<   2012年 05月 ( 20 )   > この月の画像一覧

こんばんは。

今日は狸の伝説、四日目。
狸のお話は、ひとまず今日で終わりになります。

本当は、もう一か所ご紹介したい場所があったのですが、
平日に行くことは難しく、またの機会にお話させて頂きたいと思いますが、
少しだけ、その場所をお話しておくと、
それは、新居浜市一宮神社に伝わる、狸姫の伝説です。

一宮神社はまだご紹介していない神社ですが、
新居浜の神社の中で、とても重要な神社です。
ここに伝わる狸が生まれた場所が、この狸が姫であったことを
伝えています。

いつになるかわかりませんが、
一宮神社とともに、ご紹介したいと思います。

では、狸伝説、最後のお話は、

「三光姫狸」です。

この名前を見た時、
今まで行った場所は、姫というよりは姫を守る人たちに関係があるのではないかと
思う狸が多かったのですが、ここは、この狸が姫そのものを表しています。

松山市高井町。
四国八十八か所西林寺にほど近いこの神社は、
「高井八幡神社」 といいます。

まずは、地図で場所をご確認ください。

全て、以前にブログの中でご紹介したところばかりですが、
もう一度この場所がどんなところか見ておきたいと思います。

色のついた星マーク、あるいは桜のマークの上にマウスを置くと、
その場所の名前が見えますので、
確かめながら進んで行ってみてください。




まず、一番北側の緑の星のマークが、

「久米官衙遺跡群」 です。

来住廃寺跡(約1万平方メートル)と、
久米官衙遺跡(3ヶ所、計約2万平方メートル)の遺跡群です。

ここには、法隆寺と似たつくりであったと言われる
来住廃寺跡と、平城京よりも先に、古代の政庁の役割をはたしていたと思われる
正倉院や、政庁施設が見つかった場所でもあり、
どうして平城京よりも先に、ここに造られたのかが今だ解明されておらず、
学芸員さんたちも、その謎を解いてほしいと言われた場所。

この近くには、あの天の香具山の天山があり、
ここが、姫を封印するにあたり、まず、その手に収めたところでもあると
私が考えているところです。

そこから南東へ少し下がると、
紫色の記の場所があります。
ここが、偶然見つけた 「龍神社」です。

この久米地区は、石器時代から人が住み続けている場所でもあり、
松山の中でも、特に古い村です。
この龍神社のすぐ前に、小さな川が流れています。

この川が、天山、久米官衙遺跡のどちらも通る川、
「小野川」 です。

この小野川は、政庁から米を運ぶために使われていた川ではないかと言われている川で、
古代の道でした。
そして、小野川の上流に、姫は約3000年前から祀られていました。

あの大山祇神社に姫が祀られたと言われるその時代と
同じ時代です。
しかし、その後山の上にあった姫を祀っていた場所は、
洪水により崩壊したと言われ、この小野川を少し下った山の麓に移されました。

しかし、更に洪水により、社殿は流れ、
御神体は、姫神と男神が別々に流されてしまいました。
そして姫の御神体は、この龍神社の近くにたどり着き、
川から引き上げられ、現在は、日尾八幡神社にあると言われます。

当初は、ここに本当に流れついたのかと思っていましたが、
本当は、この場所に移り住んできた人々により、姫は封印されてしまったのです。
それが、先ほどの古代の政庁を創った一族です。

龍神社のすぐ近くの 40と書かれた道、
これが、へんろ道、八十八か所が三か所揃う道となります。
この県道40号線を南へ下ると、

今度は道路の西側に、黄色の記があります。
ここが、
「波賀部神社」 です。
この神社には、古墳時代後期の前方後円墳があります。
全長62メートル松山平野では最大の古墳だと言われています。

元々は大山積神が祀られていた神社ですが、
嵯峨天皇の皇子寛王がこの地で亡くなられたと言われ、
神社の傍らに葬り神霊を合祀しています。

この古墳が誰のものかは、今もわかっていませんが、
おそらく姫の封印に関係のある人物が葬られているのだと思われます。

そして、この道を少しだけ南へ行くと、
ピンクの記、四国八十八か所西林寺があります。

この西林寺のご本尊は、十一面観音。
この十一面観音があった場所は、本来、先ほどの小野川が流れる、
姫の神社が二度目に建立されたと伝わる小野町にありました。
それを、弘法大師がここへ移動させたと伝わります。

その西林寺の奥の院が、
西林寺の南、桜の記がある場所、
「杖の淵」です。
弘法大師は、弘法大師は村人を救うために錫杖を突き、
近くで清水の水脈を見つけました。
それが、この「杖の淵」です。

そして更に南へ地図を動かしてみてください。
現在通る道沿いではないのですが、1本隣を走る道路沿いに見えてくる
黒い記が、 

「文殊院」 です。
四国八十八か所を開いた 
衛門三郎の邸宅があったと伝えられる地です。
この衛門三郎が、弘法大師を追い出したことが原因で、
8人の子供が次々と亡くなり、とうとう8年目に8人全ての子供がなくなりました。
そして、自分の罪の深さに気付き、
弘法大師に会うために、四国八十八か所を周りはじめます。
しかし、20回まわっても会えず、21回目は逆からまわり始めます。
そして、その21回目の途中、

徳島県 12番札所 「焼山寺」の近くで倒れてしまいます。
そして、亡くなる直前に、目の前に弘法大師が現れ、その罪を詫びたと言われます。

この焼山寺は、大蛇が住むという山で、
あの、徳島県神山町にあるお寺です。

文殊院から少し南へ下がると、
次は、四国八十八か所 

「八坂寺」 です。

ご本尊は、阿弥陀如来。
起源は、古事記の終焉と同じ、 1300年前。
今年がちょうど開基1300年にあたります。
役行者小角が開基し、越智玉興が建立。
ますます栄える「いやさか(八坂)」にも由来すると言われ、
大和の国が、栄えるようにとここに造られたものと考えられます。
しかしここは後に、

「熊野権現の分霊」を奉祀したと伝えられ、
「熊野八坂寺」と呼ばれるようになったと言います。

「熊野権現」 とは、 姫のこと。
ここも後に、姫の分霊を呼び戻し、その魂を鎮めようとしたのだと
考えられます。

八坂寺から、また南へ下ると今度は、

46番札所 浄瑠璃寺

このあたりは遍路の元祖といわれる
先ほどの文殊院の右衛門三郎のふる里だとされます。

行基菩薩が奈良の大仏開眼に先だち、
和銅元年に布教のためにこの地を訪れ伽藍を建立したと伝わるお寺。
奈良の大仏より先に、ここに来なくてはいけなかった理由は、
もうお分かりいただけると思います。。

そして、地図を更に南へと移動させてみてください。
浄瑠璃寺の先には、
あの808匹の狸の総大将、 

「隠神刑部狸」を祀る 山口霊神 があります。
天智天皇の頃からここに住むようになった、

「隠神刑部狸」の伝説が、なぜここに造られたのか、
その理由は、これらの場所全てが教えてくれているかのようです。

前置きが長くなりましたが、
どうしても、ここで、もう一度この辺り一帯を、
見て頂きたいと思い、お話させて頂きました。

では、今日の姫狸はというと、
少し北へと戻ってみてください。

ピンク色の星マークのすぐ近くに
赤色の星マークがあります。

ここが、 三光姫狸を祀る、

「三光姫神社」 です。

三光姫神社、どこかで聞き覚えのある神社の名前だと思いませんか?

そう、以前に青麻三光宮のお話をしましたが、
ここ 三光姫神社とは、あの三光宮のことを言っているのではないかと思います。

三光宮とは、
宮城県仙台市にある、 「青麻神社」の旧称であり、
青麻神社は、全国の、青麻神社・三光神社の総本社です。

この三光神社とは、
姫の封印を解くために造られた神社とも言われ、
その祭神は、
「天照大御神・月読神・天之御中主神」

「日神・月神・星神」

神仏習合時代は、
「大日如来・不動明王・虚空蔵菩薩」 とされていました。

天照皇大神は、ニギハヤヒ。
月読神は瀬織津姫。
そして、その両方とも言える、 天之御中主神。

ここ、三光姫神社に残る
三光姫は、色白で、とても美しい姫狸だったと言います。
そして、その姫狸は、
日清・日露の戦争のときに従軍し、日本兵を助けたという伝説があります。

そして、この姫狸の元へ供えられるその食べ物は、

「油揚げ」 だということを、伝えておきたいと思います。

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神社の前を流れる川の名前は、

「悪社川」 といいます。

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高井八幡神社の拝殿です。
拝殿の注連縄は、逆でした。

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そしてこちらが、三光姫狸を祀る、三光姫神社です。
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三つの光とは、
姫の本来の三つの意味にも繋がります。

「生 ・ 育 ・ 死 」 

命が誕生し、命が育まれ、そして命が終わる。

命の全てを司るとされた、太古の昔。
この地球に、文明ができたとされる、その時代より
命の根源とされてきた女神、

それが、姫の姿です。

そして、その一族は、封印した一族たちとは違い、

「月」 は命そのものに繋がると考え
「太陽」もまた、命に恵みを与え、
「星」 もまた、人間の時間をつくる、「日」 の基準となりました。

どれも、私たち人間にとっては、
大事なものだということを、ちゃんと知っていたのです。

だから、太陽も月もともに神として祀り、
決して、どちらかひとつを排除するようなことはしなかったのだと私は思います。

それなのに、
闇夜の世界と同じように、月を封印してしまったのです。
月を封印することは、水を封印することにも繋がり、
海を封印することにも繋がります。

だから、月を封印してしまった後、
自分たちに必要な水だけを、神として復活させた。

今と同じ、
自分たちの都合のいいように、自分たちが封印してしまった神の
ほんの一部分だけを、使おうとしたのです。

その人間の欲、人間の身勝手な心が、
今のような世界を作り出してしまったのです。

水を奪い合うために戦い、
食糧を奪いあうために戦い、
権力を得るために戦い、
更に、それは、お金のために戦い、
お金のために、命をも犠牲にしようとする時代へと
なってしまいました。

自然は、人間のお金のために、壊され、
自然は、人間の欲のために、破壊され、
今もなお、自然は利用され続けています。

自然がなくなれば、人は生きていくことはできません。
自分一人くらいなら、このくらいなら大丈夫だろう。

みんなが、自分だけなら。。。。と考え、
今日もまた、どこかで自然は壊されています。

昨日、この愛媛でもとうとう、水の豊かな、
伊予の国の水の源とも言える久万高原町に、
産業廃棄物を埋める計画が始まったという記事を読みました。

もし、本当にそんなことになれば、
将来、水は汚染されてしまうでしょう。
今、生きている人たちは、まだ大丈夫かもしれません。
でも、将来子供たちの時代になった時、
美しい水の都の姿は、なくなってしまっているでしょう。

そんなに必要ならば、
松山市の真ん中に、埋めればいいと思います。
だれも住んでいない山だから、大丈夫などと、本当に考えいるのでしょうか。
森は、私たちの命の源です。
お金のために、悪魔に身を売ったひとたち。

「地球は今泣いている。」

私は、なぜかこの言葉をここ数日で、
何度も聞きます。

しかも、それは全く別の場所で聞くのです。

先日、ご紹介した 森繁久彌さんと宮下さんの曲から始まり、
何人かの方から、なぜかその言葉を聞かされます。

今日、もう一度、この曲をここに載せたいと思います。
皆さん、
こんな世の中が続いていいのでしょうか。
本当に、このまま手をこまねいてみているだけでいいのでしょうか。
どうしていいかわからず、
ただ、その気持ちだけが、あふれるように、
沸いてきます。




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by ldc_nikki | 2012-05-30 23:52 | 愛媛県松山市 | Trackback | Comments(3)

東予の喜左衛門狸  

こんばんは。

狸伝説 三日目。

この所毎日狸の伝説ばかりをお話しているので、
今日初めてお越しになった方は、
少し不思議に思われているかもしれませんね。

当初は神社だけを巡っていたのですが、
ある時、神社に行ったつもりが空海に出会い、
それから、お寺へも行くようになりました。

しかしそのうち、
神社やお寺だけに限らず、
昔話や、地方の伝説、、滝や、池、海に山に川に、
こんなところにまで。。。。
と思うほど、いろんなことが、1300年前後を境に、
その時にあったことを伝えていることがわかってきました。

そして、連続してお話している狸の伝説もそうなのです。

もちろん、伝説の内容はつくられたもの。
でも、その物語の中に、ところどころ、まるで何かを残し伝えるかのように、
はっきりと残っているのです。

前回、そして前々回のお話した伝説も、
その中に、しっかりとのこっているのです。

当時の証拠は消したはずときっと当時の人は思っていたでしょう。
今のように、車も飛行機も電話もインターネットもない時代。
だからこそ、こうしてこっそりと、各地に残すことができたのだと思います。

そして、時代は流れ、1300年前にあったことを、
多くの人が忘れ、知らない世代となり、
その伝説の中に入れられて伝えられているとも知らず、
今の時代まで受け継がれてきたのだと思います。

昨日の私のブログにわざわざコメントで教えて下さったぐ~たらさんのお話を聞き、
この狸と狐の伝説も、ますます信憑性がましてきました。

でも、やっぱり不思議です。

空海が狐をこの四国から出し、狸を開放したという言い伝えをもとに
こうして狸の伝説をご紹介しているさなかに、
伝えていただけるなんて、自分でもびっくりしています。

「倭の国の危急の時「黄金の狐」を呼び戻して国を救う」

狐にされた姫は、空海により外に出され、その代わりに狸を開放した。

きっとそれは狐=姫だと、自由になにもできなかったからですね。
狐によって封印されているから。
だからその正体がなんなのかわからない狸を、
開放させたのだと思います。

そしてその解放された場所は、
四国八十八か所とも重なる、重要な地ばかり。

今日ご紹介する狸の伝説も、
姫と繋がるお話です。

では、その狸の伝説をご紹介します。

西条市北条,旧東予市、
中山川に合流する川の河口近くにある、
鶴岡八幡神社の境内に隣り合うように鎮座する、

大喜味神社(祭神:大気都姫命)の中に、
この地に喜野大明神として祀られる、古狸のお話です。

狸の名は、
「喜左衛門狸」

神通力のある大狸で、新居浜の小女郎狸、
屋島の禿狸とともに四国の大狸として京都・大阪まで名を知られておったといいます。

屋島の禿狸とは、前回のお話にも出てきました、
四国の総大将までのぼりつめた、長老狸です。

この大喜味神社に祀られる狸は、
この屋島の禿狸との伝説が残る狸。

喜左衛門狸は、
大喜味神社がここに鎮座されるもっと古くから、
この場所にあった古い大木に住んでいました。

変幻自在の神通力をもつ喜左衛門狸は、
上方にまでその名が届いていたといいます。

喜左衛門狸は、いつのころから、この近くに建立された
「長福寺」の南明(なんめい)和尚のお供をして、よく法事に出かけるようになりました。

「長福寺」とは、河野通有が建立したと伝えられているお寺で、
ここには『予章記』の
「河野家系図」があることで有名なお寺です。

喜左衛門狸は、小僧に化けてついていく途中
ついうっかり尻尾を出したままにして、
注意されていたといいます。

そんなある日のこと、突然
「今から讃岐の金毘羅様へ行って参ります」と言って寺を飛び出して行ってしまいました。

神通力を使い、またたく間に喜左衛門狸は、
金毘羅様にやってきました。

そこで待っていたのは、屋島の禿狸。
すると早速、化け比べを始めたのでした。

まず、屋島の禿狸は、
自分の体の毛を抜いて、ふっと一吹きし、
源平数千の軍兵が敵味方に分かれて、ときの声を挙げながら大合戦が始まりました。

喜左衛門は驚いて「さすがは禿狸、なかなかやるわい」と、
そのすごい腕前に舌を巻きました。
禿狸は自慢そうな顔で「おい喜左、次はお前の番だ」と迫りました。

ちょっと困った喜左衛門でしたが、そこは神通力の持ち主、
三月程あとに、お国入りする紀州の殿様の行列のあることを思い出したので、
三月たったら大名行列を見せてやろうと約束しました。

 約束の日禿狸は、
(喜左衛門の奴、どんな化け方をして俺を驚かすつもりかな)と待っておりますと、
なるほど向こうから紀州の殿様の行列が大勢の家来を従えて、
下に下にと触れながら物々しく進んできました。
 
禿狸は、あまりにも見事な本物そっくりの大名行列に驚きましたが、
気を取り直して、行列が目の前にきた時、殿様の籠に近寄り、
「おい、喜左、うまいぞ、上出来だ。
それにしてもよく化けたな」と声を掛けました。

ところが、これは本物の紀州様の行列ですから、
警護の侍たちは大変驚いて、無礼者と刀を抜いて斬り掛かってきました。
 
「こりゃ本物だ。喜左の奴めに一杯食わされた」禿狸は、
逃げるが勝ちと、しっ尾を巻いて屋島へ逃げ帰りました。
 さすがの禿狸も、喜左衛門の知恵には、かなわなかったということです。

これが、喜左衛門狸の伝説です。

そしてその後、喜左衛門は、どういうわけか、
悪さがすぎるからと、大釜の中に入れられて殺されてしまったのです。

しかしその後、大飢饉が起こりました。
村の人々は、喜左衛門を殺してしまったからだと思い、
怨霊の祟りを鎮めるとともに、
大気都姫命の使いとなり、ここに祀られるようになったと言います。

河野家に仕えていた 喜左衛門。
殺されて怨霊となってしまった 喜左衛門。
大飢饉が怨霊の祟りとされたこと。

そして、使いとなった神が、
「大気都姫命」であったこと。

姫の封印とその姿は全く同じです。

そして、もう一つ、
喜左衛門が神通力の持ち主だったことからでしょうか、
喜左衛門のシンボルとも言える 一つのポーズ。

このポーズが、
あの姿にそっくりなのです

もうお分かりでしょうか?

そう、あの大山積神の本地仏、
大通 智勝仏の仏像、大日如来のもう一つの姿です。

*大気味神社
*西条市北条字五反地544

神社の入口近くを流れる川。
この川にかかる橋の名前を

「つるおかはし」 といいます。
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入口にあった小さな祠。勢気神社。
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拝殿
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この拝殿の中に、
喜左衛門狸は、祀られています。

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拝殿の中には、小部屋があってそこに
喜左衛門狸は祀られていました。

もう一度、喜左衛門狸の手をよ~くご覧ください。
この指、あの大日如来とまったく同じです。

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「化ける」
とは、そういうことだったんだと、この姿を見て気づきました。

そして、喜左衛門狸が祀られる大喜味神社の目の前には、
同じ敷地の中なのに、全く別の神社としてもう一つの神社が存在します。

それが、
「鶴岡八幡神社」 です。

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ここに祀られる祭神の名前を見てびっくりしました。

祭神:
誉田別命(ほむだわけのみこと)
気長足姫命(おきながたらしひめのみこと)
武内宿祢命(たけしうちのすくねのみこと)
鶴瀧姫(つるたきひめ)
伊予姫命(いよひめのみこと)
饒速日命(にぎはやひのみこと)
天道日女命(あめのみちひめのみこと)
来名戸祖神(くなどのさへのかみ)

八幡神を除く名前を見てみてください。

鶴瀧姫(つるたきひめ)
伊予姫命(いよひめのみこと)
饒速日命(にぎはやひのみこと)
天道日女命(あめのみちひめのみこと)
来名戸祖神(くなどのさへのかみ)

オンパレードと言ってもいい名前ばかりです。

そしてこの中に、

「鶴瀧姫」 の名前があったことで、
「鶴」 と 「瀧」 と 「姫」 の関係がより、
はっきりとしてきました。

とすると、、、、、、、、、

あの大三島のジャンヌダルクの伝説は、
やっぱり・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・。

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平成狸合戦ぽんぽこの曲
「アジアのこの町で」

この曲を私が初めて聞いたのは、沖縄行きの飛行機の中でした。
そういえば、この映画が丁度公開されていたその時に、
私は沖縄へ移住するために飛行機の中に乗っていたことを
思い出しました。






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by ldc_nikki | 2012-05-28 22:44 | 愛媛県西条市(旧東予市) | Trackback | Comments(1)

こんにちは。

いつでも誰かが~ きっとそばにいる~♪
これは、平成狸合戦ぽんぽこの主題歌、
上々颱風 「いつでも誰かが」です。

今日の最後の動画は、この曲をのせていますので、
狸の伝説を、この曲を聞きながら読んでいただけたら、
狸の光景が浮かぶかも?

前回、狸のお話をしてから、狸の伝説にはまっています。

昨日は、二箇所、狸さんの伝説のところへと行ってきました。
なので、今日、明日、明後日と、
狸のお話が続きます^^ 

まとめて、狸さんの伝説を
のせたいと思っています。


冒頭で、平成狸合戦ぽんぽこの歌に触れたのは、
もう一つ訳があります。

というのが、
今日お話する狸は、あの映画の登場人物、

「隠神刑部」 です。

あの映画をまだ見ていない方は、ぜひ一度見てみてくださいね^^
先日私も、改めてじっくり見たのですが、
なんだかとても考えさせられる映画でした。

多摩に住む狸たちは、
動物たちの山を壊されていくことに怒り、
人間を追い出そうとします。
でもなかなか思うようにならず、
四国から狸の長老たちを呼び、助けてもらおうと計画します。

そして、その時多摩に向かった長老の一人が、
この隠神刑部です。

他に、一緒に向かった狸は、
徳島県小松島市にある金長大明神の金長。
そして、
御年999歳の、屋島に住む 太三朗禿狸です。

映画の中では、この太三朗禿狸が一番古い狸となっていますが、
実は、この松山に住む 隠神刑部が、もしかしたら一番の長老の狸かもしれません。

あの松山市から久万高原町へと向かう、直線上の山の麓にその跡が残る
隠神刑部は、天智天皇の御代に、この地に住むようになったと言われます。

その訳は、
この地で、起こった出来事がその時代だったからです。

空海が狸を開放したと言われるのは、
ここに、起源があったのかもしれません。

天智天皇の時代に住みついた隠神刑部は、
次々子孫をつくり、とうとうその数は、

「808匹」 になったといいます。

不思議でしょ。

ここでも、 「8」

四国八十八か所は、「88」 ですが、
狸の数は 「808」 

ここまで 「8」の数字にこだわらなければいけなかったことは、
今の時代の私たちには、想像ができない世界です。

でも、この時、姫を封印しようとしていた人々は、
「8」 という数字にこだわり続けていました。
だから、空海は、その逆を同じ 「8」 で しようと思ったのではないかと思うのです。

天智天皇、持統天皇などの古墳が 「八角形」八角墳となっていることが
その象徴かもしれませんね。

ここで、ちょっと話が古墳にそれますが、
斉明天皇や天智天皇の古墳も 「八角形」になっているのでは?
と 思われる方もいると思いますが、
これは、天武天皇が、斉明天皇の子供で、天智天皇の兄弟だということを
証明するために、ダミーとして造られたものだと私は思っています。

この二人の天皇が、正式に葬られたのは、
亡くなってからずいぶんたってから。

天智天皇が本当に亡くなった場所は、
ここ愛媛だったのです。

と、これは私の勝手な想像ですが、
それだけ、「8」という数字にこだわっていたのです。

隠神刑部の有名な伝説は、
『松山騒動八百八狸物語』 として語られていますが、
この伝説もまたあることが元になっている、お話で、
その発端とは、不思議な縁と言えるような、
久万高原町の人たちの百姓一揆にあると言われます。

四国一の神通力をもつと言われた 隠神刑部は、
この松山藩のお家騒動に巻き込まれ、
ついには、久万山の古い磐の中に808匹の仲間とともに、閉じ込められたといいます。

その心霊を祀る場所が、
ここ久万高原町から松山へと降りてくる山の麓、

松山市久谷中組にあります。

今でも、磐の洞窟の中に閉じ込められている、
隠神刑部。

まるで、姫と同じ道を歩んだかのようです。

久万山とは、現在の久万高原町だと思われ、
古い磐とは、古岩屋、あの岩屋寺から移り住んだ仙人がいると言われる、
古岩屋なのかもしれません。

そういえば、あの場所で不思議なことがありました。

古岩屋の岩の下を流れる川で、
笛の練習をしていた時に、笛を吹き始めると突然大雨が降り、
吹き終わると、嘘のようにやんだこと。

あれは、そこにいるよという合図だったのかな?
なんてふと思い出しました。

もし、古岩屋の前を通ることがあれば、
ほんの少し思い出していただけると嬉しいです。

四国一の神通力を持つ、とっても勇敢で、とっても家族思いな
隠神刑部という狸がいたことを。。。。。。

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私が勝手に思っているだけですが、
この狸が、隠神刑部なのかもしれないな。。。。。。

そういえば、映画の中の隠神刑部も
この狸に似ていたかも。。。。。

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意識はしてなくても、
封印された一族も、封印した一族も、
みんなが分かち合うことができたらいいですね。

それは、世界が一つになることに
繋がるのかな。。。。 なんて、それだけではないのですが、
ふと思ったのでした^^ 





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by ldc_nikki | 2012-05-27 13:22 | 愛媛県松山市 | Trackback | Comments(0)

こんばんは。

昨日、籠神社のお話をしたところで、
今日、籠神社の大きな秘密の一つでもある 「豊受大神」
のご質問があり、ついつい思いついたまま長文で返信してしまいました。。

籠神社の真奈井の池に降りてきた、8人の天女の一番下の姫。
それが、豊受大神とされます。

後に、ここから伊勢神宮の外宮へと移されることになるのですが、
この天女伝説もまた 8の暗号の一つ。
そして、この真奈井の池の女神が、
本当は、瀬織津姫でした。

ただ、どうして名前を変えられ伊勢へとここから移さなければならなかったのか。
その理由が、はっきりとわかりません。

全国の姫を祀る場所は、たくさんあったはず。

にも関わらず、ここが選ばれたのは
どうしてなのか。
その理由を知るために、一度籠神社へ行きたいと思っているのです。

大三島と丹波。
二つの浦島子の伝説も、気になります。
籠神社の境内には、倭宿禰命像があり、その姿は亀の上に座っています。
そして、この浦島子の伝説を書いた
伊預部馬養連は、丹波国宰(後の国司)を務めた人。
また、持統、文武両朝の御代に活躍した官人でもあり、
軽皇子の皇太子学士や「大宝律令」撰定作業にも参画していると言われる、
漢学者でもありました。

そして何より興味深いことは、
伊預部馬養連は、伊予の国の人だったかもしれないということです。

古事記をつくるにあたり、協力をした学者の一人でもあったのではないかとも
いわれ、封印の鍵を握る人物の一人です。

「籠(こもり)」 字のごとく、龍を竹で編んだ籠の中に閉じ込めた場所。

全国に鎮座される 「こもり神社」 の中には、
「子守」 と書かれているところも多いですが、この子守とは 「籠」 のことを
言わんとする場所も多くあります。

昨日籠神社のことに触れたばかりで、
今日もまた籠神社のお話に触れることになるとは思ってもいませんでしたが、
更にまた、行かなければ。。。という気持ちが強くなりました。

では、今日のお話です。
今日から場所は、松山市へと移ります。
四国八十八ヶ所が、直線上に並ぶ遍路道。

浄瑠璃寺から八坂寺、そして西林寺、石手寺。
このラインは、以前もお話しましたが、松山の中でも特に重要な場所です。

空海の伝説が、
この道の間に多数あり、空海がこの場所を特に重視しいていたことが、
よくわかります。

今回から数回に分けて、
このラインを更に久万高原町へと向かいご紹介していきたいと思います。

もうずいぶん前になりますが、
狸のお話をしたことをおぼえているでしょうか。

愛媛だけでなく、ここ四国には、狸の伝説が多く存在します。
しかも、日本の狸の中でも特に長老、神として祀られる狸がいることでも有名で、
そのお話は、宮崎駿さんが企画を務めた映画、
「平成狸合戦ぽんぽこ」にも出てきます。

あの映画の中で、多摩の狸を助けるために、四国からやってきた狸です。

では、どうして四国には狸の伝説が多いのでしょう。

それは 空海に関係があります。

空海は、四国に住む狐を追い出し、狸を解放したからだと言われます。
そしてその解放された狸たちは、空海の教えを広めるために
解放されたとも言われます。

また、空海は、追い出した狐は、
四国に鉄の橋がかかった時に、戻ってくるだろう。と予言をしたとも
いいます。

一度は狐によって四国から追い出された姫。
そして、鉄の橋。
瀬戸大橋、明石大橋、しまなみ大橋。
この三つの橋全てが完成した年が、1999年。

これが、いよいよ本格的に
姫が四国へと戻ってくる元年となったのでしょうか。。。。

今日と次回にご紹介する場所は、
そんな狸の伝説が残る場所です。

まず今日ご紹介する神社に住むと言われる狸の名前は

「金平狸」 これで きんぺいと読むそうなのですが、
私には、 「金毘羅狸」 と 読めてしまいます。

金比羅神社の祭神は、大国主。
ここもまた、姫の封印に繋がる神社の一つです。
その名前がつけられたことも、
きっと意味があると思います。

ここ大宮八幡神社は、
とても古い神社で、 往古は神明宮と称えたといいます。
その後、
崇峻天皇2年小千益躬が当地に奉遷し筑紫より胸肩大神を勧請、
合斎し、八町歩の神地を定めて神野大宮と称しました。
更に、
貞観9年には筑紫宇佐宮を合祀し、大宮八幡宮となりました。

また、この神社には、特別な神事があります。
その起源は、養老5年(721年)8月のことです。

小千玉純が勅を奉じて安芸の厳島神社の神輿をここに奉迎し
神衣(神がお召しになる神にささげる衣)を賜ったとに始まります。

その時この神社の神主は厳島神社に参向し御衣を拝授して戻り、
七日間御衣更の神事を執行、厳島神社に参詣の国人に官印邦札を下げ渡す例があったと言います。

それから1300年。
今も御衣更の下賜は廃されたものの、神事は続いていると言います。

このことから、ここは厳島神社と関係が深く、
それは、小千益躬が筑紫より胸肩大神を勧請、合斎したことに
関係があると思います。

そんな大宮八幡神社の代々の宮司さんに絶対服従の使い狸とされ、
伊予狸族きっての学者狸で、
読書家で字を書くこともでき、さらに算術が得意で、算盤(そろばん)が
できたといいます。

村の人々にも親切で、
迷子や老人の世話、病人の使いなど、村の人々に尽くしたといいます。

神社の由緒には書かれてはいませんが、
ここにいた狸も、空海の代わりに、人々に尽くすように開放された狸だったのかもしれません。

そして今でも、
金森大明神として、神社の中に祀られています。

*大宮八幡神社
*松山市上野町甲51
*祭神
 應神天皇(おうじんてんのう) 神功皇后(じんぐうこうごう)
仲哀天皇(ちゅうあいてんのう)武内大臣(たけしうちのおほおみ)
豊玉姫命(とよたまひめのみこと)田心姫命(たごりひめのみこと)
湍津姫命(たぎつひめにみこと)市杵島姫命(いちきしまひめのみこと)

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金平狸
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金平狸はこの赤い鳥居の向こうに祀られています。
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そして、市杵島姫命を祀る拝殿
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神門は 「八」
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本殿
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御神木
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この御神木は、「イブキ」と言います。
このイブキの名前は、伊吹山が起源となっているとされます。

そして伊吹神とは、ヤマトタケルを死に追いやった神。
この伝説もまた、姫と繋がります。

そんなイブキの木のある所に、
狸の伝説が多いことも、何か意味があるのだろうと思います。





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愛姫伝神社・お寺・観光マップ
by ldc_nikki | 2012-05-26 03:07 | 愛媛県松山市 | Trackback | Comments(10)

こんばんは。

少し前から、なぜか丹波の籠神社のことを告げられます。
以前から、籠神社のことは気になってしかたがない所なのですが、
そちらの宮司さんとお話をされたことがある方が、
次々私の周りに現れます。

昨日もある方から、
籠神社の話が出て、そこで、まだ私が読んだことがない
一冊の本を、宮司さんから読むようにと勧められたという話を聞きました。

私もぜひお会いしてみたいという衝動にかられ、
昨日はなかなか眠ることができませんでした。

籠神社。
今年行くことができるのだろうか。。。。
もし、今その時ならば、きっと行くことができるはず。
でも、もしまだその時ではないのなら、
もう少し先になるかもしれません。

でも、いつか必ずその時がくると信じて、
私は今できることをしていきたいと思います。

では、昨日の続き、大三島です。

前回お話した、向雲寺で、お寺の奥様と約3時間お話をさせていただいたのですが、
その時、
大山祇神社の元神宮寺、東円坊に行ってきなさい。となぜか言われ、
私たちは、東円坊へと向かいました。

東円坊とは、元四国八十八か所55番札所だったお寺で、
大山積神の本地仏、大通智勝仏を本尊とするお寺です。

大山祇神社は、奈良時代(神仏習合時代)
神社の本地仏を祀るお寺として、神宮寺がつくられました。
大山祇神社の神宮寺の山号は、「月光山」 
月が光る山。姫のことをあらわしています。

そして、神宮寺の最盛期には、二十四坊あったといいます。

また、神宮寺の奥の院は、
現在の生樹の御門の奥にあったといいます。

東円坊は神宮寺の中の一つですが、
時代とともに、多くの坊は廃絶し、今では、現在の55番札所南光坊と、
この東円坊のみとなってしまいました。

明治の神仏分離によって、
旧神宮寺は廃寺となりましたが、本堂はそのまま大山祇神社の祖霊殿となり、
地元の人からはここを「神宮寺」と呼んでいました。

そして、東円坊は、祖霊殿の近くに移され、
今は無住職となってしまったものの、そこには代々受け継がれてきた
仏像があります。

その仏像が、
大山祇神社の本地仏、大通智勝仏です。

ここに置かれてある、大通智勝仏の仏像は、
前回お話した向雲寺の仏像とは全く違い、その姿は大日如来です。

ですから、
これは、大山祇神社の本地仏ではなく、
大日如来だという人もいるといいます。

しかし、この大日如来こそ、
真の本地仏の姿だったのです。

今は、お堂に鍵がかけられその姿をうっすらとしかみることができず、
写真にとることができませんでしたが、
この姿が全てを物語っているのです。

それが、どういう意味なのか、
ここでは控えさせて頂きますが、
いつか、お話できる時がくるまで、皆様もそれぞれに、
その意味を考えていただきたく思います。

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東円坊の手水舎の後ろに書かれた絵。

亀の上に梵字が書かれています。
この梵字の意味は 

「胎蔵界の大日如来」です。

亀の上に、胎蔵界の大日如来。
これにも、深い意味があるのです。

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境内にあった小さなお堂。
この石にどんな意味があるのか、どこにも書かれてありませんでしたが、
まるで、桃のような石です。。。。

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そして、この中に、
大山祇神社の本地仏 「大通智勝仏」の仏像があります。

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東円坊の仏像の写真は、今回映すことができせんでした。
その代わりに、先日北条で偶然見つけた 石に描かれた 大通智勝仏の仏像の写真を
載せたいと思います。

この石に描かれた大日如来が、
大山積神の本地仏の姿です。

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今日の動画は、
故宮下富実夫さんと、森繁久彌さんのコラボ曲です。
宮下 富実夫さんの曲は、ブログの中で何度も紹介させて頂きましたが、
姫神よりもさらに前、まだ世の中にヒーリングミュージックという音楽が
浸透されていない時、宮下富実夫は、少しづつ少しづつ、その音楽を
広めるために活動をされました。
魂を揺さぶる音楽。
今日ご紹介する曲は、宮下さんの音楽と、森繁さんの声が
身体の中にす~っと入って、嫌なものを全て消し去ってくれる気がします。
目を閉じて、皆さんも聴いてみてください。




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愛姫伝神社・お寺・観光マップ
by ldc_nikki | 2012-05-24 23:45 | 愛媛県今治市(旧大三島町) | Trackback | Comments(4)

こんばんは。

ブログの内容が、約1か月前に行ったところになっているので、
やっと、今日は大三島です。

4月のはじめ、大三島へ行った時のことは、
以前少しお話しましたが、
今回この大三島で、とても重要なことがわかりました。

と言っても、多分ほとんど信じてはもらえない、
いえ相手にしてもらえないかもしれませんが。。。

どこまで、ここでお話をしようかと考えているところのなのですが、
今日はまず、多分全国でもここにしかないと思われる
十六皇子にされた瀬織津姫の仏像がある
「向雲寺」をご紹介します。

大山祇神社の中にある 十七社は以前にも何度かお話しましたが、
神仏習合の名残と言われ、
大山積神を守護する役目として、
大三島の周りの七つの島と、伊豆へと渡って行った 「諸山積神」を
一つに集めた社です。

ここで、もう簡単に一度おさらい。

神仏習合の時代、神々には、もう一つの姿。
仏の姿があるとされていました。
それが、本地仏という考えかたです。

それぞれの神には、
さまざまな本地仏があるとされていました。
例えば、瀬織津姫は一般的には、千手観音や不動明王、十一面観音。
天照皇大神は、大日如来。といったふうに。。。

でも、これは、それぞれの地でいろんな仏になっています。

しかし、大三島に祀られる大山祇神社の祭神 「大山積神」だけは、
他のどの神にも例えられることのない、特別な仏の名前があります。

それが、

「大通智勝仏」

法華経の中でこの仏さまは、お釈迦様よりも前にいた人とされ、
その子供が十六人いたとされます。
その十六番目が、後に釈迦として生まれ変わったとされているのです。

だから、このことを全くのでたらめだと言っている方も多く、
向雲寺の以前の住職さんは大山祇神社の元地、「横殿宮」の神宮寺でもある
この向雲寺の中にある大通庵を、まるで倉庫のように扱っていたと言われ、
今日お見せする十六皇子の仏像は、誰にもその姿を見せることなく
倉庫のようにされたこのお堂の中で眠っていたのです。

そして現在の住職さんたちが、愛知の方からここに来られてから
発見されたといいます。

この大通智勝仏の、十六皇子は、東西南北を守護する神として
七つの島に祀られていました。

1 大気神社・・・保食神──東、阿閦                
2 血島神社・・・磐裂神─────東、須弥頂     
3 倉柱神社・・・倉稲魂神────東南、師子音 
4 轟(動)神社・・啼沢女神(天鈿女命──東南、師子相  
5 阿奈場神社・・磐長姫命────南、虚空住 
6 比目木邑神社…木花開耶姫命──南、常 
7 宇津神社・・・・枉津日神────西南、帝相
8 見前神社・・・・猿田彦神────西南、梵相
9 小山神社・・・・闇靇神─────西、阿弥陀
10 早瀬神社・・・瀬織津姫神───西、度一切世間苦悩
11 速津佐神社・・・速佐須良姫命──西北、多摩羅跋相檀香神通
12 日知神社・・・・・大晝目命──西北、須弥相
13 御子宮神社・・・大直日神──北、雲自在
14 火■神社・・・・・火須勢理神(火闌降命)──北、雲自在王
15 若稚神社・・・・火々出見命───東北、壌一切世間怖畏
16 宮市神社・・・・市杵島姫命───東北、釈迦

*17 諸山積神社・・・・諸山積命 (一の王子)

瀬織津姫は、10番目。
早瀬神社に祀られるとされ、その意味は、

「度一切世間苦悩」 です。

一切の世間の苦悩を度す(救う)神。
他の神々とは、その意味も別格です。

そして、ここ向雲寺には、
そんな瀬織津姫の、他にはない仏の姿の仏像があります。

向雲寺の十六皇子を祀るお堂 「大通庵」は、
大山祇神社の元あった場所瀬戸の、横殿の神宮寺として村の中にありましたが、
江戸時代、向雲寺の境内に移築されました。

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こちらは本堂
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そして、十六皇子と大通智勝仏を祀る

「大通庵」です。

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そして、これが、大通庵に祀られる

「大通智勝仏」です。

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大通智勝仏とされる仏像は、ここの他に
もう一か所あります。
それは、大山祇神社のすぐ近くにあるお寺です。

そこは、元四国八十八か所だったところで、
現在の今治市南光坊の本来あったお寺です。

四国八十八か所の中で、
大通智勝仏を本地仏とするのはここ南光坊だけです。
そして、その起源は大三島にありそこには、もう一つの大通智勝仏があります。

ここ向雲寺の大通智勝仏とは、
全くその姿が違います。

なぜその姿が違うのかその訳はあきらかになっていませんが、
それには、それぞれ意味があるのです。
その意味は、まだお話することができませんが、
それが、全ての意味を含む隠された姿です。

少しだけお話しすると、
向雲寺の大通智勝仏は、大山積神そのものの姿。

そしてもう一か所にある仏像は、
封印された神を意味します。

そしてこれが、十六皇子の仏像です。

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どれが、瀬織津姫だと思いますか?

答えは、
二枚目の写真の一番上の段の中央です。

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仏像が並ぶその前に、
長方形の木箱がありました。

なぜか、その箱が気になり、どうしても中を見たくなり、
開けてみました。

すると中には、古い経本のようなものが。。。。

後で、お寺の奥様に伺うとそれは、
ご祈祷の時に読む本だといいます。

そして、その中に書いてあったことがどうしても気になり
伺ってみたのですが、その意味は、住職さんでなければわからないとのことで
聞くことができませんでした。

その本の一番初めに書かれてあったこと。

それは、

十六皇子の、もう一つの呼び方と、

「十六神王呪」 の文字でした。

十六の王の神の呪い。
この言葉の意味するものはなんなのでしょう。

一つ考えられることは、
十六の神によって呪われた世界を祈祷し
その魂を鎮め、世の中を平穏に導くためのものではないかと。。。。

そして、この十六皇子が置かれる大通庵の棟瓦に彫られていたその模様は、

「波兎(うさぎ)」 だったのです。

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「そして、奥様がもう一か所あるんだけどわかる?」

とおっしゃったので、探してみるのですが、
なかなか見つからず、キョロキョロしていると。

「じゃあ振り返ってみて!」

と言われて、振り返ってふと上を見上げると、
お堂の入口の内側に、兎の模様が!

しかも、その兎は、

「月兎」 だったのです。

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そして帰ろうとすると、
もう一つだけ、秘密のお話を教えてあげようかと。。。。

それは、奥様がここに来られてまだ間もないころのお話。

本堂の屋根を修理していた時のことでした。
屋根から二つの瓦が降りてきたのです。
そして、その瓦を見た時、奥様はなぜかわからないけど、
それがとても大切なものだと思い、ずっと大切にしまっておいたそうなのです。

そして、
それを、今日話さないとと思ったらしく、
私たちをその瓦がある場所へと案内してくれました。

その二つの瓦を見た時、
前身に、何かが走った気がしました。

その瓦とは、
まるで、弁財天のような 琵琶を持った天女でした。
そして隣には、まるで饒速日尊が寄り添うように。。。。

二つの瓦が、長い間閉められていたこの十六皇子のお堂を開けた
奥様の元へと降りてきたのでした。

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そして、
この奥様は、愛媛で三人しかいないと言われる

琵琶の奏者だったのです。






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by ldc_nikki | 2012-05-23 23:49 | 愛媛県今治市(旧大三島町) | Trackback | Comments(2)

こんばんは。

今日の金環日食、みなさま見ることができたでしょうか?

写真は撮ることができなかったのですが、
見ることができました!

あいにくの曇り空で、
見えないかもしれない。。。と心配していたのですが
ちょうど、ぴったりと重なる頃、
雲の合間から、
リング上に重なった太陽と月の姿を見ることができました。

本当に綺麗でした。

見せて頂いたことに感謝ですね^^
本当に、ありがとうございます。

では、今日の神社です。

今日は、愛媛県と高知県の県境に鎮座する

「秋葉神社」 です。

久万高原町から国道33号線を高知県へ向かって走ると、
仁淀川町に入ります。
その県境の山の中に、

土佐三大祭の一つと言われる 秋葉祭りが行われる

「秋葉神社」があります。

この秋葉神社は、
安徳天皇の一行に警護役としてこの地に随行してきた
常陸国の城主が、遠州秋葉山から御祭神の秋葉様を勧請したのが
始まりとされます。

安徳天皇とは、
あの平家と源氏の戦い 「屋島の戦い」や「壇ノ浦の戦い」に
深く関係した天皇で、
御歳(数え年8歳)で、祖母と一緒に
三種の神器を抱え海に沈んだという伝説の天皇です。

しかし、この安徳天皇には日本中に多くの伝説があり、
ここ高知県もその中の一つです。

仁淀川町の隣、
「越知町」は、そんな安徳天皇が最後の時を過ごされ場所とされています。

ここ秋葉神社は、
そんな安徳天皇の一行が訪れたという伝説の残る場所です。

そしてここに勧請されたと伝わる神さま

「遠州秋葉山の御祭神の秋葉様」

遠州秋葉山とは、
静岡県浜松市天竜区
赤石山脈の南端、標高868mの山 「秋葉山」のことだと思われます。

この秋葉山からは、
天竜川という川が流れる、「龍」の山です。

秋葉山の秋葉神社は、
社殿によれば 709年の創設。
また一説には、718年、
行基によって開山された山だとも言われます。

この年代を見てもわかるように、
ここもまた、姫を封印した山です。

神仏分離以後、
秋葉神社の祭神は 火の神 「火之迦具土大神」とされましたが、
それ以前は、「秋葉大権現」と呼ばれていました。
神仏分離後、お寺と神社が別々になり、

「秋葉寺」となっていますが、元は同じです。

この秋葉寺の縁起によれば、
秋葉山の守護神は
三尺坊大権現と呼ばれ、観音菩薩の垂迹として
信州に生まれ、越後国蔵王堂の三尺坊で修行して、
飛行自在の神通力により、白狐に乗って秋葉山へ飛来したといいます。

ここでも現れた 「白狐」

稲荷神となった姫の姿が 「白狐」になっただけでなく、
ここにも白狐が現れていました。

この三尺坊大権現は、水の神とも関係があり、
「火を防ぐ神」として日本全国から信仰を受ける神になったとも言われます。

秋葉山の北方には、竜頭山という山があり、
ここは、奥の院として 「不動明王」が祀られていました。

この竜頭山は、本来、「竜燈山」とされていて、
聖なる火を焚いて、海の竜神へ捧げた地であると伝わっています。

静岡県と言えば
「三島大社」 があり、また、ここ伊予の国から渡っていった
瀬織津姫を祀るところでもあります。

そんな海の龍神、姫へ聖なる火を捧げた地とも
言えるかもしれません。

そんな秋葉大権現が祀られた ここ土佐の国の秋葉神社で行われる
御祭りには、

ヒョットコやお多福面をつけた油売りが、神出鬼没で姿をあらわし
その後からまるで天狗のような 鼻高が続き、
最後に、赤いお面をつけた悪魔が続きます。

「油売り」は「狐」。
そして、「天狗」 
最後の悪魔は、「姫」

今も伝わるこの御祭りの中には、
姫が封印されたその様子が、そのまま残っているのです。

三日間行われるこの御祭りは、
最初に勧請されたと伝わる 現在の「岩屋神社」から始まり、
二日目の深夜に、市川家に御神体が運ばれ、
三日目、市川家から、現在の秋葉神社まで練り歩きが行われます。

神社への参道には、
「大きなしだれ桜」があり、まるで姫の参道のようです。

この御祭りは、
岩屋神社から、現在の場所へと遷座したのが大祭の始まりと伝えれています。

もしかしたら、
最初に岩屋神社へ祀られていた時は姫で、
ここに遷座されるさいに、火の神に変わったのかもしれません。

まずは、最初に祀られた場所 

「岩屋神社」です。

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この磐が御神体でした。
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そして、秋葉神社です。
秋葉神社は、岩屋神社から更に山の上へと行きます。
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鳥居をくぐり階段を上ると、立派な神門があります。
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神門をくぐると拝殿が見えてきます。
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拝殿です。
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拝殿の彫刻の中に、大国主と兎が。
初めて見ました。
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本殿です。
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こんなところにも兎が。
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そしてこれが、
秋葉神社の参道沿いにある 中越家の庭に植えられた
「しだれ桜」です。

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by ldc_nikki | 2012-05-21 22:11 | 高知県 | Trackback | Comments(0)

一つに。

こんばんは。

明日は、金環日食ですね。

月と太陽が一つに重なる日。

日本のこれだけ多くの場所で観測できることはめったにないと言われますね。

月と太陽がやっと一つになれる日。

それは、
離ればなれになった、

ニギハヤヒと瀬織津姫が一つになれる日。

まるで、天の川を
織姫(瀬織津姫)と彦星(ニギハヤヒ)が
渡り出会う日のように、

今、月と太陽は少しづつ近づいています。

明日は、曇りで見えないかもしれません。

でも、
雲の向こうで、太陽と月は、ちゃんと重なっているのですね。

二つの神が、重なって
また新たなページが開かれるのでしょうか。。。。。

明日は、
金環日食を見ながら、
心から祈りたいと思います。

この国の人々の心に
光が届きますように。

そして、
私たちに命を与えてくださり、
こうして、生かしてくださり、
ありがとうございますと。。。。。




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愛姫伝神社・お寺・観光マップ
by ldc_nikki | 2012-05-20 23:20 | 日記 | Trackback | Comments(0)

こんばんは。

今日も、前回に引き続き久万高原町です。

前回の最後に、竜宮トンネルの写真を掲載しましたが、
あの御三戸の磐座のある場所は、
北方からの面河川と西方からの久万川との合流点に当たります。

そのうちの面河川を南へ行くと、
久万高原町、旧柳谷村があります。

そこには、竜の川橋という橋があります。

竜宮トンネルと、竜の川橋。

この二つの場所に龍の名前が付けられたのは、
この川が、竜のいる場所へと繋がる川だったからだと思われます。

その場所とは、
日本三大カルストの一つと言われる、

「四国カルスト」 です。

かなり前になりますが、ブログでご紹介した場所
四国カルストの中にある神社

標高1200mの海の神 「龍王神社」です。

龍王神社はこちら

ここを訪れた時は、この場所にどんな意味があるのか
まったく知りませんでした。

ただ、こんな山の上に、海の神として祀られる龍王神社があることを知り、
訪れたのですが、
ここを訪れてから、半年以上たって、
この場所がどんなに大事な場所かということがわかりました。

そして、今回、
更にそのことがはっきりとわかる、この龍の川を見つけることができました。

どうして、姫が、
四国カルストに祀られるようになったのかは
まだわかりませんが、
ここも一つの封印に関わる場所と言えると私は思っています。

日本三大カルストとは、四国カルスト、山口県の秋吉台、福岡県の平尾台の三か所です。

その中でも、
四国カルストは、一番標高の高い場所にあり、
一番高い場所 天狗高原は、標高1485mあります。

四国は、西日本最高峰の石鎚、そして、日本で一番標高の高い場所にあるカルストと
小さな島国に二つも大きな山があるのです。

そして、もうお気づきの方もいると思いますが、
その二つの山の一番高い場所には

「天狗」 がいます。

以前、天狗のお話をしましたが、
石鎚山だけでなく、ここ四国カルストの一番高いところにも、
ちゃんと天狗を置いていたのです。

そして、その天狗の側には、

「姫鶴平(めづるだいら)」

鶴の姿の姫の名前が付けられています。
偶然にしては、あまりにぴったりの名前に驚きました。

そして、姫鶴平の西、大野ヶ原に、姫を祀る
龍王神社があります。

姫はこの龍王神社の境内にある、

「小松ヶ池」にいたのです。

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この小松池に住むと伝わる龍が、
どれだけ大事な龍だったかということがわかるまでに
約1年かかりました。

この小松池に祀られる、
八大竜王、そして龍王神社に祀られる 「豊玉姫命」は、
瀬織津姫のことです。

そしてここは、海の龍宮に対する、山の龍宮と言えるほど
大事な場所です。

東温市のある神社では、
むかし、雨乞いを行うさいに必ずこの池の水をくみに行っていたといいます。

水を汲みに行くのは、必ず若い元気な男でなければなりませんでした。
それは、必ず一夜にして水をくみに行かなくてはいけなかったからです。
水が豊富な場所にも関わらず、どうしても、この小松池の水が必要だったのです。

竹筒に水を入れた男は、
帰路、一度も休憩することは許されませんでした。
一度も止まることなく、一夜であの四国カルストの上から
戻らなくてはいけなかったのです。

でも、それはきっと途中で誰かに見つかってはいけなかったからなのでは
ないかと思います。
水をとってくることを、誰にも知られてはならなかったのです。

また、この小松池に住む龍は、
二つの場所に移動します。

その一つが、久万高原町のある
「八釜甌穴群」 です。
ここは、近いうちに行ってから改めてご紹介しますが、
渦流によってうがたれてできた甌穴が八個列をなしてあるといいます。
最大のものは直径9~12m、深さ約10mに もなるこの八つの釜に
この小松池に住む龍はいつのころからか住むようになったと言います。

八釜に住む龍は、金気を嫌うといい、
もし釜の中に金気を投げ込めば、空は俄かに掻き曇り、
山鳴りが起こり大雨が降るといいます。

この八釜がある黒川は、面河川に繋がり、
あの御三戸へと流れていくのです。
そして、この川を渡る橋を 

龍の川橋と言います。

釜と言えば、先日お話した吉備津神社に伝わる
特別な神事 「鳴釜神事」が思い出されますが、
姫と釜にも、何か深い意味があるのだと思います。

小松池の龍が移されたもう一つの場所は、高知県梼原町にある

龍王宮と呼ばれる「海津見神神社」
四国カルストから南へ下った山の中に鎮座するこの龍王宮は、
この小松池に祀られていた神が、移された場所だと言います。

祭神は、豊玉姫命。

そして、愛媛県の城川町など南予の人々は、
わざわざこの龍王宮まで、年に数回お参りに行っていたと言われます。


海の上に祀られる 「海津見神」は 龍宮 大三島の大山祇神社。
山の上に祀られる 「海津見神」は 龍宮 四国カルストの龍王神社。

大三島からほぼ一直線上にある 北と南にあるものは
偶然とは言えないものばかりです。 

日本の龍脈と言われる 東西を走る中央構造線と交差するように
見えない線がそこにはあります。 

大三島から南へ下がると、
大三島→今治→四国カルスト→足摺岬 

世界規模のストーンサークルがあった足摺岬には
四国八十八ヶ所はもちろんのこと、
臼碆と呼ばれるその場所に、龍宮神社があります。
高知県で黒潮が初めて到達する場所、
そこには、空海が亀を呼び修行し、四国八十八ヶ所には、
三面千手観音菩薩を置いた。
そして足摺岬の天狗の鼻には、さまざま伝説があり、
一説には、役の行者が全国の天狗をここに集めたと言われる。
しかし、その天狗と争いになり、その中の天狗がこの崖から海へ落ちたとも。
また、ここに住む天狗を空海が封印したとも言われます。
そしてここに住む天狗は、放生坊と云ひ両面一足の天狗と縁起に見られるといいます。
ここで、全国の山々を封印していった天狗たちは、
空海によりその魂を浄化されるかのように、
「法生坊」 と なったのです、。

そして大三島から北へ行けば
そこには、「出雲の国」 があるのです。

これはあくまで私の勝手な考えですが、
大三島を中心とした、南北のラインもまた龍脈。

そして、南の端で姫の魂は解放され、沖縄へ。
そして、北の端は、北斗七星でもある姫が永遠に封印された、
死を意味する場所。

北の一番端で、
姫は長い眠りに入ったのだと思うのです。

北は、一番位の高い場所でもあり、また、太陽の光が入らない
太陽を神とする人々にとっては 「死」を意味する場所でもあります。
だから、姫を封印する場所として選ばれたのではないかと思います。

そしてその中央が、
大三島、 日本の総氏神 大山祇神社なのだと。

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今日、夕方のニュースでとても気になることを話していました。

原発の再稼働についてアンケートをとったところ、

女性の方が男性の倍ほど、原発を反対する意見が多かったということです。
現在の政治家の奥様方も、そのほとんどが原発に反対意見だともいいます。

これが、男性と女性の根本的考えの違いです。

もちろん、男性の中にも、反対する人は多くいます。

しかし、今世の中を動かしている人々、お金を動かしている男性の多くが
原発をなくそうとは思っていないのです。

それは、経済のことが理由なのです。

命より、お金。
命より、権力。
命より、名声。

それが、今の時代をつくっている人々です。
そして、これが、古事記により姫が封印された理由です。

縄文時代の人々は、第一に 「命」 「愛」 でした。

それが、女神信仰、女性の本来持つ魂の声なのです。

それが、男の社会へと変えるために、
姫は封印され、新しい神が誕生しました。 

「お金」 「権力」 の力の増大の始まりです。

命に係わる問題が現れた時、女性は、何よりも先に、
命を守ろうとします。 
今のように、爆弾を抱え、いつそれが爆発し、更に多くの命が奪われるかもしれない
危機に陥ってもまだ、世の中を動かす男性たちは、
命より、お金を選びます。

これまでそんな男性たちによって、多くの国は滅びて行きました。

今、私たちは、過去の過ちをまた起こそうとしているのかもしれません。
だから、封印された瀬織津姫の名前が、こうして世の中に現れた始めたのかも
しれないとさえ思います。

でも、そう簡単に、私たちの声が届くはずもなく、
ただ見ているだけしかできないのでしょうか。

15歳の女の子が言っている言葉です。
こうやって訴えている私たちの声は、
届くこともなく、原発はまた再稼働されるのでしょうか。








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by ldc_nikki | 2012-05-19 05:23 | 愛媛県久万高原町 | Trackback | Comments(2)

こんばんは。

今日は、
久万高原町 「御三戸神社」です。

(みみど)と読むこの神社は、古記に残る神社の中では、
久万高原町の中でもっとも古くから神を祀る神社と言われています。

また、
大己貴神、少名彦神が国内を巡幸の祭のご駐れんの古跡ともされています。

御三戸神社の御三戸とは、
北方からの面河川と西方からの久万川との合流点にあたる、
大きな磐のことを言います。

この磐を磐座とし、
「黒磐神」 を祀ったのが、始まりと伝わります。

一説には、
伊予主命がこの地に神籬をたて、八神を奉祀したとも伝わります。

その八神とは、
国常立尊(くにのとこたちのみこと)
大山津見尊(おほやまつみのみこと)
鹿屋野比売尊(かやぬひめにみこと)
建速素盞鳴命(たてはやすさのをのみこと)
大市比売尊(おほいちひめのみこと)
来名戸祖尊(くなどのさへのみこと)
大己貴尊(おほなむちのみこと)
少名彦尊(すくなひこなのみこと)

ここに来たのは、今回で2度目なのですが、
一回目に来た時には、この神々の名前を見ても、
何も思いつきませんでした。

でも、今回改めてここを訪れ、神々の名前を見て
ここに最初に祀られていた神

「黒磐神」とは、

姫のことだったと思いました。

今治市大島沖の小さな島 「津島」には、
大三島から追い出された瀬織津姫がしばらくの間鎮座していました。

その神社の古い資料には、
大山積神∴(瀬織津姫、来名戸祖尊) と書かれてありました。

これは、大山積神と(瀬織津姫、来名戸祖尊)は同じ。
(瀬織津姫、来名戸祖尊)は、大山積神に変えられたことをあらわしていると思います。

ここ久万高原町にもその名が書かれてある、
「来名戸祖尊の 来名戸とは、 「きてはならないところ」
道の分岐点、境目という意味があり、
瀬織津姫が、三途の川の神とされていたことと類似します。
 
このことから読み取れるように、
来名戸祖尊とは、瀬織津姫のこと。

そして、大山積神は瀬織津姫の変えられた神ということがわかります。

この御三戸神社に祀られる

大山積神も、鹿屋野比売尊も、建速素盞鳴命も
大市比売尊、来名戸祖尊も、
姫の変えられた姿です。

大己貴尊は、ニギハヤヒです。

国常立尊は、古事記と日本書紀で
現れた順番が違いますが、
古事記で一番初めに現れた、天之御中主神と対をなす神と言われ、
その両方の神を合わせて

「宇宙の根源の神」 と言われます。

宇宙の根源の神とは、姫のことです。

少彦名命を除く、 「7柱」の神は
全て姫の変えられた名前。 「7」 を意味する姫とも一致します。

また、御神徳にも姫の意味が現れています。

ここは、古くから 「安産の神」として知られ、
近郊からはもちろんのこと、他県からも多くの参拝者が訪れるほどの
神社だったそうです。

瀬織津姫が、単なる水の神ではなく、
「命の誕生から死」まで全てに繋がる神だとされることを
意味しています。

また、もう一つの姫の姿 「荒神」 ともされていて、
人々は、神域に近寄りがたく、
いつのころからか、現在の場所に遥拝殿をたて、
ここで参拝するようになったといいます。

本宮と遥拝宮を備えた特殊な神社であったのですが、
町村合併により村庁舎の敷地に本宮境内を譲渡し、遥拝宮に本宮をも奉斎し
現在の姿になったと言います。

久万高原町は、空海も訪れ、
岩屋寺の周りに、お寺を守護する神を祀っていったという、
特別な地です。

縄文時代から人が住み
この地の岩からは特殊な鉱物が産出していました。

仙人が住んでいた岩山。
山の中の龍宮から流れる川。

久万高原町から砥部町へと抜ける山々に伝わる伝説。

山の中のこの町には、
まだまだ知られていない大きな出来事があるのだと
私は思います。

*御三戸神社
*上浮穴郡久万高原町上黒岩1020
*祭神
国常立尊(くにのとこたちのみこと) 大山津見尊(おほやまつみのみこと)
鹿屋野比売尊(かやぬひめにみこと) 建速素盞鳴命(たてはやすさのをのみこと)
大市比売尊(おほいちひめのみこと) 来名戸祖尊(くなどのさへのみこと)
大己貴尊(おほなむちのみこと) 少名彦尊(すくなひこなのみこと)

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本殿
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神社の前を流れる川は、
エメラルドグリーンに染まっていました。

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そして、御三戸磐です。

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磐の一番上に立つ一本の木
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そして、このすぐ側にあるトンネルの名前は、

「竜宮隊道(トンネル)」 と言います。

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どうしてここが、竜宮トンネルと呼ばれるのか。
それは、ここが、山の上の竜宮から流れる川の合流地点だからです。

その山の上とは、

愛媛県と高知県の県境

「四国カルスト」 です。

愛姫伝 スライドショー 「霧」 



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by ldc_nikki | 2012-05-16 22:18 | 愛媛県久万高原町 | Trackback | Comments(0)

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