<   2011年 06月 ( 24 )   > この月の画像一覧

こんばんは。

今日で6月も終わり、 
今日は、 大祓いの日です。 

年に二度、新暦では(6月30日と12月31日)に行われる除災行事のことを、大祓いの日といいます。
犯した罪や穢れを除くための、祓えの行事のことで、
6月の大祓を夏越の祓(なごしのはらえ)、
12月の大祓を年越の祓(としこしのはらえ)といいます。

この大祓いは、701年の大宝律令により、正式に宮中の行事として定められたといいます。
第42代 文武天皇の時です。

そして、701年といえば、大三島の大山祇神社の大造営が始まった年でもあります。
大山祇神社の大造営と、瀬織津姫は、とても重要な繋がりがあると思っています。
そして、大祓いを宮中の行事として定めたのも、全て、繋がっているのではないでしょうか。

大祓詞は、神道の祭祀に用いられる祝詞の一つですが、
中臣祓詞(なかとみのはらえことば、略して中臣祓)とも言います。

そして、大三島の大山祇神社では、 独自の、大祓いのことばがあり、
「神教大袚詞」というそうです。
そして、この大山祇神社独自の、 「神教大袚詞」を、毎朝、神職全員で奉上されるそうです。

「大祓い」

でも、これでだけでは、全てが許されるのではない。
全てを消し去ることは、できない。

ただ、神さまに祈るだけでは、 その罪は消えることはないのではないかと私は思います。

本当の、大祓いは。
全てを認め、 自分がしたことを、正直に話し、心から詫びる。
そして、二度と同じ過ちを犯さないと、神様と約束をし、人々の幸せを願い、人の役にたつことをすることが、
本当の大祓いなのではないかと思うのです。

全てを認め、 全てを表に出さない限り、 
本当に、いつまでも、犯した罪の重さを認めたとはいえないのではないかと思うのです。

いくら隠しても、 その事実は、 消えてなくなることはきっとないでしょう。

何年たっても、何十年たっても、何百年たっても・・・・・。
命が受け継がれていくように、 それもまた、誰かに、受け継がれていくような気がします。

多くの人を巻き込む嘘であればあるるほど、それを認め、本当のことを話すことがまず、一番大事なことかもしれないと、私は思います。


・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
では、佐田岬の続きです。

私の今回の目的地は、佐田岬半島の一番西、三崎町です。
今日は、そこにつくまでの、佐田岬をご案内しますね。

佐田岬半島は、長さ約50km、最小幅0.8kmと日本一細長い半島です。
メロディーラインを走っていると、右に左にと、海を望むことができます。

そして、ここには、今問題になっている、原子力発電所 伊方原発があります。
その一方、風力発電にも力を入れていて、 この道路から、ところどころに、大きな風車を見ることができます。

では、佐田岬半島の海を、写真で。

e0165472_2384851.jpg


南予は、このように、山と海がすぐ近くにあり、一山を超えることに、小さな集落が点在しています。
そして、ここ佐田三崎は、とても細長い半島で、その真ん中の山の上を主要道が走っているので、
道路から、左、右と、ところどころ、集落へと降りる小さな道路があります。

そして、この写真のような小さな集落へ繋がっているのです。

e0165472_23133945.jpg

上の写真の遠くに見えているのは、四国側の町。
向かって左側の海を撮影しています。

青い海の向こうに、八幡浜から南の町が見えています。

風車が見えてきました。
e0165472_2315448.jpg


近くでみると、大きな羽が、ものすごい迫力です。
でも、とっても綺麗。

佐田岬はくると、必ず立ち寄ってしまう、 おみやげ物屋さんと、レストラン。
「風車」
e0165472_2318811.jpg


ここから見える景色も綺麗です。
e0165472_23192560.jpg


そして、佐田岬の見所のもう一つは、このリアスシキ海岸。
遠くに見える岩が、とても気になっています。

e0165472_23212428.jpg

選挙では、この下の方にも何度も行っていますが、 今度は、ゆっくりと、走ってみたいです。

走っていると、また風車が、、、
e0165472_23372514.jpg


青い海、青い空、そして、白い雲。
いつまでも眺めていたい。。。 そんな気持ちになる場所です。
ずっとずっと昔の人たちも、 同じ景色を見ていたのでしょうか。。。。
e0165472_23391254.jpg


佐田岬半島の景色を見ながら、 目的地、三崎町へ。
次回は、三崎町の中心地に鎮座する神社です。。。

今日も最後まで、お読み下さいまして、本当にありがとうございます。
明日は、全国的に、お天気が悪くなるようです。
大雨に、お気をつけください。





神々の伝説を伝えるために、そして、
その中から自らの生き方を見つけるために、
ブログランキングに参加しています。

幸せの輪を一緒に広げませんか。幸せの入り口(バナー)をポチっとお願いします。


にほんブログ村 哲学・思想ブログ スピリチュアル・精神世界へ
にほんブログ村


ブログで紹介した場所を、地図でご案内しています。。
お越しの際には是非ご参考にされてください。

愛姫伝神社・お寺・観光マップ
by ldc_nikki | 2011-06-30 23:41 | 愛媛県伊方町 | Trackback | Comments(0)

こんばんは。

6月も明日一日になりました。
今年も半分が終わりましたね。 最近、時間がたつのが本当に早く感じます。

いよいよ夏本番! 
今年は、暑い夏が長く続きそうです。 皆さん、夏ばてしないように、元気にこの夏をのりきりましょうね。

さて、
今日から、また、新しい町のご案内です。

四国の最西端、佐田岬半島。 ここ、佐田岬半島からは、 天気がよい日は、大分県が綺麗に見えます。
メロディーラインという、綺麗な道路が走っていて、右も左も、海を見ながら、ドライブができます。

10代のころから、とっても好きな場所なのですが、
瀬織津姫と、佐田岬半島が、今まで全く結びつきませんでした。 
だから、なかなか、ここに足をのばすことができなかったのですが、 最近、少しづつ、瀬織津姫と繋がりはじめてきました。

そして、今回の目的は、当初は2つ。
姫に関係すると思われる、龍の伝説の場所と、 佐田岬半島の 「佐田岬」 という名前に関わる、神様の神社。

でも、行ってみると、以外な発見があったり、その他いろいろ、素敵な現象にも。。。。

今日から数日にかけて、 佐田岬をご案内させて頂きます。

では、佐田岬半島へ=====!



週末、お日様がさすのは、何週間ぶり?

梅雨があけたかのような、夏の空になりました。

佐田岬半島は、現在は伊方町ですが、合併前は、 伊方、瀬戸、三崎という三つの町がありました。
八幡浜市に近い方から、 伊方、瀬戸、三崎です。
一番端の、三崎の端には灯台があり、 ここは、初日の出のお勧めスポットです。

私も、ずいぶん昔に、初日の出を見に行ったことがあります^^

佐田岬半島は、 みかんの産地で、とっても甘くて、おいしいみかんができます。
それは、ここ独特の地形が、おいしいみかんをつくる理由で、 
三つの太陽があるからと言われています。

実は、私は、数年前、佐田岬の友達と、愛媛、特に南予地方の食材を使って、おいしいアイスクリームや、スイーツ、みかんや、サツマイモなど、楽天で販売していました^^
その時、はじめて三崎のみかんを食べて、感動! それ以来、 私の中では、三崎のみかんが一番おいしいと思っています。

三崎は、そんなとってもご縁のある場所。
だから、きっと、姫とも深いかかわりのある場所だと思っていたのですが、今まで、それがどんなことなのか、全くわかりませんでした。

でも、やっと、その謎がとけはじめたかな。。。と。

佐田岬へは、松山から、双海町を通る海岸線を走ります。
あの、海の中の岩の上に祀られた三島神社を通り、長浜町をぬけ、 八幡浜方面へと走ります。

すると、 八幡浜市保内町という町につきます。
ここから、八幡浜市内と 佐田岬方面へと わかれるのですが、 ちょうど、その交差点にさしかかる少し前
道路沿いに、 神社を見つけました。

まったく立ち寄る予定ではなかったのですが、 ちょうどその時、神社の方向に、真っ白い雲がもくもくと湧き上がるのを見つけ、気になるのでよってみようということになりました。

車を降りて、大きな鳥居の前へ。

すると、 そこは、 「保内町の氏神、 三島神社」 でした。

こんなところに、三島神社があったなんて!

佐田岬半島へ入る、手前で、三島神社に出会うなんて、今日も何かが起こりそう♪
そんなことを、ふと思いながら、これから、周らせていただくことへのご挨拶に向かいました。

e0165472_2226931.jpg

e0165472_2227331.jpg


*三島神社
*八幡浜市保内町宮内5-1
*主祭神:大山祇命(おほやまつみのみこと)
*境内社
 宮中神杜(伊邪那岐命)
 住吉神杜(三筒之男命)
 多賀神杜(伊邪那岐命)
 穴婆神杜(神直日神外二柱)
 生目八幡神杜(平景清霊神)
 大神神杜(大名持命外一柱)
 倉稲魂神杜(大宜部比売命)
 金刀比羅神杜(大物主命外四柱)
 木蔭神杜(神守霊神)

ここは、三島神社なので、主祭神は、大山祇命。

でも、境内社は、びっくりするほど、すごい神様ばかり。。。
大宜部比売命も、鎮座されていました。 愛媛では、祭神として祀られているところが少ないので、
こんなところで出会えてうれしかったですね。

ここは、 宝亀5年(774年)、 空海が生まれた年に、宇和郡司によって、大三島の大山砥神杜の御分霊を勧請して創立したのが始まりと書かれてあります。

そして、保内郷の総鎮守として崇敬篤い場所でした。

神社の由緒も、とても古いものなので、びっくりしたのですが、 それ以上に、この後、見つけた場所におどろきました。

まずは、 神社の拝殿です。
e0165472_22354537.jpg

e0165472_22363611.jpg


中に入ってみました。
e0165472_22374462.jpg


すると、とても綺麗な着物が飾られていました。
e0165472_2238511.jpg


神紋のよこには、獅子?
e0165472_22402363.jpg


本殿
e0165472_2242168.jpg

e0165472_22423544.jpg


そして、境内社です。
e0165472_22443841.jpg

e0165472_22445618.jpg


この中の 「滝本神社」 は祭神の名前が 不詳とされていますが、、、

そして、そして。。。。
はじめて愛媛で見ました!
この神社のお名前を!

e0165472_22525968.jpg


最近、気になって気になってしかたない、ニギハヤヒの伝説の山、
「三輪山」 の神社 「大神神社」 が この三島神社の境内社として、 鎮座されていました。

三輪山自体が、ご神体の、大神神社。 もちろん祭神は、大物主。 ニギハヤヒ命です。
e0165472_22564085.jpg


ここ保内も、ニギハヤヒ命や、瀬織津姫さまと、とても深いご縁のある場所かもしれません。

そして、参拝後、なんだか気になる看板が。。。。。

近寄ってみると。。。。

神船石と神龍池。
e0165472_22593388.jpg


774年、 神社に大山祇神が勧請されたと言われる年、
ここは、まだ、きっと海と繋がっていて、船でこの地にたどり着いたのでしょうね。
でも、もしかしたら、その前に、ここは、姫(龍神) を祀り、雨乞いの場所だったのかもしれません。

それが、この池、
神龍池。
e0165472_2335458.jpg

e0165472_2325436.jpg


愛媛では、こうして、土着の神 (水の女神:瀬織津姫・龍神) が祀られていた場所に、三島神社が勧請されていったのです。

700年前後。 日本は今より、海の高さが少し高かったと言われています。
ですがから、低い土地では、まだこのころは、海でした。
その中で、小さな浮島のように飛び出た場所や、 少し高くなった場所に船をつけたり、 祭祀とされていたところがたくさんあるのです。

ここも、 そんな場所の一つだったのだと思います。

佐田岬に入る前から、凄い神社へと導かれてました。

「ここにきてよかったね~」 と話ながら、神社を後にしようとした時、ふと 空を見上げると、
そこには、 真っ青な空を泳ぐ、真っ白い龍の姿がありました。

e0165472_23113485.jpg


縦にして見ても、横にしてみても、 竜にみえます。
私たちの目の前に、本当に龍神が姿を見せてくれたような気がしました。

姫さまと、ニギハヤヒさまに、 心から感謝しました。

そして、この後も、まるで、龍に導かれるように、佐田岬へと向かいました。。。。。。








神々の伝説を伝えるために、そして、
その中から自らの生き方を見つけるために、
ブログランキングに参加しています。

幸せの輪を一緒に広げませんか。幸せの入り口(バナー)をポチっとお願いします。


にほんブログ村 哲学・思想ブログ スピリチュアル・精神世界へ
にほんブログ村


ブログで紹介した場所を、地図でご案内しています。。
お越しの際には是非ご参考にされてください。

愛姫伝神社・お寺・観光マップ
by ldc_nikki | 2011-06-29 23:15 | 愛媛県八幡浜市保内町 | Trackback | Comments(0)

こんばんは。

いよいよ、

 「瀬織律姫伝説―縄文の女神の霊系列」

の予約販売が、アマゾンでスタートしました。

山水さんの、瀬織津姫の奉納の旅 第4部作目です。

そして、恐縮ながら、今回の本には、CDがついていまして、そのCD
「瀬織津姫」 を、 歌わせていただきました。

CDの名前は、小千麻輝 (おちまき)です。

表紙もとっても素敵で、 本の中から、姫の光が届きそうな写真です。
私も、表紙にしばらく見とれていました。

どんな内容の本なのか、私もとっても楽しみです。

アマゾンでは、7月2日が発売日になっています。
ただいま予約受付中です。

e0165472_2239217.jpg


瀬織津姫伝説予約はこちらから

是非、読んでみてください^^




神々の伝説を伝えるために、そして、
その中から自らの生き方を見つけるために、
ブログランキングに参加しています。

幸せの輪を一緒に広げませんか。幸せの入り口(バナー)をポチっとお願いします。


にほんブログ村 哲学・思想ブログ スピリチュアル・精神世界へ
にほんブログ村


ブログで紹介した場所を、地図でご案内しています。。
お越しの際には是非ご参考にされてください。

愛姫伝神社・お寺・観光マップ
by ldc_nikki | 2011-06-28 22:41 | 歌・動画 | Trackback | Comments(2)

こんばんは。

今日は、再度、宇和島市津島町です。
この日は、あいにくの雨。 でも、 この日なぜかどうしても、津島に行きたかったので、雨の中、高速を走り、南予へ。

目的は、津島の竜王島。

週末の数日前、偶然、インターネットで見つけました。
観光客の人が、津島町の遊子から、民宿の方がされている小さな遊覧船にのって、竜王島におりているところを、ブログにのせていました。

それまで、 竜王島があることも、 こんな小さな遊覧船があることも知らなかったので、見つけた時は、
びっくり! 
週末は、 津島へ。 とその時から考えていました。

途中、前が見えないほどの大雨。
船もでているかも確かめてなかったのですが、 なんとなく、行けそうな気がして、ただ、その勘だけで、いつものように向かいました。

津島について、遊子の方へと入ると、山の上に小さな神社を見つけました。
まずは、 ここでご挨拶。 (そこの地区で、一番初めに出会った神社には、必ず、今日は、この地区を周らせていただきますと、ご挨拶させていただきます。)

神社の名前は、一宮神社。
後で、調べたのですが、 神社庁に登録がなく、 祭神がわからないままです。
同じ津島にある、別の一宮神社は、大己貴命(おおなむちのみこと)なので、 もしかしたら、ここもそうかもしれません。

大己貴命とは、南予では大国主命と同一神のようです。
というのも、 大国主命と少彦名命が、伊予の国つくりを行ったという伝説が残っているのです。
そして、前回、大洲までの道のりを調べていたのですが、 ここ津島も、二柱の神がやってきて、数々の奇跡を起こした場所という出説が残っていたのです。

最後の大洲には、 少彦名命だけがやってきたようになっていたのですが、もしかしたら、 大国主命も一緒に南予にやってきたかもしれないことが、 わかりました。
そして、もしかしたら、 まだ南にもその足跡はあるかもしれません。

ここにきたことで、もう一つの一宮神社の由緒書に書かれてある、この伝説を見つけることができました。

本当に、ありがたいです。

遊子の一宮神社

e0165472_2142468.jpg

e0165472_2194441.jpg

e0165472_2195910.jpg

e0165472_2110121.jpg

e0165472_21103097.jpg


一宮神社で参拝をして、 出発。
すると、もう一社、小さな神社を見つけました。

なんとなく気になったので、行ってみることに。
神社の名前は、 「天満神社」 
祭神は、ここもわかりませんでした。 

でも、 宇和島の別の天満神社と同じなら、菅原道真だと思います。
ここは、境内に梅の木があり、 大きな梅が、境内に沢山落ちていました。

*天満神社
e0165472_21175087.jpg

e0165472_21181193.jpg

e0165472_21182611.jpg

e0165472_21203134.jpg


天満神社で参拝し、いよいよ、竜王島へ。

竜王島へは、遊子水荷浦にある、民宿のご主人が出している、遊覧船で向かいます。

民宿の名前は、段畑さの屋さん。
一日一組限定の宿で、一泊二食付で8,000円の、とってもリーズナブルなお宿です。

まずは、船のことを伺うため、民宿へと行ってみました。
すると、 奥さんが出てこられました。

「すみません。 こちらから遊覧船が出ているとインターネットを見てきたんですけど、今日は、出していただけるんでしょうか?」

「はい、 雨でも大丈夫ですか?」

「私はぜんぜん平気です、 もし雨でも出していただけるのでしたら、是非お願いします。」

そう言うと、 奥さんは、ご主人に電話をかけて、わざわざ家に帰るようにと伝えてくれました。
ご主人はというと、 ご自身の段々畑の上にいるとのこと。
段々畑を見ていると、一番上から、ご主人が降りてきました。

そして、 ライフジャケットを着用して、 いざ、竜王島へ出発!

船は、小さな屋根のない、漁船のような船。 雨で、いすがぬれていて、私は全く気にならなかったのですが、
わざわざ座布団を出して下さいました。
船が出るころには、雨が小雨になり、 龍神さまに感謝をしながら、出発しました。

e0165472_21352713.jpg


e0165472_21333064.jpg

竜王島は、岸からほんの数分でつく、目の前にある小さな岩の島です。
あそこに、竜神が祀られています。

e0165472_21362154.jpg


あっというまに、島に到着です。
e0165472_21374835.jpg


竜王島の竜王宮です。
e0165472_2139246.jpg


南予地方は、 はっきりした理由はわかっていませんが、古くから、漁事繁栄、豊漁の海の神でもあり、雨乞いの神として、竜王信仰が盛んな町でした。

ある書物では、この竜王信仰は土佐高知城下のはかり屋の娘が龍と化したという伝説にはじまると書かれてありますが、 私は、そうではないような気がしています。

愛媛県と高知県の境目の高知県側に、竜王宮という神社が山の中にあります。
ここは、城川町の人々も、毎年欠かさず二回 参拝に出かけるほど、愛媛との関係の深い神社です。
南予地方の歴史は、もしかしたら、この四万十川の上流にある、竜王宮に何か関係しているのかもしれません。 
津島町は、 竜信仰がとても盛んな場所ですが、 瀬織津姫の名前はどこにも見ることはできません。
でも、それは、九州、宮崎に近いからかもしれません。

姫の伝説が残る、津島より少し北、八幡浜、三瓶沖の大島には、姫の伝説が残ります。

姫の名前は、ここ津島からは消されてしまっていますが、その代わりに、竜信仰が、今でも残っているのではないかと思います。

 宇和海における竜王信仰は、「大成郡録」(宝永三年本) に書かれており、 
御荘組平山浦に竜王津島組下灘浦に八大竜王があると。

 同書(宝暦七年本) には、 御荘組内海浦、 城下組戸島浦・遊子浦に竜王、同組東三浦 ・ 日振島・高山浦に八大竜王が記載されている。 つまり、十八世紀前半期に宇和海南半部に竜王信仰が拡大しているのである。遊子浦の竜王は、 「当浦畑数石数其外一切書付」 (天保十二年八月)には八大竜王と記されている。
遊子浦の竜王は十八世紀前半期に遊子浦に伝えられたものである。 さいしょは津野浦で竜王祭りが行われたが、これを魚泊浦の竜王島に移して竜王祭を執行するようになったようである。

と書かれています。

今でも、年に一度、お祭りが行われているそうです。
数年前までは、毎年、ここにある竜を部落ことに持ち回りで、新しくつくっていたそうなのですが、現在は、人口が減り、 高齢化になってしまったため、その風習はなくなってしまったそうです。
そして、お祭りも、以前は島で行ったあと、今度は、陸側でも行っていたそうです。

このように、南予は、高齢化が進み、 神社を維持していくことも難しくなってきています。

大事な歴史と、郷土の文化がつまった、神社をどうやって、後世に残していくのかが、これからの一番の問題になってくるかもしれません。

なんだか、 悲しいです。
もう一度、若い人たちが生活をして、ずっと町を残している方法はないのでしょうか。

なんとか、これからもずっとずっと、残していけるように、心から願っております。

拝殿の横に、奉納されている竜。
e0165472_2271755.jpg


竜の体
e0165472_2282630.jpg
 

そして、竜の尾には、剣がささっています。
e0165472_2293929.jpg


まるで、ヤマタノオロチです。
この剣は、なんですか? とたずねた所、これは、和霊神社の牛鬼のやはり尾っぽについていたものを、いつのころからか、この竜につけて、それから、ずっとつけ続けているとのこと。

ご存知のとおり、ヤマタノオロチは、 その尾の中に、草薙の剣を隠していました。
スサノオが退治した際に、その剣を、取り返したという伝説があります。
もともと、この剣は、アマテラスのもので、 アマテラスが天から落としてしまった時に、あのヤマトタケルの伝説が残る、伊吹山へおとしてしまい、そこで、ヤマタノオロチがその剣を自分の体に隠したといわれています。

その剣と同じように、 牛鬼の尾にも、つけられていたのです。
牛鬼は、牛と竜の両方をあわせもった、神とされています。 
まるでヤマタノオロチの竜と、スサノオである牛が、一つだと言わんばかりに。。。。。。

この後、鯛の養殖をしているところへ行き、そして、佐田岬半島が見える絶景ポイントまで船で連れて行ってくれました。
あいにく、霧がかかり、佐田岬半島は見ることはできませんでしたが、 霧の向こうにある佐田岬へ、次は行かせていただきます。 と心の中で、伝え、岸へと戻りました。

この写真は、遠くに見える宇和島市内です。
e0165472_22222251.jpg


遊子は、段々畑で有名な場所です。 
畑に植えられているのは、じゃがいも。 収穫を終えたばかりで、今は見ることはできませんが、
3月くらいにくると、オレンジ色にそまった、綺麗な段々畑を見ることができるそうです。
e0165472_22201848.jpg


この遊覧船は、大人一人500円。
所要時間約20分程度です。 お天気のいい日だと、もっともっと美しい宇和海の海を堪能できることと思います。
是非、皆さんも足を運んで見てください。

雨の中、 案内をしていただいたご主人には、本当に感謝しています。
竜のところへ、連れていってくださり、本当にありがとうございました。



 

神々の伝説を伝えるために、そして、
その中から自らの生き方を見つけるために、
ブログランキングに参加しています。

幸せの輪を一緒に広げませんか。幸せの入り口(バナー)をポチっとお願いします。


にほんブログ村 哲学・思想ブログ スピリチュアル・精神世界へ
にほんブログ村


ブログで紹介した場所を、地図でご案内しています。。
お越しの際には是非ご参考にされてください。

愛姫伝神社・お寺・観光マップ
by ldc_nikki | 2011-06-27 22:27 | 愛媛県宇和島市津島町 | Trackback | Comments(0)

こんばんは。

今日で、仁が最終回でしたね。

あまりテレビを見ない私ですが、仁だけは、欠かさずみていました。
最終回。

咲さんと結ばれることがなかった。
そして、その記憶さえも、歴史の修正力によって、消し去られようとしていました。

それでも、確かにその歴史は、引き継がれ、次の世代へと、一人一人が受け継いでいっていた。


過去の人々が、感じた想いも、その時に一緒に過ごした 思い出の出来事も、
記憶から消し去れらたとしても、 思い出すことができなくても その全ては、心の中に、刻まれ、
もしかしたら、 私たちの体の中のどこかに、 忘れてしまっているだけで、 受け継がれているのかもしれない。

歴史とは、 今私たちが生きているということは、 
このドラマの中で見たような、沢山の人の想い、沢山の人の努力、悲しみ、苦しみ、喜びの積み重ねで
あるということを、このドラマは伝えたかったのかもしれません。

そして、今ある命は、沢山の奇跡の向こうに、生まれた大切な命なのだと。

昨日は佐田岬で、今日は松山で、
そこで出会った方に、いろんなお話を聞くことができました。

佐田岬では、 偶然出会った 一人の女性から、
子供の頃に聴いたという、 竜の話。

今日、松山では、 参拝させていただいた神社の宮司さんから、 その土地の、過去の歴史をききました。

そこで、 河野家の最後を迎える、迎え撃ちがあったことや、 紫式部の伝説。

今は、 当時の町並みがどうだったか、 わからなくなってしまうほど、 違う世界になってしまっています。
でも、確かに、ここで、その後の歴史を大きく変えることになる出来事があったことは、事実。

その中で、いったい、どれくらいの人々の歴史、 想い、 その人々にかかわっていた人々の想い、人生があったことでしょう。

「仁」 というドラマは、作られたお話ですが、
あのドラマのようなさまざまな歴史が、 
日本中で、 いや世界中で、 積み重ねながら、今があるということを、
私たちは、 忘れてはいけないのだと。

そして、 命が受け継がれただけではなく、 多くの人々の想いも、私たちの 血の中に、 私たちの体の中に、 私たちの心のどこかに、 受け継がれていることも、決して忘れてはいけないのだと。

そして、その想いを無駄にしないように、今度は私たちが、次の命へと続くひとかけらの命にならなければいけないのだと思います。

(昨日佐田岬で見た虹)
e0165472_23444972.jpg


(昨日見た三嶋神社参拝後の龍雲)
e0165472_2345686.jpg








神々の伝説を伝えるために、そして、
その中から自らの生き方を見つけるために、
ブログランキングに参加しています。

幸せの輪を一緒に広げませんか。幸せの入り口(バナー)をポチっとお願いします。


にほんブログ村 哲学・思想ブログ スピリチュアル・精神世界へ
にほんブログ村


ブログで紹介した場所を、地図でご案内しています。。
お越しの際には是非ご参考にされてください。

愛姫伝神社・お寺・観光マップ
by ldc_nikki | 2011-06-26 23:59 | | Trackback | Comments(0)

こんばんは。

ここ数日、梅雨の晴れ間というよりも、
まるで梅雨明けをしたかのようなお天気が続いています。

今年は、もしかしたら、ここ四国も、大分早く梅雨あけをしそうな気配です。

しかし、水の災害も、あちこちで起こっています。
津波だけでなく、今年は 「水」 の年になるかもしれません。

私たち人間は、 「水」 の大切さを、 すっかり忘れてしまっていないでしょうか。

蛇口をひねれば、 出てくる水。

でも、それは、全て自然の恵みだということを。

命を育み、命を救う水、しかし、時には、命を奪う水になる。

まるで、もののけ姫の、森の神 しし神さまのように。。。

そして、瀬織津姫は、水の女神。 全ての生命の母のような存在。



今日は、 「水」 をテーマに、 動画を作ってみました。

愛媛の 「命の水」 です。

「愛姫伝 第十章 命の水」


 


神々の伝説を伝えるために、そして、
その中から自らの生き方を見つけるために、
ブログランキングに参加しています。

幸せの輪を一緒に広げませんか。幸せの入り口(バナー)をポチっとお願いします。


にほんブログ村 哲学・思想ブログ スピリチュアル・精神世界へ
にほんブログ村


ブログで紹介した場所を、地図でご案内しています。。
お越しの際には是非ご参考にされてください。

愛姫伝神社・お寺・観光マップ
by ldc_nikki | 2011-06-25 03:44 | 歌・動画 | Trackback | Comments(0)

こんばんは。

今日は、今回の城川町最後のご案内です。
雨もやみ、うっすらと霧がかかった山を越えて、目的地へと向かいました。

197号線から、県道284号線へと入り、一山超えた向こうの川津という村にあります。
大門峠を越えると、川津。

さほど高くない山、 景色もそんなに変わらないような気もするのに、
さっきまでいた場所と、ここは、まるで別の世界の気がしました。

まず向かったのは、古代の人々が生活していたといわれる洞窟。

「穴神洞(あながみどう)遺跡」です。
そして、その洞窟の下には、 町指定天然記念物 全長75mの穴神鍾乳洞があります。

どちらも、入ることはできませんが、その前まで行くことはできます。

まずは、鍾乳洞です。
e0165472_22553.jpg


穴神鍾乳洞は、
昭和44年6月、地元の中学生が「こうもり」を取りに入って発見したものだそうです。
それまで、ここに、鍾乳洞があることを誰も見つけることができなかったこともとても不思議ですが、
それだけ、ここ城川は、人に荒らされていない場所だったともいえるかもしれません。

洞窟の全長は、75m、高さ8~10mで、石筍、鍾乳石など豊富で変化に富み、県下では類のない鍾乳洞であるといわれています。

前もって予約をすれば、中に入ることができるようですが、この日は、突然むかったので、
中は見ることはできませんでしたが、外側の岩をみるだけでも、地球の長い歴史を感じる神秘的な光景でした。
鍾乳洞入り口横の岩
e0165472_2217958.jpg


そして、入り口です。
e0165472_2218723.jpg


中もどんな風になっているか、見てみたいですね。
そして、この鍾乳洞の上には、 一番見たかった、縄文時代の人々の跡、
穴神洞(あながみどう)遺跡があります。

e0165472_2225940.jpg


ここは、昭和36年(1961)、愛媛大学洞穴探検隊により発見されました。
縄文早期初期に相当する層位(第9層)から、日本で最も古い土器であるとされている隆起線文土器の口縁部が発見されています。
また小型楕円、山形押型文とともにタカラガイ、ツノガイ、キセルガイ、シドロガイなど、どれも海産の貝殻を加工して作った装身具が豊富に出土したことなどが注目されているそうです。

海から遠い、この山の上で、海の貝殻が使われているのは、ここに住んでいた民族が、海からやってきたという証拠なのでしょうか。
更には、縄文時代早期の人間の頭蓋部をはじめとする人骨片も出土ています。

更には、早期に属する最下層部から礫を集めて築かれた炉址が検出されるなど、愛媛県久万高原町の上黒岩岩陰遺跡に匹敵する、愛媛の最古の遺跡と言われています。
なお上層部からは後期~晩期の土器や石器が発見されており、
この洞穴は、かなり長い間、人々の生活の一根拠地であった可能性もあるそうです。

古代の人々は、ここで、長い間、子孫をつくり、何千年も生活をし続けていたのでしょうか。
とすると、この近くの山のどこかに、瀬織津姫を祀る 祭祀遺跡があってもいいのですが、それは、まだ見つかっていないようです。

今はもう人々が、足を踏み入れることのない場所に、 姫を祀る場所はあったのかもしれません。
もしくは、今の人が考える以上に、行動範囲は広く、少し離れた場所にあったのかもしれません。
昔から、城川の人々が、毎年欠かさず二度参拝にいくという場所が、城川の隣の町、高知県の山の中にあります。

そこに行くと、また、何かがわかるかもしれません。
e0165472_2240830.jpg

e0165472_22402559.jpg


e0165472_22403710.jpg



そして、この遺跡の向かいの山の頂上に、神社があります。
e0165472_225506.jpg


次は、最後に行った、 三柱神社です。

*三柱神社
*西予市城川町川津南2156
*祭神
 伊邪那岐神(いざなぎのかみ)
 天照大神(あまてらすおほかみ)
 伊邪那美神(いざなみのかみ)
*由来
 古くは、十五森という場所に鎮座されていたそうなのですが、明治22年4月12日社殿焼失し、同25年現在の地に遷座されました。
 神名も、 現在の三柱の前は、若一王子三所大権現と称えていましたが、
明治維新の際に三柱神社と改称したといいます。

もしかしたら、もともとは、現在の三柱ではなく、別の神が鎮座していたのかもしれません。

でも、そんなことはぬきにしても、ここは、今回行った神社の中で、一番神々しい場所でした。
杜の一番上ということもあったかもしれませんが、 その空気は、 更に透き通り、光がなんの障害もなく入りこみ、 私の体を包み込むような、そんな錯覚さえ覚えるところでした。

とてもわかりにくいところにありましたが、今回も、ちょうど迷っている時に、 前から女性があるいてきたり、
次に迷っていると、 男性が目の前にいたり、 ラッキーが重なり、無事たどりつくことができました。
本当に、感謝です。

では、神社をご紹介します。
まずは、参道入り口の鳥居です。

e0165472_22554825.jpg


ここからは、歩いて行きます。
e0165472_22572015.jpg

e0165472_22575978.jpg


そして、神社へ。
e0165472_2304110.jpg


そこには、もう一つの参道が。。。 山の麓から歩いて上る参道です。
e0165472_2312521.jpg


そして、拝殿へ、
e0165472_2332247.jpg


本殿
e0165472_2341556.jpg

e0165472_23113761.jpg


波の中にいる動物。 これは、何という動物なのでしょう。
e0165472_236106.jpg


そして、こんな模様も。
e0165472_23101316.jpg


帰り道。 行く時よりも、一段と霧が出てきました。
e0165472_23133352.jpg


今回の写真の中で、一番気に入っている写真。
最後の鳥居をくぐり、外の世界へと行く、神域と出口。 ここは、特に美しい光景を見せてくれました。
e0165472_23182345.jpg


本当に、素晴らしい場所でした。 
ここは城川についてから、 突然行きたいと思い始めた神社でした。
それにも、きっと意味があったのでしょうね。

山を降り、今上った山をうつしてみました。
e0165472_23211342.jpg


そして、周りの山々。
e0165472_2322338.jpg


ここ、城川町川津は、 今から1万2000年以上も前から、 人が住んでいる場所。
戦争も争いもない、縄文時代。 1万年近く、ここで生活する人々のあとが、今でもこうして残っています。

そして、まだまだ、この山々には、沢山の秘密が隠されているのかもしれません。
でも、もうあえて、これ以上山に手をつけることをしないほうがいいのかもしれないとも思います。

私たちは、この時代の人々の血を受けつぐ一人です。
文明が発達し、 現代の人間の悪い心ばかりが、表にでているようにも思います。

今、この時代の女神が現れ、私たちに何かを伝えているとしたら、 その中の一つに、
この縄文時代の人々から、何かを学びなさい、 いや学ぶというよりも、思い出しなさいと言っているのかもしれません。

この美しい、偉大な自然の力によって、生かされている命だと心から思うことができたら、
今までの自分が、どれだけ愚かだったか、 どれだけ欲深かったかということに気づくような気がします。
そうすれば、おのずと、今までの自分の心に問題があったことに気づき、 反省し、 自ら、「禊」 を
し、悔い改めなければと思う気持ちが生まれるような気がします。

まず、私たちがしなければいけないことは、
心の 「浄化」 「清め」 「祓い」  「禊」

それが、 「水」 であり、 「水の女神」 の 半分の姿。

そして、もう半分は、 その後にやってくる 「再生」「誕生」 なのかもしれません。

清い水をたっぷりと補い、 清い心に生まれかわり、また新しい生命が誕生するかのように、 
新しい時代を、 切り開いていかないといけないのかもしれません。
その時も、また、 全ての源である、強大なエネルギーを作り出す

「水の女神」 さまが、 もう一つの力をはっきされるのだと思います。

今日も、最後まで、ありがとうございました。
明日も暑い一日になりそうです。 どうぞ お体ご自愛くださいませ。




神々の伝説を伝えるために、そして、
その中から自らの生き方を見つけるために、
ブログランキングに参加しています。

幸せの輪を一緒に広げませんか。幸せの入り口(バナー)をポチっとお願いします。


にほんブログ村 哲学・思想ブログ スピリチュアル・精神世界へ
にほんブログ村


ブログで紹介した場所を、地図でご案内しています。。
お越しの際には是非ご参考にされてください。

愛姫伝神社・お寺・観光マップ
by ldc_nikki | 2011-06-23 23:44 | 愛媛県西予市城川町 | Trackback | Comments(6)

こんばんは。

今日は、夏至の日でしたね。 
そこで、なんとなくいろいろ調べていたら、とんでもない発想が出てきました。

またまた、私の妄想の世界だけけかもしれませんが、なんとなく、私の中では繋がるのです。
まずは、城川のご紹介をさせて頂き、最後に夏至のお話をさせて頂きたいと思います。

今日の城川町は、前回の神社から10分ほど車を走らせた場所に鎮座する、
「高野子 八幡神社」です。

ここは、神社の古文書等が火事で、消失してしまったため、起源などがわかりません。
しかし、ここには、 名前が表に出されていない神様が、
二八柱いらっしゃいます。 

もしかしたら、ここにも、姫の名前があるかもしれません。
というのも、ここ城川は、愛媛の中でも、もっとも古い時代または、それに近い時代、縄文時代から、
後に瀬織津姫とよばれる 水の女神を祀っていた場所のような気がするのです。

そして、それよりももっと前に、祀られていた場所は、
今日の夏至のお話に出てくる場所。 そこに、日本の人類の原点、
そして、四国の原点を見ることができるようなきがしています。

*八幡神社
*西予市城川町高野子3238
*祭神
 応神天皇(おうじんてんのう)
 神功皇后(じんぐうこうごう)
 玉依姫命(たまよりひめのみこと)
 経津主命(ふつぬしのみこと)
 武甕槌命(たけみかづちのみこと)
 他二八柱
*由緒
 正暦元年の創立であるという。宝暦6年11月6日火災に罹って古文書等一切を焼失した。

197号線から、少し山へ上がったところに神社はあります。
道路沿いの入り口には、ちゃんと鳥居がありました。

e0165472_21364060.jpg

e0165472_21365550.jpg

e0165472_2137558.jpg


山の中へと入ると、2番目の鳥居、
ここも両部鳥居です。 城川町の神社は、その多くにこの両部鳥居があることがわかりました。
e0165472_21395023.jpg


そして、更に階段を上ります。
e0165472_21414688.jpg

e0165472_21421375.jpg


拝殿
e0165472_2144021.jpg


本殿
e0165472_21441420.jpg


鎮守の杜
e0165472_21461688.jpg

帰りは、坂道から降りることにしました。
e0165472_21463726.jpg


e0165472_2148326.jpg


鎮守の杜を通り下へ降りると、こんな風景が広がっています。
e0165472_21492373.jpg


次回は、今回の城川最後の場所となります。 
縄文時代に人が住んでいたと言われる場所が、そのまま今も残っているところへと向かいます。
そして、その目の前の山に鎮座する、神社へ。

1万年以上、争いがなかったといわれる 縄文時代。
ここで、どんな生活をしていたのでしょう。 また、なぜ、この山の中を選んだのでしょう。

次回は、そんな縄文時代へとご案内します。

さて。 冒頭でも少しふれました、 「夏至」。
一年で一番昼間が長い日、一年で一番太陽が高い位置に上る日。
古代の人々は、太陽に聖なる力がやどっていると、考えていました。 そして、今日、この日。
夏至の日は、そんな聖なる力が、最高潮に達する特別な日だと考えていました。

夏至の日、太陽は北極にもっとも近寄る、夏至の日は、太陽の誕生日ともよばれていました。

そんな特別な日に合わせて、古代の人々は、あるものをつくりました。
それが、

「巨石遺跡」 ストーンヘンジです。

世界的に有名な場所は、イギリスにある、 「ストーンヘンジ」ですね。
イギリスのストーンヘンジは、今から約4800年前につくられたといわれています。

高さ7mほどの巨大な門の形の組石(トリリトン)5組を中心に、直径約100mの円形に高さ4-5mの30個の立石(メンヒル)が配置されています。
夏至の日に、ヒール・ストーンと呼ばれる高さ6mの玄武岩と、中心にある祭壇石を結ぶ直線上に太陽が昇るこの遺跡は、、太陽崇拝の祭祀場、古代の天文台、ケルト民族のドルイド教徒の礼拝堂など、さまざまな説が唱えられています。

そして、日本にも、同じ4000年~7000年前につくられたかもしれない、巨石遺跡があることが、わかってきました。
今は、まだ、きちんと認められているわけではないようなのですが、
その場所が、 四国の最南端 足摺岬です。

「唐人駄場遺跡」 とよばれるこの場所は、十年くらい前までは、まだ、ほとんどその存在がわかっていませんでした。  更に、 この場所を遺跡と知らず、足摺岬の観光のため、その大部分を、駐車場へと変えてしまいました。

もとは、世界一ともいわれる規模のストーンサークルや、高さ6~7mもある巨石の林立する唐人石があり、
これらを中心に 地域一帯の山中1500ha、250カ所以上の巨石群がありました。

当時の航空写真を見ると、その規模に圧倒されてしまいます。

また、この唐人駄場遺跡は、イギリスのストーンサークルや、フランスのカルナックの両方の特徴を兼ね備えていたのです、

四国足摺岬は、日本の中でも最古で最大の、巨石遺跡がある場所だったのです。
しかも、イギリスと同じ時期につくられていたことにもなります。 
イギリスと日本、 同じ時期に二つのストーンサークルがつくられた意味が、あるのではないかと考えてみたのです。
すると、ふと、地球儀を見てみようと思い、見てみると。。。。。。

ユーラシア大陸の東の端 の島国 日本と、 ユーラシア大陸の西の端 の島国 イギリスにつくられていたことが、目にとまりました。

日本は、「日いずる国」 と 言われますが、これは中国大陸の東の端ではなく
ユーラシア大陸の東の端 「日が生まれる国」 だったかもしれないと。

しかも、その両方には、 「ケルト民族」 または、後にケルト民族になる民族が、つくったのかもしれません。
ケルト民族と、瀬織津姫 ケルト民族と日本の歴史には、共通するものが沢山あるのです。
まったく関係ないと思る方が大半でしょうが、 その共通点を見ていくと、同じ民族が伝えたものかもしれないことが沢山あります。

瀬織津姫 (水の女神) だけでなく、 古代日本が歩んだ 「鉄」の歴史。
神々を自然信仰として、崇めていた時代。 
「渦」 の力。 さまざまものに、渦が描かれ、水を飲む前には、瓶の水を乙女が回転させてから使う風習がありました。 これは、渦ができることにより、水が浄化されると考えたそうです。

日本もまた、同じように、渦には特別な力があると思ってきました。
縄文時代に描かれた模様は、渦が原点になっているとも言われます。 
縄文時代の女神を言われる瀬織津姫もまた、 水の女神であり、浄化の女神でもあります。

もしかしたら、その原点は、このストーンサークルにあるのかもしれません。

そして、足摺岬のストーンサークルの場所は 133度線。
その133度線を北へ進むと、 大三島の大山祇神社があり、 イザナミが眠る 出雲があります。
後に、瀬戸内海、そして出雲で栄えた 「鉄文化」 
その鉄文化に合わせるようにつくられた、祭祀遺跡や古代の塩田。 
日本の中での聖地として、 足摺岬を出発点にして、 その中央の大三島、そして出雲は、それぞれの場所の意味があったのかもしれません。

これは、あくまでも私の思いつき、ひらめきですので、 また 変わるかもしれません。
でも、これは、一つのヒントではあるような気がしています。

最後の氷河期が終わり、縄文時代早期少しづつ暖かくなり、海が広がり、瀬戸内海もできました。
それまでは、瀬戸内海は、広い草原だったのです。
人々が、住み始めた次代でもある縄文時代は、まだまだ、なぞに包まれた、今の人間が考えられない文明が存在していた時代かもしれません。

ユーラシア大陸の東と西の端に、同じ民族がストーンサークルをつくることができる民族がいたとしたら、今までの歴史が変わってしまいそうですね。
神社の歴史から、こんなところまで、世界が広がるなんて、自分でもびっくりしています。
日本の神々は、それだけ、偉大で、それだけ、重要な神様なのですね。
そして、日本という国もまた、この地球にとって、とても重要な場所、特別な場所なのかもしれません。

今日も長い長い文章を最後まで、お読みくださいまして本当にありがとうございます。

今日の動画は、ハワイ マヌアケア山 山頂の 国立天文台 すばるから見た景色、富士山よりも高い場所からの、太陽だそうです。
太陽の力が、皆様のもとへと届きますように・・・・・・。





神々の伝説を伝えるために、そして、
その中から自らの生き方を見つけるために、
ブログランキングに参加しています。

幸せの輪を一緒に広げませんか。幸せの入り口(バナー)をポチっとお願いします。


にほんブログ村 哲学・思想ブログ スピリチュアル・精神世界へ
にほんブログ村


ブログで紹介した場所を、地図でご案内しています。。
お越しの際には是非ご参考にされてください。

愛姫伝神社・お寺・観光マップ
by ldc_nikki | 2011-06-22 23:07 | 愛媛県西予市城川町 | Trackback | Comments(6)

こんばんは。

今日は、夕方久しぶりに 彩雲を見ました。
西の空に沈む夕日の横に、光る雲の中に、縦に伸びる虹。
とっても綺麗でした。

でも、その後の夕日が、少し紫がかった赤に染まり、 少し気持ち悪い感じがしました。

また、明日はお天気が悪くなるようなので、気象性のものならいいのですが。。
少し心配です。
何もないことを、祈りたいと思います。

今日は、城川町の、もうひとつの姫を祀る神社です。

神社の名前は、八幡神社。城川町古市に鎮座します。
前回、城川へ訪れた時は、瀬織津姫を祀る神社は、杉王神社しかわかりませでした。
次の週末、図書館で調べ物をしていた時、見つけた姫の神社。

ここは、町誌にも村誌にも、姫の名前は見つけることはできませんでしたが、神社に関する調査という、古い本に、姫の名前が確かにありました。

古市は三区域に分れ、古市村、伏越村、中津川村と称え、各村に氏神社がありました。
これら三つの村を合併して、古市と名づけられた時、各村に鎮座されていた神社を合祀して、その時に、神社の名前を八幡神社と名づけました。

その合祀された神社の中に、姫の神社はありました。

古市のどのあたりに祀られていたかは、まだわかりませんが、ちゃんと残っていてよかった。

古市八幡神社は、古市の村を見渡せる小さな山にありました。
場所が、わかりにくいところだったのですが、近くのガソリンスタンドのご主人?が、お客さんでもないのに、とても親切に教えてくださったので、迷うことなく、まっすぐたどり着けることができました。
ガソリンスタンドのご主人、ありがとうございました。

では、神社をご紹介します。

e0165472_21364140.jpg


なぜか、鳥居の向こうに、お堂がありました。
e0165472_21374689.jpg


拝殿は、山を少し登ったところにありました。
e0165472_2139941.jpg


古い石の階段の入り口に、狛犬がありました。
e0165472_2141688.jpg


そして、拝殿へ
e0165472_21444145.jpg

e0165472_21462567.jpg

e0165472_21464352.jpg


本殿
e0165472_21474768.jpg


神紋
e0165472_21485923.jpg


そして、神社から見る、古市の町。 
e0165472_21543116.jpg


先日の「霧」 の動画にも、入れさせていただきましたが、 同じ山のように見えるのですが、
城川の景色は、 なぜか、 特に心を奪われます。
人が住んでいるのに、下の世界とは違う、人の世界とは違う空気がそこにはあります。
これは、4億年前の地層でできている土地の上にいるからなのか、それとも、山の上にある町だからなのか。

山々や、川の上に流れる霧も、 透き通っていて、まるで、空の上を、ゆっくりと漂うかのごとく、半透明の霧が流れています。
昔は、どこも、こんな景色が広がっていたのでしょうね。

参拝する時には、雨もやみ、無事たどり着くことができました。
姫さまに、感謝です。(合掌)

町の中に住んでいると、 自然が生きていることを感じることができません。
だから、自然の中に、神が宿ることも、 感じることができない人になってしまうのかもしれません。

「志那都比古神 しなつひこのかみ」 という神様をご存知でしょうか。

日本神話に登場する、イザナギとイザナミの間に生まれた、風の神です。
古代の人々は、風は神の息でおきると考えていました。

風を一言で表すと 「し」 。
呼吸がとまることを 「し」 が 「いぬる(去る・帰る)」 と考えて 「しぬる」 といったのことが
人の 「死」 の語源だそうです。
愛媛では、今も方言で、 帰ることを 「いぬる」 といいます。
これは、この言葉からきているそうです。

私たち人間は、特別ではなく、自然と同じ、繋がっていると、古代の人々はきっと思っていたのだと思います。
いえ、もしかしたら、人間は、自然よりもずっと下の存在だと思っていたのかもしれません。
自然がなければ、私たちは、生きることができないのですから。。。。

城川という町は、そんなことに気づかせてくれる町のような気がします。

確かに、不便なことは沢山あると思います。 
でも、この山、この川、この町を、これから先、ずっとずっと残して欲しいと、心から願います。

そして、今回の城川の最後に行った場所は、私たちを縄文時代へとタイムスリップさせてくれたようでした。
縄文時代の姫の場所に。
そして、もう一度、原点に戻りなさい、本当に大切なものは何かを知りなさいといわれているかのごとく。。。




神々の伝説を伝えるために、そして、
その中から自らの生き方を見つけるために、
ブログランキングに参加しています。

幸せの輪を一緒に広げませんか。幸せの入り口(バナー)をポチっとお願いします。


にほんブログ村 哲学・思想ブログ スピリチュアル・精神世界へ
にほんブログ村


ブログで紹介した場所を、地図でご案内しています。。
お越しの際には是非ご参考にされてください。

愛姫伝神社・お寺・観光マップ
by ldc_nikki | 2011-06-21 22:30 | 愛媛県西予市城川町 | Trackback | Comments(2)

こんばんは。

今日から、再度城川町です。
前回の城川町も、本当に素敵でしたが、今回は、また、全く違う城川の風景に出会うことができました。

雨の中でしたが、 参拝の時には、不思議と雨も小雨になり、山道も歩けるほどに。
今回も、時間のゆるす限り、神社めぐりをすることができました。

今日から、数回にわけて、神秘的な城川の町をご案内させていただきます。

冒頭でも、書きましたが、今回は、あいにくの雨。
でも、松山を出発する時は、雨もあがり、陽もさしていたので、思い切って行くことにしました。

内子インターを降りて、川沿いを肱川方面へ。
そして、肱川から、さらに山へと入ります。 城川へ行く道路は、とても美しい川がずっと続い続いています。

竜王山が見え始めた時、今まで見たことがない風景が広がっていました。
「けあらし 蒸気霧」 です。
ちょうどそこは、肱川の上流で、もう少し行くと、肱川、宇和川、黒瀬川の三つの川が合わさる、まるで湖のような場所です。
そして、 左には、竜王山が。。。。。。

まるで、霧の向こうから、ほんものの龍が昇ってくるような気がします。

e0165472_21455376.jpg

e0165472_21461033.jpg


山が、川の鏡にうつり、まるで浮かんでいるようでした。
e0165472_21485985.jpg

e0165472_2149161.jpg


そして、城川町へつき、前回の姫の神社の近くへやってきました。
姫の神社の下に流れる黒瀬川が、すごい勢いで流れていました。 
大きな岩に、勢いよくぶつかる濁流。 さっきの穏やかな川とは、また、全く違う川の姿でした。
e0165472_21553711.jpg
 

城川町は、水に恵まれているところ。
だから、縄文時代の人々にとっては、とても住みやすい場所だったのかもしれません。

まず、最初に向かった神社は、
城川町土居に鎮座する、三島神社です。

前回すぐ近くを通ったのですが、 見逃してとおりすぎてしまい行かなかった三島神社。
これもやっぱり順番だったのかと思うほど、今回は、もうそろそろだなと思いながら、ふと右側をみたら、
目の前に鳥居が。。。

場所は、城川総合公園のすぐ隣でした。
e0165472_2233313.jpg

e0165472_2245196.jpg

e0165472_2255021.jpg

e0165472_226475.jpg


*三嶋神社
*西予市城川町土居93
*白河天皇の永保元辛酉年に越智郡大三島大山祇神社の御分霊を勧請し、大雷神、高龗神を合祀奉り、郷中の大氏神とした。

この三嶋神社は、二十一村の大氏神として、多くの人々に崇められていました。
主祭神は
大山祇神、大雷神、高龗神。 の三柱。

しかし、ここには多くの神社が合祀されていて、全部で、13柱の神々がここに鎮座されていると伝わりますが
なぜか、 記載されている神の名前は、10柱しかありませんでした。

合祀されている神社と神々
・神明神社 (天照皇大神 ・ 豊受大神)
・白王神社 (木花咲耶姫命)
・八坂神社 (スサノオ命)
・天神社  (管公霊)
・天神社  (天目一筒神)
・高山神社 (大山祇神)
・八幡神社 (紀実平公)
・海津見神社 (豊玉姫命)
・若宮神社 (天稚彦命)

大きな拝殿ではありませんが、一歩鳥居の中に入ると、たくさんの木々に囲まれ、透き通った神聖な空気が漂っていました。 
そして、拝殿へ。

e0165472_2231162.jpg

e0165472_2232876.jpg


本殿
e0165472_22331753.jpg


神紋
e0165472_22343955.jpg


境内
e0165472_22353695.jpg


まずは、三嶋神社へご挨拶をして、 いよいよ、瀬織津姫の神社へと向かいました。
姫の神社は、ここからそう離れていない場所にありました。

次回は、姫の神社をご案内させていただきます。


・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

先日、ドラマの中で、 高校生の子供たちに言っている言葉が、とても気になりました。

はじめから見ていないので、 ストリーが今ひとつよくわからないのですが、
料理の勝負で負けてしまって、それに対して、子供たちに言っていることばでした。

昔の私なら、多分、何も気にせず聞き逃してしまうのかもしれませんが。。。。
先生が生徒に。
「負けてよかったと思う。 これで、多くのことを学ぶことができた。」
確かに、そうだと思う。 負けなければわからないこと、失敗しなければわからないことは沢山ある。

でも、 その後のことばだった。
なんと言ったのかは、正確には覚えていないのですが、 「勝つ」 ということだけを、言っているような気がしたのです。

料理は、勝ち負けなのでしょうか?

いや、料理だけではなくて、今の時代、何でも勝ち負けを、何よりも一番に考えすぎているような、そんな気がしたのです。
もちろん、 勝たなければいけないことは沢山あります。

でも、料理は、勝ち負けが先ではなく、 どれだけ、喜んでもらえるか、相手に対しての気持ちが先なのではないのかなと。
勝つことだけを、考えていると、自分が何のために、今一生懸命になっているのかを見失ってしまわないのでしょうか?
勉強も同じ。  仕事も同じ。 
もちろん、いい大学に入るためには、人よりいい点を取らなければいけないし、
仕事で認めてもらうためには、 ほかの人に、勝たなければいけないのかもしれません。
でも、なんだか、順番が逆になっていることが、気になるのです。

どうして勉強をするの? どうして仕事をするの? どうして料理をつくるの?

本当は全て、世の中をよくするため、 誰かが幸せな気持ちになるためなのではないのでしょうか?

昨日の 「仁」 で、 言っていたことばが、今回のことと、重なりました。

「国のため」 「道のため」

先の世で、今よりもっと幸せな世界になるために、今、私たちは、生きているのではないのでしょうか。
誰かが、幸せになれるために、生きているのではないでしょうか。
それなのに、 今は、 自分のことが一番になってしまっているような気がするのです。
今、贅沢な暮らしがしたいから、お金儲けがしたいから、 もっと遊びたいから、 いいものが買いたいから、
だから、働く。 

いつから、そんな世の中になってしまったのでしょうか。。。

何もかもがあまりに便利で、 あまりに贅沢になりすぎたからなのでしょうか。
今、私たちに、問われていることは、まずは、その心なのかもしれません。

本当の豊かさは、 誰かの幸せの向こう側にあるような気がします。
一生あうこともないかもしれない誰かが、あなたの行動で、あなたのことばで、あなたの努力で、
笑顔になった時、 本当の豊かさが、あなたの所にもたらされるような気がします。






神々の伝説を伝えるために、そして、
その中から自らの生き方を見つけるために、
ブログランキングに参加しています。

幸せの輪を一緒に広げませんか。幸せの入り口(バナー)をポチっとお願いします。


にほんブログ村 哲学・思想ブログ スピリチュアル・精神世界へ
にほんブログ村


ブログで紹介した場所を、地図でご案内しています。。
お越しの際には是非ご参考にされてください。

愛姫伝神社・お寺・観光マップ
by ldc_nikki | 2011-06-20 23:23 | 愛媛県西予市城川町 | Trackback | Comments(2)

数あるブログの中からお越しいただきましてありがとうございます。 不思議な数々の出会いから、今は、愛媛の神社めぐりをしながら、神社や女神様そして、神話の神々の伝説を調べています。
S M T W T F S
1 2 3 4 5 6
7 8 9 10 11 12 13
14 15 16 17 18 19 20
21 22 23 24 25 26 27
28 29 30 31