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三島明神は天照大神荒御霊(瀬織津姫)   「北条 荒魂神社」

こんばんは。
夕日が沈んだ後、西の空に、線で描いたような三日月が出ていました。

夕日が沈んだ後は、時々月がオレンジ色に染まりますが、今日の三日月も、真っ暗な空に、細い曲線が描かれたように、オレンジ色に光っていました。

月と地球。 太陽と地球。
地球は、奇跡なのか、それともほんとうに神様がそうされたのか、
太陽と地球の距離や、月と地球の距離が、ちょうどいい場所にあるそうです。
もしどちらかが片方だけでも、距離が少しでも、遠かったり、近かったりすると、今の地球はなかったそうです。 

地球という星が誕生してから、400億年、数々の奇跡をおこしながら、今こうして、緑豊かな地球があるのです。  そんな地球に住む私達人間。
地球も人間も、お互いが、少しでも長く、少しでも仲良く、どちらも傷つくことなく生きていくためには、どうしなければいけないのか、これからどう生きていけばいいのか、今一度、ほんとうに考える時がきているのだと思います。

これ以上、自然を壊さないで、人間の勝手で、私利私欲で、地球を傷つけないで、
今、気づかなければ、私たち人間も住むことができなくなってしまう。 
子どもたちや、これから産まれようとしている小さな命たちが、ずっとこの地球で暮らしていけるように・・・・

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現在は、合併をして松山市になった、旧北条市。
ここは、昨年も、何度か紹介しましたが、新居浜に行った次の週、突然また、北条の一番初めに行った神社に行きたくなりました。

その 神社は、櫛玉比賣命神社。
ここは、私が、北条でなぜか一番初めにとても気になった神社でした。
同じ敷地の中に、国津比古命神社 があり、祭神は、天照国照日子天火明櫛饒速日尊。
ニギハヤヒでした。 そして、櫛玉比賣命神社が、天道日女命(あめのみちひめのみこと) 。
夫婦神が、それぞれ向かい合わせになるように、拝殿が建てられています。

姫の拝殿は、それはそれは、美しく、まるでそこに姫が座っているかのように見えたことを、今でもよく覚えています。

それから、いつ頃からかは覚えていませんが、もしかしたら、ここは瀬織津姫かもしれない。
そう、思うようになったのです。 でも、 その時は、 姫神とお名前をもちろん全く違うため、私の勝手な思い込みかと思っていました。

それから、1年近くがたちました。
今回、改めて、この神社に行ったあと、やっぱりここは間違いなく、瀬織津姫さまの神社だと思えるいろんなことがわかってきました。

そして、北条に鎮座する、荒魂神社。
北条には、隠された姫の姿が、沢山あったのです。

そんな北条を、ご紹介しながら、姫の姿を見てみたいと思います。
まずは、荒魂神社。 
ここは、越智氏族の子孫、河野氏族のお城があったと言われる、河野氏族が、信仰霊山と仰いでいた、高縄山の麓に鎮座する神社です。
高縄神社とも、深い関わりのある神社で、往古より鎮座されると記述があるように、ここは、越智氏、河野氏と深い関係のある神社だと思われます。

御祭神は、天照大神(あまてらすおほかみ)

しかし、社名は、荒魂神社。 ここは、天照大神の荒魂、瀬織津姫の神社だったのです。
高縄山にある、高縄寺は、十一面千手観音菩薩立像を祭る、河野氏の戦勝
祈願所となったところです。
高縄山は、河野家にとっては、祖神をまつる大切な場所だったのです。
その、麓にある、瀬織津姫の神社。ここは、越智氏族から名前を変えた以降も、河野氏族が、三島明神(瀬織津姫)を、ずっと祖神としていた一つの場所なのではと思っています。 

そして、更に、北へいくと、前方後円墳で規模もかなり大きい、櫛玉比売命神社古墳があります。
ここには、櫛玉比売命神社が鎮座し、向かいあわせるように、國津比古命神社。
國津比古命神社は応神天皇の時代に物部阿佐利が國造に任命され、彼の祖神である櫛玉饒速日尊と宇摩志麻治命(櫛玉饒速日尊の子)をお祭りしたことに始まりまる言われるほど、とても古い神社です。
そして、櫛玉比売命神社は、天道日女命、御炊屋姫命を祀る神社です。

この神社には、とても珍しい神事(お祭り)があり、この神事と、この神社のもう一つの名前が、瀬織津姫そのものなのです。

更に、御炊屋姫命。

ニギハヤヒの、もう一人のお后と言われる姫神さまです。
二神の女神さまが、同じ神社に祭られていることもとても珍しく、私は、この御炊屋姫命さまにも、大山積神のほんとうの姿が隠されているのではと、思い始めています。

櫛玉比売命神社については、次回のブログで、詳しくお話したいと思います。

まずは、荒魂神社の写真です。

*荒魂神社
*松山市善応寺185
*天照大神(あまてらすおほかみ)
*創立年代は未詳。往古より鎮座し、部落の産土神として崇敬が篤い。明治9年3月村社に列格した。明治43年5月4日県社高縄神社に合祀。その後、氏子の熱望により昭和21年9月29日高縄神社より分祀創立、昭和24年本殿、拝殿を改築された。

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本殿の神紋は、やはり三島明神です。
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河野氏族も、その子孫も、ここを、三島明神とすることだけは、誰にも譲ることはなかったのですね。
いつか、だれかに気づいてもらいたい、また、全てを消し去ることだけは、できなかった。
それほど、三島明神(瀬織津姫)に対する気持ちは強かったのだろうと、最近強く感じます。

瀬戸内海の守護神として、また、今私の中の一つのキーワードにもなっていることばがあるのですが、
ただの、守護神としてではなく、もっと大きな力を、瀬織津姫はもっていたのだろうと思っています。


最後に、今日の動画は、貴船神社です。水神である高龗神が祭神です。
貴船神社のある宮司さんに、瀬織津姫との関係を聞いたことがあります。
すると、全く関係ないと言われました。
更に、あとで調べると、瀬織津姫は、貴船神社では、縁切りの神様とされていることがわかりました。
私が、瀬織津姫のことを聞いた時も、とても嫌そうな感じで答えられたので、どうしてかと思っていたら、こういうわけだったのだと後でわかりました。
でも、私は、瀬織津姫と関係のある神社だと今でも思っています。 






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by ldc_nikki | 2011-04-05 23:51 | 愛媛県松山市北条

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