竜宮界への入口  (点を繋げる)

こんばんは。

いよいよ秋祭りの季節になりました。
今日は、松山で秋祭りが終わり、愛媛は、これからだんだん東へと御祭りが移って行きます。

どうして松山からスタートなのでしょうね? 
いつか、それも調べてみたいと思います。

この日曜日は、北条で秋祭りが行われ、 それから、だんじりの数が日本一と言われる
西条のだんじり祭り、そして、新居浜の太古まつり、 
土居、川之江、三島へと。。。。。。

ことしの三島のだんじり祭りは、10月21日からスタートし、22日は三島神社のだんじりが練り歩きを行うそうです。 22日は土曜日なので、 もしかしたら行けるかな? と思っています。
実は、生まれてからまだ、一度も伊予三島のお祭りには行ったことがありません。

ことしこそは、 姫のだんじりを見てみたいと思っています。

「姫のだんじり」 と言いましたが、 実は、伊予三島のお祭りだけ、だんじりに乗っている 御神体が女の神様なのです。 
ずっと前に、 伊予三島出身の方に、 三島神社は、ご存知の通り、祭神は 大山積神、さらに、伊予三島以外は男の御神体をのせているのに、 伊予三島だけが、女の神様をのせていることが、ずっと不思議だと、聞いたことがあります。

これは、今は誰にも本当のことはわからないことですが、 三島明神=大山積神=瀬織津姫
そして、伊予三島のだんじりの御神体は、「女神」 
この御神体こそ、瀬織津姫のことだと思います。

そして、もう一つ、不思議なことは、 どうしてか、松山からスタートした秋祭りは、 今治だけ飛ばして、西条へと移るのです。
今治は、昔から、各神社で小さな秋祭りを行う所はありますが、 町を挙げて、秋祭りを一斉に行うということはなかったのです。

町を挙げてできなかった理由が、 しなかった理由も、もしかしたら、神様の名前を変えられてしまったことに関係しているのかもしれないと思います。

時代は斉明天皇にさかのぼりますが、 斉明天皇が亡くなった後、 大きな地震があり、斉明天皇にゆかりの深い 朝倉も壊滅状態になったと言います。
それが原因だったのか、それとも他に原因があったのか、 この頃、今治地域を治めていた 「越智家」は、
その拠点を、 今治から、北条へと移します。

その時、 斉明天皇が建てたと言われるお寺にあった、多くの仏像が北条のお寺へと移動されました。

その後、 年に一度、 ちょうどお盆の頃、 朝倉の矢矧神社と、 今治の瀬織津姫 大浜八幡神社は、
一晩かけて、大きな神輿(だんじり?)を、今治市別宮の三島神社の先導により、北条の高輪神社へと運んでいたそうです。

越智家の祖先、祖神を祀る、 二つの神社が、お盆の頃にその御神体を高輪へと運んだのもまた、
大山祇神社の御神体を変えられたことに、大きな関わりがあるのだと思います。
姫の名前が消されてからも、 こうして、姫への信仰は続いていたのだとも。。。。。。

今は、この神事もなくなり、今治は、まるで浦島太郎の300年後の世界のように、誰も、何もしらない世界になったしまったのです。

浦島太郎のお話は、それを予言するかのように、作られたお話、 きっとそんな世界になっているだろうと想像して作られたお話のような気がします。

さて、 前置きが長くなりましたが、 今日の本題、 「浦島太郎」 についてお話したいと思います。

先日、 何気なくいつものように、 思いつくキーワードを打ち込み、 次から次へと また目についた言葉を打ち込みしている時、 ある神社にたどり着きました。

その神社は、 山口県下関にある、「豊功神社」(とよとこじんじゃ)です。
ここは、神功皇后の伝説の島が見える場所にあります。

この島の名前は、満珠島・干珠島です。

神功皇后が住吉大神の化身である龍神から授けられた二つの玉、潮干珠(しおひるたま)・潮満珠(しおみつるたま)から生まれたという伝説がある島。
また、 一説には、この島で神功皇妃は、 豊玉姫から、潮干珠(しおひるたま)・潮満珠(しおみつるたま)を授かったとも言われる島です。

この潮干珠(しおひるたま)・潮満珠(しおみつるたま)とは、 有名な 海幸彦・山幸彦のお話にでてくる珠でもあります。

豊玉姫のお話は、以前もさせていただいたと思いますが、
海幸彦と山幸彦は、 邇邇芸命(ににぎのみこと)と木花開耶姫(このはなさくやひめ)の間の子供で、
火照命(ほてりのみこと)・火須勢理命(ほすせりのみこと)のことです。

火照命は海幸神、火遠理命は山幸彦と言います。

山幸彦は、綿津見の娘 豊玉姫と結婚をしました。
そして、3年の月日がたったある日、 自分がどうしてここにきたかという理由を思い出しました。
そう、釣針をなくしてしまったことを思い出したのです。

山幸彦は、豊玉姫に相談しました。
すると、それを聞いた父の綿津見の神が魚たちに大集合を掛け、心当たりのある者はいないか、と尋ねました。
すると何匹かの魚たちが「近頃赤鯛が喉に骨がささって痛いと申しております。
もしかしたらそれではないでしょうか」と言いました。
そこで赤鯛が呼ばれ、喉を探ったところ、思った通り釣針が出て来ました。

綿津見の神はこの釣針をきれいに洗ってから山幸彦に返し、
釣針を兄上殿に返す時に
『この釣針は憂鬱になる針、いらいらする針、貧しくなる針、愚かになる針』と言ってお返しなさい。
それからこれをお持ちなさい」と言って潮満珠と潮干珠を渡しました。

これが、あの冒頭でお話しました、潮満珠と潮干珠です。

「お兄さんが高い所に田を作ったら貴方は低い所に田を作りなさい。お兄さんが低い所に田を作ったら貴方は高い所に田を作りなさい」と、綿津見は、助言しました。
そうしてワニに案内され、山幸彦はかえって行きました。

さて、山幸彦は、綿津見に言われた通りにして釣針を返した後、田を作りました。
すると、山幸彦の田には水がよく来て作物が実りますが、海幸彦の田には水が来なかったり多すぎたりして全然収穫できません。

だんだん海幸彦は貧しくなり心も荒れ、
とうとう爆発して、山幸彦の所へ攻めて来ようとしました。

そこで、山幸彦はもらった潮満珠を出して「潮満ちよ」と言いました。
するとたちまち水があふれて海幸彦はおぼれてしまいます。

「助けてくれぇ」と言うので、山幸彦が潮干珠を出して「潮干け」と言いました。
すると さっと水は引いて海幸彦は助かりました。

しかしそれでもまた攻めて来ようとするのでまた潮満珠を使いました。
するとまたおぼれて惨めな様子ですので、潮干珠で水を引かせます。

これを何度か繰り返すと、海幸彦もどうやら弟には海の神の守護がついているということが分かり、大人しくなりました、 そして、これから後はお前の言うことを聞くようにしようと言いました。

これが、海幸彦(瀬織津姫)と山幸彦(大山積神)の途中までのお話ですが、潮満珠と潮干珠は、海幸彦をおとなしくさせるために使った「珠」
だったのです。
そして、このお話は、逆らない続けた、海の神 「瀬織津姫」 を祀る氏族のことを現しているのです。

またこのお話は、 浦島太郎のお話とよく似ているため、浦島太郎のお話を変えて作られたものであるとも言われます。 
浦島太郎も、海幸彦山幸彦のお話も、 瀬織津姫と深いかかわりのあるお話だったことが、こうしてみるとよくわかると思います。
そして、 その珠を豊玉姫から受け取った、神功皇妃もまた、瀬織津姫の名前を消すために、現れた人物で、だからこそ、この珠を受け取ったという伝説が作られたのだと思います。

そして、この受け取ったとされる場所、 満珠島・干珠島は、
関門海峡を通り、瀬戸内海へと入ったその場所にあります。

「豊功神社」は、その島が見える場所、「豊浦の津」に鎮座します。
この神社の中、小さな 「龍神社」があります。

この龍神社は、龍を彫っためずらしい石柱の宮が置かれています。
龍神社の由来で、とても興味深いことが書かれていました。

「豊浦の海は古来龍宮界との窓口になっている海域として知られています。」

そうなんです。
ここ 豊浦の津 と呼ばれる、 関門海峡のすぐそばが、 龍宮界の入口だったのです。

本州と九州の間に流れる、関門海峡。 そこは、まるで本当の入口のように、大変狭く、 両方の陸地がすぐ近くにあります。
古代の人が、ここを入口と考えても、何の不思議も感じません。

むしろ、地図を広げてみると、 本当の入口にさえ見えてしまいます。

そして、 浦島太郎のお話、 蓬莱山が、 大三島で、 この瀬戸内海は竜宮城が存在する、龍宮の世界 
「竜宮界」 だったのです。

竜宮界地図をご覧ください

大三島,大山積神社は、歴代天皇他、武将が数多く奉納されています。
有名なものは、鎧や甲冑ですが、 これは男性が奉納されたものです。
実は、 大山積神社は、 女性も数多く奉納されているのです。 その代表的なものが、 「鏡」です。

鏡は、古代の女帝や大山積神を氏神とした河野一族の女性が奉納されたものと伝えられています。
鏡の品質も素晴らしいものばかりで、その数、114面。

なかでも完全無欠な優品とさせるのが、斉明天皇が奉納と伝える国宝の 「禽獣葡萄鏡」(キンジュウブドウキョウ)です。
また、天智天皇が筑紫から帰る途中に、亡き母斉明天皇のために奉納したという「長命富貴鏡」(チョウメイフウキキョウ)も伝わります。

そして、これら、大山祇神社に奉納された和鏡(ワキョウ)には、蓬莱山の文様が多い。

大三島が蓬莱山 (不老不死)の島と思われていたという証の一つがここにあります。
女性は、いつまでも若く、美しくありたいもの、永遠の命と永遠の美貌を願う心。 
それは、いつの時代も変わらない願いかもしれません。

自分を映し出す、「鏡」を奉納し、それを願っていたのかもしれません。
そして、それは、 瀬織津姫の 「月神」としての 御神徳 「禊」 にも繋がります。

この 「禊」 は、祓い清めの禊ではなく、 月の女神としての 「禊」 「再生」 です。
天智天皇が、亡き母のために奉納した鏡は、 「再生」 「復活」 の意味が込められていたのです。

瀬織津姫は、 水の女神、ですが、 月の女神でもあります。

水と月が、どうして混合されるのか、 それもずっと考えていたことの一つなのですが、 月と水には、
深いかかわりがあったのです。  

古代の人々が、ずっと信仰し続けた神は、三位一体の中でも特に重要だった女神 「瀬織津姫」 は、
単なる川の女神、 滝の女神ではなく、 大いなる水の女神であり、月の女神あり、生命の源の女神。

そして、その女神は、日本の大地に囲まれた、 神の海に住み、 大地の中を流れる川、そして、地下を流れる水の道を通り、また、時には、この大空を天高く飛び、 日本中を守護していたのです。

そして、神の海 (下関から淡路島)の、 ほぼ中央に位置する、 神の島に住んでいた考えられていたのだと思います。 だからこそ、 日本の歴史を変える際に、 どうしても、かえなくてはいけなかった場所が
「大三島」 の祭神、だったのです。

大三島の神が、 「日本の総氏神」 とよばれる理由が、ここにあったのです。

大宝律令が完成された年に、それに合わせるかのように始まった 大山祇神社の大造営。
19年の月日をかけたのは、 ただ、宮を造るためにかかった時間ではなく、 全てを塗り替えるために要した時間だったのかもしれません。

そして、瀬織津姫を調べることは、 卑弥呼や、その他の歴史にも繋がってくるのではないかと、そんな予感がしています。。。。。。

(大三島)
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先日、亡くなられた 米アップルの元最高経営責任者スティーブ・ジョブズ氏。
56才という若さで、この世を去られました。

2005年、大学の卒業式で行った、 伝説のスピーチと言われる中で、 いくつかとても心の響く言葉があります。

スティーブ・ジョブズ氏は、冒頭、 今日お話することは、 私の人生から3つのことをお話しますと言っています。 たった三つだけです。

今日は、その1つ目の 話たことばを最後に 書きとめておきたいと思います。

「点を繋げること」 

大学時代に先を見て 「点を繋げる」 ということは不可能でした。
しかし十年後に振り返ってみるとはっきりしているのです。

先を見て、点を繋げることはできない。できるのは過去を振り返って「点を繋げること」だけなんです。
だから将来その点が繋がることを信じなくてはならない。
根性、運命、人生、カルマ、なんでもいいから信じること。
点が繋がって、道となることを信じることで、心に確信がもてるのです。
たとえ、人と違う道を歩むことになっても、信じることで全てのことは、間違いなく変わるのです。

そして、それがどんな風に変わったかと言えば、

「好奇心と直感に従って得た多くのものが、後になって貴重な価値のあるものにかわったのです。」

「点を繋げる」 

今、無意味だと思うことも、 心がどうしてもそれをしたいというなら、その声を信じたい。
それは、自分にとっては、必要なものだから。。。。




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by ldc_nikki | 2011-10-08 03:39 | 古代の謎

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