
(やっぱり、ここにも、黒い蝶が・・・・) そう、思った瞬間、神社の左の山の方から、光がさしました。
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「わ~! 綺麗♪」 そう思った瞬間、
山の上から、 まっすぐに光がおりてきました。

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その光は、すぐ近くをさしているようなきがしました。
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「あの山は、もしかしたら、意味のある山なのかもしれないね。」

そう、言いながら、山に手を合わせ、雨井をあとにしました。

そして、帰ってから、調べてみると、 雨の神社から、少し北へいったところ、
そう、この山裾に、 「慈眼庵」 というお堂があることがわかったのです。
そうして、そのお堂には、 「千手観音」 さまが、 お祀りされていたのです。

今考えると、 あの光は、まるで千手観音さまの位置をしめすかのように、 おりていたのかも。

千手観音は、全ての生き物と人々を救う菩薩さま。
大山祇神社の中の、十七社に祀られる、瀬織津姫と同じ意味、 十一面千手観音は、瀬織津姫さまのことです。

気づかず、 行くことができなかったことが、 少し残念ですが、 まだまだ、私もそれに気づけるだけの能力がないのだなと、 未熟さを痛感。
まだまだ、修行が足りません。

でも、保内町の、雨井にこれたことは、 とても意味のあることだったんだろうと、思っています。


・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

私は、 宮崎駿さんの 映画が大好きです。
そして、その中で流れてくる、久石讓さんの音楽が大好きです。

その中でも、なぜか、一番初めに覚えた歌が、 天空の城ラピュタの主題歌でした。
この歌詞が、私の心となぜか、一致するのです。

私は、ずっと昔から、今でも、 何かをずっと探しているような気がしているのです。
それが、人なのか、 なんなのか、 今でもわかりません。
でも、ずっとずっと、探し続けている気がします。
母も父も、 今も、私の側にいます。
それなのに、この歌の中の歌詞が、 私の心に響きます。

どうして、この歌がこんなに好きなのか、 昔は全くわかりませんでした。
でも、最近、この歌の中に出てくる言葉が、 もしかしたら、 このことだったのかもしれないと
私の思い込みかもしれませんが、 感じることがあります。

まるで、 今の、私の旅と同じだと。。。。。
いつか、出会う日を夢みて。。。。。。




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愛姫伝神社・お寺・観光マップ
by ldc_nikki | 2011-08-23 23:53 | 愛媛県八幡浜市保内町 | Trackback | Comments(5)

こんばんは。

今日は、愛媛にも数多く残る 平家の落人伝説の一つ、 八幡浜市保内町、平家谷のお話です。

来年のNHK大河ドラマは、平清盛ですね。
平清盛といえば、 平氏と源氏の戦い、そして、清盛の死後、壇ノ浦の戦いで平家は滅んでしまいます。
そして、この戦いの勝敗を分けたともいわれる、 伊予の水軍 その時の武将が、
先日も、お話した、河野親清(源家)の息子であり、 三島明神の子ともされる、河野通清。

最初は清盛勢についていたはずの河野水軍は、源氏に味方します。

そして、戦いは激しくなり、 そんな中、清盛は病気で亡くなります。
清盛が亡くなった後、一揆に平家側の勢いは衰え、
文治元年(1185) 
壇の浦の源平の戦に敗れた、平家一族は、 瀬戸内海を東西南北に落ちのびていきました。

そのうち、平有盛系一族8人が、愛媛県佐田岬半島の瀬戸内海沿いに流れつきました。
一族が、良き場所を求めて逃げ落ちた場所が、今日ご紹介する、平家谷であるとされています。

その当時、この地は昼夜の区別がつかないほどの入らず森でした。
逃げ落ちた彼らは、此処へ身を隠して、百姓になりました。

その後、東・西へ見張所を造り毎日見張りをしながら500m位下の、現在のハザマ谷の荒地を毎日開墾しました。
そして、3年の月日がたったある日のこと、
見張人が白サギ鳥が海岸近くに群れ飛ぶ様子を、敵の白旗と見誤ってしまいました。

そして、今、敵らしい白旗が海岸の方より押し寄せて来ると皆に知らせてしまったのです。

それを聞いた一同は、逃れる術もなく、捕らえられて憂目を見るよりはと相談の結果、
平家の子孫を跡へ残したいと話し合い、2人を残して6人の者は、ハザマ谷の田の中で切腹してしまいました。

残された2人は、6人の死体を平家谷の入らずの森の岩穴へ埋め、その後は両家部落で生き続けました。

そして、平家谷へは一切近づけなくなり両家部落の方々が切腹された方々の霊を慰める為、旧暦の11月初申の日に部落中が集まり、毎年田で取れた米で酒を造りお祭りをすることにし、お祭りの日には、弓の稽古、神楽、その他の行事を行うようになったそうです。

それから、明治34年頃、家庭で酒を造る事が禁止され、このお祭もなくなってしまいました。

また、平家谷及びハザマ谷は明治の中頃まで女人は一切近づく事が出来ませんでした。
そして、白い物は敵源氏の旗示であるので身につけず、平家の子孫は正月にも白餅をつくことも出来ませんでした。
代わりに12月末には赤飯を造り正月15日まではその赤飯に毎日お茶をかけて食べていたそうです。

そして、現在の部落の名前
「枇杷谷部」 「落鼓尾部落」 は、 平家一族に由来するといわれます。

一族が、三崎半島へ流れつき、 平家谷まで逃げる途中、 疲れ、弱ってしまい、
音楽が好きであった一族は、
鼓尾部落へは「つづみ」を捨て、枇杷谷部落へは「びわ」を捨て、残された2人が部落へ住みつく事になり両家部落の名前がついたといわれています。

こんな、平家落人たちの哀しい伝説が残る場所ですが、
綺麗な川に、美しい自然に囲まれ、 今では、人々の憩いの場所となり、
夏には、流しそうめんも行われ、大勢の人が訪れています。

春には、桜やツヅジが咲き乱れ、 初夏には、あじさい、
夏は、爽やかな風と、緑の中のそうめん流しや、渓流釣り、
秋には、色鮮やかな紅葉、
そして、冬には、水仙と梅が咲く、
一年を通して、 四季折々の姿を見せてくれる場所でもあります。

私たちが、訪れた時も、 大勢の観光客でにぎわっていました。
子供たちは、浅い川辺で、気持ちよさそうに泳いでいました。

そして、ここには、 平家の人々たちが、祀ったのであろう、 
平家神社がありました。

祭神には、 菊理姫命の名前が。
争いを治める 菊理姫命。
きっと、戦いに敗れ、生き残った人たちは、平和な日々を望んでいたのでしょうね。 

もう、二度と争いはしないと、そう願っていたと思いたいです。

それでは、平家谷です。

まずは、 平家谷へ行く途中の海の写真から。

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いつ見ても、本当に美しい海です。
平家谷へ到着しました。
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車をとめ、川まで下りて行きます。 緑が、太陽の光を浴び、キラキラ輝いています。
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川では、子供たちが遊んでいます。 つめたくて、気持ちよさそう♪
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赤い橋と、建物が見えてきました。
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赤い橋を渡ると、たくさんの魚が。 ここで、魚釣りができるそうです。
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釣った魚は、その場で焼いてくれますよ。
これが、と~っても美味しそう♪
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こんな風に焼いて食べれる場所も、今は少なくなってしまいました。
美しい自然の中で、食べるお魚は、 一段とおいしいですよね。

そして、そうめん流しは、ここで。
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今回は、食べませんでしたが、 今度来た時には、ぜひ食べてみたいです。

そして、そうめん流しの上に、 目的地、
「平家神社」 はありました。
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祭神は、
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拝殿
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拝殿には、まぶしいくらいの、光が降り注いでいました。
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今は、悲しい過去があったことなど、誰も思い出すことはないのかもしれません。
でも、1000年近く前、 ここに、一つの伝説があったという事実は、消え去ることはありません。

私たちは、こうした、さまざまな過去を積み重ねながら、 歴史を重ねながら、
今という時代を生きています。

私たちは、たくさんの人が、数えきれないほどの、悲しい想い、 辛い想い、 悔しい想いをしながら、懸命に生き抜いてきた先に、頂いた命を受け継いでいることを、忘れてはいけない。

私たちの命は、 過去の人々がいなければ、 与えられることはなかったのです。

今、私たちは、 あまりにも恵まれすぎて、 そんなことを考えることもなくなってしまいました。
また、 お金がすべての世の中に生き、 人と比べて劣っているところばかりに目をむけ、 本当の幸せはなんだったのかさえ、わからなくなってしまいました。

また、 正反対の人も、います。
比べることは、しなくても、あまりにも身勝手に生きている人。
自由に生きることは、 自分勝手に生きることとは違う。

昔の人々に比べると、 今の時代は、 本当にゆたかな生活になりました。
でも、 一見ゆたかに見える今の時代が、もしかしたら、一番、 貧しい時代なのかもしれません。
今私たちは、私たちの、先祖の人たちが、 どんな思いで生き、 どんなことを乗り越え、 どんな未来を夢みながら生きてきたのか、知ることが必要なのではないでしょうか。

そうすれば、その想いを受け継いできた私たちが、これから目指す未来が、どんな世界なのかが、
見えてくるのかもしれないと思います。。。。。。。。。。。





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愛姫伝神社・お寺・観光マップ
by ldc_nikki | 2011-08-22 22:47 | 愛媛県八幡浜市保内町 | Trackback | Comments(0)

こんばんは。

6月も明日一日になりました。
今年も半分が終わりましたね。 最近、時間がたつのが本当に早く感じます。

いよいよ夏本番! 
今年は、暑い夏が長く続きそうです。 皆さん、夏ばてしないように、元気にこの夏をのりきりましょうね。

さて、
今日から、また、新しい町のご案内です。

四国の最西端、佐田岬半島。 ここ、佐田岬半島からは、 天気がよい日は、大分県が綺麗に見えます。
メロディーラインという、綺麗な道路が走っていて、右も左も、海を見ながら、ドライブができます。

10代のころから、とっても好きな場所なのですが、
瀬織津姫と、佐田岬半島が、今まで全く結びつきませんでした。 
だから、なかなか、ここに足をのばすことができなかったのですが、 最近、少しづつ、瀬織津姫と繋がりはじめてきました。

そして、今回の目的は、当初は2つ。
姫に関係すると思われる、龍の伝説の場所と、 佐田岬半島の 「佐田岬」 という名前に関わる、神様の神社。

でも、行ってみると、以外な発見があったり、その他いろいろ、素敵な現象にも。。。。

今日から数日にかけて、 佐田岬をご案内させて頂きます。

では、佐田岬半島へ=====!



週末、お日様がさすのは、何週間ぶり?

梅雨があけたかのような、夏の空になりました。

佐田岬半島は、現在は伊方町ですが、合併前は、 伊方、瀬戸、三崎という三つの町がありました。
八幡浜市に近い方から、 伊方、瀬戸、三崎です。
一番端の、三崎の端には灯台があり、 ここは、初日の出のお勧めスポットです。

私も、ずいぶん昔に、初日の出を見に行ったことがあります^^

佐田岬半島は、 みかんの産地で、とっても甘くて、おいしいみかんができます。
それは、ここ独特の地形が、おいしいみかんをつくる理由で、 
三つの太陽があるからと言われています。

実は、私は、数年前、佐田岬の友達と、愛媛、特に南予地方の食材を使って、おいしいアイスクリームや、スイーツ、みかんや、サツマイモなど、楽天で販売していました^^
その時、はじめて三崎のみかんを食べて、感動! それ以来、 私の中では、三崎のみかんが一番おいしいと思っています。

三崎は、そんなとってもご縁のある場所。
だから、きっと、姫とも深いかかわりのある場所だと思っていたのですが、今まで、それがどんなことなのか、全くわかりませんでした。

でも、やっと、その謎がとけはじめたかな。。。と。

佐田岬へは、松山から、双海町を通る海岸線を走ります。
あの、海の中の岩の上に祀られた三島神社を通り、長浜町をぬけ、 八幡浜方面へと走ります。

すると、 八幡浜市保内町という町につきます。
ここから、八幡浜市内と 佐田岬方面へと わかれるのですが、 ちょうど、その交差点にさしかかる少し前
道路沿いに、 神社を見つけました。

まったく立ち寄る予定ではなかったのですが、 ちょうどその時、神社の方向に、真っ白い雲がもくもくと湧き上がるのを見つけ、気になるのでよってみようということになりました。

車を降りて、大きな鳥居の前へ。

すると、 そこは、 「保内町の氏神、 三島神社」 でした。

こんなところに、三島神社があったなんて!

佐田岬半島へ入る、手前で、三島神社に出会うなんて、今日も何かが起こりそう♪
そんなことを、ふと思いながら、これから、周らせていただくことへのご挨拶に向かいました。

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*三島神社
*八幡浜市保内町宮内5-1
*主祭神:大山祇命(おほやまつみのみこと)
*境内社
 宮中神杜(伊邪那岐命)
 住吉神杜(三筒之男命)
 多賀神杜(伊邪那岐命)
 穴婆神杜(神直日神外二柱)
 生目八幡神杜(平景清霊神)
 大神神杜(大名持命外一柱)
 倉稲魂神杜(大宜部比売命)
 金刀比羅神杜(大物主命外四柱)
 木蔭神杜(神守霊神)

ここは、三島神社なので、主祭神は、大山祇命。

でも、境内社は、びっくりするほど、すごい神様ばかり。。。
大宜部比売命も、鎮座されていました。 愛媛では、祭神として祀られているところが少ないので、
こんなところで出会えてうれしかったですね。

ここは、 宝亀5年(774年)、 空海が生まれた年に、宇和郡司によって、大三島の大山砥神杜の御分霊を勧請して創立したのが始まりと書かれてあります。

そして、保内郷の総鎮守として崇敬篤い場所でした。

神社の由緒も、とても古いものなので、びっくりしたのですが、 それ以上に、この後、見つけた場所におどろきました。

まずは、 神社の拝殿です。
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中に入ってみました。
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すると、とても綺麗な着物が飾られていました。
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神紋のよこには、獅子?
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本殿
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そして、境内社です。
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この中の 「滝本神社」 は祭神の名前が 不詳とされていますが、、、

そして、そして。。。。
はじめて愛媛で見ました!
この神社のお名前を!

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最近、気になって気になってしかたない、ニギハヤヒの伝説の山、
「三輪山」 の神社 「大神神社」 が この三島神社の境内社として、 鎮座されていました。

三輪山自体が、ご神体の、大神神社。 もちろん祭神は、大物主。 ニギハヤヒ命です。
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ここ保内も、ニギハヤヒ命や、瀬織津姫さまと、とても深いご縁のある場所かもしれません。

そして、参拝後、なんだか気になる看板が。。。。。

近寄ってみると。。。。

神船石と神龍池。
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774年、 神社に大山祇神が勧請されたと言われる年、
ここは、まだ、きっと海と繋がっていて、船でこの地にたどり着いたのでしょうね。
でも、もしかしたら、その前に、ここは、姫(龍神) を祀り、雨乞いの場所だったのかもしれません。

それが、この池、
神龍池。
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愛媛では、こうして、土着の神 (水の女神:瀬織津姫・龍神) が祀られていた場所に、三島神社が勧請されていったのです。

700年前後。 日本は今より、海の高さが少し高かったと言われています。
ですがから、低い土地では、まだこのころは、海でした。
その中で、小さな浮島のように飛び出た場所や、 少し高くなった場所に船をつけたり、 祭祀とされていたところがたくさんあるのです。

ここも、 そんな場所の一つだったのだと思います。

佐田岬に入る前から、凄い神社へと導かれてました。

「ここにきてよかったね~」 と話ながら、神社を後にしようとした時、ふと 空を見上げると、
そこには、 真っ青な空を泳ぐ、真っ白い龍の姿がありました。

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縦にして見ても、横にしてみても、 竜にみえます。
私たちの目の前に、本当に龍神が姿を見せてくれたような気がしました。

姫さまと、ニギハヤヒさまに、 心から感謝しました。

そして、この後も、まるで、龍に導かれるように、佐田岬へと向かいました。。。。。。








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愛姫伝神社・お寺・観光マップ
by ldc_nikki | 2011-06-29 23:15 | 愛媛県八幡浜市保内町 | Trackback | Comments(0)

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