<   2011年 08月 ( 22 )   > この月の画像一覧

こんばんは。

今日で、8月も終わりですね。
明日からは、9月。 まだまだ、残暑が厳しいですが、もう秋。

今日は、少し遅くなってしまったので、
神社のお話は、お休みにして、 私の好きな曲をアップしてみました。

夏川りみさんの

「この星を感じて」 です。

私は、20代後半の時、 突然沖縄に住みたくなり、 
一年間、沖縄に住んでいました。

その時、 初めて、沖縄の音楽にふれ、
それ以来、 沖縄の音楽が大好きになりました。

本土では、今、神様を感じることができる場所が少なくなりました。
人々の心からも、神様はいなくなってしまいました。

自分の都合のいい時だけ利用する神様はいても、
何もなければ、その存在を気にすることも、 手を合わすこともなくなりました。

神様を思うことは、 自分自身を見つめることと、 自分を想うこととと同じなのです。
神様は、 自分の命の原点と、同じなのです。

私たちは、 この地球に生まれ、 地球の豊なめぐみのおかげで、 こうして命を与えられ、 
たくさんの人と出会い、 家族を持ち、 多くの可能性を秘めながら、 生きていくことができるのです。

人は、何のために、命を与えられたのでしょう。

人より、お金を儲けるためですか。
人より、上にたつためですか。
人より、贅沢な暮らしをするためですか。

そんなことのために、 命は、与えられたのでしょうか。

もちろん、今の世の中、 お金は必要です。
誰かは、人の上にたたなければいけません。

でも、お金を儲けることが目的になってはいけないのです。
お金は、 自分が、 何かの役に立ち、 人のために働き、 それによって、誰かが喜び、
誰かが、幸せになって、初めていただくことに、意味がある。

人の上にたつ人は、 より多くの人を救い、 世の中のために何ができるかを考え、
地球を未来の子供たちに残し、 伝えていきたいと、より強く思う人が選ばられなくてはいけないのです。

何のために、 生きるのか。
何のために、 働くのか。
何のために、 お金はあるのか。
何のために、 今日はあるのか。

何のために、 命はあるのか。

この星と、一体になって、 もう一度、 考えてみませんか。
その答えは、 この星、 
空、海、土、花、風、川、山、雨・・・・・・・。

自然であり、神である、 この星にあるのかもしれません。
それは、私たち人間も、この星の一部だから。。。。。


(私が撮った、宮島の大鳥居です)
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愛姫伝神社・お寺・観光マップ
by ldc_nikki | 2011-08-31 23:59 | 日記 | Trackback | Comments(0)

こんばんは。

今日のお話は、前回の続き、空海が祀った守護神のお話です。
まだ、前回のお話を読んでいない方は、ぜひ、前回の龍池神社をご覧ください。

空海が、岩屋寺を開基したさいに、11社の神社をおき、そこに守護神を祀られました。
前回の、龍池神社もその一つです。

そして、龍池神社の祭神は、ニギハヤヒと瀬織津姫につながりました。

今日、ご紹介する神社は、 龍池神社からすぐ近くに鎮座する、
「河内八社神社」ですが、 ここも同じ岩屋寺の前を流れる、直瀬川のほとりに鎮座します。

そして、祭神は、ここ数回いつも出てくる名前
五男三女神(ごなんさんじょしん)です。

五男三女神は、古事記の中では、アマテラスとスサノオの誓約のさいに、お互いの剣と、勾玉から生まれたとされる神ですが、 実は、 もう一つの姿がありました。

その姿は、、神仏習合下の両部神道に由来するもので、
牛頭天王の八人の王子です。
仏教の守護神である牛頭天王には、8人の子(八王子)がいるとされています。

牛頭天王(ごずてんのう)とは、日本の神仏習合における神の名前で、
あの祇園まつりでも有名な、祇園信仰の神、そして、スサノオと同一視されます。

八王子は八方位の暦神に比定され、、八将神ともいわれます。

  太歳神(木曜星・総光天王)
大将軍(金曜星・魔王天王)
太陰神(土曜星・倶魔羅天王)
歳刑神(水曜星・得達神天王)
歳破神(土曜星・良侍天王)
歳殺神(火曜星・侍神相天王)
黄幡神(羅光星・宅神相天王)
豹尾神(計斗星・蛇毒気神天王)

そして、これらを生んだ母の名を、頗梨采女。
八大竜王の1柱で、娑竭羅龍王(しゃかつらりゅうおう)の三番目の娘、第三王女、

またの名前を、 「善女龍王」 です。

空海が名づけた、清瀧権現(せいりゅうごんげん)も、同じ善女龍王です。

もうずっと前に、何かを調べている時に、善女龍王にたどり着いたことがあったのですが、その時は、漠然と瀬織津姫に繋がるということはわかったのですが、 それがどんな風に繋がるのか、まだあまりよくわかっていませんでした。

五男三女神とは、やはり瀬織津姫を消し去った変わりに生まれた神の名前でもあり、
神仏が習合されたさいに、それは、 八王子となり、 その王子を生んだ母は、善女龍王とされた。

空海が、善女龍王と深い関係があります。

善女龍王は、密教を守護していた中国・青龍寺に飛来して同寺の鎮守(守護神)「清龍」となりました。
その後、空海は、青龍寺を訪れて仏法を学びます。 

空海が中国から帰国するさいに、空海の船を守護しながら日本へと飛来し京都洛西の高雄山麓に勧請されました。
そして、海を渡ったので龍の字に「さんずい」を加えて日本では「清瀧権現」と敬称するようになったと言われます。
そして、真言密教を守護する女神となったのです。

日本の神々は、ちょうど、古事記ができ、瀬織津姫が消されてしまった後、
8世紀ころから、仏信仰が強くなり、日本古来の神をまつる神社が衰退し、仏を信仰する寺の勢力が強まり、神々の名は、日本からどんどん忘れさられようとしていました。

それを救ったのが、神仏習合を確立させたともいえる、 空海だったのです。

ここからは、私の考えですが、空海は、中国から持ち帰った 「善女龍王」を、日本古来の女神、
瀬織津姫と習合させることによって、 神々を守っていったのではないでしょうか。
そして、その中心的場所であった、四国の重要な場所に、八十八ヶ所をおいた。 神々を守るために。。

だから、瀬織津姫の名前が変えらるにあたり、その舞台となった場所に、お寺がある。

後に、円空が、全国を行脚しながら木造を掘っていったのもまた、
瀬織津姫のこと、空海が行ったことを知り、日本を守るために、
瀬織津姫とされる 白山の本地仏、十一面観音菩薩をつくり、
空海が信仰した、密教の女神であり、瀬織津姫の姿である、善女龍王をつくった。

瀬織津姫の神社を巡り初めて、ある時、空海のゆかりの地へたどり着き、 
それ以来、お寺と神社、両方に行くようになりました。
でも、行くお寺は、そのほとんどが、真言宗。 偶然なのか、 何か関係があるのか、 その答えがなかなかわかりませんでしたが、 今日、やっと私の中ではっきりと繋がった気がします。

そして、これも偶然なのか、 必然なのか、

今日、私の元へ、 ある方が作った、「善女龍王」が届きました。

善女龍王が届いた日に、このことにたどり着いたことも、姫のお導きのような気がしてなりません。

このブログを書きながら、ここまでたどり着けたことが、自分でも、本当に不思議なのです。

五男三女神は、八王子と同じであり、
そして、そのどちらも、原点は、善女龍王。 善女龍王から生まれた 神であり仏だったのです。

そして、それは、空海が瀬織津姫を救うために、神仏を合わせた姿だったのです。

*河内八社神社
*上浮穴郡久万高原町七鳥870番地
*祭神
 五男三女神(ごなんさんじょしん)
*弘仁6年(815)弘法大師が岩屋寺、開基にあたり守護神として造った十一社の内の一社とされているが、創設は未詳。 神護年間(765~769)の創設であろうと言われているが大宝寺、岩屋寺の別当である。
 明治43年七鳥熊野神社合祀したが、昭和23年分離。

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大木の生い茂る参道をとおり、神社へと向かいます。
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神聖な森の中に、神社は静かに鎮座されています。
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湧水です。
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拝殿
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本殿
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神社のすぐ下を流れる、直瀬川
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今一度、拝殿
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拝殿に、水の文字が。。。。。。
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森の中にかくれ、その存在をほとんど知られることのない神社なのかもしれません。
でも、その存在感は、ものすごい強いものを感じました。
空海の想いを受け継ぎ、今もなお、岩屋寺を守り続けていることでしょう。

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私たちは、 過去の人々の想いを、忘れてはいけないのです。
繋がれた命、 教え、 日本を守り続けている神々。

過去を振り返ることは、タブーとされた時代がありました。
でも、 本当の未来は、 過去を知ることから始まる。 
新しいものを生み出すためには、 ただ、 先を見るだけではいけないのです。

過去から受け継がれ、忘れてはいけないものは、 しっかりと守り、受け継ぐ。
過去を知って初めて、本当によい世の中は、つくることができるのだと、私は思います。

自分たちさえよければいい、今、自分たちが、贅沢をして、面白おかしく生きていればいい。
そんな考えは、そろそろやめなけばいけないと思いませんか。
世の中は、今、大変なことになっていることに、そろそろ気づきませんか。

自分だけは、大丈夫。 
そんな考えが、どこかにありませんか。

今、現実に起こっていることから、目をそむけていませんんか。

見えないふりをしていませんか。

政治も、経済も、日本も世界も、地球も、宇宙も、
本当におこっていることから、目をそむけ、まだ、幻の過去にしがみついているような気がしてなりません。

人間は、どこまでいけば、本当に気づくことができるのでしょう。。。。。。





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愛姫伝神社・お寺・観光マップ
by ldc_nikki | 2011-08-30 23:37 | 愛媛県久万高原町 | Trackback | Comments(2)

こんばんは。

今日まで、少し遅い夏休みでした。
夏休みといっても、週末はいつもと同じように、子供たちの送り迎えと神社巡り。

そして、今日は、子供たちとカラオケで歌の練習。
あっという間の、4日間でした。

今週で子供たちも、夏休みも終わり、私もまた、年末までお仕事頑張らなきゃ♪

平凡な毎日ですが、 今は、この毎日がとても楽しく、充実しています。
こんな風に思えるようになったのも、 瀬織津姫さまのおかげです。

そして、まわりのみんなのおかげで、 こうして、神社をめぐることができることに、心から感謝しています。

今日、ご紹介する神社は、
実は、ず~っと前から、探していた神社でした。

以前は、 空海と関係のある神社だということは知らなかったのですが、 
名前に惹かれ、岩屋寺のすぐ近くということもあり、何度も、岩屋寺の前の道を通るたび、
また、岩屋寺へ2度訪れた時も、もちろん探していましたが、 まったく見つけることができませんでした。

そして、今回、 やっと、たどり着くことができました。
でも、 見つけた時は、びっくり、 どうして、今まで見つけることができなかったんだろう。というくらい、
目の前に神社は、あったのです。

神社は、岩屋寺にあがる道のすぐそばにあったのです。
川沿いの道は、もう何度となく通っている道、 その道路からも、ちゃんと見えているのです。

それなのに、今まで、どうしても見つけることができませんでした。

それは、私の勝手な思い込みのせいでした。
私は、地図から判断して、 岩屋寺のむかって左側にあるとばかり思っていたのですが、実際は、向かって右側にあったのです。
よく見れば、神社の拝殿も見えます。
それなのに、私の頭の中で勝手に左側とおもっていたせいで、その存在にまったく気づけなかったのです。

人間は、やっぱり不思議です。
目の前に広がっている景色も、 目にうつるものも、 心の中次第で、 まったく違うものがうつっているのです。
同じ現実が広がっていても、人によって、見るもの、感じるものは全く違うものなのです。

人生も、きっと同じなのだと思います。
目的地は、もしかしたら目の前にあるのに、見えていないだけ、ひたすらもがき、苦しんでいる。
同じものが目の前におかれていても、 どれを選ぶかは、 自分の心の中が映し出すもの。

いつも、言っていますが、心が現実をつくり、未来をつくる。
だから、 今起きている現実は、 誰のせいでもないのです。 自分の心が選んだ現実。

私は姫と出会って、 多くの神々と出会って、 神社と出会って、 
そのことが、はっきりとわかるようになりました。 
わかっていても、 時々、自分の思い込みで、見えなくなることもあります。 一生修行、一生学びです。

話が少しそれてしまいました。。。。。。

では、今日の神社 「龍池神社」 のご紹介です。

龍池神社は、 四国八十八ヶ所 45番札所 岩屋寺の入口のすぐそばに鎮座します。
そして、岩屋寺ととても深いかかわりのある神社です。

岩屋寺は815年、霊地を探していた空海が、開基したお寺で、
自ら不動明王の、木像と石像を刻み、木像は堂宇を建立して本尊として安置、石像は奥の院の岩窟に祀って秘仏とし、岩山全体を本尊としたとことから始まります。

しかし、空海は、これだけではありませんでした。
岩屋寺を開基するにあたり、 なぜか、峰々谷々に、守護神をお祀りになったのです。

お祀りになった神様は、
大那智権現、白山権現、高祖権現、別山権現、古山権現、龍池権現といいます。

そして、この神社は、龍池権現を祀った神社です。
この権現さまの名前を見ると、 姫に関係する名前が半分、 あとの半分は、 はっきりとまだわかりません。
でも、一つ疑問なことは、 ここ龍池神社を除き、 現在の祭神は、 五男三女神となっていることです。
これは、先日、厳島神社のところで、説明しましたが、厳島神社と同じ祭神ということになります。

ということは、 上記の権現さまは、すべてもとは、同じ神様ということにもなります。

ここ、龍池神社の祭神だけは、なぜか違っていて、
高龗神(たかおのかみ)
闇龗神(くらおのかみ)
速秋津比売命(はやあきつひめのみこと)
速秋津日子神(はやあきつひこのかみ) です。

でも、この神様の名前を見て、すぐ思いつくことは、やはり、ニギハヤヒと瀬織津姫の存在です。
高龗神、闇龗神は大山祇神社にも祀られている神さまですが、 これも、瀬織津姫でもあり、ニギハヤヒでsもあります。

そして、速秋津比売命は、水の神、また、「水戸神」港の神。
とすると、 ここは、瀬織津姫さまも、いらしゃるということになります。

龍池権現は、 
瀬織津姫とニギハヤヒということになるのです。

もし、この六つの権現さまが同じ神とするならば、 これら、すべて、
瀬織津姫とニギハヤヒということにもなります。
とすると、 五男三女もまた、 ニギハヤヒと瀬織津姫の変わりに生まれた神ということに。。。。。

そして、厳島神社は、各神社に、ニギハヤヒを祀り、 本殿に瀬織津姫を祀ることになります。

もし、この仮説が正しければ、 やはり空海は、瀬織津姫のことを知っていた。そして、姫の魂を鎮めるために、姫の存在を残すために、その土地の重要な場所、八十八か所をつくっていったということにも繋がります。
また、 水軍と深いかかわりをもった、平清盛が、忘れ去られようとしていた、廃絶寸前の宮島の神社を、
あのように立派に再建した訳にもつながってくるかもしれません。

海を司る、大いなる神、水の女神 瀬織津姫の御魂は、その姿は見えずとも、今もなお、しっかりと生き続けています。

神社の前を流れる、直瀬川。
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*龍池神社
*上浮穴郡久万高原町七鳥1431番地
*祭神
 高龗神(たかおのかみ)
 闇龗神(くらおのかみ)
 速秋津比売命(はやあきつひめのみこと)
 速秋津日子神(はやあきつひこのかみ)
*弘仁6年(825)弘法大師岩屋寺開基の際、峰々谷々に大那智権現、白山権現、高祖権現、別山権現、古山権現、龍池権現を守護神として斎くという。
明治43年熊野神社に合祀したが昭和27年龍池神社となる。

境内の入口に、黒いトンボがいました。
この黒いトンボも、 神社に行くとよく遭遇します。
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川沿いの道をまっすぐ進むと、神社はあります。
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龍池神社 拝殿
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本殿
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境内社 天神社?
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本殿のすぐ下を流れる、直瀬川
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龍池神社。 岩屋寺。
空海も清盛も、 そして、円空も。。。。。。

もしかしたら、時代が大きく変わろうとしている時、姫は、大きく時代にかかわってくるのかもしれません。

だから、時代が大きく変わろうとしている今、1300年の時と超えて、姫は人々に知れ渡るようになってきたのかもしれません。
そして、今度こそ、本当にその姿をはっきりと、現そうとしているのかも。。。。

蝦夷の国の女神が、今たちあがる。
瀬織津姫の御霊が、大和をおさめたり。。。。

日いづる国のまことが、今あきらかに。
瀬織津姫のまなざし 雨土治めたり。。。。。。

この歌詞のように。。。。。




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愛姫伝神社・お寺・観光マップ
by ldc_nikki | 2011-08-30 00:05 | 愛媛県久万高原町 | Trackback | Comments(0)

おはようございます。

今日は、一晩かけて動画を作りました。

パソコンが変わったので、少し時間がかかりましたが、 やっと完成。
ほとんど寝ていません^^;

子供が、朝の部活があるので、ごはんの用意をして
動画をアップ。

今回の動画は、

「愛媛に眠る古代の女神さま」 です。

女神さまを祀る神社を、比較的最近参拝した神社から選びみました。
パソコンの中で、参拝をしてみてください。

皆様の心の癒しに、少しでも、お役にたてますように。。。。。





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愛姫伝神社・お寺・観光マップ
by ldc_nikki | 2011-08-29 07:18 | 歌・動画 | Trackback | Comments(0)

こんばんは。

今日は、真夏が戻ってきたような暑さでした。
お盆の過ぎ、9月が来ようとしているのに、今年も、まだまだ暑い日が続きます。

みなさんは、夏バテなどしていないでしょうか。
夏に冷たいものを飲んだり、食べたりし過ぎると、 内臓が弱り、秋がくるころに、体のあちこちに変調をきたすそうです。

気をつけないといけないですね。

さて、今日から、久万高原町のお話に移ります。
少し前に、 久万高原町の紹介をしましたが、 あの後、 空海が、岩屋寺を開基した際に、守り神として鎮座させた神社を、探しに行ってまいりました。

久万高原町は、岩屋寺や、大宝寺など、 四国八十八ヶ所の中でも、特別なお寺といえる有名なお寺がある場所ですが、 お寺だけでなく、 神社も、とても意味のある神社が多い町だと感じます。

愛媛の中心ともいえる、久万高原町は、 縄文時代から人間が住んでいたといわれる場所でもあり、
空海も、特別な霊気を感じる場所とも言ったように、 神々が宿る町なのかもしれません。

大宝寺をすぎ、岩屋寺の方へむかっていると、右手に、神秘的な杜が目に入りました。

「これ神社かな?」

「とりあえず、ちょっと見てみよう」

そう言って、杜の方へと入っていってみました。
すると、 反対側に、鳥居がありました。
(やっぱり神社だ~!)

ここへ、来る予定ではありませんでしたが、 こもきっと何かのご縁、
ここで、今回の久万高原町に入るためのご挨拶をさせていただくことにしました。

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正面の入口へ行くと、そこには、「住吉神社」と書かれていました。
住吉神社は、 今まであまり参拝したことがない神社ですが、 実は、私自身にはとても縁のある神社です。

というのも、 今の私の家の氏神さまは、住吉神社で、
私の祖父が住職をしていた、三津のお寺の中には、 住吉神社があったそうです。

以前から、きっと、いつかこのご縁の意味がわかる時がくるんじゃないかと思っていましたが、
ここにきて、やっと、少しづつその意味がわかりはじめたような気がします。

住吉神社は、 瀬織津姫には、まったく関係のない神社だと今までなぜか思っていたのですが、
それは大きな間違いで、 住吉神社に祀る、 住吉三神もまた、 昨日お話した「客神社」と同じように、
神々を入れ替えられたことに、大きなかかわりをもつ神様だったのです。

住吉三神の祭神は、
底筒男命(そこつつのおのみこと)、中筒男命(なかつつのおのみこと)、表筒男命(うわつつのおのみこと)
の三柱の神のことを言います。

この住吉三神は、イザナギが黄泉の国から帰ってきた後、禊をした際に生まれた神様です。
三神に分けられてはいますが、 この三柱の神は、もともとは一柱の神をわけたものだと考えられています。

そして、この禊をしたさいに、生まれた神は、住吉三神だけではありませんでした。
もう一柱の神とは、 綿津見神。
綿津見神もまた、 住吉三神と同じように、
ソコツワタツミ(底津綿津見神)、ナカツワタツミ(中津綿津見神)、ウワツワタツミ(上津綿津見神)の三神を
総称して、綿津見神といいます。
そして、またの名前を、 豊玉彦命ともいいます。

豊玉彦命は、あの豊玉姫の父でもあります。

そして、住吉三神と、綿津見三神は、共に生まれてきているのですが、
古代王権が九州から畿内(近畿)に東遷する時、重要な役割をしたのが住吉三神とされています。

このことから、 ここでもまた、禊という、罪を祓った後に、
それぞれ、 元の神と、新しい神のそれぞれの意味を背負った神が生まれ、片方の神は、新しい王権に近い神として表現されています。

古事記とは、 一見一つの物語のように作られていますが、実は、その中身は、元の神から新しい神へと変えるにあたり、何度も、禊や誓約、多くの神を誕生させながら、自らが行っていることを正当化するだけでなく、元の神への罪の意識から、すべてを消し去ることはできず、両方の神を同じように誕生させ、片方の神々を自分たちの祖神といわんばかりのストーリーへと作っていったものではないかと思えます。

また、ここにも、陰と陽、裏と表の世界があり、 
さらには、荒御霊、和御霊という二つの魂の存在へもつながり、一番重要な、祓戸大神を誕生させることにより、自らの罪を、自らが消し去った神で祓い、 それらの神々の怒りを鎮め、罪を詫びていたのかもしれません。

ただ、古事記をつくることと同じくして、 どうしても、変えなければいけなかった場所が、大三島の三島宮、またの名前を、浦戸宮だったのか、それが、まだまだ謎のままです。
さらには、越智氏という氏族が、どうしてそこまで関わっていたのかも含め、まだまだ課題は山積みです。

瀬織津姫から、大山積神へ、 
大三島の大山祇神社の御神体、 鷲ヶ頭山は古くは、神ノ山とよばれ、さらに、神社に近い場所にある山、
安神山に住んでいた龍を、瀬戸から宮浦へと編座するさいに、追い出し大山積神を鎮座現在の場所へと祀ったのか。 それが、これからの一番の課題になりそうです。

*住吉神社
*上浮穴郡久万高原町下畑野川甲384番地
*住吉三神(すみよしさんじん)
 息長足姫命(おきながたらしひめのみこと)
*大阪堺の神官が奉じていた住吉神社の神霊をあがめ祭ったことに始まりその後村内の各所にあった神社を合わせ祭っています。
 本殿の屋根は比翼神明造りで美しく周囲は県指定天然記念物カヤをはじめケヤキ、杉、桧などの大木でおおわれている。
 江戸時代には俳諧が盛んな地域で奉額が町指定文化財である。

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拝殿
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手水舎
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素晴らしい本殿
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境内社
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拝殿
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「風の谷のナウシカ」の中のセリフです。

 ≪きれいな水と空気のなかではムシゴヤシだってこんなかわいい木にしかならないの、瘴気も出さないとわかったわ。汚れているのは土なんです。このものたちのせいではないのです≫

久万高原町の神社は、 山の中でも、蚊に刺さることがあまりありませんでした。
私は、蚊に刺されやすい体質なのか、神社に行くと、蚊がむらがるように体にとまります。
でも、久万高原町では、 木が生い茂る中を歩いても、蚊がいないのです。

それは、そこにある水が、綺麗だからかもしれません。
美しい水の場所では、蚊は生まれないのかもしれません。

私たちは、 水を汚し、土を汚し、 空気を汚す。
それによって生まれた生物たちは、 私たち人間が作り出しているのかもしれません。

風の谷のナウシカの中で、ナウシカが言ったこの言葉が、 強く心に響きました。




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愛姫伝神社・お寺・観光マップ
by ldc_nikki | 2011-08-28 04:06 | 愛媛県久万高原町 | Trackback | Comments(0)

こんにちは。
昨日は、 やっと夏休みをとって、 少し遠くへ行ってきました。
子供たちも私も両方が楽しめる場所をと、選んだ場所は、 広島県、宮島。

今年の8月に、 宮島の水族館がリニュアルオープンしたことを先日、偶然見つけ、
日帰りで行けて、こんなに、ベストな場所はない!

ということで、宮島へ行ってきました。。

そういえば、まだ、神社を巡り初めたころ、 初めて大三島の大山祇神社に行った時、おみくじをひいたら、
生まれてはじめて、「凶」が出て、ちょっとショックを受けましが、
今回、 厳島神社で、 おみくじをひいたら、
なんと、 またまた 「凶」だったのです。

なんだか、 節目節目に、凶がでるような気がして。。。。
前回の凶の時も、 あれから、すべてが始まったようなもの。

また、今日を境に、 新しい出発かな。。。。なんて、 いいように考えすぎ?

でも、8月に入ってから、 また、違うステージに入るような、そんな気がしていたので、
また、新たな課題を与えられるのかな。。。と、そんな気がしています。

宮島の 厳島神社は、 やっぱり素晴らしいところでした。
今回は、じっくり見ることができず、 まだまだ、全部をまわりきれていませんので、
次は、 もっとゆっくりと、 隅々まで見てみたいと思います。

厳島神社の、詳しい紹介は、 少し先になりそうですが、 ぜひ、その時も、ご覧いただければうれしいです。
でも、今日のお話も、まるで、厳島神社に行くのを合わせたかのように、 とても関係のある神社です。

保内町
「磯崎 客神社」 です。

保内町の中心地から、 海のすぐそばの道を、 長浜方面へと、走ります。
今は、綺麗な道ができているので、 今回私たちが行った、海岸コースは、 地元の人以外、ほとんど通らないような道でした。

夕日が沈む前で、 とてもきれいな景色が広がります。
保内町のお隣、 長浜町から、双海町へとつづく道は、 「夕やけこやけライン」と名前がついているほど、
夕日が美しい町といわれています。

ぜひ、まだ、見たことがない方は、 足を運んでいただきたい場所でもあります。

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今日ご紹介する神社は、保内町と長浜町の境にある町で
磯崎というところに鎮座します。

山を下りると、南予独特の、小さな部落がみえてきます。
海岸に面し、とても静かな海辺の町です。

ここに、鎮座するのが、
「客神社」 

今まで、この客神社のことにふれていませんでしたが、 今回、 ここに行ったのも、ふれる時期がきたということなのかもしれません。
そして、ここをご紹介する時、厳島神社に行ったということも、意味があるのだと思います。

「客神社」は、(まろうどじんじゃ)と読みます。
全国に、 客神社と同じ意味をもつ神社は多数あり、 東北とそれ以外では、
呼び方が異なります。

東北では、「アラハバキ神社」 荒波々幾神をまつる神社と言われ、
それ以外の地域では、「客神社」 や「門客神社」と言われています。

厳島神社に行ったことがある方は、ご存じだと思いますが、 厳島神社の摂社に、
客神社は、あります。
本殿、宗像三女神(市杵島姫命、田心姫命、湍津姫命)に参拝する前に、参拝しないといけないといわれている神社が、「客神社」です。

厳島神社の、入口からすぐのところに、 鎮座する、客神社の祭神は、
天忍穂耳命
天穂日命
活津彦根命
天津彦根命
熊野樟日命

そう、この五柱の神さまは、 あのアマテラスとスサノオが、行った誓約の時、
建速須佐之男命が、天照大神が持っていた「八尺の勾玉の五百箇のみすまるの珠」受け取ってそれを噛み砕き、吹き出した息の霧から生まれた五柱の男神さまです。

そして、
「宗像三女神」
市杵島姫命、
田心姫命、
湍津姫命もまた、
アマテラスとスサノオが、行った誓約の時、
アマテラスがスサノヲの持っている十拳剣(とつかのつるぎ)を受け取ってそれを噛み砕き、吹き出した息の霧から生まれた女神さまです。

これは、三女五男神、あの雛祭りのお雛様も、ここが起源という説もあります。

厳島神社は、 中心の神として、 宗像三女神をまつり、
客神社として、 五男神をまつる 三女五男神の神社だったのです。

客神社や、門客神社の、 「客人神」、「門客神」とは、
地主神がその土地を奪われて、後からやって来た日本神話に、登場する神々と立場が逆転し、客神となったとなった神のことを言います。

厳島神社の本殿よりも先に、 必ず参拝しないといけないといわれる、
「各神社」
そして、 本殿からまっすぐ海の方へいったところに、左右に鎮座する
門各神社 もまた、 客人神で、
櫛石窓神(くしいわまどのかみ)、豊石窓神(とよいわまどのかみ)
またの名を、天石戸別神といいます。

天石門別神は古来より天皇の宮殿の四方の門に祀られていた神で、御門の神であるともいいます。

厳島神社は、その中心の神のまわりに、
各人神をまつる、 神々の立場が逆転したといわんばかりの、神社だったのです。

厳島神社については、また、厳島神社のご紹介のところで、さらに深く、追求していきたいと思いますが、
全国に、鎮座する「客神社」は、 このことからもわかるように、
瀬織津姫の名前が消されたことと、 ニギハヤヒの位置を、アマテラスに奪われたことと、
とても深い関係のある神社だということがわかりました。

客神社の、御祭神は、 それぞれの神社によって異なりますが、
すべて、 あの古事記がつくられた時に、 その存在を変えられ、失った神々をまつる神社だということに
かわりはないのかもしれません。

そして、もう一つ。
この厳島神社に祀られる 三女五男神は、 あの空海が、岩屋寺を開基されて時、
岩屋寺の守り神として、 お寺のまわりに11もの神社を鎮座した時に、祀られた神と同じだということ。

空海もまた、 この神々が、重要な意味をもつことを知っていたと思います。
瀬織津姫を消され、 その変わりに スサノオとアマテラス それぞれの勾玉と剣から生まれた 神々の持つ意味が、どんな重要な意味をもつのか、知っていたということなのだと思います。

*客神社(磯崎)

*御祭神
 伊邪那岐命(いざなぎのみこと)  
 伊邪那美命(いざなみのみこと)
 国狭槌命(くにのさづちのみこと)
 菊理姫命(くくりひめのみこと)
*境内社
 山神杜(大山績命
 船玉杜(大海津美神、三筒男神、素蓋鳴命、息長足姫神)
 宮島杜(市杵島姫命)
 金刀比羅杜(大物主神、崇徳天皇)
 床浦杜(大名持神、少彦名神)
 天神杜(菅原道真公)
 八幡神杜(八幡大神)
*由緒
  末梢

ここ保内町の、客神社の祭神は、 三女五男神とは、まったく違う神様が祀られていますが、
ここもきっと、姫の名前が、消された後なのだろうと思います。

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拝殿
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境内社
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古代、この海を舞台にどんなことが、繰り広げられたのでしょう。
海からやってきた、人々は、どんなことを想い、どんなことを夢みて、 この国未来をつくろうとしたのでしょう。
 
この海は、人間の歩んできた歴史を、見続け、ある時は、人間の脅威にもなり、でも、それは、ただの脅威ではなく、 浄化、そして、警告、 母のように、私たちを見守ってきたのではないでしょうか。
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愛姫伝神社・お寺・観光マップ
by ldc_nikki | 2011-08-27 13:57 | 愛媛県八幡浜市保内町 | Trackback | Comments(2)

こんばんは。

今日は、保内町の新田神社です。

この神社のある場所は、八幡浜市との境目にある山、権現山のふもと、 そして、ここから、東へ4kmほどの場所には、 瀬織津姫の神社、鳴滝神社があります。

鳴滝神社は、 八幡浜に古くから伝わる、龍伝説誕生の地です。
まだ、私も行ったことがない、八幡浜沖に浮かぶ、大島には、 ここで誕生した龍が後に住んだという伝説が残り、さらには、少し前に紹介した、佐田岬半島の、 阿弥陀池の龍伝説の龍も、ここで生まれた龍につながります。

その数キロ西に鎮座する、新田神社が、最初に鎮座したのは、
古宮の地でした。 この古宮の地がどこだったのかは、 まだわかっていません。
そして、この神社に合祀されている神様の中に、 瀬織津姫の別名でもある、
「水波姫命」 が いらっしゃいます。

八幡浜市という名前は、 八幡神社の八幡大神からきた名前だといわれています。
八幡大神とは、 瀬織津姫を隠すための名前もしくは、逆に、名前を変えてでも残したかったからつくられた神様の名前かもしれません。

九州に近いこの場所は、瀬織津姫の伝説(龍伝説)が残る場所でもあり、瀬織津姫=八幡神の関係がとても深い場所でもあるのかもしれません。

新田神社の話に戻りますが、
この新田神社が、はじめに鎮座された年は、仁和3年(887年)。

この年は、 今で言う、東南海地震が起きた年でもあります。
この地震を、 仁和地震(にんなじしん)といいます。
西暦887年、平安時代に起きた、 巨大地震の一つで、東海地震と南海地震が同時に発生し、
大阪湾にも巨大な津波が押し寄せたという記録があります。
平安時代は、今の時代と似て、 災害が次から次へと起こった時代でもありました。

この地震の9年前 (879年)には、 関東で大地震、
そして、18年前 (869年)には、今年起こった東北の地震に似た、 三陸沖を震源とする、
巨大地震と、巨大津波によって、甚大な被害をおった、貞観地震がありました。

さらには、この貞観地震の5年前 (864年)には、富士山の大噴火がおこっています。

富士山の大噴火から、今と同じように、東日本で次々災害が起こり、
そして、23年後、西日本に 東南海に、1000年に一度といわれる、巨大地震が発生しました。

もしかしたら、この新田神社は、神の怒りを鎮めるために、祀られた神社の一つかもしれません。

昨年、斉明天皇に関係する古墳が見つかったというニュースが流れた時、
古事記が作られて来年で1300年、 平城遷都から1300年の年に、斉明天皇のお墓が判明し、
それと合わせたように、瀬織津姫が、多くの人々に知られるようになり、私と同じように、姫の神社を巡る人が
急激に増えてきました。

もしかしたら、 奈良時代、平安時代に起こったことが、この時代に起こり始めるのかもしれないと思っていた矢先、 3月11日、 三種の神器の中の一つを祀る神社に参拝したその足で、 そこから歩いてすぐのスタジオで、瀬織津姫の曲をレコーディング、 そして、姫の歌を歌い、編集室に入った直後、 
あの地震は、起きました。

本当に、偶然にしてはあまりにも、合わせたようなタイミングでした。

これから、もしかしたら、 あの時代と同じようなことが、 起こっていくかもしれません。
自然のサイクルと言ってしまえば、それまでですが、 自然=神 人間は、もしかしたら、過ちを見つめなおすために、 新しい時代を作り出すために、 再生を繰り返すようになっているのかもしれません。

同じものは、いつまでも続かない。
同じ状態が続くと、人間は、大事なことを忘れてしまう生き物なのかもしれません。

自然=神=人間 。
すべては、つながっている、本当は一つ。 自然も、人間も、 神の一部だから。
そして、それは、 陰と陽の存在でもあり、 どちらかが 陰になれば、 どちらかが陽になり、
陽になれば、陰になる。  そうしながら、時を刻んできたのかもしれません。

ただ、今回だけは、少し今までと違います。
人間は、超えてはいけない線を越えてしまいました。

それが、原子力です。

日本が、2度も 核(原子力)の犠牲にあうのは、 これ以上続けてはいけないという、
神様の警告なのかもしれません。

核爆弾を落とされた時は、 もう二度と戦争は起こさないと、決めて、
平和の国を目指して進んできました。
でも、今回は、警告を無視して、 まだ、 その力を利用しようとしています。
もっと、酷いことにならないうちに、 一日も早く、 原子力をやめないと、本当に、取り返しのつかない世界になるんじゃないかと、恐怖さえおぼえます。

それは、神さまの一部としての私たちの世界の、陰と陽のバランスを保つために。

瀬織津姫は、蝦夷の国の女神と言われますが、 
そこへと伝わった原点は、 愛媛の三島神社です。

その姫の国、 蝦夷の国、 姫自身の地が津波によって流され、その地の原発が津波によって壊されたことを
どう受け止めるかは、 私たち一人一人の、心次第かもしれません。

これから、起こるであろう、地震や噴火、その他多くの災害の被害を、
最小限にすることができるのも、私たち人間の心次第。
自然災害だけなら、 いくらだって再生することはできます。
でも、放射能だけは、 人間の力では、再生することができないということを、今回の地震で気づかされたのではないでしょうか。。。。。。

*新田神社
*八幡浜市保内町須川379
*祭神
 伊邪那岐命(いざなぎのみこと)  
 伊邪那美命(いざなみのみこと)
*境内社
金刀比羅神杜(大物主命)
合併神杜(天照皇大神、豊受姫命、水波姫命、仁徳天皇、大山積命、河野祖神)

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拝殿
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本殿
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金刀比羅神杜
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そして、姫を祀る合併神杜 
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参拝が終わり、車に乗ろうとしると、 ここでも、 大きな黒い蝶が飛んできました。
小さな川のほとりで。。。。
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そして、保内町最後の神社へは、海沿いの道を走って行きました。
この道は、私も初めて通る道でした。

夕焼け前の美しい海に、 光の道ができました。
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もののけ姫の映画の中の曲に、
「アシタカとサン」 という曲があります。 みなさんも、一度は聞いたことがある曲だと思います。

でも、この曲に、歌詞がついていることをご存じでしょうか。
私も、これを聞くまでは、 知りませんでした。

震災以前につけられた歌詞ですが、 まるで、 今の私たちに向けて作った歌詞のような気がします。
私たち、人間は、何度だってやり直すことはできます。
闇で、先が見えなくても、私たちの心の中に希望があれば、 未来はどんな風にだって変えることも、
切り開くことも、できると私は信じます。

そのためには、 今、私たち一人一人が、 もう一度、自分の心としっかりと向き合わなけばいけない。
そして、自然とともに、大地とともに、 もう一度、 新しい未来を作っていく、 希望の未来を。


はるか彼方に ねむる人よ
瞳とじればひろがる
あの日のやさしい声

永遠の光が 土にかえるように
大地の ゆるしが とどくまで

しんじて ともに生きること
そして 生まれるつよさ

みあげて 遠くをはなれても
心をひとつにむすぶ 愛 希望のそら




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愛姫伝神社・お寺・観光マップ
by ldc_nikki | 2011-08-25 01:18 | 愛媛県八幡浜市保内町 | Trackback | Comments(5)

こんばんは。

今日は、昨日の続き、八幡浜市 保内町です。

保内町は、現在は、かんきつ類の栽培が盛んな町ですが、 
愛媛県で一番早く電気がともったり、 金融機関が一番早くできたりと、、文明開化期をリードした町なんですよ。

古代の歴史は、 まだまだ謎のままですが、
保内町川之石という地区は、 古くから港として栄えたり、 みなとの近くでは、 鉱山で栄えました。

佐田岬半島は、中央構造線に位置していることもあり、佐田岬半島の付け根にあたるここ保内町は、
もいくつかの鉱山がありました。

川之石地区は、保内町となる前は、 一つの町でした。
そして、この町もまた、3つの町が合併した町で、 その前は、
磯津村・宮内村・喜須来村という、三つの村がありました。

村の中には、宮内川という川が流れ、 旧八幡浜市との境に、権現山という山があります。

古代の歴史をもっと深く調べていくと、ここにも、姫の跡が見つかるかもしれません。
今日、ご紹介する神社がある、 雨井とよばれる地区は、 特に姫がいるような気がします。

この時、私がここを選んだのも、 なんとなく 「雨井」 という言葉に、興味をもったからなのです。
行くまでは、 ここがどんな場所かも全くしりませんでした。

でも、後で調べてみると、私たちが参拝した、雨井神社のまわりには、姫を思わせるような場所があることがわかりました。

まずは、 雨井地区に鎮座しる 雨井神社のご紹介です。

雨井神社がある地区は、平地が少なく、海のすぐそばに山があります。
わずかな平地に、細い道が走り、古い町並みの住宅が並んでいます。

どこも細い道ばかりで、 神社を見つけにくく、ゆっくりゆっくりと車を走らせ、あたりをキョロキョロ。

すると、 家の壁に貼り付けてある、 小さな看板が目に入りました。

それは、津波の際の避難経路を表す、看板でした。

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雨井神社は、 津波の際の避難場所になっていました。
車をとめて、ここからは歩いていくことに。

民家の間の、細い坂道を上ります。 津波が海から押し寄せてきたら、この町はいったいどうなるんだろう。
そんなことを考えながら神社へと向かいました。

すると、石垣と鳥居が見えてきました。

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近くには、みかんの木が。
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秋には、 オレンジ色に染まり、おいしいみかんができるんでしょうね。
鳥居をくぐり、 拝殿へと向かいます。

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拝殿です。
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*雨井神社 (あまい)
*八幡浜市保内町川之石6-137
*祭神:伊邪那岐命(いざなぎのみこと)  
     大国主命(おほくにぬしのみこと)   
     事代主命(ことしろぬしのみこと)
*合併神杜(大物主命、大山祇命)

雨井神社は、由緒は末梢されていて、 過去のことはわかりませんでした。
ただ、イザナギと大国主命がセットで祀られているところは、あまり見かけないので、少し不自然です。

雨井という名前は地名ですが、 「水」に関係する、神がいないのも、とても不自然です。

この神社では、 イザナギ=瀬織津姫 かもしれません。

本殿
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津波避難場所の案内がありました。
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境内から海を見ると。。。
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津波なんか、 二度と来ないでほしい。 
そう願いたいですが、 地球が生きている限り、それを止めることは誰にもできません。
いつか、この海の向こうから、津波が押し寄せてくる日がくる。
とても悲しいことですが、 それは、 受け入れるしか仕方のないことなのだと。

雨井神社で参拝を終え、車に戻った時でした。
1匹の、黒い蝶が、車の近くに飛んできました。 
(やっぱり、ここにも、黒い蝶が・・・・) そう、思った瞬間、神社の左の山の方から、光がさしました。
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「わ~! 綺麗♪」 そう思った瞬間、
山の上から、 まっすぐに光がおりてきました。

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その光は、すぐ近くをさしているようなきがしました。
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「あの山は、もしかしたら、意味のある山なのかもしれないね。」

そう、言いながら、山に手を合わせ、雨井をあとにしました。

そして、帰ってから、調べてみると、 雨の神社から、少し北へいったところ、
そう、この山裾に、 「慈眼庵」 というお堂があることがわかったのです。
そうして、そのお堂には、 「千手観音」 さまが、 お祀りされていたのです。

今考えると、 あの光は、まるで千手観音さまの位置をしめすかのように、 おりていたのかも。

千手観音は、全ての生き物と人々を救う菩薩さま。
大山祇神社の中の、十七社に祀られる、瀬織津姫と同じ意味、 十一面千手観音は、瀬織津姫さまのことです。

気づかず、 行くことができなかったことが、 少し残念ですが、 まだまだ、私もそれに気づけるだけの能力がないのだなと、 未熟さを痛感。
まだまだ、修行が足りません。

でも、保内町の、雨井にこれたことは、 とても意味のあることだったんだろうと、思っています。


・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

私は、 宮崎駿さんの 映画が大好きです。
そして、その中で流れてくる、久石讓さんの音楽が大好きです。

その中でも、なぜか、一番初めに覚えた歌が、 天空の城ラピュタの主題歌でした。
この歌詞が、私の心となぜか、一致するのです。

私は、ずっと昔から、今でも、 何かをずっと探しているような気がしているのです。
それが、人なのか、 なんなのか、 今でもわかりません。
でも、ずっとずっと、探し続けている気がします。
母も父も、 今も、私の側にいます。
それなのに、この歌の中の歌詞が、 私の心に響きます。

どうして、この歌がこんなに好きなのか、 昔は全くわかりませんでした。
でも、最近、この歌の中に出てくる言葉が、 もしかしたら、 このことだったのかもしれないと
私の思い込みかもしれませんが、 感じることがあります。

まるで、 今の、私の旅と同じだと。。。。。
いつか、出会う日を夢みて。。。。。。




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愛姫伝神社・お寺・観光マップ
by ldc_nikki | 2011-08-23 23:53 | 愛媛県八幡浜市保内町 | Trackback | Comments(5)

こんばんは。

今日は、愛媛にも数多く残る 平家の落人伝説の一つ、 八幡浜市保内町、平家谷のお話です。

来年のNHK大河ドラマは、平清盛ですね。
平清盛といえば、 平氏と源氏の戦い、そして、清盛の死後、壇ノ浦の戦いで平家は滅んでしまいます。
そして、この戦いの勝敗を分けたともいわれる、 伊予の水軍 その時の武将が、
先日も、お話した、河野親清(源家)の息子であり、 三島明神の子ともされる、河野通清。

最初は清盛勢についていたはずの河野水軍は、源氏に味方します。

そして、戦いは激しくなり、 そんな中、清盛は病気で亡くなります。
清盛が亡くなった後、一揆に平家側の勢いは衰え、
文治元年(1185) 
壇の浦の源平の戦に敗れた、平家一族は、 瀬戸内海を東西南北に落ちのびていきました。

そのうち、平有盛系一族8人が、愛媛県佐田岬半島の瀬戸内海沿いに流れつきました。
一族が、良き場所を求めて逃げ落ちた場所が、今日ご紹介する、平家谷であるとされています。

その当時、この地は昼夜の区別がつかないほどの入らず森でした。
逃げ落ちた彼らは、此処へ身を隠して、百姓になりました。

その後、東・西へ見張所を造り毎日見張りをしながら500m位下の、現在のハザマ谷の荒地を毎日開墾しました。
そして、3年の月日がたったある日のこと、
見張人が白サギ鳥が海岸近くに群れ飛ぶ様子を、敵の白旗と見誤ってしまいました。

そして、今、敵らしい白旗が海岸の方より押し寄せて来ると皆に知らせてしまったのです。

それを聞いた一同は、逃れる術もなく、捕らえられて憂目を見るよりはと相談の結果、
平家の子孫を跡へ残したいと話し合い、2人を残して6人の者は、ハザマ谷の田の中で切腹してしまいました。

残された2人は、6人の死体を平家谷の入らずの森の岩穴へ埋め、その後は両家部落で生き続けました。

そして、平家谷へは一切近づけなくなり両家部落の方々が切腹された方々の霊を慰める為、旧暦の11月初申の日に部落中が集まり、毎年田で取れた米で酒を造りお祭りをすることにし、お祭りの日には、弓の稽古、神楽、その他の行事を行うようになったそうです。

それから、明治34年頃、家庭で酒を造る事が禁止され、このお祭もなくなってしまいました。

また、平家谷及びハザマ谷は明治の中頃まで女人は一切近づく事が出来ませんでした。
そして、白い物は敵源氏の旗示であるので身につけず、平家の子孫は正月にも白餅をつくことも出来ませんでした。
代わりに12月末には赤飯を造り正月15日まではその赤飯に毎日お茶をかけて食べていたそうです。

そして、現在の部落の名前
「枇杷谷部」 「落鼓尾部落」 は、 平家一族に由来するといわれます。

一族が、三崎半島へ流れつき、 平家谷まで逃げる途中、 疲れ、弱ってしまい、
音楽が好きであった一族は、
鼓尾部落へは「つづみ」を捨て、枇杷谷部落へは「びわ」を捨て、残された2人が部落へ住みつく事になり両家部落の名前がついたといわれています。

こんな、平家落人たちの哀しい伝説が残る場所ですが、
綺麗な川に、美しい自然に囲まれ、 今では、人々の憩いの場所となり、
夏には、流しそうめんも行われ、大勢の人が訪れています。

春には、桜やツヅジが咲き乱れ、 初夏には、あじさい、
夏は、爽やかな風と、緑の中のそうめん流しや、渓流釣り、
秋には、色鮮やかな紅葉、
そして、冬には、水仙と梅が咲く、
一年を通して、 四季折々の姿を見せてくれる場所でもあります。

私たちが、訪れた時も、 大勢の観光客でにぎわっていました。
子供たちは、浅い川辺で、気持ちよさそうに泳いでいました。

そして、ここには、 平家の人々たちが、祀ったのであろう、 
平家神社がありました。

祭神には、 菊理姫命の名前が。
争いを治める 菊理姫命。
きっと、戦いに敗れ、生き残った人たちは、平和な日々を望んでいたのでしょうね。 

もう、二度と争いはしないと、そう願っていたと思いたいです。

それでは、平家谷です。

まずは、 平家谷へ行く途中の海の写真から。

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いつ見ても、本当に美しい海です。
平家谷へ到着しました。
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車をとめ、川まで下りて行きます。 緑が、太陽の光を浴び、キラキラ輝いています。
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川では、子供たちが遊んでいます。 つめたくて、気持ちよさそう♪
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赤い橋と、建物が見えてきました。
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赤い橋を渡ると、たくさんの魚が。 ここで、魚釣りができるそうです。
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釣った魚は、その場で焼いてくれますよ。
これが、と~っても美味しそう♪
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こんな風に焼いて食べれる場所も、今は少なくなってしまいました。
美しい自然の中で、食べるお魚は、 一段とおいしいですよね。

そして、そうめん流しは、ここで。
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今回は、食べませんでしたが、 今度来た時には、ぜひ食べてみたいです。

そして、そうめん流しの上に、 目的地、
「平家神社」 はありました。
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祭神は、
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拝殿
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拝殿には、まぶしいくらいの、光が降り注いでいました。
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今は、悲しい過去があったことなど、誰も思い出すことはないのかもしれません。
でも、1000年近く前、 ここに、一つの伝説があったという事実は、消え去ることはありません。

私たちは、こうした、さまざまな過去を積み重ねながら、 歴史を重ねながら、
今という時代を生きています。

私たちは、たくさんの人が、数えきれないほどの、悲しい想い、 辛い想い、 悔しい想いをしながら、懸命に生き抜いてきた先に、頂いた命を受け継いでいることを、忘れてはいけない。

私たちの命は、 過去の人々がいなければ、 与えられることはなかったのです。

今、私たちは、 あまりにも恵まれすぎて、 そんなことを考えることもなくなってしまいました。
また、 お金がすべての世の中に生き、 人と比べて劣っているところばかりに目をむけ、 本当の幸せはなんだったのかさえ、わからなくなってしまいました。

また、 正反対の人も、います。
比べることは、しなくても、あまりにも身勝手に生きている人。
自由に生きることは、 自分勝手に生きることとは違う。

昔の人々に比べると、 今の時代は、 本当にゆたかな生活になりました。
でも、 一見ゆたかに見える今の時代が、もしかしたら、一番、 貧しい時代なのかもしれません。
今私たちは、私たちの、先祖の人たちが、 どんな思いで生き、 どんなことを乗り越え、 どんな未来を夢みながら生きてきたのか、知ることが必要なのではないでしょうか。

そうすれば、その想いを受け継いできた私たちが、これから目指す未来が、どんな世界なのかが、
見えてくるのかもしれないと思います。。。。。。。。。。。





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愛姫伝神社・お寺・観光マップ
by ldc_nikki | 2011-08-22 22:47 | 愛媛県八幡浜市保内町 | Trackback | Comments(0)

こんばんは。

今日は、久しぶりの一日雨。
雨のおかげか、今日はとても涼しい一日でした。 

季節は、一歩一歩 秋へと近づいていることを実感します。
今日は、 湧水のご紹介です。

久万高原町、 国道33号線沿いにある 

「落合いこいの水」です。
ここは、主要 国道沿いにあり、 とても人気の湧水スポットだそうです。

渇水の時には、遠く市外からも、多くの人が順番待ちをしていたそうです。

冷たくて、 飲みやすく、とてもおいしい水でした。
いつも持ち歩いている水筒いっぱいに、私も頂いて帰りました。

そして、側には、地元で作った野菜が売られていました。
なすにじゃがいものに、ピーマン、きゅうりどれも一袋がたったの 100円。
もちろん、とれたてのように、新鮮。

私ももちろん、 買って帰りました。
とってもおいしかったですよ。

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そして、久万高原町には、この他にも、 4か所の湧水スポットがあります。

古代の人々にとって、こうした湧水が命の源だったのでしょうね。
今は、水道をひねれば、当たり前のように出てくる水。 とても便利になった世の中ですが、便利になりすぎて、なんでもが当たり前になっているのかもしれませんね。

でも、あの地震以来、 放射能で少しづつ汚染されていく、日本。
一度、汚染されると、それは消えることがない、 消すことすらできない、放射能。

今日、 「宇宙戦艦ヤマト」を見たのですが、 この映画が、まさか放射能のストーリーだとは、知りませんでした。 
まるで、 今年起こる出来事を予言していたかのような話のようで、驚きました。
地球は、このまま、原子力を利用し続ければ、 もしかしたら、本当に、 この映画のような姿になってしまうのかもしれないと、 怖くなりました。

地球上から、緑が消えてしまわないように、
いつまでも、 山から湧き出る水を、 飲むことができるように、目先のことだけを考えず、少しくらい我慢をしても、一日も早く、 原発も、 そして、核も、 この世界からなくしていかないといけないと私は思います。

もうご覧になった方も多いと思いますが、
まるで、神様が降臨したかのような、雲の映像がありました。

私も時々、海で空をみますが、 雲をずっと見ていると、 本当にびっくりすることがあります。
風でいろいろな形に変化する雲。

変化する中で、偶然現れた姿なのかもしれませんが、見た人の受け止め方で、 さまざまなのかもしれません。
私も、初めて 天の川を見た時、 
まるで、姫がその存在を知らせるかのような 天体ショーのような空でした。 
それまでいくら雲が流れてきても、 天の川にかかるまでに、消えていたのに、 終わりを告げるように、まるで 姫の顔のような雲が、流れてきました。
そして、その雲を最後に、天の川はその後、次々流れてくる雲で、見えなくなってしまいました。

この映像を見て、 みなさんはどんなことを思うでしょうか。



先日も、 職場の人と、どうして今の状態が変わらないのかという話をしていました。
どうして、もっと意欲的に、 積極的に、何かをしようとしないのか。
この体質は、どうして変わらないのだろうと。

私は、 こう、答えました。

きっと、今の人たちは、 「なんのために仕事をしているのか」 もっと言えば 「何のために生きているのか」
その根本が、間違っているからじゃないかと。
もちろん、そんな人たちばかりではないと思います。 でも、 どちらかといえば、それがわかっていない人が多いから、 そうじゃない人の意見は聞き入れてもらえず、消されてしまう。

「出世をするためには、どうしたらいいのか」
「仕事は、 お金をもらうためにする」
「失敗はしたくない、 自分のせいにされたくない」

そんな風に、思っている人が、本当に多いのです。
それでは、いくら、お金をかけて、マナーの勉強をしたり、 接客の勉強をしたり、 自己診断とかいうものをしてみたりしても、本当によくはならないということが、どうしてわからないのでしょう。

問題は、 知らないのではなく、 「意識」、 「心」 なのに。

心が変わって初めて、 自分はどうしたらいいのかが、 わかってくる。
何をしなければいけないのかも。
そうすれば、自分に何が足りないのかもわかり、 もし、そこで、知識が足らなければ、何を勉強し、何を知らなければいけないのかも、おのずとわかってくるのではないかと思うのです。

まずは、 意識を変える。 心を変えることが、必要なのだと私は、思います。




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愛姫伝神社・お寺・観光マップ
by ldc_nikki | 2011-08-21 23:20 | 愛媛県久万高原町 | Trackback | Comments(0)

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