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写真展

こんばんは。

お久しぶりです。
最近、なぜか指がすすまず、ブログが書けません。
日々、忙しく時間がないこともありますが、なかなか更新できず
ごめんなさい。

でも、神社の旅はまだまだ続いています。
それどころか、日々新しい発見があり、自分でも驚きの毎日です。

最近は、考古学とも照らし合わせて考えるようになり、
地元の市役所の方のお力も借りながら、調べていくことにしました。

縄文後期から飛鳥、奈良時代までの愛媛県、ここ今治が
どんな場所で、どんな人が住み、ここで何があったのか。

瀬織津姫が封印されると同時に、
ここ今治の歴史、愛媛の歴史も封印されてしまいました。

その封印を、今度は実際に土の中から出てきた人々の生きた証から
証明したいと思っています。

先日、愛媛の四国八十八か所をやっと全てまわることができました。
そして、その最後に行ったお寺で、西日本一高い山に住む龍が封印された場所に
たどり着きました。

この3年間で、600箇所以上のお寺や神社を巡り、地域の風土記にふれ、
一つ一つその歴史を調べてきましたが、やっと、その謎が解けてきました。
そしてやっとこれからは、土の中から地上へと出てきた人々の証と
向き合う方へと導かれたのではないかと。

土の中から地上へと出たものは、ある意味隠れた世界から表へと出たことを意味するのかもしれません。

毎年、毎年、少しづつ地上へと戻り始めた多くの人の生きた証。
今度は、その生きた証が、人々が伝え続けてきた伝承と一つになれるのだと
私は信じています。

先日、写真展の会場の下見のため岡山を訪れた時、
会場を見た後、元伊勢と言われる場所二箇所に行き、その後、鬼の城へと行ってきました。
その日も、どこに行くか全く考えないで用事が終わってから
閃く場所に向かいました。
その時、真っ先に頭に浮かんだ場所が、鬼の城でした。

私の中ではなぜかここが、現在伝わる伝説の鬼と一致していませんでした。
でもそれがどうしてなのか全くわかっていませんでした。
この城は、本当に鬼の城なの?
そんなことを思いながら、鬼の城に入りました。

建物や門は復元されたものでしたが、
門に続く石段は、当時のままの状態で発見され、その姿は、古代のままでした。
その石段を一つ一つのぼりながら、ここで1300年以上前に、戦いが行われ、
多くの人がこの石段をのぼったことを思いながら、階段をのぼり、そこから岡山の町を見ました。

吉備津彦の矢が落ちた場所、血の海となったと言われる川、
戦場となった町。
ここでその光景を見た時、言葉では言い表せない気持ちになりました。

お城を降り、資料館に入り、お城のことが書かれたパネルを一つ一つ見ていると、
そこに、あるものを見つけました。

私は何度も何度も、その部分を読み直しました。
今まで文章の中だけで読み解いていた歴史の姿が、この山城の中で、
現実の姿として私の中で結ばれました。
今まで私が見てきたことは間違いではなかったと思った瞬間でした。
土の中から出てきた人々の証を見なくてはいけない。
その時、そう思いました。
そして、その時から前よりも更に、伝承の残る場所に、本当の人の姿を感じようとするようになりました。

戦場となった山城、人が住んでいた遺跡の跡、埋葬された古墳。
そこには、人が本当に生きた証がある。
私たちが今こうして生きていることと同じように、ここで同じように生きた人がいたのです。
多くの「命」が、存在したのです。
その命があったからこそ、今私たちはここにいる。
私たちも、この一瞬一瞬の出来事の向こうに今日があり明日があり、
どんなことも次へと繋がっていて、一瞬一瞬の自分の選んだ行動によって明日への道が
続くように、歴史もまた、何一つ続いていないものがなく、全ての流れの先に、今という世の中が存在する。

本当によい世の中にするためには、人が歩んできた本当の道を知る必要があると
私は思っています。
今もなお、尾を引いている間違った考えに気づくためにも、
人が歩んだ道は知らなくてはいけないのではないでしょうか。。。。。。。

来月11月2日から、
愛姫伝第3回目の写真展を開催することとなりました。

今年はこれが最後の写真展となります。
そして、今回の場所は、今治とも深い繋がりがある 

「岡山」です。

今治の小千命と言われる、歴史の謎を秘めた越智家の祖。
小千命は、岡山「吉備」と、血縁関係にありました。
小千命には、さまざまな時代の姿があり、どれが本当の小千命かと
今まで多くの人が議論してきました。

しかし私の中では、小千命は一人ではありません。
「小千(越智)」は、現在は名前ですが、本当は名前をさす言葉ではなかったのだと思っています。
ある一族のことをあらわす言葉。
その意味が、「小千」には込められているのだと。
そして吉備の国をつくっていた人もまた、その「小千」と同じ血が流れる人でした。
長い間、吉備と伊予は、同じ血が流れ、同じ心を持つ人と人で繋がっていました。

また、吉備と伊予には、もう一か所強い繋がりのある場所がありました。

それが、現在の兵庫県です。
神戸から明石にかけて、ここにも、同じ血が流れ同じ心を持つ人がいたのです。

今回の写真展は、瀬織津姫さまが導いてくださったご縁で出会った
神戸で活躍されている、「石井博子」さんが一緒に絵を展示してくださることとなりました。

瀬織津姫のことを思いながら書いてくださった絵を、
私のようなものの写真展に飾ってくださります。
姫が繋げて下さったご縁としかいいようのない奇跡です。

卑弥呼の時代に繋がっていた、三つの国。

愛媛と岡山と神戸。

今回の写真展は、この三つの国が1300年以上の時を超えて、
姫で一つになる場だと私は感じています。

平和を願った三つの国が一つになることで、
もう一度平和へ向かう国つくりの始まりとなることを願いながら今回の写真展を
開催させていただきたいと思います。

石井さんの絵が飾られることで、今までよりも更に姫を感じることのできる会場となると
私も思っています。

優しく、やわらかなエネルギーの中に、真の強さを感じる石井さんの絵。
絵から受け取るその感覚は、私の想う姫の姿です。

私の写真はまだまだ未熟ですが、
そこに姫を感じながら撮った写真、ほんの少しでも来てくださった人に
何かを伝えることができますように願っております。

*愛姫伝写真展
 (石井博子さんの絵画展同時開催)
*場所:岡山プラザホテル(後楽園のすぐ近く) 1Fギャラリー
*開催日:11月2日(金)~11月30日(金)

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by ldc_nikki | 2012-10-27 01:16 | お知らせ | Trackback | Comments(2)

つの大師 円福寺

こんばんは。

しばらく更新できず申し訳ありませんでした。
今月に入ってから忙しくて、なかなかブログを書く指が進まず、
やっと三連休の用事も終わり、ほっとしたところです。

先日、土曜日に、
初めて神社のお話をさせていただきました。

私が今こうして神社のことを調べることとなった
きっかけの神社、大浜八幡神社のすぐ裏で行われた 「花まつり」という
イベントで、お話をさせていただきました。

そのイベントには、
ブログをご覧いただいている方もいらっしゃり、
その方が、大浜八幡神社のあの小千命の銅像をつくった方だと知り、
本当に驚きました。

今回は、姫のお話ではなく、地元大浜のこと、
そして小千命のことをお話させて頂き、地元の皆様が喜んでくださったことが、
本当にうれしく、感謝の気持ちでいっぱいになりました。

実は、時々、こうしてお話するのを
辞めようかなと思うことがあります。

神社の歴史や、姫のことを調べることは一生続けていきたいと思っているのですが、
こうしてお話することが、時々いいのかどうか迷う時があります。

でも、あんな風にみなさんに喜んでいただけると、
やっぱりお話を続けていこうと思いなおします。

ここは、きっと何かを知りたい、何かを求めている人が
お越しくださっていると思うので、
ここなら、思うことを書いても大丈夫かな、、、と。

神社は、大浜八幡神社が原点であり、
このブログもまた、私の原点。ここが、やっぱり一番落ち着く場所なのかなと
思います。

大浜のみなさん。
まだまだ未熟な私のお話を真剣に聞いてくださり
本当にありがとうございました。
私が、調べてきたことが少しでもみなさんの心に
何かを伝えることができたのなら、こんなにうれしいことはありません。
こんな機会を与えてくださり、本当にありがとうございました。

今日は、松山市、前回ご紹介した神社のすぐ下にある
お寺をご紹介します。

以前からずっと気になりながら毎週この前を通っては通り過ぎ。
早、3年。
何度も通っているのに、なかなか訪れることができなったお寺です。

永徳山河野院 円福寺

今治の玉川から、松山へ向かう山道の途中にあるお寺です。
天台宗のお寺で、平安時代に建立されたと伝わる古いお寺です。

天台宗、第五代の天台座主安慧の開基。
安慧とは、俗姓は大狛氏。河内国大県郡の出身だとされます。

天台宗とは、最澄が唐の天台山にのぼり、天台教学を受けて日本の伝えたと言います。
最澄とは、空海と同じ時代に生きた僧の一人で、
空海ともとても深いかかわりがあります。

最澄が唐へと渡った時と同じころ、空海も唐へと渡っていました。
そして、空海は、密教を、最澄は天台数学を日本にもって帰りました。
最澄は、この時中期密教というものも同時に日本に持って帰ったと言われていますが、
空海が持ち帰った密教までの知識はなかったと言われます。

しかし、最澄は、独自の密教を日本で誕生させました。
それが、天台宗に伝わる密教で、台密といいます。

そして、ちょうど時を同じくしてこの頃から、
日本では、神仏習合という思想がひろまっていきました。

それが、今も時々見られる、「権現」とつく、神と仏が習合された仏です。
それから、神さまは、仏の後ろ、
仏の仮の姿とされてしまいました。

この神仏習合の代表的な神の姿が、
「八幡大菩薩」です。今では、八幡神と呼ばれますが、八幡大菩薩とは、神仏習合の仏の姿だったのです。

この頃から急速に広がった、神仏習合の考えは、
明治時代まで続くこととなります。

700年前後、姫の封印が全国が行われ、
次は、この神仏習合によってさらに、姫の姿はわからなくなってしまいました。

しかし、神仏習合によって仏の姿に変えられていく姫の魂を、
空海は、みていたとも言えるかもしれません。

天台宗の山は、比叡山。
この松山市に建立された円福寺は、今でも比叡山で修行をつんだ方が、
住職さんとなられています。
比叡山は、都の鬼門に位置する山であり、修験の山、役行者によって神の山から、
仏の山へと変えられた場所でもあります。

比叡山に住む天狗は、四国までやってきていて、
香川県の大きなため池、あの空海が一夜にしてつくったと言われる満濃池にも、
比叡山の天狗に、つれて行かれた龍のお話があります。

姫の封印にも大きく関わったこの比叡山を原点に広まった天台宗は、
後の、「本地仏」という考えにも深く関わっていきます。
大三島の大山祇神社の本地仏の考えは、この天台宗による考えからきているのです。

それが、最澄が元としたとされる、法華経です。
大山祇神社の神、大山積神の本地仏は、この法華経の中に書かれいる仏。

三千塵点劫の昔に世に出て、八千劫の間「法華経」を説いたといい
また、阿しゅく、阿弥陀、釈迦など16仏をそのときの王子としたという仏

「大通智勝仏」です。

今も、どうして大山積神の本地仏となったのか、その謎をといた人はだれもいません。
でも、私の中ではその答えは出ています。
どうして大山積神が大通智勝仏なのか、
今はまだそのことにふれませんが、
その意味は、いつかきちんとお話したいと思います。

というように、天台宗は、平安時代に最澄が開創してから、
神と仏に深くかかわり、時の朝廷とも深く結びついていったものなのです。

そんな天台宗のお寺が、平安時代にここにつくられたのは、
よほどここが姫との繋がりの強い場所だったと言えるのかもしれません。

天台宗の僧の一人で、
「良源」という僧がいました。
良源は、第18代天台座主(てんだいざす、天台宗の最高の位)でした。

良源は近江の生まれで、
地元の豪族・木津(こづ)氏の子として生まれ
幼名は観音丸という小さいころから、特別な名前が付けられています。

天台宗の最高の位まで登りつめた良源は、別名を
「角(つの)大師」「豆大師」「厄除け大師」とも言われます。

ここ円福寺にも、この良源を現した、「角大師」がおかれ
広く信仰されているといいます。

角大師とは、2本の角を持ち、骨と皮とに痩せさらばえた鬼の像を表した絵で描かれます。
伝説によると、良源が鬼の姿となり厄病神を追い払ったと伝わり、
その時の姿を描いたものが、この角大師だといいます。

角大師のことはまだその本当の意味がわかりませんが、
これも、姫に繋がってくるのではないかと思えてなりません。

*永徳山河野院 円福寺
*松山市藤野町甲87
*ご本尊:聖観世音菩薩・普賢菩薩
*開山: 第五代天台座主安慧
*南北朝時代、新田義貞の子義宗ゆかりの寺で、義宗が残したと伝えられる
*南朝滅後、河野氏の所領となった。
 河野通直が新田義宗(上新田神社)、脇屋義助の子義治(下新田神社)の祠を建て再建した。

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愛姫伝神社・お寺・観光マップ
by ldc_nikki | 2012-10-08 23:50 | 愛媛県松山市 | Trackback | Comments(3)

数あるブログの中からお越しいただきましてありがとうございます。 不思議な数々の出会いから、今は、愛媛の神社めぐりをしながら、神社や女神様そして、神話の神々の伝説を調べています。
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