<   2010年 12月 ( 19 )   > この月の画像一覧

こんばんは。

2010年も、今日で終わり。
新しい年まで、24時間を切りました。

皆様は、2010年、どんな年だったでしょうか。
1年、過ぎてみればあっというま、
でも、1年間を振り返ってみれば、
いろんなことがありました。

年の初めには、
想像もつかなかったような出来事が
起こっています。

世の中は、暗い話ばかりだから、
本当は、幸せは近くにたくさんあるのに
気づかなくなってしまってはいないでしょうか。

幸せは、幸せな心から生まれる。

今年振り返ってみて
私は、そんな風に思います。

2010年に起こった全てのことが、
来年2011年に繋がっていく。
よい方向に導くのも、悪い方向に導くのも、
自分自身の心。

辛いことも、全て受け入れ、
新しい年を迎える。
そして、人と比べるのではなく、
小さな幸せに気づき、その幸せを積み重ね、
自分の本当の心の声に気づき、
それぞれの歴史を作っていくことが、
本当に幸せになれる道。
そんな風に思います。

2011年が、素晴らしい年になりますよう
願いながら、今年最後の記事を書きたいと思います。

今年一年、いろいろな神社やお寺に
行ってきましたが、やはり、私の原点は、
「瀬織津姫」

大山祇神社を作ったと言われる、小千命の大浜八幡神社で始まり、
今年最後は、つい最近、瀬織津姫が、祀られていることがわかった、
大山祇神社より勧請奉斎したと伝わる、
伊予双海の三島神社。

今年最後に、この三島神社に行ったことにも
何か、とても不思議なご縁を感じてなりません。

*三島神社 
  伊予市双海町高岸甲1320

*〔主祭神〕 大山積神

*〔配神〕瀬織津姫神、 雷神、高靇神、少彦名命、猿田彦命

*〔境内神社〕 高岸神社(味鉏高彦根命)
          出雲淡島神社(大国主命、少彦名命)
          猿田彦神社(猿田彦命)
          床浦神社(大地主神)
          住吉神社(表筒男命、中筒男命、底筒男命)

*〔例祭〕 10月22,23日 秋祭り

*〔特殊神事〕 一二月大祓祭

*〔由緒沿革〕 
  元明天皇和銅五年八月勅詔により、
  神亀元年八月二二日越智郡大三島鎮座大山祇神社より勧請奉斎し、
  伊予一四郷各郡の一宮の一に列せられ、由並郷八ヵ村の大氏神である。
  「有形文化財」
  二重門 この二重門の特徴は、扇垂木と蛙股であり県下でも稀な二重門である。
  シイノキ群 三島神社の森には数多くの広葉樹が自生しており中でも
  シイノキは境内自然林の主要な部分を占めている。
  巨木は7本あり、最も大きいもので幹の周りが4.1mある。
  主幹が空洞になるほどの古木もある。
  
ここは、夕日の町、双海町のシーサイドパークという
海の公園、道の駅のすぐ側、海岸沿いを走っていると
左側に鳥居が見えてきます。

海のすぐ側が、山になっていて、
神社も、その山の麓にあります。

海側から、まっすぐのびる階段を上り、
双海の海が、一望できる場所に、神社はあります。

境内は、とても不思議な空気が漂っていました。
この日は、とても風が強く、とても寒い日で
階段を上っている時は、海側から風が吹きつけ、
飛ばされそうになるくらいだったのですが、
境内に入り、拝殿の横の、出雲神社の前に行った時でした。
さっきまで、ものすごい風と、冷たい空気で
凍えそうだったのに、 その空間だけ風がほとんどなく、
不思議なほど、温かい空気。
まるで、何かに包まれているかのようなそんな気さえしました。

一緒に行っていた相棒も、
やはり同じように感じたらしく、
「ここ、温かいよね。」 と。
(やっぱり、私と同じように感じてたんだ・・)

小千命の子孫である、河野家は、
「瀬織津姫」を、一切の世間の苦悩を度す(救う)女神として
信仰していたそうです。

それは、まるで、十一面千手観音のようです。

千手観音の千とは、
無量円満を意味し、
全ての生き物と人々を救う事を象徴とされています。

瀬織津姫は、単に、世の中の汚れが穢れを
海へと流す、大祓いの中の1柱ではなく、
もっと、大きな意味を持つ、女神様かもしれません。

では、三島神社です。

鳥居
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神門
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神門からの景色
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更に階段を上ります。
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階段の途中で
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階段の途中に
「住吉神社」
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ご神木
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拝殿まで、もう少し
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狛犬(初めてみる形でした)
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拝殿
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この場所に来たとき、
風が止まり、温かい空気が、、、、
本殿
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出雲淡島神社(大国主命、少彦名命)
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猿田彦神社(猿田彦命)床浦神社(大地主神)
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高岸神社(味鉏高彦根命)
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境内
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最後に、
双海の海、そして、遠くには、興居島も。
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双海の三島神社でした。

双海は、夕日がとても美しい町です。
海の向こうは、九州。 この海を舞台に、
さまざまな、歴史が刻まれていったのでしょうね。

そして、瀬織津姫を配祀とする、三島神社は、
1000年以上、この海のさまざまな歴史を見続け、
見守ってきたのですね。

来年も、たくさんの愛媛の素晴らしい歴史と
その歴史を見守り続けてきた、神社やお寺を
紹介していきたいと思っています。

今年、一年本当にありがとうございました。

来年も、どうぞ宜しくお願いします。

最後に、もう一度、 
「瀬織津姫物語」 です。 

よい、お年をお迎えください。

(合掌)





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by ldc_nikki | 2010-12-31 02:01 | 愛媛県伊予市 | Trackback | Comments(0)

こんばんは。

本日のブログ、もう少しで、完成!
というところで、ちょっとパソコンを離れている間に、
全部、消されてしまっていて、
また、一から やり直し!!!

こんな時間になってしまいました。。。。

時間がかかる記事だったので
かなりのショック。。。。。。

もう一度、
これから、書きなおしです。。。。


今日は、今治に残る 鉄人伝説のお話です。

 (鉄人伝説)・・・・・・・小千益躬

人皇三十四年代推古天皇(600年前後)の時代、
西アジアの部族である、靺鞨(まかつ)
という国に、年中、羊を飼いながら、遊牧の旅をつづけている、部族がありました。
この部族は、鉄器を甲胄として武装しているうえ、身長・体重が人なみすぐれ、
筋骨隆々として見るからに、逞ましい男たちでした。
その中に、首領の特別勇猛な、鉄大人と言われる男がいました。

鉄大人は、八千名の家来を連れて、三韓(朝鮮半島)を攻略し、
さらに兵船数百艘に乗り、九州の肥後国(今の熊本県)に押しよせてきました。

九州では多くの軍勢を集めて、防ごうとしましたが、
大将の鉄大人は、神変不思議な術を使います。

前後を囲もうとすれば、風を起こし、雨を降らし、
大きく平たい岩石で、川を埋め、
その身を、鉄でまとい
独り身で、城を抜き、雲を呼んで楯とし、城を落としてしまいました。

人々は、力尽きて、城を明け渡し、
味方を討って、鉄大人に味方するものが多数。

鬼神と言われ、恐れ、村人を、全て山林に隠し、
九州は空っぽになってしまいました。

このの様子を知った天皇は、
日本諸国へ、鉄大人をうちとるよう言いました。
しかし、なかなか、倒すことが出来ません。

そして、伊予の小千益躬は、特別に推古天皇より、命をうけ、
直ちに鉄大人軍の討伐準備にとりかかりました。

そこで、小千益躬は、七日間、氏神である大三島の大山祇神社に祈願に行きます。
その7日目の夜のこと、
神前で思わず、うとうとしている時に、激しくも、快よい香のにほいと共に、
一つの矛をもった、神の御使いをする童が出て来てきました。

「我は明神第三の王子なり。
汝益躬は神から託されたことを明らかにせよ。

今、汝にこの矛を授けにきました。
この矛を受け取りなさい。
そして、鉄大人のを倒すのです。

そなたの名、益躬と呼ぶのは、
この兇賊を征する為に、神がつけたのである。

異国の夷(えびす)野蛮人など、恐ることはない。
けれども、軍(いくさ)に出る、
人々を多く失うことが、心配である。
鉄大人は、魔術を使うと言われているが、
これは、悉(ことごとく)妖術(まやかし)にて、本当の魔術ではない。

きちんと見ればは、それが、まやかしだということがわかるだろう。
剣戟(つるぎほこ)で切りつけても、切れないのは
常に刀を溶かす薬を体全体に塗っているからだ。
しかし、九穴手足のうち、胸腹には塗っていない。

その隙間を見つけて、矛で貫き刺せ。
そうすれば、家来達は、すぐに降服するだろう。

矛を鏃(やじり)にして、かくして持て、その矛の魂は
これである」と言って、目がさめた。

小千益躬はこの神のおつげを肝に銘じて、鉄大人の軍勢が
都へ攻めのぼろうと、数百艘の舟をならべて、関門海峡に浮んでいる所へ、
一隻の船で行って、鉄大人に対して、にせの伏文を渡しました。

鉄大人は、小千益躬のような、瀬戸内海の地理にくわしく、
海上の勇士を従者することができたのを大変喜んで、益躬を自分の家来にし、
益躬を片時も、鉄大人のそばを離しませんでした。

益躬は、鉄大人の質問にてきぱきと返答し、すべて益躬の言の
通りであったので、信用し、遂には、益躬は鉄大人から、
瀬戸内海東征の指揮権をまかされるようになりました。

そこで、益躬の指揮する、鉄大人軍を、播州高砂に上陸させ、船をここに乗り捨てた。

益躬はこっそり、2000の兵を鉄大人の軍内に交え、
また、陸上に、三百騎を準備し、陸路は
できるだ限り通らないで、海岸ぞいの路を進んで、印南郡二見浦に着し、
さらに、清水の里にて、三島大明神に願いました。

すると蟹が坂を通り、鉄大人の馬が後しざりして前に進まなくなってしまいました。
あれこれしている所を、益躬は時をみはからい、
鉄人の足をとって馬から引きおとし、
鉄大人が、しりもちついて倒れるところを、
ずっと、かくし持っていた鏃(やじり)の矛で、のどふえから心ぞうまで刺し徹し
益躬は、従者に相図の貝を吹かせ、隠していた2000の士卒を一度に立ちあがらせた。

さすがの鉄大人も、なすすべもなく、命を落としたのでした。

益躬は鉄大人の首を取り、「夷賊を討ち取れ」と叫ぶと、
鉄大人に従っていた九州勢も、降参して、
益躬の軍に合流して、右往左往する、鉄大人ら異国の兵どもを、
思うままに攻め亡ぼしたのです。

ここで益躬は鉄大人を討ち取った矛を神とし、
播州大蔵谷の三島大明神とし、生残った異国兵は追放し、
鉄大人に従軍していた、九州勢はそれぞれ国に帰して、
戦後の処理を充分終わって、伊予に戻ってきました。

戻った益躬は、この戦いで命を落とした兵士たちの魂を弔うために
東禅寺を、建立しました。

また、益躬の死後、文武天皇は、鉄大人うち取りの勲功を章して、
鴨部座大明神と祝い祭り、現在の、鴨部神社が出来たと言われています。

今日は、その鴨部神社と、東禅寺を紹介します。

まずは、鴨部神社です。

*鴨部神社
今治市旭町5丁目2番27号

*祭神:小千益躬

*御神徳:開運

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*東禅寺

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小千、越智、河野氏のお寺は、真言宗で、
弘法大師も必ずと言っていいほどいらっしゃいます。

大山祇神社=大山積神=小千=越智=河野=瀬織津姫=空海

今年いろんなところを調べ、
これらが、全て、繋がっていて、
愛媛だけでなく、ここから、神社や、神々、そして、
日本の歴史の一部が、見えてくるのではないかと
そんな気がしています。

小千、河野氏も、大山積神を氏神とし、
ずっと崇拝していきながら、瀬織津姫も、氏神として
崇拝してきているということがわかってきました。
そして、真言宗=空海(弘法大師)も、河野氏が
信仰し、広がって行ったようです。

瀬織津姫から始まった神社めぐりが、
いつのまにか、愛媛だけでなく、もっと多くの意味を
探す旅に。

今年も後、二日、
今年最後の記事は、ほとんど誰にも知られていない
瀬織津姫の神社をご紹介したいと思います。

今日も、ありがとうございまいした。

最後に、、、



おやすみなさい☆










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by ldc_nikki | 2010-12-30 04:08 | 愛媛県今治市 | Trackback | Comments(0)

イズで紹介されました

こんばんは。
本日の記事 2つ目です。
前の記事は、朝倉から移された仏像です。

12月25日号で、
愛姫伝が、初めて紹介されました。

愛媛の今治、西条近辺の
神社の紹介をしています。

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このような形で
記事を掲載していただき、
また、紹介をしていただき、心から感謝しています。

ありがとうございました。

後ほど、
また、神社の記事をアップさせていただきます。
日づけが変わる頃になるかと思います。

今日の、お話は、
今治の祖 「小千益躬」 の鉄人伝説です。



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by ldc_nikki | 2010-12-29 22:10 | 日記 | Trackback | Comments(0)

こんばんは。
今日は、午後から凄い風。
午後から、病院へ荷物を運ぶので家を出ようとした時
凄い雷と雨。
横殴りの雨に、この時期に雷?

5分くらい車を走らせ、病院まで後少しの所で、
西の空に、青空が見え始め、
太陽の光が差し始めました。

「不思議な天気だね~。
でも、こんな時は、虹が見えるかもね」

そう言ってふと 横を見ると、

「わ~ 虹が出てるよ~!」

絶妙なタイミングで、東の空に綺麗な虹がかかっていました。
雷がかすかに聞こえる中、
見えた虹。 でも、ほんの数分で、虹は消えてしまいました。

丁度信号が赤になったので、車の中から
撮影しました。 
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・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

今日は、
四国最古の仏像が
朝倉から、北条へと移されたという、伝説です。

先日朝倉のお話の時にも、何度も出てきた
斉明天皇。 二度天皇になられた女帝。 数週間前、
奈良で、古墳が見つかり、話題になった、天皇です。

斉明天皇は、数回、朝倉の地へと来られたという伝説が
残っていますが、この仏像は、斉明天皇が、天皇の御祈願として
建立された、朝倉のお寺と深い関わりがあります。

斉明天皇は、行司原行在所におつきになると早速、
天皇の御祈願の寺として、朝倉の浅地に阿弥陀如来を
本尊とする「車無寺」を建立しました。
そして、その山号を両足山といいました。(室町時代末には、この山を竜門山と改めた)

「車無寺」は、斉明天皇の祈願所でしたが、
故に天皇院と呼び、また年月を経て後、
伊予皇子を御養育されたため、
案養院ともいいました。 (このお話も、また、別の機会にお話します)

最初の住職は、御生国は山城の国で、
斉明天皇に随伴してきた、無量大現でした。

そのため、車無寺のことを、開祖、無量上人の名をとって、
次代宥量上人の時、無量寺と改められました。

この無量寺は、浅地に移るまでの約1年余りは、水の上に仮りの寺がたてられ、
古寺、大門、御門、京僧などの名を今も残しています。

それから、白地の南越山の隣の浅地の所へ本格的な寺院を建立して、
水の上の仮りの寺院から
本尊、阿弥陀如来の仏像をひきとって祀ったのが車無寺です。

更に、小千守興の発起によって、
浅地の北端に、金堂というお堂を創建して、丈余(1~2m)
の薬師如来を安置されました。

それが、その後、小千守興の命令によって、
この大像の薬師如来は、風早郷、難波村字庄に薬師堂を
建立して、そこへ移転したのだと言われています。

それが、北条の 十輪寺 「薬師堂」です。

今もこの薬師如来の丈余の大像及び脇守護物の大像
は、この十輪寺の薬師堂に残っていて、
国の重要文化財となっています。
  
そして、難波村字庄の薬師堂へ移した薬師如来像のあとは、
小さな像の薬師如来を、この朝地の金堂に
まつり、長円寺(朝円寺)と呼んでお祀りをしていたのですが、
今は廃寺となり、本尊は、無量寺に収めて祀っています。

今回、北条の三島神社に行った後、
縦の虹と、太陽柱を見て、その光に導かれるように、
なんとなく、通った道の途中見つけた、
小さな 「薬師堂」の看板の方向へと行ってみると
このやはり数週間前にこの仏像の存在を知り、
一度、行ってみたいと思っていた、その場所へと
たどり着きました。

看板の前に立てられていた
金毘羅大権現

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そして、薬師堂です。
ここに、約30体の仏像が安置されています。

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*木造薬師如来座像
愛媛県下で最も大きい木像。
座高2.5m、腰幅1.85m、総桧材の寄木造りの座像で、
昔から諸病平癒に霊験あらたかなお薬師様として、
信仰されています。

*木心乾漆菩薩立像
センダンの木の一木造り。
県下では最も古い彫像として注目されている。

*木造菩薩立像

*仏像群
大小、約30体の仏像が安置されています。
薬師如来を中心として十二神将の一部と吉祥天、帝釈天など、
これだけの、仏像が同じ場所に、安置されているのは
大変珍しいそうです。

薬師堂に行った後、
もとの道へと戻り、なんとなく気なる方向へと
行ってみると、
そこに、十輪寺がありました。

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入り口が、
まるで神社。

ここで、住職さんに出会いました。
話をしている間に、真っ暗になってしまい、
お寺の写真をとることが出来ませんでした。

でも、貴重なお話を沢山伺うことが出来ました。

十輪寺は、檀家のいないお寺。
現在の住職さんんが、来られるまでは、
廃寺のようになっていたそうで、
最初は、大変だったそうです。

大阪から、7年ほど前に、この地へと来られたという
現在の住職さんは、なんと、河野家の子孫。
河野家にとって、とても大切なお寺が、廃寺になってしまっていたので、
呼ばれたのでしょう。 とおっしゃっていました。

火事で、古い文献が全て焼かれてしまい、
はっきりしたことが、わからなくなってしまっているとのこと。
朝倉から、仏像がこのお寺へと移されたのは
どうしてなのか。。。
その理由も、はっきりとはわからないということでした。

朝倉村誌には、
小千守興が、この地へと移すよう
命じたとあります。
戦地より、帰国した、守興が、
この地へと、仏像を移したのはどうしてなのでしょうか。

小千から、越智へと移り、そして、
河野家が、この地で誕生したことに、
もしかしたら、繋がるのかもしれないと。。。

年が明けたら、
もう一度、十輪寺に行き、今度は仏像を
見せていただきたいと思っています。

その時は、また
ご報告させていただきます。

最後に、
十輪寺から見た、北条の町、
そして、鹿島です。

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目の前に 鹿島が見える 河野家の歴史が刻まれたこの場所。
何だか、とても不思議な感じがしました。

北条の中でも
とてもパワーの強い場所だと
住職さんもおしゃっていましたが、人口的に
川を流れを変えてしまったことが
とても残念だとも。。。

もとの、川の流れに戻すことが
必要だとも、おっしゃっていました。

人が、人の都合で変えてしまった
町の形。 これはここだけではありませんが
これ以上、変えてほしくはないなと、
私も思います。

今日も、最後まで
ありがとうございました。

お休みなさい。


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by ldc_nikki | 2010-12-29 00:22 | 愛媛県松山市北条 | Trackback | Comments(0)

こんばんは。
クリスマスも終わり、今年も後1週間を切りました。

大晦日まで カウントダウンが始まりましたね。
明日が、仕事治め。という方も多いのではないでしょうか。
私は、明日は午前中で終わり。
午後からは、お休みになります!
でも、私の家は、一年中で、これから年末までが
一番忙しい時期に突入するので、
これから31日までは、家の手伝いです。


皆さんは、
年末年始、どのように過ごされるのでしょうか?

今日は、現在は松山市 昔は和気 の神社をご紹介します。

もう、ここをずっとご覧になっている方は
何度も聞く名前だと思いますが、

私の出発の神社
大浜八幡神社は、乎致命の発祥の地と言われていますが、
乎致命をお祀りする神社が、愛媛には、
6社あると言われています。

今まで、今年一年いろんな神社に行ってきましたが、
考えてみると、乎致命がお祀りされている神社は、
大浜八幡神社以外まだ、行ったことがありませんでした。

そこで、今回は、
乎致命と深い関わりのある、和気の地の神社に行ってみました。

和気は、ずっと前に紹介した、
乎致命の母の名前でもあります。

三津沖に見える 興居島は
和気姫の島とも言われ、乎致命はここから
海へと流されたという伝説も残っています。

そして、ある説では、この和気郷の海へと最初に着き、
それから、今治へと行ったとも。

そして、この和気郷 現在の三津は
子孫である、河野家の本拠地だったと言われる場所もあります。

そして、この神社がある、勝岡という地名は、
小千御子由来によるものだと。

*勝岡八幡神社(旧郷社)=松山市勝岡町

*主祭神:乎致命、品陀和気命、息長帯比売命、帯中日子命、三女神、
  例祭:10月5日
  特殊神事:神輿の一体走り。
  
*由緒沿革:饒速日命の神孫、小千御子が、応神天皇の御字に小千国造に任じ、白人の城に拠り、
凶賊を平らげたので、その地を勝岡と名付け、四州に館し、庶民に仁孝を施したという。
後に、御子を中村山に奉斉し、白人宮と称えた。永享年間、火災により、神殿、社記、宝物
を焼失したので、現在の地に宇佐八幡を勧請し、勝岡八幡神社と改めた。


ここ、勝岡八幡神社は、近くに
四国八十八カ所が、2箇所あり、 この辺いったいは
昔から、とても霊験あらたかな場所だったようです。

そして、先日夕日の写真をご紹介した
白石龍神社は、この神社の末社になり、
ニギハヤヒの太陽信仰の神社。

風早と、隣の和気は、
古来より、ニギハヤヒの子孫である 乎致命、
そして、越智、河野家によって作られていったのであろう
場所がたくさんあります。

では、神社の写真です。

大きな一の鳥居が、神社の数百メートル前に
ありました。

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そして、境内に入る鳥居

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狛犬
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拝殿へと続く階段
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階段の途中にある
たごりがみさま
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昔、勝岡町岡本宗紀氏という家の南門の前に、
小さな祠がありました。
おばあさんは、風をひいてこんこんと咳が
とまらない孫のために、三日間お参りを続けると
風邪がなおりました。
また、熱が下がらない子どものために
朝夕、お参りを続けると熱がさがったという伝説も。

そして、100年ほど前に、その祠が
この境内の中に、「たごりがみさま」として
お祀りされるようになったそうです。
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そして、ご神木。
境内のご神木には、とても強いパワーが
あるそうです。
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途中、境内社
「柳原霊社」
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そして、一番上に拝殿
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本殿
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とても立派な神社でした。
帰りに社務所へよって、朱印帳に書いて頂きました。

すると、宮司さんの奥様?が、
どこから来られたのですか? と聞かれたので、
今治からと、答えると、
遠くからよく来てくださいました。と 小さなお守りを下さったのです。

私は、いつも、
大浜八幡神社のお守りを持ち歩いているのすが、
乎致命が御祭神の神社で、
もう一つ、お守りをいただけるなんて。。。 
本当に、感謝です。

本当にありがとうございました。

そして、この後行った 白石龍神社の夕日を
もう一度。
この写真を見ると、思わず手を合わせてしまいます。
(合掌)
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今日も、ありがとうございました。
お休みなさい☆




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愛姫愛媛パワースポット地図
by ldc_nikki | 2010-12-27 23:41 | 愛媛県松山市 | Trackback | Comments(0)

メリークリスマス!

2010年のクリスマスも
もう終わろうとしています。

そして、今年も
残り1週間をきりました。

皆さんは、どんなクリスマスを
過ごされたのでしょう。

実は、地元東予地区だけの
フリー雑誌ですが、
初めて、愛姫伝の名前で、
東予地区の神社を紹介する特集をさせていただきました。

それが、今日、クリスマスの日に
発行。

このブログでしか、発信していない私のところに
夢のようなお話が、舞い込んでいたのです。

そして、このご縁は
「三島神社」 大山積神さまが繋いで下さったご縁だと、思えてなりません。
というのも、今回の雑誌の会社の隣に、
「三島神社」が。
更に、その三島神社のある場所は、古墳になっていて、
そこは、「乎致命」 (大山祇神社を大三島に鎮座した人)の
古墳だと言われているのです。

私の始まりの神社は、乎致命発祥の地でもある
「大浜八幡神社」 そして、大山祇神社は、私自身ともとても深い関わりのある場所。

本当に、感謝、感謝です。
ありがとうございました。

今日は、あわせたわけではないのですが、
三島神社を紹介させていただきます。

今日ご紹介する三島神社は、
風早の地(北条)にある、三島神社です。

地名が、「儀式」というところで、
私は、地図で、この儀式という地名が気になってしかたありませんでした。
ここで、昔、何か儀式が行われていたのかも。
そんなことを考えながら、行ってきました。

ここは、高縄山の北側の麓にある村で
美しい川沿いに道が続いています。
まずは、行く途中に見つけた小さな神社
「水天宮」です。

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大きな岩山の下に、
小さな祠がありました。
後で調べてみたのですが、詳しいことは
まだわかっていません。
でも、この岩のなんともいえないパワー。

これからこの地域に入らせていただきます。
とご挨拶させていただきました。

そして、儀式へ。

小さな、部落の中に
三島神社はありました。

*三島神社

*祭神 大山積神(おほやまつみのかみ)

*由緒 聖武天皇神亀5年戌辰8月に越智玉澄の創祀による。
久年中、浅海信孝、難波通頼が相談して社殿を造営した。
 文明年中に、河野七郎基臣が山屋神友に命じて
河野家の祖神の神像十六軀の古像を模刻させ、之を当社の社殿に祭祀する。

この神社は、
越智玉澄の創祀による。と書かれてあります。

越智玉澄とは、乎致命の子孫でもあり、
河野水軍で活躍した、河野氏族の、祖でもあります。

父、越智守興が戦いの為、朝鮮半島へと渡った後、
中国人の娘との間に出来た子どもと言われ、
父を探し、父のふるさとである伊予の国へとやってきた時に、
海の上で、母違いの兄、越智玉興と出会い、
この地を治めることになったという伝説が残っています。

そして、以前紹介した
今治にある、別宮大山積神社も
玉澄が建立したと伝えなれており、この後の、
数百年にわたる、河野水軍伝説や、正岡子規などの
子孫を生むことになる、祖。

このお話は、
また、日を改めて、順をおってお話する機会をもうけようと思っていますので、
頭の片隅に、覚えていただけたら、嬉しいです。

では、神社です。

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拝殿の裏に行くと
別の世界に行ったようでした。

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北条については、
まだまだ調べているところなのですが、
ここは、河野家にとって、
とても大切な場所だったようです。

今治と北条の繋がり。
歴史を調べて行くと、私達の今いるこの世界は、
多くの人のたくさんの歴史と積み重ね
作られてきたのだと、痛感させられます。

そして、
沢山のドラマがあったのだと
胸が苦しくなることも。。。。

いろんな思いを重ね作られた今の世界を
もっと大切にしなければいけないとも。

三島神社に行った帰り、
山からおりている時でした。

海の上に、縦にのびる虹が。。

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少しすると、左にも虹が。。。
そして、真ん中に、光を放つ太陽が。。

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ほんの数分間だけの、
光景でした。

あっというまに消えた、虹と太陽の光。
本当に、美しい光景でした。

今日も、ありがとうございました。

最後に、この曲を

世界の平和を願って。。。。。
お休みなさい。








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愛姫愛媛パワースポット地図
by ldc_nikki | 2010-12-26 00:06 | 愛媛県松山市北条 | Trackback | Comments(0)

こんばんは。
今日の夕方も、ふと空を見たら、
まんまるの大きな太陽が、西の空に
沈んでいました。

何人の人が、
この美しい太陽に気づいているかな?

同じ太陽でも、
毎日、毎日、全く違う姿を見せてくれる。
明日は、どんな太陽を見せてくれるのでしょう。

今日、こんな言葉を見つけました。


“心とは限界を設ける意識である。
もともとあなたは無限で完璧な存在だった。
その後、あなたは限界を受け入れ、心になった。”

            ラマナ・マハルシ


私達人間には、本当は
限界なんてない。

限界を決めているのは、
心。
自分が決める限界を
受け入れた時、限界は訪れる。
それが、人の心なのかもしれません。

だから、
心が限界をつくらなければ、
いつまでも、進み続けれるのだと
私も思います。

でも、
現実の生活のことを考えると
人は年をとるごとに、
自分で限界を作ってしまいます。

でも、
今の生活を続けながら、
少しづつ進むことだって出来る。
出来ない理由をつけて、
限界をつくっているのは、
心。
出来ない言い訳を考えるより、
続ける方法を考えるほうが
素敵なことだと思いませんか?


・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

今日の神社は、
前回の天満神社の境内社

素鵞神社

以前は祇園牛頭天王社と
称して、称疫病除けの神として崇敬篤かった神社でした。

そして、
明治43年高縄神社に合祀され、
昭和21年10月31日
天満神社の飛地境内社として分祀創立されたそうです。

祭神:(須佐之男命、奇稲田比売命)

出雲の神さま
ヤマタノオロチのお話で有名な
スサノオノミコトと 后の
稲田姫

夫婦神の
神社、出雲でも、縁結びの神さまとして
祀られています。

高縄山に行く途中の山の中、
ひっそりと、鎮座されています。

そして、この道も
美しい竹林が続いていました。

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そして、
拝殿がありました。

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でも、拝殿の前に行ってみると
本殿がない。。
神様も祀られていない。。。

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ここは、
今は、神様はお祀りされていないのかな。。
どうしてないんだろう?

そう思いながら、
周りの森の中を、見まわしていると、

あれ? あれは。。。。

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拝殿の後ろの杜の中に
小さなお宮の屋根が。。。

もしかしてあれが? 
そう思い、かすかに道になっている所を
上って行きました。

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すると、途中に、
ご神木のような木が。

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そして、
山の中に、小さなお宮がありました。

本殿です。

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小さな小さな 本殿ですが、
すぐ側まで、いくことができるからか、
いつもより、緊張が。。。

きっと、
この下の道を通るほとんどの人が
この場所のことを知らないだろうと思う。

こんな所に、
こんな素敵な場所があることを。

ここに、
導いて下さったことに
心から感謝します。


そして、最後に、
今日は、この曲です。

出会いは、素敵な出会いもあれば
時に、悲しい結末を迎える出会いもあります。
でも、私は、出会いが好きです。

喜びも悲しみも、
全てが、明日のためにある。
出会いを積み重ねながら、
次に繋がっていく。
全てを受け入れた時
全てが必要だったことに気づき、
出あったほんとうの意味に気づく。

どんな出会いも
大切なたからものです。

今日もありがとうございました。






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愛姫愛媛パワースポット地図
by ldc_nikki | 2010-12-23 23:49 | 愛媛県松山市北条 | Trackback | Comments(0)

こんばんは。

今日は、皆既月食の日でしたが
あいにくの雨で、見ることは出来ませんでしたね。

少し残念でしたが、
また次の機会までのお楽しみ。

次に見る時は、
今回見れなかった分、もっと素敵な月が見れるかもしれませんね。

月は、不思議です。
まるで、見ている自分の心を
映し出しているように思います。

気持ちがとても嬉しい時は、
月が笑って見えます。
逆に、とても悲しい気持ちの時は、
月を見ると、余計に寂しい気持ちになります。

私達の見えている景色、見えているものは、
もしかしたら、自分の心が映し出している光景かもしれません。

心が、変われば、見えるものも、
変わる。
今日の雨と一緒に、 悲しい気持ち
怒りの気持ちを洗い流し、
明日は、今日よりもっと素敵なものが見えますように。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

今日は、伊予の風早の地のお話です。
風早とは、現在の松山市北条のことです。

今治を開拓された乎千命の子孫が、
国の中心を、朝倉、今治から、この風早の地に
移し開拓し、平安時代には、伊予の国最大の豪族、
河野氏が誕生。

その、河野氏の城があったと言われる、 
高縄山。

今回の神社は、その高縄山の麓の神社。
そして、高縄山近くから撮った、風早の地と、伊予灘の風景です。

*天満神社

*祭神:菅原道真公(すがはらのみちざねこう)

*境内社:素鵞神社(須佐之男命、奇稲田比売命)

大変古い神社で、
神亀3年(726年8月)神殿再興の棟札があり。
河野氏が、伊予国一の豪族になる前から、
ここに祀られていたことになります。

風早の地の開拓地の中心が
高縄山であったとも言われていますが、
ここも、その時の重要な場所のひとつだったようです。

また、菅原道真公もここに立ち寄っておられ、
それより、天満神社という名前になったそうです。

では、まず神社の写真です。

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そして、高縄山から見る
風早の地です。
夕焼けに染まる、山や海。 
素晴らしい風景でした。

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河野氏の活躍は、
また、いつかお話したいと思います。

この山を舞台に、いろんなドラマがあったのでしょうね。

最後に、今日はこの曲です。
今度は、この曲も歌ってみようと思っています。
この曲だと、どんな動画になるかな。。。

毎日いろんなことがあると思います。
でも、明日も笑顔で。
きっと、願いは光になって届けられる。
きっと。。。。。 

おやすみなさい☆








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愛姫愛媛パワースポット地図
by ldc_nikki | 2010-12-21 23:38 | 愛媛県松山市北条 | Trackback | Comments(0)

こんばんは。

今日は、おばあちゃんの手術の日でした。
若い人なら、簡単な手術かもしれないのですが、
もう93歳。

全身麻酔の 胆嚢全摘手術。

まだまだ、
おばあちゃん孝行していない私。

元気になってほしい。。

昨日、四国八十八箇所のお寺と、
1社、神社に参拝してから、 
おばあちゃんのだんな様。 私のおじいちゃんのお寺(今は他の方が住職さん)に
おばあちゃんの無事を、お願いに行きました。

松山の、 勝岡八幡神社(今度紹介します)に行った後、
海岸線を通り三津方面へ。

その途中、
今年始めに行った、白石龍神社に
立ち寄ることにしました。

ここは、今年はじめ、偶然前を通りかかってみつけた神社で
たまたま、ここに初めてきた日が、鳥居の中に太陽が沈む日で、
太陽からの海の上を、拝殿にむかって一直線に光の道が出来る日
いう、奇跡の光景を見せて頂いた神社です。

祭神は、
豊玉姫命
彦火火出見命
豊玉彦命

まるで、
豊玉姫が、お産をされた場所が
この場所かと思うほど、美しいところです。


今回は、前に来た日と季節が違うので、
あの光景は見ることは出来ませんでしたが、
やはり、この場所は、特別な場所のような気がします。

拝殿へとまっすぐ続く光の道ではありませんが、
今回の、光景も、本当に素敵でした。

まずは、巨石。

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そして、鳥居
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眩しい太陽が、鳥居の中に沈む前でした。

遠くに見える島は、
和気姫のふるさと、そして、磐長姫のご神体と言われる
巨石がある興居島。

ここは、本当に特別な場所なような気がします。


そして、
この後、真っ赤な夕焼けに沈む
大きな太陽が、目の前に現れ、 そして、海の向こうに沈む光景が。。。

お寺に行き、
突然の訪問にも関わらず、中へと入れていただき、
初めて、住職さんの前で、一人でお経を読ませていただき
おあばちゃんの 無事を祈願しました。

そして、
ふと前の祭壇を見ると、 なぜか、そこに、
さっき見た太陽とそっくりの写真が、飾られてあったのです。

あれは、
もしかして、大日如来さまの太陽?

まさか、そんなことはないと思いますが、
本当に、そんな風に思えてしまうほど、驚きました。

そして、今日、
おばあちゃんの手術は、無事成功し、麻酔から
目をさましました。

本当に、ありがたい。 ありがたい。
言葉がありません。

一日も早く元気になって、
一緒に、おじいちゃんのお寺に行こうね。 おばあちゃん。

もう少し、いや、まだまだ、
おじいちゃんには、向こうで待っててもらおうね。

そして、
守ってくださった、神様、仏さまに心から感謝しています。

最後に、
(私は、大日如来さまの太陽だと思っている) 
夕日です。 

 「合掌」

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愛姫愛媛パワースポット地図
by ldc_nikki | 2010-12-20 22:55 | 愛媛県松山市 | Trackback | Comments(2)

こんばんは。
もうすぐ、一年で一番昼が短く、夜が長い日
「冬至」 ですね。

冬至は、毎年、12月22日ごろ。

今年は、世界時間 12月21日23:38
日本では、12月22日。

また、冬至は期間でとしての意味もあるそうで
次の節気の小寒前日まで。

そして、今年の12月21日は、満月で皆既月食です。

占星術では、冬至は常に「転機」を象徴し、
今回の月食は、今回の月食は「疑惑」が「確信」に取って代わり、
「恐れ」が「希望」と入れ替わることを暗示しているそうです。

今、世の中は、疑惑や恐れで渦巻いていますよね。

2011年に向けて、
みんなの心の中に、希望と確信が生まれますように。


・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
先日、
ユーチューブに、愛姫伝 第二章をアップしたところですが、
続けて、第三章を作ってみました。

今回は、
愛媛の「瀬織津姫」の神社や、それに関わる山や滝の映像です。

瀬織津姫は、
私にとって、特別な女神さまです。

今は、もう見ることが出来ない、
期間限定のブログで、ある方の夢に出てきた 姫の絵を見た時から
本当に、不思議なことが次々起こり、
今があります。

一時、
神社に行くと、よくないとか、
瀬織津姫は、寂しい女神さまだから、いかない方がいいとか
いろいろ、言われ悩んだ時もありましたが、

瀬織津姫の本を書かれている 著者の方に、
人の言うことより、自分の心を信じたらいいよ。 と言われ
自分を信じることに。

今も、ただ、自分の気持ちに正直に進むだけ。

進んでいると、時々起こる
不思議な出来事や、シンクロに驚き
新しい出会いや、発見に感謝し、
美しい景色に癒され、
また、次の場所へと行きたくなる。

瀬織津姫は、
もろもろの罪や穢れを
川から海へと流し、
新しい出発へと導いてくださる女神さま。

閉塞感がただよう今の世の中、
不満だらけの世の中、
未来に希望がもてない人々。

どんな人も
誰でも
何歳からでも
どんな状況からでも
新しい出発をすることは出来る。

これ以上罪を増やさず
これ以上を 心を穢すことなく

瀬織津姫は
今の私達に、いろんなことを
問いかけているような気がします。


そして、今回の動画の曲の歌詞
私達は、みんな 一人一人
美しい花をさかせる 種。

世界中の人の種が、
それぞれの花をさかせたら
どんな世界にすてきな 世界になるんだろう。

そんなことを考えながら
作ってみました。

 〔歌詞〕 
 
 やさしさを 押し流す
 愛 それは川
 魂を切り裂く 愛
 それはナイフ
 とめどない渇きが
 愛だというけれど
 愛は花 命の花
 君は その種

 くじけるのを恐れて、
 おどらないきみの心。
 さめるのを恐れて、
 チャンスのがす きみの夢
 奪われるののが嫌さに、
 与えないこころ
 死ぬのを 恐れて
 生きることができない

 長い夜 ただひとり
 遠い道 ただひとり
 愛なんて きやしない
 そう思う時には
 思いだしてごらん 冬
 雪にうもれていても

 種は春 おひさまの
 愛で花ひらく」

 
 





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愛姫愛媛パワースポット地図
by ldc_nikki | 2010-12-19 01:33 | 歌・動画 | Trackback | Comments(9)

数あるブログの中からお越しいただきましてありがとうございます。 不思議な数々の出会いから、今は、愛媛の神社めぐりをしながら、神社や女神様そして、神話の神々の伝説を調べています。