こんばんは。

今日、ちょうどお昼休みに家に帰っていた時、瀬織津姫伝説が届きました。

思っていた通り、とても素敵な表紙。
中を開いてみると、素晴らしい写真の数々・・・・・。
じっくり読む時間がまだないので、少ししか読んでいませんが、山水さんんが体験したさまざまな奇跡の様子が、手に取るように、伝わってきました。

今までの本もとても素敵な内容でしたが、 今度の本は更に、 姫を感じることができます。
それがどうしてなのか、わからないのですが、 本の中に姫を感じるのです。

それも、やさしい姫の空気が、伝わってくるのです。

皆さんも、ぜひ、この瀬織津姫伝説で、 姫を近くに感じてみてください。

やさしさの中に、強い意志を持つ、美しい姫、瀬織津姫を。

私の勝手な、想像の姫の姿かもしれませんが、 私は、瀬織津姫は、全ての母のような、優しく包み込む暖かさを感じます。 そして、ただやさしいだけでなく、しっかりとした強い心と、 多くの人々を守り導く力を持ち、 
滝つぼに落ちる水のように、キラキラと輝いています。

瀬織津姫は私の理想の女性(女神)です。
いえ、私だけではなく、女性の理想的な姿かもしれません。

もしかしたら、私が姫を追い続けるのは、 いろいろな意味で、
少しでも姫に近づきたいそんな気持ちもあるのかもしれません。
多くの人に、 姫の光を届けたいからかもしれません。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

今日は、今回の佐田岬最後になります。

佐田岬半島に残る 竜伝説です。
ここは、 佐田岬井野浦にある 阿弥陀池のお話です。


昔むかし、 大島から竜王様という大きなへびが井野浦部落にやってきました。
そして、村の大将の人の所にやってきていうには、 

「決してわやく(悪いこと)はしないから、この池を私のものにしてくれ」

「絶対にわやくはしないか」

「絶対しない」

「お前がしなくとも お前の子や孫がわやくしないとも限らないから、池をやることはできない」
と大将は答えました。
こんな押し問答の末、とうとう池をもらえなかった竜王さまは、怒って大島へ帰ってしまいましたが、
帰る時には雨が降り、雷がなったという事です。
そして村人は竜王様が二度とこないように、池のほとりに阿弥陀様をまつりました。


これが、ここ阿弥陀池に残る、竜の伝説です。

どうしてここが、瀬織津姫とかかわりがあるのかと申しますと。

この物語に出てきます、 「大島」 に関係があります。

「大島」 とは、 佐田岬半島の入り口、 八幡浜から船で20分くらいの沖に、 「大島」 という島があります。
ここは、 以前、三瓶の観音岬でお話しましたが、 あの 大島です。

大島には、大小五つの島から成りたっていて、
その中の主なる島は、地之大島・三王島・沖之大島の三島といいます。

その三王島に、山王神社という神社があります。
ここは、表むきには、記されていませんが、 石碑の中に、 瀬織津姫の名前ににた、瀬理姫という名前があります。
そして、 向かいの 三瓶から渡ってきた、 竜の伝説があります。

大島の詳しいお話は、 いつか、この島へ行くことができた時に、再度詳しくお話したいと思いますが、
三瓶より更に、前のお話があり、 それが、 もうずいぶん前にご紹介した、
瀬織津姫の神社、 八幡浜の鳴滝神社です。

「大島」 そして、 この阿弥陀池にまつわる伝説の竜は、 鳴滝(神社)から始まっているのです。

そして、その鳴滝神社は、滝のよこに拝殿があり、そこには、ちゃんと 「瀬織津姫」 と書かれてあります。

私たちが、鳴滝に行った時、 姫の名前が書かれてあった 木の板は、拝殿の前で、うつぶせで倒れていました。 その木の板を、 相棒が、そっと起こすと、そこに、姫の名前が書かれてあったのです。

「瀬織津姫」 と書かれた札を、起こした時の感動は今でも忘れることができません。

鳴滝に残る、伝説の竜は、三瓶へとうつり、更に海を渡り、男の竜とともに、大島に住んでいたのです。
その竜が、ここ佐田岬の池へとやってきたというお話。

でも、佐田岬は、前回もお話したように、姫の姿は完全に消去されてしまっています。
消去されるどころか、 追い出したお話に変えられてしまっています。

でも、もしかしたら、 どんな形でもいいから、 姫の姿をここに残しておきたかったのかもしれません。
ここに行った時、私は、それを確信しました。

その理由の一つに 阿弥陀様を おまつりしていることがあります。
阿弥陀様は、姫の姿でもあるのです。

瀬織津姫の名前をなくとも、 姿をかえて今もここに、祀られていることが私はとてもうれしく思いました。

そして、この池で、不思議な光景に遭遇したのです。

(阿弥陀池)

池のすぐ近くには、海岸があります。
この海岸の名前は、 「ムーンビーチ」 月の浜という意味だそうです。

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高いところからみると、 三日月のような月の形ににているところからつけられたそうなのですが、
竜が、大島へと帰っていった その浜の名前が 「ムーンビーチ」 というのは、 偶然なのでしょうか?

そして、ここが 阿弥陀池です。
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伝説を知らず、 また姫のことを知らずここに訪れた人は、きっとただの池に見えることでしょう。
でも、私たちにとっては、ここは、特別な池に見えました。

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ほんとうに不思議なものですよね。 同じものを見ても、人によって全く違う風景に見える。
心の中で見えるものが、 心の中で思うものが、目に見えているのだと、最近つくづく感じます。

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池の周りには、一周できるように道が続いています。
私たちは、ゆっくりゆっくりと、池のまわりをまわってみることにしました。

すると。。。。。。。

「あれ? ちょっと 止まって!」

草の間から、一瞬見えた、蓮の葉。
大きな池の、ほんのわずかなスペースに、 蓮の葉が浮かんでいました。

「ここ、蓮があるよ~! やっぱり姫の場所だよ。 間違いない!」
(蓮の花は、 姫の仏の姿の花でもあります。 
 るヒンドゥー教の女神、弁財天は、 瀬織津姫の姿でもあります。 その弁才天は、蓮の花の仏なのです。
 弁財天は、蓮の花の上に座る姿として描かれることがよくあるのですが、 弁財天の同一神といわれる、
 ラクシュミー、またの名 を吉祥天は、蓮華の目と蓮華の色をした肌を持ち、蓮華の衣を纏っています。
 あの空海も、とても大切にしたといわれる吉祥天と、弁財天(瀬織津姫)は同じ神。)

でも、蓮の花は、午前中に咲き、午後にはほとんどがしぼんでしまいます。
私たちがここに行ったのは、夕方の5時過ぎ。

「もう今日は、夕方だから花は見ることができないね。 残念だけど仕方ないよね。
 ここに、蓮があっただけでも、 感動だね。」

そう行って、車を走らせた瞬間、 次の草の間から、薄いピンク色が目に飛び込んできました。

「止まって!」

「どうしたの?」

「ちょっと待って、 もしかして!」

車をおりて、近づいてみると、 なんと、 薄いピンク色の蓮の花が、一輪だけ、池の上に浮かんでいたのです。
こんな時間に、 まだ咲いているなんて。。。

まるで、私たちを、待っててくれたかのように、 美しい花を咲かせてくれていたのです。
私は、まちがいなく、ここは瀬織津姫の場所だと思いました。

他の花はもちろん、その姿を少しも残すことなく、葉っぱだけが浮かんでいました。

その中に、浮かんでいた、 一輪の花。
姫さま、ありがとうございます。 本当に、本当に、 ありがとうございます。
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蓮の花に手を合わせ、池の周りをまわっていると今度は、 鳥たちが遊んでいました。
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そして、あじさい。
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池の反対側へ。
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池を一周して、最後に、ムーンビーチの側の 竜が通っていった海の側まで行ってみることにしました。
目の前に見える灯台まで、 この灯台のあたりを通って 大島へと帰っていったのかな~。

竜が帰っていった海は、 内海とは違い、荒い海の顔をしていました。

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阿弥陀池の竜伝説。
この池の中に、大きな竜をつくってくれたらうれしいな~ なんて、冗談を言いながら、
この地をあとにしました。

竜は、この地から追い出されどんな気持ちだったでしょう。
ここだけではありません。 全国で、 竜(瀬織津姫)は、追い出され消されてしまいました。

でも、それも時代の流れでそうしなければならなかったのでしょう。

だから、せめて、もう一度、姫の名前だけでも、この世に復活し、その存在を一人でも多くの人に知ってもらい、そして、 姫の光を届けたいなと私は、思います。

最後に、竜の帰っていった海です。
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佐田岬は、まだまだ、何回も行くことになりそうです。 
姫の姿を探すために。

今回の三崎の旅も、沢山の奇跡を見せてくださって、本当にありがとうございます。
姫さま、ここに行くことができて、本当に感謝しています。 




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愛姫伝神社・お寺・観光マップ
by ldc_nikki | 2011-07-04 23:36 | 愛媛県伊方町 | Trackback | Comments(0)

こんばんは。

今日は、三崎町の続きです。

三崎町のある半島は、 「佐田岬」 と言いますが、
「佐田岬」という名前は、ある神様の名前に由来すると言われます。

その神様は、 「猿田彦(佐田彦)大神」 です。

猿田(佐田)彦大神は、天孫ニニギ尊が、天降りされたとき、天孫の神々をお迎えして、先導された神と記されている神様です。

「さた」岬とよむ地名は、 鹿児島県の佐多岬 と 愛媛県の佐田岬があります。
そして、現在は「さた」 とは読みませんが、高知県の足摺岬も、蹉足它(あしずり)とも書き、これも「さた」岬と読むそうです。

岬は「御先」 御先とは、小さな神様が大きな神様を先導するという意味でもあるそうです。

佐田岬の位置は、ご存知の通り、四国の最西端であり、九州に近く、海路の重要地点でもあります。
宮崎を出発し、 大阪方面へと向かうには、必ず通る道。

佐田岬は、古代の日本にとって大事な場所のひとつであったのだと思います。
そして、その佐田岬で、猿田彦(佐田彦)大神は東へと向かうニニギ命を先導したのではないかと思うのです。

佐田岬半島の名前が、猿田彦(佐田彦)に由来するとは言われていますが、その理由は今もはっきりとわかっていません。
しかし、上記のことを考えると、猿田彦大神の名前に由来する理由と考えれるかもしれません。

そして、ここ三崎(御先)には、 「佐田」 という地区があります。
この 「佐田」の名前の由来は、佐田大神を祀ったところからきているとされています。
「佐田」には、 「佐田大神」を祀る神社があります。
ここも、佐多岬が猿田彦大神の地だったという、 一つの手がかりになる場所かもしれません。

しかし、もう一つ、猿田彦大神について、どうしてもひっかかっていることがあります。
それは、猿田彦大神は、本当に、はじめから、ニニギ尊を先導した神さまなのかということです。

ここ、佐田岬には、瀬織津姫の名前はどこにも見ることはできません。
ニギハヤヒについても同じです。 
それどころか、三島神社も、ありません。

重信町に鎮座する(三島系)神社の特殊神事に、猿田彦神が出てきます。
それは、三島の神様を猿田彦大神が先導する、お渡りの神事です。
このお祭りから、考えると、三島系の神と、猿田彦大神は繋がっている神で、先導されたことになります。
それなのに、この佐田岬には、三島系の神社は一社もなく、それどころか、古代の歴史に関わるものはほとんど何も残っていません。

残っている伝説は、次にお話する龍の伝説のみです。
まるで、ある時代まで一切を、消去されたように何も残っていないのです。
そして、この龍伝説もまた、 全てを消し去るためにつくられた伝説か、反対に、その時代のことを、誰かに気づいてほしいと思いつくられた伝説のようにも思えます。

愛媛県で、松前町とここ三崎町からしか、発掘されていない、三輪山のものと同じ、子持勾玉。

猿田彦大神に関するもう一つの伝説に
猿田彦大神が、大国主命の先導したというお話があります。

私は、もしかしたら、猿田彦大神の本当の姿は、大国主命との姿だったのかもしれないと思うのです。
そして、猿田彦大神は、大国主命の先導役としてこの地も、守っていた。
それが、九州に一番近いこの佐田岬半島は、真っ先に占領されてしまい、さまざまな歴史が消されてしまったのではないかと。。。

今日ご紹介する神社は、小さな神社ですが、
猿田彦大神を、 佐田彦神また更に古くは佐田大権現という名前でお祀りしていた場所です。
ここは、消された歴史を誰かに気づいてほしいと、 小さな足跡を残してくれた神社のような気がします。

では、 神社のご紹介です。

*八幡神社
*西宇和郡伊方町佐田
*祭神
 大鷦鷯命(おほさざきのみこと)
 佐田彦命(さだひこのみこと)
*境内社
 厳島神杜(多紀理姫命、多伎都姫命、狭依姫命、大物主命、事代主命)

*応仁2年の創立という。
 当初佐田大権現と称し、佐田彦大神を祀り、そのため地名を佐田と称した。
 後に大鶴鵜命を勧請し、若宮大権現又は若宮八幡宮と称え、氏神として奉斎した。
 明治維新の際に八幡神杜と改称した。 
 藩政時代藩主の参勧交代のときは海上安全の祈願をした。
 明治6年11月村杜に列格、、佐田彦神は境内の小祠に祭られてあったものを明治42年9月本杜に合祀し
 た。

(大鷦鷯命)とは、第16代天皇 仁徳天皇(にんとくてんのう) のことです)
 
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参拝して、境内から出てきた時、向こうから一人の女性が歩いてきました。

「こんにちは」 とご挨拶をすると、
話しかけてきてくださいました。

「何もないところでしょ。 若い人もいないし。。。」 と、

私は、なんとなく、龍のことを聞いてみようと思いました。

「すみません。 この向こうの池に、龍の伝説があると聞いたのですが?
 どのあたりでしょう?」

すると、親切に、詳しく行く道を海の向こうを指差しながら教えてくださいました。
そして。。。。。

「私も、子供の頃、 ちょうど小学生くらいの時だったか、 龍の話を聞いたことがあるんですよ。
 そうそう、 ちょうどあの辺の海を、 龍が通ると。」

そういいながら、 龍が泳いでわたるという海を、 教えてくれたのです。

それが、この海です。

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赤い灯台の前を通り、 外海へと龍が出ていく姿を見た人がいると。。。。

それは、龍の伝説の、あの池から、 姫の伝説がのこる大島へと向かう龍の姿のことだとすぐわかりました。

昔から言い伝えられている、龍の伝説は、しっかりと、大人から子供へと受け継がれていたのです。
そして、この龍こそ、

「瀬織津姫」 の姿 そして、 瀬織津姫がここから、追い出された姿なのです。
次にお話する池は、 佐田岬におこった過去の歴史と重なるような、 姫の伝説の場所です。


「三崎」 「御先」 「岬」 (みさき) を数霊であらわすと

「56」 になります。

56は、天から祝福の数霊。 降臨を意味するそうです。
「みさき」 とは、 古代から、 神々が降りる場所としても 考えられていたのかもしれません。

足摺岬が、 巨大なストーンサークル 古代の祭祀跡だったように。。。


今日も、最後までお読み下さいまして、ありがとうございました。





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愛姫伝神社・お寺・観光マップ
by ldc_nikki | 2011-07-03 23:41 | 愛媛県伊方町 | Trackback | Comments(4)

こんばんは。

今日は、まずは前回の続き、三崎町のご案内です。

メロディラインの終点、三崎町の中心部、三崎港に近くに到着しました。
神社は、ちょうど、道の突き当たり左の小さな山の上に、鎮座していました。

とりあえず車を降りて、少し周りを歩いてみることにして、 海の方へと行ってみました。

ここが、三崎町の港です。

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ふと、空を見上げると、 太陽の周りに、虹が!

虹に、お迎えをしていただけるなんて、 なんてラッキーなんだろう。
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ニギハヤヒさま、ありがとうございます。

この場所は、古代の歴史にとても関係の深い場所で、港周辺かた、数個の遺跡も見つかっています。
そして、 上の1枚目の写真をもう一度みてみてください。

港の向こうにみえている山を、 「伽藍山(がらんやま)」 といいます。
この山は、石鎚のように高い山ではありませんが、半島随一の高峰で、
標高が、414メートルあります。

この山は、 断定はできませんが、 古代の祭祀跡ではないかと、言われています。
半島で一番高い山であり、 昔、この山を源流に、 「天の川」 という川がなれていました。

今は、道路になってしまい、その川はみることはできないそうなのですが、
確かに、この中心地に向かって、流れていたようです。

そして、その川の中村遺跡から、とっても珍しいものが発見されました。

それは、

「子持勾玉」 です。

子持勾玉とは、滑石製大型勾玉の腹背や両側面に、小さな勾玉状の突起をいくつも掘り出したものをいいます。
愛媛県内では、現在の松前町と、ここ三崎でしか、発見されていません。

古墳時代中期の遺品とされる、子持勾玉が発見された場所で、 とても有名なところが、
あの、ニギハヤヒの眠る、 三輪山です。
三輪山からは、沢山の子持勾玉が出土されているそうです。

これは、ここに祭祀跡があったということを、物語っているかのようです。

三崎町、一番最初の神社は、そんな伽藍山と向かい合わせに鎮座する、 八幡神社です。

道路沿いにある、鳥居をくぐり、参道へ入ります。
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階段を上っていきます。
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すると、狛犬が迎えてくれます。
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更に進み。。。
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最後の階段を上ると。。。
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*三崎 八幡神社
*西宇和郡伊方町三崎
*祭神
 品陀和氣命(ほむだわけのみこと)
 多紀理比売命(たぎりひめのみこと)
 息長帯姫命(おきながたらしひめのみこと)
 狭依比売命(さよりひめのみこと)
 多岐都比売命(たぎつひめのみこと)
*由緒
 口碑によれば八幡宮を石清水に勧請された翌年に宇佐八幡宮より勧請したという。
 貞観2年の創立と思われるが、末だ詳かでない。国守の寄進によるものであるという。
 古代の建立による鳥居一基が地震のため転倒し、残った一柱を使用して再建したとの口伝がある、その一柱には「文正丙戌3」との文字があり、再建の一柱には「宝永3稔龍次丙戌云々」とある。
 明治維新まで大杜正八幡宮(字和旧記には正八幡とある)と称し、三崎浦一五部落(三崎町一三部落、瀬戸町田部、大久の二部落)の氏神であったが、漸次各部落に神杜を創設しそれぞれ氏神となり、当杜を総氏神、大氏神と称するようになった。

拝殿です。
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三崎の八幡神社は、三崎の総氏神だそうです。
秋のお祭りには、ここも、牛鬼があります。 
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本殿
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境内社
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ここも、地元の人たちに、とても大事にされている、素敵な神社でした。

三崎港からは、三崎の灯台へと続く山々が、とても綺麗に見渡せます。
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沢山の風車を見ながら、次へと向かいました。


・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

先日、急に 「数霊(かずたま)」 が、目に付いて、今まで、調べようとは思わなかったのですが、
私の名前の数霊の意味は、何なのだろう? と ネットで偶然みつけたブログに、調べ方がのっていたので、
計算してみました。

すると。 私の数霊は、 「86」

86の意味が、どこかにのっていないかと、調べてみると、
意味を書いてくれているブログを発見。

そして、その内容を読んでびっくり!

偶然なのか、 たまたまなのか、 驚く内容が書かれていました。

もっと詳しく読みたいと思い、すぐ、ネットで 本を購入。
今日その本が、手元に届きました。

私の 「86」は、

*キーワード : 龍・人徳
 86は、神の眷属(けんぞく)(遣いのもの)としての龍の働きを持つ数霊です。
あなたの細胞の一つひつに、躍動する龍のエネルギーが内包しています。。。。。。。(以下省略)

と書かれてあったのです。

私の名前は、龍? しかも 神に遣える龍?

更に、苗字と名前を別々に数霊にしてみると、 
苗字 45 「国つくり」「奉仕の心」 
名前 41 「数霊の中で中心を表す数字で、 神、 橋 」

日本では、古代より、文化風習の中で育まれた言葉と表裏一体になっているものが
数霊で、それぞれ 「言霊から数霊へ」 「数霊から言霊へ」 と自在に変換が可能だそうです。

言霊は数霊に変換することによって、その言葉の本質をしることができるというのです、

数霊は、古代より、特に神道で重要視されていて、 古神道でいにしえより伝わるものだそうです。

数霊を知ることによって、もしかしたら、今までとけなかった謎がとけるやもしれないと。。。
しばらく、数霊で、いろんなものを調べてみようかなと思っています。

深田剛史さんの著書 「数霊に秘められた宇宙の叡智」 です。

今日も最後まで、ありがとうございました。

素敵な週末を、お過ごしください。








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愛姫伝神社・お寺・観光マップ
by ldc_nikki | 2011-07-02 04:05 | 愛媛県伊方町 | Trackback | Comments(0)

こんばんは。

今日で6月も終わり、 
今日は、 大祓いの日です。 

年に二度、新暦では(6月30日と12月31日)に行われる除災行事のことを、大祓いの日といいます。
犯した罪や穢れを除くための、祓えの行事のことで、
6月の大祓を夏越の祓(なごしのはらえ)、
12月の大祓を年越の祓(としこしのはらえ)といいます。

この大祓いは、701年の大宝律令により、正式に宮中の行事として定められたといいます。
第42代 文武天皇の時です。

そして、701年といえば、大三島の大山祇神社の大造営が始まった年でもあります。
大山祇神社の大造営と、瀬織津姫は、とても重要な繋がりがあると思っています。
そして、大祓いを宮中の行事として定めたのも、全て、繋がっているのではないでしょうか。

大祓詞は、神道の祭祀に用いられる祝詞の一つですが、
中臣祓詞(なかとみのはらえことば、略して中臣祓)とも言います。

そして、大三島の大山祇神社では、 独自の、大祓いのことばがあり、
「神教大袚詞」というそうです。
そして、この大山祇神社独自の、 「神教大袚詞」を、毎朝、神職全員で奉上されるそうです。

「大祓い」

でも、これでだけでは、全てが許されるのではない。
全てを消し去ることは、できない。

ただ、神さまに祈るだけでは、 その罪は消えることはないのではないかと私は思います。

本当の、大祓いは。
全てを認め、 自分がしたことを、正直に話し、心から詫びる。
そして、二度と同じ過ちを犯さないと、神様と約束をし、人々の幸せを願い、人の役にたつことをすることが、
本当の大祓いなのではないかと思うのです。

全てを認め、 全てを表に出さない限り、 
本当に、いつまでも、犯した罪の重さを認めたとはいえないのではないかと思うのです。

いくら隠しても、 その事実は、 消えてなくなることはきっとないでしょう。

何年たっても、何十年たっても、何百年たっても・・・・・。
命が受け継がれていくように、 それもまた、誰かに、受け継がれていくような気がします。

多くの人を巻き込む嘘であればあるるほど、それを認め、本当のことを話すことがまず、一番大事なことかもしれないと、私は思います。


・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
では、佐田岬の続きです。

私の今回の目的地は、佐田岬半島の一番西、三崎町です。
今日は、そこにつくまでの、佐田岬をご案内しますね。

佐田岬半島は、長さ約50km、最小幅0.8kmと日本一細長い半島です。
メロディーラインを走っていると、右に左にと、海を望むことができます。

そして、ここには、今問題になっている、原子力発電所 伊方原発があります。
その一方、風力発電にも力を入れていて、 この道路から、ところどころに、大きな風車を見ることができます。

では、佐田岬半島の海を、写真で。

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南予は、このように、山と海がすぐ近くにあり、一山を超えることに、小さな集落が点在しています。
そして、ここ佐田三崎は、とても細長い半島で、その真ん中の山の上を主要道が走っているので、
道路から、左、右と、ところどころ、集落へと降りる小さな道路があります。

そして、この写真のような小さな集落へ繋がっているのです。

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上の写真の遠くに見えているのは、四国側の町。
向かって左側の海を撮影しています。

青い海の向こうに、八幡浜から南の町が見えています。

風車が見えてきました。
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近くでみると、大きな羽が、ものすごい迫力です。
でも、とっても綺麗。

佐田岬はくると、必ず立ち寄ってしまう、 おみやげ物屋さんと、レストラン。
「風車」
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ここから見える景色も綺麗です。
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そして、佐田岬の見所のもう一つは、このリアスシキ海岸。
遠くに見える岩が、とても気になっています。

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選挙では、この下の方にも何度も行っていますが、 今度は、ゆっくりと、走ってみたいです。

走っていると、また風車が、、、
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青い海、青い空、そして、白い雲。
いつまでも眺めていたい。。。 そんな気持ちになる場所です。
ずっとずっと昔の人たちも、 同じ景色を見ていたのでしょうか。。。。
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佐田岬半島の景色を見ながら、 目的地、三崎町へ。
次回は、三崎町の中心地に鎮座する神社です。。。

今日も最後まで、お読み下さいまして、本当にありがとうございます。
明日は、全国的に、お天気が悪くなるようです。
大雨に、お気をつけください。





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愛姫伝神社・お寺・観光マップ
by ldc_nikki | 2011-06-30 23:41 | 愛媛県伊方町 | Trackback | Comments(0)

数あるブログの中からお越しいただきましてありがとうございます。 不思議な数々の出会いから、今は、愛媛の神社めぐりをしながら、神社や女神様そして、神話の神々の伝説を調べています。
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