ネイト神殿ネイト碑文

今日は久しぶりに、四万十川に行ってきました。

四万十川の源流は愛媛県にあり、日本最後の清流もまた愛媛県の山から流れています。

愛媛県の石鎚山系の山々は、四国全土に水をもたらす山、水の源でもあります。

天から降り注いだ雨は、山の土へとしみ込み、それが少しづつ川となり、海へと流れていく。

その間に、人や動物たちの生きる水となり、田畑を潤す水となり、山の緑や草花の命を繋いでる。

そして海の水は天へとのぼり、また雨となる。

こうして地球はずっとずっと循環を続けてる。

私たちは、その中で生きてる小さな小さな一つでしかない。

この美しい川を見ているとそんなことを考えます。

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先日、調べものをしていたら、この一文が目にとまりました。

「私はかつてあり、今もあり、これからもある全てである。そして私のヴェールを人間が引き上げたことはない。私がもたらした果実は太陽である」

エジプトの、ネイトの神殿の刻まれた一文。


みんなが幸せに生きられる世の中。

それは、一人ひとりの心の中にある大切なものを思い出すしかないと思っています。


いつかそれを思い出すことができるように、私はその道しるべを残していきたいと思っています。

変えることはできないけど、いつか誰かに気づいてもらえるように。

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by ldc_nikki | 2016-11-21 00:39 | 高知県 | Trackback | Comments(0)

こんばんは。

今日の金環日食、みなさま見ることができたでしょうか?

写真は撮ることができなかったのですが、
見ることができました!

あいにくの曇り空で、
見えないかもしれない。。。と心配していたのですが
ちょうど、ぴったりと重なる頃、
雲の合間から、
リング上に重なった太陽と月の姿を見ることができました。

本当に綺麗でした。

見せて頂いたことに感謝ですね^^
本当に、ありがとうございます。

では、今日の神社です。

今日は、愛媛県と高知県の県境に鎮座する

「秋葉神社」 です。

久万高原町から国道33号線を高知県へ向かって走ると、
仁淀川町に入ります。
その県境の山の中に、

土佐三大祭の一つと言われる 秋葉祭りが行われる

「秋葉神社」があります。

この秋葉神社は、
安徳天皇の一行に警護役としてこの地に随行してきた
常陸国の城主が、遠州秋葉山から御祭神の秋葉様を勧請したのが
始まりとされます。

安徳天皇とは、
あの平家と源氏の戦い 「屋島の戦い」や「壇ノ浦の戦い」に
深く関係した天皇で、
御歳(数え年8歳)で、祖母と一緒に
三種の神器を抱え海に沈んだという伝説の天皇です。

しかし、この安徳天皇には日本中に多くの伝説があり、
ここ高知県もその中の一つです。

仁淀川町の隣、
「越知町」は、そんな安徳天皇が最後の時を過ごされ場所とされています。

ここ秋葉神社は、
そんな安徳天皇の一行が訪れたという伝説の残る場所です。

そしてここに勧請されたと伝わる神さま

「遠州秋葉山の御祭神の秋葉様」

遠州秋葉山とは、
静岡県浜松市天竜区
赤石山脈の南端、標高868mの山 「秋葉山」のことだと思われます。

この秋葉山からは、
天竜川という川が流れる、「龍」の山です。

秋葉山の秋葉神社は、
社殿によれば 709年の創設。
また一説には、718年、
行基によって開山された山だとも言われます。

この年代を見てもわかるように、
ここもまた、姫を封印した山です。

神仏分離以後、
秋葉神社の祭神は 火の神 「火之迦具土大神」とされましたが、
それ以前は、「秋葉大権現」と呼ばれていました。
神仏分離後、お寺と神社が別々になり、

「秋葉寺」となっていますが、元は同じです。

この秋葉寺の縁起によれば、
秋葉山の守護神は
三尺坊大権現と呼ばれ、観音菩薩の垂迹として
信州に生まれ、越後国蔵王堂の三尺坊で修行して、
飛行自在の神通力により、白狐に乗って秋葉山へ飛来したといいます。

ここでも現れた 「白狐」

稲荷神となった姫の姿が 「白狐」になっただけでなく、
ここにも白狐が現れていました。

この三尺坊大権現は、水の神とも関係があり、
「火を防ぐ神」として日本全国から信仰を受ける神になったとも言われます。

秋葉山の北方には、竜頭山という山があり、
ここは、奥の院として 「不動明王」が祀られていました。

この竜頭山は、本来、「竜燈山」とされていて、
聖なる火を焚いて、海の竜神へ捧げた地であると伝わっています。

静岡県と言えば
「三島大社」 があり、また、ここ伊予の国から渡っていった
瀬織津姫を祀るところでもあります。

そんな海の龍神、姫へ聖なる火を捧げた地とも
言えるかもしれません。

そんな秋葉大権現が祀られた ここ土佐の国の秋葉神社で行われる
御祭りには、

ヒョットコやお多福面をつけた油売りが、神出鬼没で姿をあらわし
その後からまるで天狗のような 鼻高が続き、
最後に、赤いお面をつけた悪魔が続きます。

「油売り」は「狐」。
そして、「天狗」 
最後の悪魔は、「姫」

今も伝わるこの御祭りの中には、
姫が封印されたその様子が、そのまま残っているのです。

三日間行われるこの御祭りは、
最初に勧請されたと伝わる 現在の「岩屋神社」から始まり、
二日目の深夜に、市川家に御神体が運ばれ、
三日目、市川家から、現在の秋葉神社まで練り歩きが行われます。

神社への参道には、
「大きなしだれ桜」があり、まるで姫の参道のようです。

この御祭りは、
岩屋神社から、現在の場所へと遷座したのが大祭の始まりと伝えれています。

もしかしたら、
最初に岩屋神社へ祀られていた時は姫で、
ここに遷座されるさいに、火の神に変わったのかもしれません。

まずは、最初に祀られた場所 

「岩屋神社」です。

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この磐が御神体でした。
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そして、秋葉神社です。
秋葉神社は、岩屋神社から更に山の上へと行きます。
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鳥居をくぐり階段を上ると、立派な神門があります。
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神門をくぐると拝殿が見えてきます。
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拝殿です。
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拝殿の彫刻の中に、大国主と兎が。
初めて見ました。
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本殿です。
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こんなところにも兎が。
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そしてこれが、
秋葉神社の参道沿いにある 中越家の庭に植えられた
「しだれ桜」です。

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by ldc_nikki | 2012-05-21 22:11 | 高知県 | Trackback | Comments(0)

こんばんは。

今日は、前回の続き、籠神社の姉妹といわれる 「河内神社」 です。

昨日もお話したように、西石原に鎮座する籠神社と、お隣、東石原に鎮座する河内神社は、姉妹、兄弟といわれます。

河内神社の祭神は、現在の大山祇神。

しかし、元は、瀬織津姫だった。
ここ、河内神社には、まるで、姫の御神体を守ったかのような伝承が残っています。

表向きは、「大山祇神」 を祀りながらも、ここは、今も瀬織津姫の御神体を祀っているのかもしれないという貴重な、伝説です。

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河内神社の御神体であろう鏡では、「土州本川郷舟戸氏神川内大明神」 と書かれてありました。
その御神体は、金幣箱に入れられていたといいます。
そして、現在のところに祀られる前は、大川村川崎のミタキ山の山中に氏神として祀られていました。

源平合戦の終わりころ、岩崎次郎左衛門という弓の名人であり忍法つかいであったものが、同志五人で御神体を箱に納めて持ってこようとしていました。

しかし、川をのぼり、谷を越え運んいたのですが疲れてしまい、弥十郎という男を見晴らしのよくきく高い所に残しておいて見張役にし、上の越の崖の上で休んでいるうちに眠気が出てうとうとしていたら、弥十郎でない声がするので、西へ行くのを止め、崖下まわり、更に下の高い崖から氏神の入った箱を谷のほうへと落としてしまいました。
落としたと同時に、地ゆるぎがしはじめて三日三晩ゆるぎがとまりませんでした。

見張の弥十郎が帰らないので現場へ行ってみると、弥十郎は切られて死んでいました。

落とした氏神の箱は、地ゆるぎが止んでから行ってみると、そこにはなく、谷川づたいに川しもへとさがしてゆくと、有間の地主神社の祠のところにあったので、その所へ合祭した。
それから、現在の宮林であまり烏がさわぐので、土地の人が不審に思って行ってみると、金幣が樫の木に掛かっていたので、神官さんがお祈りをしているとゆらゆらおりてきた。
そして、そのおりたところへ本社を建立して、今にいたっているといいます。

それから月日が流れ、明治十年、この御神体をお役人のところへ持ってこいとの命令があったのです。
神官は、言われたとおり持って出かけました。
しかし、有間の森の首というところまでゆくと、神官の目がくらんで歩けない。

なんとかもとへ帰ってきたのですが、鳥居のところで倒れてしまいました。
副神官の和田仲、大平義忠という人が氏神さまにおことわりのお祈りをすると、神官もやっとなおり、もとの神社へ神鏡をおさめ込んだといいます。

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この伝説を読んで、どう感じたでしょうか?

私は、前半の部分は、まるで姫の御神体を隠すために運んでいて、殺されてしまったかのように思いました。

また、後半部分では、やはり明治時代まで続いたという、姫の封印は本当だったんだと思いました。

前半の殺された場面ですが、実は殺した相手とは平家だと書かれてありました。
でも、あえてその部分は書くのをやめました。

戦いで負けた相手は、いつの時代も悪いことをした人物にたとえられてしまうもの。

誰が、弥十郎を殺したかはわかりませんが、私は平家ではないと思っています。

このように、姫の封印は、日本中で行われていきました。

御神体を運ぶ途中に、命を落としたものは、弥十郎だけではありません。

数えきれない人が、歴史の中で消され封印されてしまったことだけは、忘れてはいけないと思います。


*河内神社
*高知県土佐町石原
*祭神:大山祇神

河内神社は、この川を渡ったところに鎮座します。
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木が生い茂る杜の中に。

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拝殿です。
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拝殿に彫刻された 「鬼」 がとても印象的でした。
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ふと頭の上を見ると。
これは、何を意味しているのでしょうか。
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本殿です。 
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名前は変えられても、ここには今も姫が祀られている。そんな気がします。

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高知からの帰りは、来た道とは違う道をとおりました。
瀬戸川沿いを北へ。 大蛇の伝説が残る山は、思った以上に高く、壮大な景色がひろがっていました。

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そして、今回どうして通ってみたかった、「吉野川」
吉野川は、大国主命の御神体が流れてきた川でもあり、この吉野川と、愛媛側を流れる銅山川の間の山が、今一番きになっている山だからです。

この間の山々は、歴史に封印されたもう一つのなぞがあるように思えてなりません。

なぜか、今でもほとんど人が入ることができない深い山々。 なぜなら、ここには道がないからです。
西は、寒風山トンネル。 東は、川之江まで、この間の山を越えるルートはありません。

この山の中のことは、またいつかお話ができる時がきたら、お話したいと思います。

山の中を走っている途中、ふと空を見上げると、 「龍」が飛んでいました。
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ここが、吉野川へと合流する 瀬戸川です。

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そして、吉野川です。こんな山の真ん中に、大きな川が流れています。
この川を見て、古代の人々の生活が少し見えたような気がしました。

古代の人々は、山道を歩くのではなく、この川を舟でのぼってきたのかもしれないと。
山の中で時々出会う 「舟戸」 という地名。
これは、川の港のようなものだったのかもしれません。

四国の山は、奥が深く人が容易に入ってこれなかったことでしょう。

川を使えば、牛や馬がいなくとも、大きな荷物を運ぶこともでき、 
古代の人々に不可欠であった 「丹(朱)」も、この山の中にはありました。

水が豊かで、気候にも恵まれ、古代の人々が一番平和に暮らしていける場所だったのかもしれません。

ある時代までは。。。。。

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私と同じように、神社を巡り歴史を調べている方が、福岡県にいらっしゃいます。
その方のブログの今日の記事に、姫の封印に関わるとても貴重な伝説が書かれてあります。

よかったらご覧ください。 

ひもろぎ逍遥「赤司八幡神社(1)」

今日も最後まで、ありがとうございました。





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by ldc_nikki | 2012-01-10 22:35 | 高知県 | Trackback | Comments(13)

こんばんは。

今日は、先日の続き高知県です。

国道439号線を、大豊町方面へ走り土佐町へ。 
この日、道路地図を眺めていて、目に飛び込んできた 「籠神社」。

どんな神社かもわからず、「籠」 という文字に引き寄せられるように向かいました。

土佐町西石原へとたどり着いたのですが、もっていたのは愛媛の道路地図でしたので、高知県はおおまかな地図しかなく、とりあえず神社のある方向へ左折。

民家が並ぶ細い道路を走っていたのですが、神社らしき場所が見つからずどうしようかと思っていると、前から男性が歩いてきました。

籠神社の場所を、教えていただいたのですが、はっきりとわからずとりあえず来た道を引き返していると、また一人男性が歩いてきました。

やっと、はっきり場所がわかり、神社へ。

そして、この二番目に道をうかがった方が、その後すぐ、籠神社のお世話をしている方へ私たちのことを話してくださったようで、私たちが参拝を終えて神社を出ると待っていました。

そして、詳しいことを教えてくださるとのことで、いきなり初対面の見ず知らずの私たちを、自宅へ案内してくださったのです。

そして、自宅へ行くと、ご主人がいらっしゃり、奥の部屋から土佐町の村誌を持ってきてくださり一緒にいろいろ調べてくださり、更に、神社や村の伝説が書かれてある部分を全部コピーしてくださったのです。

帰るときには、いろいろわかったら、ぜひまたお話を聞かせてくださいと言ってくださり、初めての高知訪問は、素敵な出会いで始まりました。

あの時、道を尋ねていなければ出会いはなかったかもしれないと思うと、道に迷いながらいくことにも意味があるんだなと、つくづく思った一日でした。

高知県土佐町西石原。
村誌を読むと、土佐町には、驚くほど多くの大蛇伝説があります。
ここだけでも、何度も訪れないと回りきれないほどです。

そして、思ったとおり、ここ「籠神社」は、姫の封印と繋がる言い伝えがありました。

籠神社が鎮座する、西石原のお隣、東石原は、昔一つの村でした。
そのお隣、東石原には、「河内神社」 が氏神として鎮座されますが、この二つの神社 「籠神社」と「河内神社」は、 兄弟とも姉妹とも言われています。

そして、河内神社へ参拝する前に、先に籠神社へと参拝する慣わしもあるそうなのです。

しかし、兄弟、または姉妹とも言われる二つの神社の祭神は、一見全くつながりのなり神さまが祀られています。

籠神社は、「天水分命」 河内神社は 「大山祇神」 です。

この二つの祭神の名前を見て、はっきりしました。

ここも、瀬織津姫が封印された神社。 そして、籠神社に姫は今も祀られ、姫の封印後変えられた神「大山祇神」 が、河内神社へと祀られ、その二つが、同じだと後世に伝え続けてきたのです。

「天水分命」(あまのみくまりのみこと) の 「水分(みまくり)」 とは、「みこもり」 のことです。

「みこもり」 とは、 み(蛇)こもり(籠)。

蛇を籠の中で閉じめた神という意味だったのです。

天水分命とは、 籠の中に閉じ込められた天の蛇(龍)の神、それは、瀬織津姫のことです。

瀬織津姫の封印のために祀られた 大山祇神が、兄弟、姉妹として祀られているこの場所は、姫の封印の事実を今も伝える大事な神社だということが言えると思います。

杉や檜に囲まれた 「籠神社」 は、今も、瀬織津姫の封印の真実を伝え続けているのかもしれません。

神社は、このながいそばしの近くにあります。
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鳥居
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狛犬
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拝殿。 やはり高知県と愛媛県の神社はつくりが違います。特に、瓦が高知県はとてもシンプルです。
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本殿です。また本殿の横には、夫婦杉があります。
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偶然たどり着いた神社が、姫の封印の場所でした。
でも、そのことがわかったのも、親切に教えてくださった総代さんご夫婦のおかげです。
本当に、ありがとうございました。

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by ldc_nikki | 2012-01-10 00:40 | 高知県 | Trackback | Comments(0)

こんばんは。

今日ご紹介する神社は、初めての高知県です。

昨年の12月、やっと高知県へと入ることができました。
行きたいところは、沢山あったのですが、時間があまりありませんでしたので、いけるところまで行こうということで、 何も計画を立てず、なんとなく行きたい方向へ。

そして、通る道沿いにある神社へと、行ってきました。

そんな中、不思議なご縁がありました。

初めて高知県へと入ったにも関わらず、最後に訪れた町で、参拝した神社のお世話をしている方の自宅に招かれ、お話をさせていただくことができたのです。

今回行ったところは、いの町と土佐町。

どちらも、大国主命と関係の深い場所です。

残念ながら、ずっと気になっている神社は、遠くていくことができなかったのですが、これもやはり順番なのかなと。

また、土佐町での、出会いは、他の神社へと行っていたら出会えなかった。

これにもきっと、意味があるのだと思います。

いつもいつも、気づかされるのは、物事には、順番があるということです。

あせらず、一つづつ、一つづつ、進んでいくことが大事なのだと、神社に行き始めて教えられた気がします。

今日ご紹介する神社は、

いの町の北、「上八川」 というところに鎮座する神社です。

いの町には、以前少しお話しました、三輪山 大神神社から御神体が流れてきたという神社があります。

「大国主」 とつながりの深い場所です。

そんないの町の、私が訪れた神社は、山の中にある小さな神社 「本神神社(ほんじんじんじゃ)」 です。

残念ながら、資料もないため、今は、祭神がまったくわかりません。

でも、この近くには、荒神さんといわれる神様が祭られているところがあるそうです。

少し南へ行くと 「国見山」  そして、仁淀川が流れます。

仁淀川は、三輪山の大神神社の御神体が流れてきた川です。

三輪山の、大神神社は、山が御神体だといわれていますが、ここ、仁淀川に流れてきた、大神神社の御神体は、 三輪山から、阿波へとわたり、吉野川をとおり、伊予国東の山の中に鎮座していものが、洪水で仁淀川に流れつき、現在の、椙本神社に祀られたといいます。

吉野川を通る 伊予国東の山の中とは、四国中央市の山の中、瀬織津姫の神社が多く祀られていた、あの金砂湖のあたりです。

そこには、あの伝説の 「白人城」 がありました。

奈良とこの伊予の国は、やはり、深いつながりがあることを、この御神体の伝説か物語っているかのようです。

このことは、椙本神社へと、行くことができたら、その時、もう少し詳しくお話したいと思っています。

まずは、今回の神社 「本神神社」 です。

*高知県いの町上八川寺野

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高知県の神社は、愛媛の神社と、少し造りが違うような気がしました。
拝殿が、少し、お寺に似ているような気がします。

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拝殿です。

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毎年、夏 (7月はじめ頃) にお祭りが行われているようです。

本殿
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ここにも、月と太陽の灯篭がありました。
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狛犬
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なんだか、とても気になる石でした。
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たまたま、通りかかった神社。
いつか、この神社の意味がわかる時がくるかな。。。。。。

ここ数日、なぜか、世界の古代の女神のことが、とても気になって調べていました。

そんな中、こんなことを考えました。

ケルト民族の女神、ダヌは、運命の3女神 (モリガン、バブド、マハ)を主導する女神でした。

ギリシャ神話では、運命を司る 3女神 モイラという女神がいました。モイラは、宇宙の母 「レアー」でもありました。

古代の 「大いなる女神」 には、 三相一体。 三つの姿があったのです。

そして、その 3女神たちは、 「運命の女神」 でした。

ギリシャ神話では、人生は、乙女によって紡がれ、「母親」によって測られ支えられて、「老婆」によって切られる神秘的な糸であると考えられていたのです。

だから、 「運命」 とは、「織られるもの」 だったのです。

その考え方があったからか、運命の女神たちは、さまざまな国で、機を織る女神としてあらわされていきました。

糸と糸を交互に合わせながら織る 機は、運命と同じだったのです。

「瀬」 を 「織りなす」 女神。そしてその 「津=入り口」 

「瀬織津姫」 もまた、大いなる宇宙の根源、 大いなる母、そして、運命を織る女神、そして、「子宮 =入り口」

それは、「瀬」 水と水が激しくぶつかりあう場所にある。

世界中で、古代、同じように考えられていた 女神の姿、それが、「瀬織津姫」 の意味なのではないでしょうか。

時代とともに、女神たちは、日本だけでなく世界中で、粉々に砕かれ、ある時は、魔女に、死神に、鬼に、男神に、 そして、また、本来一つであった、大いなる女神の姿は、細かく刻まれ、一部の姿のみ表す女神と変えられてしまった。

それが、日本の中では、 「古事記」 だったのではないでしょうか。

そして、昨日も書きましたが、やはり、女神は太陽ではなかったのです。

女神の力は、すべてを生み出す力、生命をつくりだす源。
命の血を吹き込むものは、女神だったのです。

命う生み出す女神を封印したことで、さまざまな命が、滅ぼされていきました。

原発もそう、戦争もそう、自然破壊もそうです。

利権や、お金、権力、私利私欲。
そんな世界が、すべてを覆ってしまったのが、今の世界です。

今は、女性までもが、同じような世界へと、入ってしまっています。

わが子を殺し、人を殺める。 今の生活を崩したくないから、原発をやめることもできない。

瀬織津姫のことを、知れば知るほど、
もう一度、原点に帰り、 すべての 「命」 の意味を問う時が、きているのだと、強く感じます。

今年は、それを考えるべき、重要な年とも思えてなりません。




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愛姫伝神社・お寺・観光マップ
by ldc_nikki | 2012-01-05 23:52 | 高知県 | Trackback | Comments(0)

こんばんは。

今日は、家族で行った 高知県大豊町にある 「日本一の大杉」をご紹介します。

ここを、訪れるのは、今回で二度目。
昨年の秋に、日本一の杉があるというのも聞き、足を運びました。

子供たちにも、一度見せたいと思っていたので、
夏休み、徳島県に行く途中、足を運ぶことにしました。

ここは、高知県と愛媛県の県境の町、大豊町です。

美空ひばりさんが、子供の頃、まだ、デビューする前に訪れたことで有名で、この大杉に、
「日本一の歌手」にしてください、とお願いした翌年、大ブレイクし、一揆にスターへの道を駆け上がっていったといわれます。

美空ひばりさんは、巡業途中、ここ大豊町の山の中、バスで移動中に、崖から転落しました。
生死を争うほどの、大事故だったそうなのですが、奇跡的に一命を取り留め、
大豊町の病院で、1か月ほど入院しながら、療養したといわれます。

そして、その入院中に、日本一の大杉がこの町にあることを知り、
日本一の歌手になれるよう、祈願されたそうです。

この大杉は、3000年前、スサノオノ命が植えた伝わる杉で、八坂神社の境内の中に、たたずんでいます。

大杉は、南大杉、北大杉と呼ばれる二株の大杉からなっており、二つの大杉が根元で含意していることから、別名、夫婦杉とも呼ばれています。
大杉は根元の周囲が約20メートル、樹高が約60メートルで、
北大杉は根元の周囲が約16.5メートル、樹高が約57メートル。

本当に、見上げるほどの、それはそれは大きな大杉です。

ところどころ、補修されていますが、3000年の年月がたとうとも、今も、青々とした葉をつけ、しっかりと生きています。 その生命力の強さに触れると、ものすごいパワーが頂けるような気がします。

3000年前というと、縄文時代ですね。
3000年の間、 この日本の変わりゆくさまを、ずっと見てきた大杉。
ぜひ、一度、足を運んでいただきたい場所の一つです。

では、日本一の大杉と八坂神社です。

鳥居には、八坂神社の文字が。。
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八坂神社 拝殿
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大杉です。
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写真では、その大きさがわかりにくいですが、島根県の須佐神社の大杉より、さらに大きな杉です。
スサノオが、ここにこの杉を本当に植えたのだったら。。。。。
そう思いながらこの木の側にたっていると、ほんの少し、スサノオさまに近づけた気がします。

そして、この大杉のある八坂神社の下を流れる川は、
徳島県へと続く、吉野川です。

徳島県へと、この美しい吉野川を通って向かいます。
とても、素晴らしい景色でした。

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「天命」
斎藤一人さんが、天命について書いていらっしゃいました。

人は何度も何度も生まれ変わり、あの世にからこの世に降りてくる時
「私は人生でこういうことをしてきます」と言って約束して来た事があるそうです。

それを 「天命」 といいます。

私たちは、この世に生まれてくる時、
自分で、やるって約束して出て来ています。
そして、それで命を頂いている。 だから、 「天命」という。

人は、その約束を忘れてしまっていると思うだけで、 きっと、心の奥底、魂の中に、
ちゃんとそのことを、覚えているのだと思います。

斎藤一人さんは、こうおっしゃっています。

天命と違うこと、その天命に逆らうような事ばかりやっているから、体がしおれて元気なくなってくる。
天命に反したことばかりやっていれば人生上手くいかない。

そして、こうも。。。

「若々しく元気だったら天命なの。」

今、あなたは、若々しく、いつも笑顔で元気に暮らせていますか?

もし、何をやってもうまくいかない時は、欲をすて、とにかく今できることを一生懸命すること。

天命といわれても、 何をすることが天命かなんて、一生わからないかもしれません。
でも、 とにかく、 我を捨て、欲を捨て、 目の前にあること、 今できることを一生懸命し、
少しでも、誰かの役にたつことをしていると、
ある日、気づいたら、何かにたどり着いるような気がします。

そして、どんなことも、与えられていることに、感謝をする心を忘れないこと、
そうすれば、少しくらいのことでは、腹も立たなくなるし、毎日が幸せだと思えるようになります。

そして、いつの日か、しらない間に天命を全うしているのかもしれません。

Stand Alone 『坂の上の雲』の主題歌

久石 譲  Sarah Brightman

作詞:小山薫堂

ちいさな光が 歩んだ道を照らす
希望のつぼみが 遠くを見つめていた
迷い悩むほどに 人は強さを掴むから 夢をみる
凛として旅立つ 一朶の雲を目指し

あなたと歩んだ あの日の道を探す
ひとりの祈りが 心をつないでゆく
空に 手を広げ ふりそそぐ光あつめて
友に 届けと放てば 夢叶う
はてなき想いを 明日の風に乗せて

わたしは信じる 新たな時がめぐる
凛として旅立つ 一朶の雲を目指し






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愛姫伝神社・お寺・観光マップ
by ldc_nikki | 2011-09-04 00:56 | 高知県 | Trackback | Comments(0)

こんばんは。
昨日はまた悲しい出来事がありましたね。
多くの人は平和な世界を願っているのに、まだ武力で
国を治めようととしている国があることに、憤りを感じます。
争いは、決してよい方向に行くことはないのに。

どうしてわからないのでしょうか。
人の命が、また爆弾によって失われてしまいました。
本当に悲しいことです。

いつか、戦争のない平和な世の中が来ることを
心から願います。


・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

今日は、日本一になる夢を祈り、
その夢を叶えた美空ひばりさんのゆかりの地をご紹介します。

実は、私も、つい最近まで、この場所のことを知りませんでした。
仕事で、書類を持って行った先で、
突然、その方が行った旅の写真を見せてくれました。

最初の数枚は、私も行ったことがある場所。
そして、
「ここ行ったことある?」と、ある一枚の写真を見た瞬間。
一瞬目が止まりました。
一本の木の前に人が立っているのですが、それが凄い大きさ!
(今までにこんな木はみたことがない!)

それは、日本一大きいという、大杉でした。
もう見た瞬間から、絶対行きたい! そう思い、場所を聞いたら、
今治から車で一時間ちょっと。 (ここなら行ける) そう思った私は、
その週末、早速その場所へ行ってきました。

その木が今日お話する、大杉です。

日本一の大杉は、高知県大豊町。 高知自動車道の途中、
愛媛のお隣の町でした。
周りは深い山に囲まれた、大自然の町で、徳島県から流れる
吉野川が流れています。

大杉は、インターからすぐの所で、とても便利な場所。

日本一の大杉は
八坂神社の境内の中にあります。


では、まずは神社からご紹介します。

大杉がある八坂神社の入り口には、
七福神がいらっしゃいました。

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そして、鳥居です。

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*八坂神社
*鎮座地:高知県長岡郡大豊町杉794
*祭神:素盞嗚尊

神社の由緒は、はっきりしていないらしいのですが、
延喜12年(912)杉本某がこの杉村の大杉のもとに、
祗園牛頭天王及び貴船大明神の尊像をお祀りしたのが始まりという説と
鎌倉時代の末期、幕府に繋がる武門の一族が落ち来たりて杉本氏が京都から
八坂神社の祭神素盞嗚尊を勧請してお祀りしたのを初めとするという説があるそうです。

狛犬です。とても古く、愛媛では見たことのない狛犬でした。
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再度、鳥居をくぐり拝殿へ

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境内には竹が。。。

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拝殿です。

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素晴らしい龍です。

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この八坂神社にも、美空ひばりさんは
参拝されたのでしょうね。。。。

そうなんです。
ここは、この後ご紹介する大杉と共に、美空ひばりさんが、まだ有名になる前の
あるお話が残る、場所なのです。

美空ひばりさんは
戦後間もないころ、美空和枝という名前で、8歳のころ初舞台をふみました。
母がひばりさんに歌を続けさせようと、自分の私財を投じて自前の
「青空楽団」を設立。舞台を作り、初舞台に立ったそうです。

そして、その2年後、
1947年、前座歌手として出演し、以来この一行と地方巡業するようになりました。
そして、この大豊町に巡業にやってきた時でした。
ひばりさんが乗っていたバスが、前から来たトラックと正面衝突をし、
崖に向かって転落。
そのまま落ちれば穴内川で全員死亡だったほどの事故。
でも、バスのバンパーが一本の桜の木にひっかかり止まったのです。

ひばりさんは、瞳孔も開き仮死状態。
たまたま村に居合わせた医師に救命措置をしてもらい、その夜に意識を取り戻しました。

そして、1ヶ月半ほど、
この大豊町で療養することに。

その療養中のことです。
日本一大きな大杉があることを知ったひばりさんは、
この場所へ赴き、
この大杉に向かって、「どうか日本一の歌手になれますように」と
願をかけました。
怪我が治り、戻ったひばりさんは、ある出会いをきっかけに
芸名を美空ひばりに改め、本格デビュー。

そして、日本一への階段を昇りはじめ
ついに、日本一の歌手へと昇ったのでした。

この大杉は、
素戔男尊が宮崎から持ってきて植えたとされる杉で、
樹齢推定3000年。
南大杉、北大杉と呼ばれる二株の大杉からなっており、
二株が根元で合着していることから、別名、夫婦杉とも呼ばれています。
根元の周囲が約20m、
樹高が約60m


本当に、見上げるほどの大きさ。
大きさといい、迫力といい、ものすごいパワーです。
まだ全国を周ったことはありませんが、
これだけの大きな杉はもう見ることは出来ないのではと
思うほどの、圧倒的な迫力です。

日本一の大杉に、
出会えて、感謝の気持ちでいっぱいでした。

写真では、その迫力をそのまま
伝えることが出来ませんが、日本一の大杉をご覧下さい。

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そして、大杉のすぐ上には、
ひばりさんの遺影碑と歌碑があります。

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この歌碑からは音楽が流れるようになっていて、
ひばりさんの、歌が聞くことが出来ます。

私も、この場所で、
ひばりさんの大好きな、曲を聴きながら、
祈りをささげさせていただきました。

20代の頃、初めてこの曲をきいた時から
大好きでした。
苦しいことがあっても、この曲を聴けば、
心が楽になりました。
そして、また歩き出す勇気をもらいました。

この場所で、この曲を聴き、
なぜか涙が止まりませんでした。

ここで、大杉に参拝をし、私も心に誓いました。
何を誓ったかは内緒ですが。。。。

心に迷いがある時、
夢に向かって歩いている時、
何かをあきらめかけた時、
自分に自信がなくなってしまった時。。。。。。
この場所は、そんな皆さんに強い勇気やパワーを
与えてくれる場所かもしれません。

この場所を教えてくれた〇〇さんに、心から感謝です。

本日も、ありがとうございました。






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愛姫愛媛パワースポット地図
by ldc_nikki | 2010-11-24 22:54 | 高知県 | Trackback | Comments(0)

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