滝宮の神

こんばんは。

今日は、香川県最後の神社のご紹介になります。

今回の香川の旅は、後で振り返ると姫一色と言っていいほど、
姫の跡がはっきりと残る場所ばかりでした。

最後に参拝した神社 香川県観音寺市 「滝宮神社」は、
神社の名前そのものが姫の滝神としての意味をあらわしている神社です。

神社が建てられているところには、滝はありません。
そこまで山奥でもありませんし、滝などどこにも見あたりません。

このように、
神社の名前が 「滝宮」 とされていて、いかにも滝と関係があるかのような名前でも、
周りのどこを見渡しても、滝が存在しない場所が多くあります。

だから、各神社によって、解釈もさまざまでそこの根源に存在する 「滝神」について
書かれている由緒は、見たことがありません。

それどころか、四国地方の「滝」という字が使われている神社のそのほとんどの祭神が

「スサノオ命」になっています。

「スサノオ」と「滝」 は、表面的にどう考えても結びつくものがありません。
にも関わらず、どうして 「滝宮」であり「滝神」とされるのか。

それは、スサノオの存在が、姫の一部だからです。

姫の荒い魂が、男の神の姿となり、スサノオという存在をつくりあげていると思われます。
そしてその奥には、更に深い意味も込められています。

そしてその姫の魂の一部である、「スサノオ」 牛頭天皇と習合されてしまったことも、
姫である魂の一部だからなのです。

それがどうしてそうなるのか、姫がどうしてスサノオになるのか、
更にそれがどうして牛頭天皇となり、祇園の神となり、八坂とも混合されていくのか。

もしかしたら今後今の私の考えと変わることもあるかもしれませんが、
その意味が先日、私の中で繋がりました。

今回は、そのことについては触れませんが、
いつか話せる時がきたら、お話させていただきたいと思っています。

そしてまだまだ、はっきりと決まったわけではありませんが、
私が今まで調べ続けてきたこと、また体験したこと、めぐり続けてきた神社のことを、
本にできたらいいなと思い始めています。

なぜか、最近毎日のように、誰かから、「本を書いてください」という言葉を頂きます。
本当にありがたくてありがたくて、そう言っていただけるだかでもとてもうれしい。

いつかそんなことができればいいなと思っていたので、
少し真剣に、本のことを考えてみようかと思っています。

少しでも多くの人にわかりやすく、
また神さまや神社のことに興味を持つ人が一人でも多くなるように、
そして、私がいつもブログで書いているように、
神社のこと、神さまのこと、歴史の真実を知っていく中で、
何か、一人一人の気づきに繋がることができるように。
もし本を書くのなら、そんな本にしたいと思っています。

そしてその本の中で、「まことの名」 にたどり着きたいと思います。

まことの名とは、本当の名前という意味でなく、本当の姿。
霧の中で見え隠れする姿ではなく、純粋で透明で、濁りのない、真っ白なその姿。

透き通った空気の中で、本来の姫に出会い、
本来の姫にたどり着くことで、本来の自分に出会う。
本来の人間の心に出会うために、本を書ければいいなと思います。

話が少しそれてしまいました。
では、今日の神社

滝宮神社です。

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門のところに
櫛石窓神(くしいわまどのかみ)、豊石窓神(とよいわまどのかみ)と書かれてあります。

この神々は、別名 

「天石門別神(あまのいわとわけのかみ)」と言います。

邇邇芸命が天より降臨してきた時、
三種の神器に沿えた神の人柱で、古来より天皇の宮殿の四方の門に祀られていた神でもあります。

以前広島宮島の厳島神社の時にも、この神について少しふれましたが、
最近、徳島にこの名前がつく神社が多いことがわかってきました。

例えば 「天石門別」「八倉比売神社」

この神社は、八倉比売の前にわざわざ、この神の名前でもある、

「天石門別」がついています。

他にも 「天石門別豊玉比売神社」
どうして徳島だけ、このように二つの神の名前が一緒になった名前になるのでしょう。

それが私自身不思議だったのですが、
なんとなくその訳がわかってきました。

「天の石門を別々にするための神」

この神にはそういう意味があったのではないでしょうか。

「天の石」とは、まるで、ご神体である磐、あの天が二つに割れた 天の香具山のようにです。

そしてその 「天の石門を別々にするための神」の意味は、

櫛石窓神(くしいわまどのかみ)、豊石窓神(とよいわまどのかみ)です。

片方は、「櫛」の中にその魂を封じ込められた神。
そしてもう片方は、「豊」 。豊玉姫や豊受大神の名前にも使われているように、
「豊」という文字に特別な意味があるような気がします。

「豊」は、別字で「豐」という意味も持ちます。
本来は別々の意味だったとされていますが、別々にされたことにもその根源の意味があると考えます。

まず、「豊」は、「豆(たかつき)」と言って、お供えをするために使われる台がついた坏(さかずき)を
意味会意文字を意味します。それはレイの音を持ち「醴」の原字だと言います。
「醴」とは「あまざけ」のことです。

あまざけは、白米の固めのかゆに米こうじをまぜ、発酵させてつくります。
元は、神事用につくられたものでした。

そして、「豐」
音符「丰(ホウ)」×2+「山」+「豆(たかつき)」の会意形声文字。「丰」は穀物の穂で、たかつきの上に収穫した穀物の穂を山盛りにした様。「峰」等と同系だと辞書に書かれてあります。

もう勘のいい方は、わかったかもしれません。
この「豊」という文字自体が、姫の力を得て、新たに誕生した 穀物の穂、更にその穂が
山もりになるようにという意味が込められていたのです。

甘酒は、その白い米を発行させてつくるように、
神さまに供えられるお酒は、一度腐らせ、腐らせたことによりできる新たな力を意味します。

白い米は、太陽と水の力によりできる新たな物質。
水の女神である姫と、太陽の神であるニギハヤヒとの
混合の力によって出来上がった、究極の白い食べ物。
二つの力を得て、人間に豊かさをもたらすものなのです。

穂=米がその力を受け取り出来上がるように、
人間もまた、その力だけを受け取ろうとした姫を封印した人々、
「豊」という文字は、姫の力だけを受け取り、
その力が二倍となるという思いが込められた文字だったのではないでしょうか。

だから、その力だけを受け継ぐ女神、
「豊玉姫、豊受大神」がつくられ、 
神功皇后は、その力を受け取るために、「トヨの港の宮」に滞在し、「トヨの姫」と呼ばれた。

豊受大神こそ、その究極の女神。
「豊(女神)の力)」だけを受け継ぎ、穂の女神にされた姿だったのではないでしょうか。

そして、この門に並ぶ、一つであり二つの神

「天石門別命」は、櫛に封印されて力だけを授けた神と、
その力を受け取った「豊」の神、その両方の意味を持つ神、
天が二つにわかられることとなった、根源の意味をあらわしていたのではないでしょうか。

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滝宮のその多くがスサノオ命に名前が変えられているにも関わらず、
スサノオの名前も祭神としてありますが、
ここは、瀬織津姫の名前を祭神として今も残してくださっている

滝宮の一つです。

神社の前は、綺麗な川が流れていました。

その川を上流へとさかのぼると、そこには、四国八十八か所
第66番札所 巨鼇山 千手院 雲辺寺がありました。

住所は徳島県になりますが、なぜかここが、
讃岐の打ち始めのお寺となっています。

それはお寺のある山から流れ落ちるその麓の滝宮の中に、
姫が祀られているからかもしれません。

この山、この川が、姫にとってとても意味のあるところだったのかもしれないと思います。

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by ldc_nikki | 2012-09-10 23:50 | 香川県 | Trackback | Comments(6)

池宮神社と黒嶋神社

こんばんは。

今日の神社は、香川県観音寺市の黒嶋神社です。
前回ご紹介した、大水上神社は、瀬織津姫を三島滝神としてまつる神社でした。

表向きでは、大山積神としながらも、
その神徳、そこにいる神さまの意味は、今も瀬織津姫の魂を残していました。

今日の神社黒嶋神社は、
今も瀬織津姫の名前を表に刻む神社です。

明治時代、黒嶋神社に合祀された池宮神社。
通常なら、合祀されてその名前が消えたり、また境内社として扱われたりしているところが
多い中、今もここは同格と言わんばかりの扱いで、池宮神社の名前を残し続けています。

入口に立てられた鳥居には、
二つの神社の名前が並ぶように掲げられており、境内に入ると、大きな石碑に、
はっきりと瀬織津姫の名前が刻まれています。

黒嶋神社の祭神は、
「闇山津見神」 

闇山津見神とは、イザナミが最後に生んだ「火之迦具土神」を、イザナギが切った後、
誕生された神の人柱です。

カグツチの血から八つの神が誕生し、
カグツチの死体からも八つの神が誕生しました。

闇山津見神は、カグツチの死体から誕生した神で、
その死体の場所は、迦具土神の性器(陰部)から誕生しました。

沖縄でいう「ホト」 から誕生した新たな神が、
「闇山津見神」

八つの山の神の中でも、特に姫との繋がり、女神との繋がりを感じることができます。

「ホト」から誕生したこの神は、
山の中でも谷を司る神でもありました。

「谷」もまた、女性のホト。
8の暗号によって、姫の魂の一部が一度死に、再度誕生した神ということなのだと思います。

元の女神と、新たな神とが一緒に祀られる 黒嶋神社。

ここは、姫がどのようにしてその姿を消されたかがよくわかる場所ですね。
本来ならば合祀され、黒嶋神社の影に隠れてしまうはずだったのに、
こうして残してくれた姿を見ていると、氏子の方々の姫に対する深い思いを感じます。

大水上神社でも、黒い蝶が飛んできましたが、
ここ黒嶋神社でも、境内に入る前に、どこからともなく飛んできました。

姫がここにいることを知らせてくれるかのように。。。

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本殿にもちゃんと、黒嶋神社と池宮神社が並んで掲げられていました。
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石碑に刻まれた 瀬織津姫の文字。
神社でこうして姫の名前を見ることができる場所はほんのわずかしかありません。
残してくださってありがとう。。。。

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by ldc_nikki | 2012-09-08 20:29 | 香川県 | Trackback | Comments(2)

こんばんは。

今日は、誕生日。
姫のことを知って、初めて大浜八幡神社に行ってからちょうど3年。
4年目がスタートしました。

3年前の誕生日を境に、神社の世界へまっしぐら。
気づけば、神社一色の日々になっていました。

それまでは、自分探しをするために、いろんなセミナーに通ったり、本を読んだり、
いろんなことを始めようとしたりしていました。
何年もそんなことを続けていたけれど、一向に見つからなかった。
でも、ほんとは一生懸命探そうとしなくても、心のままに進めばよかったんだとやっとわかったのも
神社に行き始めてから。

もし私と同じように悩んでいる人がいたら、まずは悩むのをやめることかも。
純粋に、気になることに耳を傾け、目を向け、足を運ぶ。
それを続けていくと、その先に、本当に自分に必要なことが待っているのだと思います。

また今日から新たな1年のスタート。
この世に生まれた奇跡の日。この世に誕生できたことに感謝して、
また少しづつ前に進んでいきたいと思います。

まだまだ未熟な私ですが、まだまだ、何もかもが途中の私ですが、
これかもどうぞよろしくお願いいたします。

では、今日のお話です。
今日は前回の続き、大水上神社。

3年目の誕生日の日に、三島明神としての姫の姿が残るたった一つの場所をご紹介できるのもご縁かなと思っています。

香川県三豊市。 大水上神社は前回もお話したように、
大山祇神社の三島明神が、三島瀧神として祀られているという跡が残る、とても大事な神社です。

拝殿の右上には、
古代の祭祀遺跡の磐座があります。ここは、現在 
「千五百皇子社」とされ、伊耶那岐命、伊耶那美命を祀ります。

この「千五百皇子社」という名前は、古事記に由来します。

伊耶那岐命が黄泉の国で変り果てた伊耶那美命の姿を見て逃げ帰った時、
黄泉国と地上との境で「黄泉比良坂(よもつひらさか)」を大岩で塞ぎました。

その時に岩を挟んで、伊耶那美命は言いました。

「お前の国の人間を一日千人殺してやる」と。

すると今度は伊耶那岐命が、
「それならば私は、一日千五百の産屋を建てよう」と言いました。

この時、伊邪那岐命が言ったことばこの 一日「千人五百」ということばが
この磐座の名前となっています。

この磐を挟んでその会話が行われたことと、この神社が三島滝神(瀬織津姫)から
大山積神へと変えられたことを伝えるかのように私には思えます。

現在この磐座は、子授けの神として信仰されているのですが、
この名前とこの信仰とがちぐはぐだと思えるのは私だけでしょうか。

前回紹介した 津嶋神社も子供の守り神としてスサノオ命が祀られていましたが、
ここも同じように、本来は姫を祀っていたと思える信仰が伝えられています。

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そして、この磐座の下を流れる川に、三島瀧神は祀られています。

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この場所を 滝の宮神社 「鰻淵の神」と言います。

現在の祭神は、
「滝田比古命・滝田比売命」 

しかし、三島瀧神と称されていました。
雨の神として信仰が篤く、古代からの祈雨神祭遺跡で白鰻、黒鰻のつたえあり。

昔から旱ばつ時、参籠潔齋の上、淵の水を桶でかいだす神事が行われた。
黒白の鰻がすみ、黒鰻が姿を見せると雨。白鰻がでれば日照りが続き、蟹が出ると、
大風が吹くといわれているとされています。

ここは、うなぎ淵またの名を(竜王淵)というように、
龍は時代とともに、鰻にも変化していきました。
各地に残る鰻の伝承も、本来は龍であったところが多いのです。
皆さんの町にもし鰻の伝承があったらぜひ、その意味をよ~く考えてみてください。

きっと、そこにも龍の跡が見えるはずです。

黒と白の鰻に現されたのも、きっと意味があるのだと思います。

雨を降らす鰻は 「黒い鰻」 これは、本来「白」で表現される姫神の 黒の姿。
ここにも古代の人々の、独特の思想が見える気がします。

この伝承からもわかるように、ここに住む 「竜」は 「三島瀧神」

三島滝神とは、三島明神の本来の姿である 「滝神」のことを意味しています。
そしてそれは、瀬織津姫∴大山積神 と書かれてあったように、 

「瀬織津姫」 のことを意味していると思います。

徳島では、三島明神が 「事代主命」 だとされていますが、
三島明神とは、小千家の神でありその他の何物でもありません。

河野家、越智家(小千家)が、大山積神を祀りながら、大山積神と言わず、

「三島明神」 というわけは、(三)島の神は、大山積神であるということを認めていなかったからだと思うのです。そして、その三島明神とは、 「三島瀧神」 水の神、 瀬織津姫だということを裏に含んだ意味だったのです。

それを伝える場所、それがこの大水上神社の鰻淵に鎮座する

「滝の宮神社」 です。

四国には、「滝」がつく名前の神社が沢山ありますが、
そのほとんどが、スサノオ命を祀ります。

でも、それらも全て、本来はスサノオ命の裏に隠された姫のことをあらわしていると私は思います。

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そしてその奥には、二つの石が重なるように磐座があります。

「夫婦岩」
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また、この神社には空海も訪れています。

そしてここで詠んだとされる歌が、石碑に刻まれています。

最初神社を一回りして、探してみたのですがこの石碑が見つからず諦めて帰ろうと車へ戻りました。
そして車に乗り、神社を出発しようとしたその時、
境内から、宮司さんが出てこられたのです。

急いで車を降りて空海の詠んだ歌がどこに書かれてあるか聞いてみました。
すると、あの鰻淵より更に奥に行った所にあると教えてくれました。
私は急いでもう一度境内に入り、石碑を言われたとおり鰻淵より更に奥に進んでみると
そこに、空海の詠んだあの歌がありました。

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往来は心安かれ空の海
  水上清きわれは竜神

これは空海が詠んだ歌ですが、その内容は、まるで、
三島滝神である姫が詠んだ歌。空海が姫になり変わり詠んだ歌ではないでしょうか。

水上神社に祀られる私は、清き龍神。
瀬織津姫なのだと言っているのではないでしょうか。

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by ldc_nikki | 2012-09-05 23:43 | 香川県 | Trackback | Comments(10)

こんばんは。

今日は、先日の香川県の続きのお話です。

香川県三豊市高瀬、
「大水上神社」 

現在の祭神は、大山積命。

しかし、名前のごとく、ここに本来祀られていた神さまは、
「大きな水の神」 です。
ここでも、水の神は、大山積命に変えられていました。
そして、ここには変えられたその後今も神社の中に残っているとても貴重な神社です。

大山積神は、これまで何度もお話してきたように、
越智家河野家では、「三島明神」とよばれていました。

大山積神(三島明神)の姿は、山の神。
島に祀られる神であることから、航海の神、また、戦いに行く前に多くの武士が祈願していることから
「武神」とも戦いの神とも言われます。
でも、大山積神の裏に隠された本来の神は、

水の神、再生復活の神、そして滝神である瀬織津姫だと私は思っています。

三島明神が瀧の神だということが今、わかる唯一の場所は、
大山祇神社の御神体山から流れ落ちる水が瀧となる、「入日の滝」

ここには「滝山寺」が置かれています。

三島明神が瀧神の神徳を持つ神だということが唯一わかる場所ですが、
この滝神としての三島明神を祀る今私が知っている唯一の場所が、

ここ 「大水上神社」です。


まずは、これをご覧ください。

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大水上神社の入口にあった地図です。
神社のまわりの地図が書かれてありますが、左下をご覧ください。

大水上神社は、金毘羅宮と繋がっています。
金比羅宮の上に、大水上神社。
また、金毘羅神社と大水上神社の間に、長峰神社があります。

この長峰神社の摂社には、御手洗神社。

まるで、大三島の瀬戸。 大山祇神社が元あった場所には、
御手洗の井戸があります。

御手洗とは、禊の意味があり、姫ことをあらわしている言葉でもあります。

今回金比羅宮には行きませんでしたが、
金比羅宮もまた、姫の封印の神社(そこには、饒速日尊の姿もありますが)

大水上神社は、この辺り一帯の姫を祀る一族の場所だったのかもしれません。

では、今回は写真を見ながら、大水上神社のお話を進めたいと思います。

一の鳥居
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境内から少し離れた所に、一の鳥居があります。
ここから車で少し行くと、次の鳥居があります。

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参道を通り境内の入口へとつくと、そこにはまず禊の場所があります。
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そしてその右奥には、祓戸社があります。
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現在瀬織津姫の名前はここにしかありませんが、この境内の中に、
三島瀧神が祀られていたと言われる場所が今も残っています。

随神門
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こんな山の中に祀られる大山積神の御神徳は、水の神。
航海の神でもなく、水の神として祀られています。

由緒
太古より水霊の神として信仰が厚く、延喜式内社で、讃岐二宮と称えられている。
社の鎮座する宮川流域は、弥生文化の遺跡が多く、境内は古代祭祀遺跡の宝庫。
御本社の奥に夫婦岩と称する磐座がある。

この由緒にもあるように、太古の昔よりここの神は水の神。
水の源の神なのです。
そしてその水の源の神は、 「大山積神」 
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大山積神はこの社の中に祀られています。
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しかし、本当の三島滝神は、ここではなく別のところにその名前を残していました。

この続きは次回に。。。。





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by ldc_nikki | 2012-09-03 22:56 | 香川県 | Trackback | Comments(2)

こんばんは。

今夜は、3~5年に一度しかこない ブルームーンの日ですね。
ここ今治は曇っていて見えないかと思っていましたが、
ちょうど、満月になる23時ころ、空を見あげてみると、綺麗な満月が輝いていました。

みなさんの所ではご覧になられましたでしょうか?

まずは、今夜23時。
ちょうど満月のなる瞬間にとった月の姿をご覧ください。

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月を観ることができなかった皆様のところにも、
この光が届きますように。。。。

今日は前回の香川県の神社、河上神社の続きです。

瀬織津姫を祀る河上神社の先には、黄泉の国への洞窟がありました。

そして、今日ご紹介する神社は、
更に、海へと向かいます。

黄泉の国への入口とされてしまった姫を祀る山への
海の玄関口。

そこには、現在姫の名前はありませんが、
姫の面影を残す神社が今も鎮座され多くの人々に篤く信仰されています。

その神社が

「津島神社」 です。

河上神社からまっすぐ海へ向かうと、津島神社への入口があります。

年に2日間、8月4日、5日の夏のお祭りの時しかわたることができない、
小さな岩の島。

祭神は、「スサノオ命」

通常スサノオ命は、病気を治す神さま、また厄除けの神さまとして
祀られることが多いのですが、
ここは全国でもとても珍しい、

「子守の神さま」として鎮座する 津島神社です。

文禄年間の6月から8月にかけて、
この浦に女のうたう声が聞こえ、その声を村の人は怪しみたずねてみました。
何も見当たりませんでしたが、

巫女に託して
「我は海中に住む神。名は津嶋神という。今よりこの島に祭るべし。祠など造る必要は無い。何よりまず、木を植えるべし。それが我神体なり。さすれば、村の子供、牛馬を病から守るなり。」

というご神託がありました。
里の人たちは早速、鳥居をたてて島に祭り、以降旧暦の6月24、25日の両日に祭りごとを営みました。
これが、現在の夏季大祭の始まりとされているといいます。

津嶋神社は別名
「牛頭天王(ごずてんのう)」とも呼ばれています。

このことから、スサノオ命と牛頭天王が同一とされていることから
ここにスサノオ命を祀ることになったのだと思います。

しかし、
こうしてスサノオに名前を変えられてしまった津島神社は、
その多くが、病気や厄除けの神さまとされています。
にもかかわらず、ここ香川県三豊町に鎮座する 津島神社は、姫の御神徳の一つでもあります

「子守神」を御神徳とし、今もその信仰を守り続けています。

そしてその場所は、
あの黄泉の国への入り口とされた洞窟への出発地点に。

香川県三豊町は、
弥生時代、ここ伊予の国小千国や、吉備国(岡山県)、そして兵庫県と連携される国の一つでした。

姫を祀る重要な地だったこの場所が
今では、冥界の女神としての場所となり、牛頭天皇にその名前を変えられてしまった。

スサノオ命の姿が、ここに来たことで少しづつはっきりと見えてきました。

スサノオ命の裏にいつも姫の姿が見え隠れしていたその意味がやっと見えてきた気がします。

その意味を、ここ三豊の津島神社が伝えてくれました。

子守神社としての津島神社が。。。。。

そして津島神社の神紋は、木瓜紋。

空海由来のお寺が、今でも行っている不思議な厄除け神事、

「きゅうり封じ」 

きゅうりに禍となるものを封じ込めるこの神事と、姫の封印が繋がってきました。

「きゅうり=祇園=津島神社の神紋=スサノオ=牛頭天皇」

きゅうりとは、牛頭天皇そのものをあらわしていたのではないでしょうか。

そして、その中に禍とされた 姫の魂を封じ込める。

それが、このきゅうり紋に隠された意味。

*津嶋神社
*祭神:スサノオ命
*香川県三豊市三野町大見甲6816-2

まずは、陸側におかれてある 津嶋神社。
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そしてここから津嶋へ渡ります。
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この橋を渡ると向こうに見えるのが
津嶋神社です。
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海の上の子守神、津嶋神社
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そしてここ津嶋神社へ行くために、ここにある駅は
念に一度だけ夏の大祭の日に電車が止まります。

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今から三年前。
まだ、この神社の存在も知らなかった頃。
岡山行きの特急列車に乗って、この駅を通り過ぎました。

それまでうとうと寝てしまっていたのに、
パッと目が覚め、なんとなく窓の外を見ると、海の上に浮かぶ神社が目に飛び込んできました。

ここはどこなんだろう?と電車の中から
何か目印になるものはないかと探すと、「三豊」の文字が見えました。

携帯で三豊の地図を探し、海の上に浮かぶ神社を探しました。

そして見つけたのが、ここ津嶋神社でした。

あの日から約3年。

島に渡ることはできませんでしたが、やっとくることができました。

まるで誰かにおこされるように、一瞬で通り過ぎてしまうこの神社の目に前で目が覚めたのは
もしかしたら、偶然ではなかったかもしれないと最後にこの光景を見た時思いました。

帰る直前、
津嶋神社の上から、何本もの光が雲の隙間から降りてきました。

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by ldc_nikki | 2012-09-01 02:15 | 香川県 | Trackback | Comments(2)

こんばんは。
先週は、久しぶりに旅行に行ったり、なんだか忙しくて
1週間もあいてしまいました。

8月も残りわずか。
まだまだ暑い日が続いていますが、夏バテなどしていないでしょうか?

今日は前回の続き、香川県三豊町です。

前回お話したように、
第71番札所 剣五山 千手院 弥谷寺には、
黄泉の国への入口とされる洞窟がありました。

そして、この弥谷寺から海の方へ山沿いを走ると
ちょうどその山へと入る入口があります。

その入口に小さな神社があります。

神社の名前は、

「河上神社」

ここに、瀬織津姫が祀られています。

山沿いを沿うように道がつけられているのですが、
まるで、海から弥谷寺へ案内されるかのように、神社がありました。

お寺へ行く間には、
黒戸山という山があり、その山を越えると、黄泉の入口へとつきます。

この山の名前も、まるで黒いドア。黒い入口と言わんばかりの名前。
そしてその山の麓には、姫が祀られています。

少し高台になったこの入口にたった時、
この山が姫の山だったことがわかりました。
そしてその更に下の入口。海から陸へとあがるその場所には、
もう一つの神社があります。

ここから海を見ると、
小さな岩の島に鎮座されるその神社と、この河上神社は一直線上にあり、
更に、その先には、黄泉の国への入口。
姫がこの山に祀られていたことをこの二つの神社が
教えてくれていたのです。

山の中に隠れるように鎮座される小さな神社は、
今も姫の名前を残しています。

黄泉の国(死)の女神とされてしまった姫の姿が、
ここ三豊にはっきりと残っています。

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鳥居の向こうは、ひざ上まで草が生い茂り、
行きは周り道をして拝殿に向かいました。

拝殿につくと、拝殿の周りもこんなに草が生い茂っていました。
夏なので少し怖い気持ちもありましたが、思い切ってこの草の中を
かき分け拝殿へ。

すると、どこからともなく黒い蝶が現れました。

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しばらく誰も参拝する人がいなかったのかもしれません。
でも、こうしてここに存在してくれていることが、とてもありがたく、静かに参拝させて頂きました。

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帰りは、思い切ってこの草の中を鳥居に向かってまっすぐ歩いて帰りました。

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すると、木々の隙間から海が見えてきました。

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そして鳥居を出て見えたものは、
海の入口に鎮座する神社の社でした。

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今は、この海の上の神社には姫の名前はありませんが、
ここに祀られる神さまが姫のことをあらわしているのだと、
確信した瞬間でもありました。

荒ぶる神、スサノオ命が、姫と同体だということが。。。。。






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愛姫伝神社・お寺・観光マップ
by ldc_nikki | 2012-08-26 23:49 | 香川県 | Trackback | Comments(0)

こんばんは。

今日はまず感謝のことば。。。

7月30日から始まった写真展が、今日終わりました。
会場だった銀行の方々にもとても喜んでいただき、また、多くの方がご覧になっていたことを聞きました。

地元今治で初めてさせて頂き、不安な気持ちもありましたが、
私の書いた説明を熱心に読んでくださる方がたくさんいたことを聞き、
本当に感謝の気持ちでいっぱいになりました。

前回は、初めてでまったく気が付かず、感想ノートを置いていなかったので
今回は、会場においていました。

ドキドキしながらノートを開けると、
ほんのわずかな数でしたが、書いてくださっていました。

緊張しながら読んでみると、
そこには、感謝の気持ちがつづられていました。

何度も足を運んでくださったかたもいらっしゃいました。
写真の前で参拝をしてくださった方もいらっしゃいました。
そして、またぜひ開催してくださいと書いてくださっていました。

そして、最近神社へ行くことがなくなったけど、神社へ行ってみたいと思います。
と。。。。。。

前回の写真展の時もそうでしたが、
ほんのわずかでも、神社や神社の歴史に興味をもってくださったこと、
そしてなにより、心に何かを伝えることができたことが、何よりもうれしく開催してよかったと、
また、神社のことを辞めなくてよかったと思う瞬間です。

写真展にお越しの皆様が、このブログをご覧になっていないかもしれませんが、
この場を借りて、心からお礼を申し上げたいと思います。

貴重な時間を、写真展に費やしていただき本当に感謝申し上げます。

これからも、もっともっとみなさまの心に何かを伝えることができるよう、
初心を忘れず続けていきたいと思います。

神社の歴史を調べること、古代の封印の謎を解くことも大事なことの一つだとは思っていますが、
私自身その中で多くのことを学ばせて頂いたり、気づかせて頂いたり、心安らかな気持ちにさせて頂いたり、さまざまなことを考えるきっかけを与えて頂いたりしています。
それは、瀬織津姫という女神さまを知ることがなかったら与えられることのなかったことばかりです。

だから、私も、私が姫を伝えることで、一人でも多くの人の心に何かを伝えることができればいいなと思っています。

まだまだ未熟ものですが、これからも末永くどうぞよろしくお願いいたします。
本当に、ありがとうございました。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

では、あれから一か月以上たってしまいましたが、
今日から香川県の神社をご紹介したいと思います。

香川県へは今回初めて入ることができました。
行きたい所はたくさんあるのですが、今回私が向かった場所は、ずっと前から気になっていた場所
香川県の三豊です。

三豊そして観音寺は、姫の神社もありそれ以外にもなぜかとても気になる神社がありました。

全てをまわることはできませんが、行く前日、気になる所を全て地図に記して、
その中で行く場所は、実際に現地に入ってから決めることにしました。

いつもそうなのですが、前もって決めて行っても、なぜかその時になると全く違うところへ行っていたりします。

だから今回も、後はその時に自分たちの心が向かう所へ行くことにしました。

するとやっぱり、いざ高速にのり現地が近くになると、
なぜか前日にここで降りようと決めていたところが来ても降りる気持ちになれず、もう一つ先のインターまで
車を走らせました。
そしてインターを降りて、右に行くか左に行くかというところで、なぜか当初はここはいけないかなと思っていた方向へ曲がってしまったのです。

その先にある場所は、

四国八十八か所第71番札所 剣五山 千手院 弥谷寺。

ここは、前日はとりあえず記をつけたところでしたが、正直あまりよく知らないお寺でした。
でも、なぜか一番初めに選んだ場所がここでした。

でも行ってみると、香川の八十八か所の中でも特に意味のある場所で、
姫との繋がりがとても濃い場所、また、四国でも3つしかない、黄泉の国への入口だったのです。
そして更に、この後行った二つの神社が、この弥谷寺と繋がっていることに次の神社についた時に気付いたのです。

これは、書物の上では決してわからない、その場に立たないとわからないことでした。

今日はまず、この第71番札所 剣五山 千手院 弥谷寺からお話します。

千手院 弥谷寺のご本尊は、その名前の通り

「千手観世音菩薩」 

姫に繋がるとされる仏さまです。

しかし、それ以上にこの場所は、弘法大師もあるところで例えたように、
黄泉の国と関係のある場所だったのです。

この山は、古来から霊山信仰の山とされていて、亡くなった方が仏の世界へと旅立つ場所。
それは、四国に三つしかないと言います。

一つは阿波の切幡寺、一つは伊予の岩屋寺、そしてもう一つがここ

弥谷寺です。

ここ弥谷寺には、古来から死者が黄泉の国へと旅立つと言われる洞窟があります。
そしてこの洞窟が、極楽浄土への入口だったのです。

現在でもこの信仰は残っており、この水場の洞窟に、水経木と呼ばれる真言を書いた木札を
おまつりし、山頂から流れ落ちる霊水で経木を洗い清め子孫末裔が現世で安穏に過ごせるように
多くの方が参拝されているそうです。

「黄泉の国への入口」 「山頂から流れ落ちる霊水での清め」

これはどちらも姫の神格をあらわしています。

以前、沖縄のお話の時にもお話しましたが、
ここは、姫の 「子宮への入口(沖縄でいうホト)」 と同じです。

「子宮とは、誕生する場所でもあり、再生(黄泉がえり)の場所でもある」

古来の人々は、古墳を前方後円墳を代表するように、
子宮をただ誕生する場所とは考えていませんでした。
それは、死者の向かう場所でもあったのです。

古墳とは、姫の子宮を意味していたのです。

一つの命が終わり、新たな命として再生、誕生する場所、
それが、古墳であり、子宮だったのです。

また、洞窟も同じ。
洞窟の奥には、龍が住んでいると考えられていたように、
洞窟もまた、子宮への入口だったのです。

そして、仏によって黄泉の国の女神(古事記で言えば伊邪那美神)とされたように、

「黄泉の国、死者の向かう場所」だけを強調されてしまったのです。

ですが、ここでもその洞窟の前で今の残る信仰は、
姫を祀っていたと思われる山、「弥谷山」の山頂から流れる落ちる姫の霊水によって
清めることにより、子孫末裔まで現世で安穏に過ごせるとされていました。

弘法大師は、この洞窟のすぐ側にある「獅子の岩屋」で、
7歳の頃学問に励んだとされています。
この場所が、弥谷寺の奥の院です。

本当にここで7歳の時、学問に励んだかどうかはわかりませんが、
ここが仏によって黄泉の国への入口にされてしまった、姫を祀る場所だということを
知っていてこの岩屋にこもったのではないでしょうか。

四国の三つのうちの一つの黄泉の国への洞窟がある弥谷山。

この山が、姫を祀っていた山だということは、この後お話する二つ神社が教えてくれています。

そしてまた、
この山がある三豊は、今治や岡山や神戸と同じ時期に同じ一族が住んでいた場所。
それは、卑弥呼がいた時代と重なる時代をさしています。

なぜなら三豊にも、
あの沖縄から持ち帰った貝殻でつくった腕輪が見つかっています。

岡山と神戸は、今治と繋がっていたことは、
大山祇神社の文献からも見られます。そして、同時期のものとされる腕輪がこの場所から見つかったことは、
この三豊も、同じ志、同じ想いを持つ人々が暮らしていたことを意味するのだと思います。

*第71番札所 剣五山 千手院 弥谷寺 けんござん せいじゅいん いやだにじ
*香川県三豊市三野町大見70
*本 尊: 千手観世音菩薩
*開 基: 行基菩薩

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鐘楼
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護摩堂
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そしてここが黄泉の国への入口の洞窟
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弘法大師が刻んだとされる
弥陀三尊磨壁仏またの名を「磨崖仏(まがいぶつ)」
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本堂
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大師堂への入口
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大師堂
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大師堂から奥の院「獅子の岩屋」へ行く廊下から見える
洞地蔵尊
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そしてこの奥の真っ暗な岩屋の中に、
大師像、阿弥陀如来像、弥勒菩薩像が安置されています。
(写真はのせていいのかどうかわかりませんので、今回はのせないようにしようと思います。
ぜひ、機会があればその場でご覧くだいませ)

「子宮」

古代の人々は、子宮を今の人以上に特別なものとしていました。

古墳、洞窟、貝、海、湖、そして龍体である日本の子宮とされる場所。

それは、どれも誕生と死、再生、全てのものを生み出す場所。

そしてその子宮と女神は同じ意味を持っていました。

日本だけでなく、世界中で同じように。

私は今日友人からこのタイミングで、子宮、命に繋がるあることを聞かされました。
それは神社とは全く関係のない話題の中で。
そしてそれは
現代の私たちにももしかしたら関係することがあるかもしれないこと。

私は、このことを聞いて家に帰ってから
いろんなことが彼女の言ったその言葉で繋がり、なぜか全身震えが止まりませんでした。

日本人の考えは、1300年たっても何も変わっていなかった。

それは今ここでまだお話することはできませんが、
この 「子宮」 に対する古代の人々の考え方が、封印の意味、そして新たな国をつくる重要な鍵を
にぎることは間違いないのではないかと思います。

そして、それは、今も知らず知らずのうちになのか、日本人の魂がそうなのか、
今も受け継がれている。

姫を封印したにも関わらず、完全に封印できていないのは、
全てを誕生させる場所とされる、女性しか持つことができない 
「子宮」にあるのかもしれません。



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by ldc_nikki | 2012-08-18 02:45 | 香川県 | Trackback | Comments(8)

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