こんばんは。

一眼レフを持ち始めてから、今までよりもさらにいろんなものをじっくりと見るようになりました。


私の歴史の研究は、ただお寺や神社のことを調べるわけではなく、
一般的な歴史を文献から探してくるのでもなく、いろんな物を深く知るということをします。

元々歴史が苦手だったこともあり、最初は本当になにもわかりませんでした。

それが逆によかったのか、全ての意味を一から調べないと、文章の意味が全くわかりませんでした。

その内どんどん、いろんなことが疑問に思ってきて、いつの間にか、今まで疑問にも思わなかったいろんなことに疑問を持つようになりました。


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『花』もその一つ。

全ての花の意味を調べるわけではありませんが、いろんな伝説や物語や神話の中に出てくる花にはやっぱりその奥に深い意味があります。


現代の私たちには見えないものを、花を通して見ていました。


自然界に存在するものは、全ての同じ命の循環の中に存在する。

色や花びらの数、咲く季節や咲き方、散り方…

花の生育もまた、自然の法則の中にある。


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昔の人の観察力はすごいな…と思います。

今はいろんなものがあり過ぎて、大切なものが見えなくなってしまっているのかもしれませんね。


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# by ldc_nikki | 2016-11-05 01:13 | 写真 | Trackback | Comments(1)

写真


こんばんは。

神社に行き始めてから写真を撮り始め、最初は普通のデジカメだけで撮っていたのですが、3年半前に、フリーペーパーの会社に勤めるようになって写真に更に興味を持ち、2年前からフォトライターというお仕事をし始め、一年半前から、写真を使った活動や仕事をしています。

写真は言葉で伝えきれないものを、もしかしたら伝えることができるのかもしれない。

最近そんな風に思うようになりました。

まだまだ勉強中ですが、これからは文章だけで伝えきれないものを、写真で伝えれるようになりたいなと思っています。


それに写真だけなら、また時々、ブログを更新できるかなと…

今日の写真は、しまなみ海道が通る、伯方島。

今日は一日、伯方島の撮影でした。
いつも見ている風景なのに、写真を撮るようになってからこれまでよりも、もっといろんなものを見るようになりました。

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これまでブログの中で書いたことがなかった地域ですが、この島もとても重要な島の一つだと数年前から考えるようになりました。

しまなみ海道が通る芸予諸島は、まるで湖のように穏やかな海。

でも、海の底では渦を巻き、大きな船も動けなくなるほど。

一年中緑が生い茂り、一面青と緑の世界。

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数々の歴史が刻まれてきた、海や島。

100年前も1000年前も、ずっと変わらない姿を今に残します。

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ここに生まれてほんとによかったな。と心から思います。
# by ldc_nikki | 2016-11-04 00:32 | 愛媛県今治市(旧伯方町) | Trackback | Comments(0)

8年目の節目に行った所

こんばんは。

ご無沙汰しています。
今年もあと、二カ月ですね。

今年で、神社を巡り始めてから丸8年が過ぎました。

『7』はいろんな意味での節目とされていますが、本当に不思議と女神と出会って神社を巡るようになって、歴史を研究し始め、昨年9月、ちょうど7年で新しい7年がスタートしたように、今は以前と一見全く違うことを毎日一生懸命考えています。

それでも寝る前になると、歴史のことを考えないことはなく、わずかな時間ですが相変わらず、1000年以上も頭の中は遡っています。

今は、外から見ると、全く違うことをしているように思うかもしれません。

でも私の中では、これまでの延長線上に今があると思っています。

神社やお寺を巡りながら、いろんなことに気づかされ、いろんなことを学びました。

歴史は、過去の人たちの心が作り出したもので、人間の考え方や価値観が変わると、世の中も同じように変わってしまうことを学びました。

世の中を変えたいと思ったら、心を変えるしかない、価値観を変えるしかないと言うこともわかりました。

表面的なものをいくら変えても、何かを間違っていると指摘しても、多くの人の心の中は、これまでの常識やそう思うことが正しいと思い込んでいる思考に染まり、それによって形成された価値観が間違っていると気づかないまま過ごしています。心が変わらなければ、何も変わることはないと言うことに気づいてから、私が今するべきことは何なのかをずっと考えてきました。

「自分だけは違う」そう思っていても、今の世の中で、一人だけ本当にそう思えることができるのだろうかと、自分に問いかけながら日々を過ごしています。

自然も動物も人も、この世に存在するものは全て繋がっていて、自分の目の前にあるものや、見えるものや関係するものだけで成り立っているものではないということが、頭ではなく知識としてでもなく、心の底からそれを感じ、理解できなければ、人間の欲や自我に負けてしまう。

それくらい、難しい世の中になっていると思います。


今は、自分がたどり着いた答えと思いの軸からずれないということを、いつも確認しながら、今目の前にあるものを、一つひとつ進んでいくことだけを考えています。

そうすることが唯一、本当にたどり着きたい所へと行く方法だと信じ…


東北の震災以降、急激に瀬織津姫の名前が広がり、神様に興味を持つ人や、古事記に興味を持つ人が多くなってきたと感じます。

インターネットの中には、それについての沢山の情報が溢れ、いろんな考え方が溢れています。

何を信じ、何を求めるかは自由。

でも、一つだけ。

インターネットの中には、本当の答えはどこにもありません。

空海が密教を日本を持ち帰ってから、その真髄は途絶えてしまったと言われるように、そんなに簡単に、誰かが書いたものから答えを得ることはできません。

また正確な答えもありません。

自分自身の心を突き詰めていくことと同じように、表面的なものだけを追いかけてもたどり着くことはなく、本当の歴史にもたどりつくこともなく、もしたどり着いたとしても、本当に大事な所にたどりつくためには、自分でたどり着くしか方法がないと私は思っています。


それに、本当のことは、そう簡単には書くことはできません。

全てが繋がっているように、いろんなものをつなげて一つひとつ、全てが繋がるように、神話も伝承も自分が出した答えに繋がるかを、検証し、それでも間違いないと思う所まで突き詰めていく必要があるのではないでしょうか。

断片的に、繋がっていると思っていても、世の中には沢山神話や伝承があり、時代によっても、その書かれ方は違います。

それでも、全ては繋がっているならきっと繋がるはずだと私は思っています。


もちろん書かれたことそのものでは、繋がることはありません。

でも、書いた人の心がわかれば、全てはその奥で繋がると。

書いた人の心なんてわからない。

そう思うかもしれません。でも、文章は人の心が書かせる。
特に神話や伝承は、人の心が書かせていると私は思います。

心を見ることができなければ、書かれたことの裏側にどんなことがあるのかを見ることはできません。

それしか、神話を解くことはできないと思います。

だから、書いていることを全て信じることはとても怖いことだと私は思います。

なぜかと言うと、その意味が少し違うだけで、その先の自分自身の思考も変化してしまうからです。
それが強くなればなるほど、どんどん本当にたどり着かなければいけない所から外れてしまうからです。

いつでも引き返せるように、いつでも方向転換できるように、常に本当にこれでいいのだろうか。
疑問に思う心は、どこかにもっていながら、進んで行って欲しいと思います。

これは、今の世の中にも言えることで、常に疑問に思う心を持つこと、反発や批判をするのではなく、よりよき方向にいくためには、本当にこれでいいのかと思う、純粋な気持ちをいつも持っていてほしいなと思います。


心が変われば、かならず現実の世界も変わります。
価値観が変われば、現実の世界も変わります。

今、世の中が変わらないのは、心が何かに縛られているから。
今までの価値観が当たり前だと思っているから。

周りの価値観や常識にとらわれて、自分が不幸だと思うことも同じ。

どんな人も、この世に生まれた意味があり、役目があり、誰も必要ない人なんて本当はいないということ。

誰かと比べるのではなく、お金や地位や職業に対する今の価値観が、あたりまえだと思わず、自分にしかない役目をすることが、一番素晴らしいことで、一番素敵なことなんだと思って欲しいと心から思います。

命を大切にしてほしい。

時間を大切にしてほしい。

ただただそう思います。


丸8年を迎えた誕生日、本当に偶然に、以前から一度は行きたいと思っていた福井に行く仕事ができ、行ってきました。

仕事が終わり、行った場所は、今治の『越智』と繋がる、福井県のお寺。


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越知山(おちやま) 大谷寺

白山信仰が始まった最初の山だとされる、越知山。

8年目の誕生日にまさかここに自分がいるとは想像もしていませんでした。

お寺に着き、本堂でお参りしようと思い近づくと、中に沢山の人がいました。

邪魔になってはいけないと、お参りしてすぐ帰ろうとした時、奥様らしき方が、どうぞ中へお入りくださいとおしゃってくれました。

でも、私はこの辺りの人間ではないので、檀家さんと間違われたのかもしれないと思い、どうしようかと迷っていると、住職さんも、お話の途中に私たちの方を向いて、中へとおっしゃってくださった。

最後に住職さんが、私たちの方を向いて、
「このお二人はとても徳のあるお二人です。ご先祖さまは、こんな風に導かれるのです。」

そうおっしゃった。

なぜ、ご先祖さまに導かれたのかとおしゃったのかその時はわかりませんでしたが、
後で聞くと、普通は秘仏で見ることができない仏さまを、この日だけは特別に見れるようにしていたからでした。

どんなに偉い方が来ても開けることはない扉を、この日だけは特別に開けていたのです。


私は、仏さまにお会いできたことももちろんとても嬉しかったのですが、それよりもこうやって、何度も何度も偶然の出来事があるたびに、私は負けそうになる心を持ち直し、前に進むことができたことを思い出し、改めてご先祖さまに感謝し、今していることをこのまましていくことが、私の今できることなんだと思うことができました。


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今目の前にある状況を受け入れ、その中で自分ができる精一杯のことをすること。
それが一番の近道だとやっぱり今でも思います。

焦ることはなく、誰かと比べることもなく、価値観に惑わされることはなく、今自分がしていることが今の自分には一番大切なことで、次へ繋がるための道なんだと心から信じることで、今がとても幸せに感じることができると思います。

人は生まれた時から、命には限りがあり、次の命へ繋がる一つとなっていつかこの世を去る日がくる。

子供がいる人もいない人も、みんな次の命へ繋ぐ一人。


命を大切に。

時間を大切に。



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# by ldc_nikki | 2016-11-03 01:23 | 県外編 | Trackback | Comments(7)

数あるブログの中からお越しいただきましてありがとうございます。 不思議な数々の出会いから、今は、愛媛の神社めぐりをしながら、神社や女神様そして、神話の神々の伝説を調べています。
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