こんにちは。


最近こうして神社のことを書くことが、とても少なくなりましたが、
ふと気づくと、神社や神様や歴史のことを考えている自分がいます。



Facebookは、頻繁に書いていますが、
素直に、思いつくままに書くことができないので、やっぱりここに戻ってきます。


今年は、60年に一度のお遍路さん、逆打ちの年。

今ちょうどこの辺りを回る人が多いらしく、連日、沢山のお遍路さんがやってきます。


どうして、60年に一度なのか。
その理由は、お遍路の起源でもある、「衛門三郎」が、20回まわっても弘法大師に会うことができず、21回目mに逆まわりにまわると会えたという伝説に関係しています。


その会えた年が、閏年だったため、閏年は逆打ちをする人が多いのですが、今年はそんな閏年の中でも更に特別な年。


『丙申』

今年の干支と同じ年に、会えたと伝わるから、60年に一度の特別な年なのです。



衛門三郎のお話はもちろんそのままのことが起こったわけではなく、
これも歴史の意味を込めた伝説だと私は考えています。


もともと、この伝説により、逆打ちに回ると願いが叶うと言われていますが、
それ以外にも、蘇る、生まれ変われる、という意味もあると言います。

これも、衛門三郎が、生まれ変わった伝説があるからだと、普通は考えるのでしょうが、私は少し違います。

『逆』に回ることで、生まれ変われる。

これは、歴史の意味をそのまま含んでいます。


更に、21回目というのも、7×3。

この数字にも意味があります。

更に、『丙申』


この干支があてられたことにも、ちゃんと理由があると思うのです。

『丙』

方角で言うと、南をしめし、陽気が一番活発になる年、南=火です。


『申』

申は、雷を意味し、更には神を意味します。

火が、天と地を結ぶ、雷=神と繋がり、天へと行くことができる年。


そして、この年は物事があきらかになる年。

南である火と火の神。天と地を結ぶ。

その年に、逆にまわった衛門三郎。


逆に回って会うためには、この年しかなかったんじゃないかと思うのです。


今までなかなか、出す気持ちにはなれませんでしたが、
昨日突然、神社の本を出してみようかと思い始めました。

まだ、歴史の謎にふれるものは本にすることはできませんが、
先に本格的な本を書いた時、きっと必要になるだろう、これまで私がまわってきた場所の神社やお寺を、一社づつ、小さな冊子にできたらと思っています。


それを見ながら、伊予の神社やお寺を沢山の方に巡ってもらえたらなと。

いつか本を書いた時、今回の小ブックが役にたつように、作りたいと思います。


また詳細が決まりましたら、こちらでお知らせさせていただきます。


e0165472_1927568.jpg
























にほんブログ村 哲学・思想ブログ スピリチュアル・精神世界へ
にほんブログ村
# by ldc_nikki | 2016-06-02 19:28 | お知らせ | Trackback | Comments(14)

ご無沙汰しています


久しぶりにここを開きました。

沢山のコメントをいただきながら、お返事ができなくてすみません。


ここ一年、神社になかなか行くことができていません。
でも、忘れているわけではありません。

全ての始まりはこのブログで、瀬織津姫という存在を知ったことからで、その原点だけは一生変わることはありません。


今は、一見全く違うことをしているように見えるかもしれません。
でも、私の中では全てが繋がっています。

また瀬織津姫を知り、神社を巡り始め、その中で私が学んだこと。
それがあるから、今があると思っています。


あれからもうすぐ8年。

ただただ、目の前に起こる全てのことを受け入れ、今置かれている状況が全て今必要なことだと信じ、焦ることなく一生懸命向き合う。


遠回りしているように見える人もいるかもしれません。

何のためにしているのかと思う人もいるかもしれません。

でも、ただ信じること。

どんなことも今の私には必要なことだと信じること。

〚信じる〛ということは、自分の心と向き合うことだとこの8年で学びました。

今、目の前のことが不安になるのは、今が必要なことだと信じれないから。

目の前に起こることは、自分が選んだ道であり、自分が信じた道。

それは誰のせいでもない、自分の心が決めたこと。

信じることができないと、よけいに遠回りしてしまう。

信じることができたら、時が来れば必ず次の道が用意される。

何度もそれを教えられました。



苦しい時ほど、辛い時ほど、未来が見なくなりそうな時ほど、
自分の心と向き合う。

解決する方法を外に見つけようとするのではなく、自分の中に見つける。

とても難しいことですが、本当に物事を解決する方法は、自分の中に見つけるしかない。そう思います。


私自身まだまだ修行中ですが、
ほんの少し、その意味がわかるようになりました。


神さまも仏さまも、
自分の心の中にいる。

その意味も…。

夢を持ち、自分を信じて、目の前のことを受け入れて一生懸命生きる。

何か起こった時は、試されてる。
それでも信念がゆがまないか…


私も、信念を持って、今を信じて、ただ1歩1歩進んで行きます。


e0165472_9115769.jpg



e0165472_9121227.jpg


e0165472_9124027.jpg

# by ldc_nikki | 2016-04-23 09:12 | 日記 | Trackback | Comments(1)

こんばんは。
そしてお久ぶりです。


更新が止まったままにも関わらず、毎日沢山の方にご覧いただきまして、本当にありがとうございます。

一年立つのは本当にあっという間で、今年も残す所後2日となりました。

神社を巡り始めて、今年で丸7年が過ぎ、私にとって大きな転機の年となりました。

新しい仲間ができ、今、仲間たちと一緒に大きな一歩を歩き始めた所です。


でも、これも神社と出会って、沢山の神社を巡りながら、歴史を調べ、昔の人々の思いと向き合ってきたからこその一歩だと思っています。

表面的には神社と関係ないことをしているように思うかもしれません。
でも、私の中では、またこれから一緒にやって行くことになった仲間には、私がどうしてやろうとしているか、未来でどんな社会を作りたいか、そんなことを何度も何度も話しています。

戦いや争い、人に勝つことや人よりお金持ちになることが、目的になってしまった今の世の中がやっぱり間違っているということ。

どうしてこんな世の中になってしまったのか。
その根源が、歴史に関係があるということ。

今、少しづつ世の中が向かってきた方向が間違ってたのでは?
と思う人が増えてきて、生き方も変わってきました。

格差が広がり、弱い人がどんどん切り捨てられる世の中。

戦地へ行けるような法律ができたり、原発があんなことがあったにも関わらずまた動き出したり。

命よりもお金。

命より大事な物なんてこの世に存在しない。

人間だけなく、命ある物は全て同じように大切で、全ては繋がって成り立っているということを、もう一度感じることができるようになるように。

そうなってしまった原因が歴史の中に見ることができるとわかった今、今度はどうしたら、元のように思えるようになるのか、感じれるようになるのか。
そのために、私にできることは何なのかを考えていきたいと思っています。

本を書く時間は今の私には全くありませんが、いつか「そろそろ書いてもいいよ」と言う時期になったらじっくりと書くことができる時間を与えてくれると思い、今は、今目の前にある、しなければいけないこと、まるで何かに突き動かされるように始めたことに、全力を注いでいきたいと思っています。


今日、突然思いつき、久しぶりに大浜八幡神社へ行くと、もう一人のお父さんと呼んでいる、小千命の銅像が、太陽を背にキラキラ光っていました。


e0165472_22265380.jpg



謎の地方豪族、越智氏の祖、小千命。

その存在の意味を消されてしまったことも、今の世の中に繋がる大きな意味の一つ。

越智氏から、200を越える苗字が誕生したと言われ、全国には、自分で知らないだけで、この越智氏族がご先祖さまだと言う人が実はとても沢山います。


河野、今張、矢野、立花、橘、西條、桑村、八塚、新居、浮穴、別宮、高部、一城、松木、徳永、河内、古田、東條、境、大野、藤、井上、高岡、中川、宮原、岡、日浅、相原、高田、河上、白井、箱居、高部、久喜田、林、吉田、井出、難波、神戸、佐藤、武智、高橋、岡田、平、石井、近江、三谷、大内、藤田、藤野、後藤、黒川、曽我、和気、小泉・・・


まだまだ書ききれないほどの苗字が、越智氏から排出したとされています。

この他歴史上、とても重要な位置を示す人たちが、越智氏に関わっています。


もしかしたら、今ご覧の皆様の中にも、ここ愛媛県の今治市、元越智の国に繋がる方がいらっしゃるかもしれませんね。


いつか、そんな方々が今治に集まる日がきたらいいな。なんて途方もない夢も…


2016年は「丙申(ひのえさる)」。

2015年は、生み出す年、いろんなことの方向性が見えてくる年。
2015年に始まったことは、この先しばらくその流れが続いていくので、いろんなことをきちんと考えないといけない年だと昨年の終わりごろに言ったような気がします。
それは一人ひとりにおいても、国や世界と言う大きな世界においても。

そして、来年、丙申の年は、いろんなことがあきらかになる年。

丙は、「あきらか」という意味があり、申は、元は幹枝の茂りを表す意味でもあり、電光の走る形でもあり、神の初形とされ、神に通じると考えられたのです。

光が屈伸する形でもあり、枝が伸びるという意味でもある申の年は、善も悪も、広がっていく年だと言います。

2016年は、2015年に現れたものが、段々形を作っていく年。

そして、60通りある干支の中で、来年は「33」番目。

何だかこの数字、とても重要な年のように感じます。

善も悪も、関係なく広がってしまうとされる年。
一人ひとりが、自分のことだけでなく、もっと広い目で、きちんと見なければいけない年となりそうですね。

世の中が、まるで遠い昔と同じように、大きく二つの考え方に分かれてきた今。

自分がどちら側にいるのかを、今一度考えてみてはどうかなと思います。

そしてそれが本当に、これからの未来のために、よりよい選択なのか。

自分で自分を見るということが、一番難しいこと。
でも、今はそれが必要な時だと思います。

自分を知る。

まずは、そこから始まっていくのだと。

そして、もう一つは、今の自分の考え方は、未来のためになるのか。
子供たちが本当に幸せになれる世の中になるのか。

「自分」や「家族」だけに焦点をあてるのではなく、自分に関係のない人たちに焦点を当てて考える。自我を捨て、自我で物事を考えず。


そうすると、もしかしたら今までと違うものが、そこに見えてくるのかもしれません。

一人でも多くの人が、自分や自分の周り以外の人の幸せを考えるようになれば、世の中はきっともっとよくなっていく。そう思います。




2016年が、皆さまにとって幸せな一年になりますように。
心からお祈りし、2015年の最後のご挨拶とさせていただきます。

来年も、どうぞよろしくお願いいたします。


e0165472_2371429.jpg


e0165472_2373690.jpg

# by ldc_nikki | 2015-12-29 23:06 | 日記 | Trackback | Comments(3)

数あるブログの中からお越しいただきましてありがとうございます。 不思議な数々の出会いから、今は、愛媛の神社めぐりをしながら、神社や女神様そして、神話の神々の伝説を調べています。
S M T W T F S
1 2 3 4
5 6 7 8 9 10 11
12 13 14 15 16 17 18
19 20 21 22 23 24 25
26 27 28 29 30 31