高知県から勧請された大国主命 「新田神社」 (祠に入ることを拒んだ白山姫)

こんばんは。

朝晩は、寒くなりました。
ようやく、本格的な秋がやってきた気がします。
でも、今年は、温かいからか? 桜があちこちで咲き始めたり、今日のニュースでは、愛媛県宇和島市で、春に咲く、「すももの花」 が咲いているそうです。

不思議ですね。 気候のせいならいいのですが。。。。。。

今日からご紹介する神社は、 旧小田町。
内子町の隣の町になります。

古くは小田郷と呼ばれ、四国山地の山の奥にあります。
山は東に行くほど高く、、西は900メートル程度ながら、東部には1500メートル級の山々が連なっています。
小田町には、四国八十八ヶ所はありませんが、 歩き遍路の道が通っていて、
大洲市方面から久万高原町方面へ、歩いてお遍路さんをしている姿を時々目にすることがあります。

深い山奥の、この町にも、古くから鎮座する由緒ある神社がたくさんあります。
今日、ご紹介する神社も、その一つです。

小田町の道の駅の少し手前、小田高校の近くにありますこの神社は、二つの重要な由来があります。

新田神社は、延暦6年9月13日、大三島の大山祇神社から、大山祗命、高龗神、雷神を勧請したと伝わります。 
しかし、その後、由緒では、土佐の国新田郷から一言主神を遷祀合祀して新田五社大明神と称えたとされます。

しかし、新田神社の現在の 主祭神は、 「大国主命 (ニギハヤヒ)」 です。

これは、いったいどういうことでしょう?

先に勧請した大山積命、高龗神、雷神、は、現在も 主祭神ではありませんが、その名を残しています。

では、一言主神はと言いますと、 この新田郷から勧請されたという、一言主神が、現在、大国主命として、祀られているようなのです。

土佐とは 高知県のことですね。
では 土佐の国新田郷とは、 どこでしょう。 

新田郷とは、現在の大豊町のあたりを言います。 
大豊町というと、思い出すのが、スサノオ命が植えたとされる大杉です。
大豊町は、愛媛県の隣の町になり、 峠を越えると、新宮村、 そして四国中央市 (旧川之江、三島)になります。

四国中央市には、瀬織津姫の名前が今も多く残り、今週末行われる 「秋の大祭」で三島神社のだんじりに祀られている神様は、 「女神」 。私は、この御神体も、瀬織津姫だと思っています。

大豊町の近くにある山には、 「大国主さん」 と呼ばれる山があります。
山頂には、「大国主命」を祀っているといい、すぐ側の山 「笹ヶ峰」には、西に竜王の祠、東に天神様(スサノオ又は大国主命か)の祠がありそうです。

更には、大豊町と愛媛県との境にある、工石山には、巨大の巨石があり、この巨石には
「白山権現」 が祀られています。
隣の、白髪山との峠は、「竜王越」 と呼ばれ、 愛媛県と高知県との境目には、瀬織津姫に繋がる名前があちこちで見受けれれます。

これは、大豊町の隣、 徳島県側、今年の夏行った 大歩危小歩危のある、三好市も同じです。
龍伝説や、鬼の伝説、さらには、妖怪伝説に、 三途の川・・・・・・・。

愛媛県と高知県と徳島県、 三つの県が交わるこの山々には、数多くの姫に繋がる伝説が残っている場所なのです。
そして、今回改めて、気づいたことはその中でも、高知県は、 「大国主命」に繋がる場所が多いということです。  実は、この他にも、 高知県には、ニギハヤヒ=大国主命に繋がる場所が多く存在します。

それがどうしてなのか、今はわかりません。

でも、もしかしたら、 古事記の中で表現された、四国の四柱の神の中の、高知県は、理想の男神 
「建依別(たけよりわけ」 という名前の神でした。

理想の姫として表現された 愛媛の神 「愛比売」 と
理想の王として表現された 高知の神 「建依別」 

これは、 やはり、 瀬織津姫と大国主 または、 もしかしたら、卑弥呼へと繋がるのかもしれません。。。。

また、高知県にも、天の磐戸に似た神社が山の上にあったりと、四国の山々には、まだまだあまり知られていない重要な場所があるようです。
高知へは、なかなか行くことができませんが、 そろそろ、高知県も調べて行かなければいけないかなと思っています。 

(愛媛=高知) (徳島=香川) これが、古事記の中の四国の神の姿だと私は思っています。

どうして、愛媛と高知が夫婦神で、 徳島と香川が夫婦神なのか、その根拠ははっきりしていません。
それも、これからの大きな課題です。

でも、 「四国」 という、小さな島は、 古代の日本にとって、とても重要な場所だった。
歴史の謎、歴史の真実をはっきりさせるためには、 四国の謎をはっきりさせる必要があるのだと私は思います。

話がずいぶん、それてしまいました。

再度、新田神社のお話に戻りますが、 「新田神社」 という名前の神社は、鹿児島県にあります。
鹿児島県に鎮座する新田神社は、「邇邇杵尊」 が祀られ、 背後の山は、邇邇杵尊の御陵とも言われます。
しかし、この新田神社の由緒も、書きかえられた可能性ああり、 元は、この小田町の新田神社と同じく、
五社大明神を祀っていたという記録や、現在とは全く違う神さまを祀っていたという記録もあります。

そして、今日ご紹介する 「新田神社」もまた、 現在の祭神と、勧請された祭神が一致しません。

新田神社はもしかしたら、「ニギハヤヒを邇邇杵尊 (またはアマテラス) に変えた神社」かもしれません。

ニギハヤヒは、邇邇杵尊に国を譲りました。
そして、大山積命(瀬織津姫)もまた、 娘 「コノハナサクヤ姫」 が 邇邇杵尊と結婚することにより、国を譲ったことになる。。。。。
 
これが、古事記のからくり?。。。。

*新田神社
*喜多郡内子町寺村乙431
*主祭神:大国主命(おほくにぬしのみこと)
  配神 :大山祗命、高龗神、雷神
*由緒 : 延暦6年9月13日越智郡大三島大山積神社から大山祗命、高龗神、雷神を勧請奉斎し、その後、土佐の国新田郷から一言主神を遷祀合祀して新田五社大明神と称えた。
明治6年4月村社に列格し、新田神社と改める。
同40年7月4日神饌幣帛料共進社となる。

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拝殿
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御神木
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本殿
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境内社 (恵比寿神社)
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大豊町とスサノオ、そして 高知と大国主命に、どんな意味があるのでしょう。。。。。。。
高知県大豊町、標高1516m 工石山。
巨石に白山権現を祀る山。

昔は、この巨石の上に、9寸ばかりの銅製の神体(白山権現 瀬織津姫)が直接岩に立っていたといいます。
でも、岩の立っていたので、何度か祠にお入り頂けるよう、お願いがしたそうです。
しかし、頑として、お入り頂けず、立っておられたといいます。

どうして、姫は、祠に入ることを拒み、 そこに立ち続けたのでしょう。
岩の上に立ち、何かを見ていなければいけない何かがあったのでしょうか。。。。。




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Commented by ziiz at 2011-10-19 00:29 x
こんばんは

最後の写真(恵比寿神社)を見て思い出しました。
自分は行けないのですが、地元でも姫様に縁がありそうな秋の祭りがあるので紹介します。
蒲郡市で、三谷祭というのが今週末あります(山車が海を渡る海中渡御があります)。
ここで七幅神踊りというのがあるのですが、なんと弁天さんが不在で七幅神なのに神様が6人です。
弁天さんは祭りの間は弁天堂という中に居て、車に乗って別に移動しているはずなのですが、
この中を見ると、弁天さんは不在で、なんと白狐が居るのです。
このお狐さんは弁天さんの”使い”とのことですが、弁天さんのお姿はお祭りには現れません。
このあたりは海辺で、他の神社でも祭祀に七福神踊りを奉納するのですが、何故かどこも弁才天だけがいないんですね。
すぐ近くには竹島という島があり、市杵島姫命を祀っていますが、ここは島全体を弁天さん呼び地元の方にも親しまれている場所です(なので弁天さんがこの地域にいない訳ではありません)。
たしか、、、弁天さんは瀬織津姫命ですよね!?
なにより不思議なのは、このこと地元の皆さんあまり深く考えていないことです、、。
Commented by ldc_nikki at 2011-10-19 23:23
ziizさん、こんばんは^^いつも、ありがとうございます。 
弁天さんの代わりに、「白狐」 ですか。。。。また新たな動物の登場ですね。
狐で思い出しました。 そういえば、先日、大山祇神社でつい1年ほど前まで巫女をしていた友人が、不思議なことを、突然話していました。
愛媛には、鷺や猪、狸など、神との伝説でいろいろな動物のお話があるのですが、なぜか、「狐」にまつわるものだけないと。。。。
どうして、狐だけないのか前から不思議だったんだよね。と突然そんなことを思い出し話してくれました。
もしかして、「狐」にも何らかのかかわりがあるのかもしれませんね。 
しかし、どこの御祭りにも、弁天さん(瀬織津姫)がいないなんて、それもある意味すごいことですね。
調べてみると、もっといろいろなことがわかってきそうですね。 現代の人の中には、「神様」の存在がそれだけ薄いということ。お祭りは、何のためにするのか、どういう意味があるのか、そんなことは、ほとんど考えていない。ただ、御祭りで楽しむことや、人を集めることが主になっているから。。でも、理屈では言い表せない、日本人の御祭りに対しての想いは、忘れていないはずなのですが。。。。
Commented by ziiz at 2011-10-20 15:21 x
自分もちょっと気になったので、今日は時間もありましたので調べました。
地元、豊川市(蒲郡市のお隣)のお祭りですが、ちょっと違う所もありまが弁天さん不在の同様な七福神踊りです。
「七福神踊りは、豊年・大漁を願って江戸時代から始まったと伝えられています。弁天様は、お堂に安置され姿を現しませんが、
弁天様の使いとなった先頭を進む、陽物?をかたどった朱塗りの棒を手にした白狐にたぶらかされた六福神が、笛や太鼓でにぎやかに面白おかしく踊ります。」
この記載ですと、弁天さんは七福神の中でも、何か特別な存在のようですね。それとも、弁天さんだけが単に女人だからという理由? 、、
だったら、人間社会も似てるかもです、やはり女性は怖い、、(笑
冗談はさておき、それにしても奇祭です。不思議ですが、愛知県の海辺に多いような感じですね。
つづき
Commented by ziiz at 2011-10-20 15:22 x
大黒天(ニギハヤヒ)も含め6人もの強者の神様を、白狐を操りたぶらかせ踊らすのですがら凄いです。
それも弁天さんは絶対に表に現れません。(というか、訳があって現せないのか)
お姿も見えない存在なのに、実際は神々を自由に操れるほどの霊力は余裕で持っているということです。
そもそも弁天さんは古代インドの河神が神道古来の神である宇賀神と習合して一体化したものです。
ですから、弁天さんの本来のお姿は、日本固有の神”宇賀神(人頭蛇身)”なのです。
宇賀神は五穀豊穣の神として稲荷神と同一視されることもあるらしいので、蛇と狐も繋がりますね。
円空さんも宇賀神像も、弁天さんの頭上に宇賀神像を載せているものも造仏しています。
つづき
Commented by ziiz at 2011-10-20 15:23 x
宇賀神像が古来からある神であるのに、時代に消されなかったのはそのありえないお姿(失礼)だったのかも知れません。
円空像ではありませんが、これですから、、、閲覧注意!? http://www.myokyoji.or.jp/picture/ugajin-01.JPG 
あくまでも見てくれが、民間伝承の域を超えていなかった?のが救いだったのでしょうか?
そう考えると瀬織津姫さまは、さぞかしや美しいお姿であったことは想像に難くないですね。
長文になり、失礼しました。
Commented by ldc_nikki at 2011-10-20 23:17
ziizさん、 たくさんの情報ありがとうございます。
「白狐」 思い出しました! 稲荷神の使いは、一説には 「白蛇」だったと聞いたことがあります。
稲荷神される神さまは、穀物・食物の神といわれ、宇迦之御魂神(うかのみたま、倉稲魂命とも書く)、豊宇気毘売命(とようけびめ)、保食神(うけもち)、大宣都比売神(おおげつひめ)、若宇迦売神(わかうかめ)、御饌津神(みけつ)です。
白狐と白蛇。 弁財天と宇賀神。 繋がりましたね~!!!
凄いです。 これで、 大宣都比売神と瀬織津姫の関係も繋がってくる。 さらに、 国生みの時の、残りの一つ、 香川県の男神、飯依比古の意味にも繋がります。 ただ、どうして、この組み合わせを四国に持ってきたかにたどり着くには、もうひと押し必要ですね。
また、弁財天と宇賀神を同一とさせ 日本固有の神とさせたのか、その意味も考えなくてはいけないですね。
でも、これで、円空さんが造った、宇賀神像が、瀬織津姫のことだということははっきりしましたね。
やはり、「御祭り」 は、 人々の深い想いが込められていますね。
感謝です。 
Commented by ldc_nikki at 2011-10-20 23:32
宇賀神像が消されなかったわけは、 こもまた、蛇の姿を、狐に変えられたものだったからかもしれません。
「宇賀」 は梵語で、 「白蛇」 という意味だと言います。
稲荷神を祀る、総本社 「伏見稲荷大社」 は、和銅年間(708〜715年)(一説に和銅4年(711年)2月7日)に、伊侶巨秦公(いろこのはたのきみ)が勅命を受けて伊奈利山(稲荷山)の三つの峯にそれぞれの神を祀ったことに始まるとされます。 
もしかしたら、本来は全く違う意味の神社だったのかもしれませんが、この「稲荷信仰(狐)」 が始まったのもまた、大山祇神社の大造営が行われているさなかだったのです。
大山祇神社の完成が、716年。 そして、正遷座が719年です。これまでに、 日本各地の瀬織津姫を消す作業に入っていたということだと思います。
ですから、もともとは、この稲荷神もまた、「白蛇」 だったということ。弁財天の代わりに、変えられた 「白狐」が、ほかの七福神をだますということは、 変えられた姿でだましていると、訴えているともいえると思いませんか?
この御祭りは、 本当のことは言えないけれど、 後世に、だまされているということを伝えるための御祭りともいえるかもしれません。
Commented by 島根県民 at 2011-10-26 08:54 x
もしかしたら
新田神社が本当の出雲大社になるのかも知れないです
前に日本とユダヤについて調べていた所現在の出雲大社は、
四国に有る契約の箱(アーク)を守るために作られた、ダミーだと書いて有った様な気がします。
ブログ大変興味深かかったです。
アークの場所は、四国の剣山に有る見たいです
そしてかごめ歌がその場所を示す歌だったそうです
Commented by ldc_nikki at 2011-10-27 00:17
島根県民さま、始めまして。 ご覧いただきありがとうございます。
現在の出雲大社がダミーですか。。。 それは、とても興味深いお話ですね。 本当の、出雲大社は四国に?
四国にある契約の箱のお話は、私も知っています。
でも、剣山のことは、私は少し違う見方みているのです。 そしてかごめの歌も。。。。
もしかしたら、その向こうで繋がっているのかもしれませんが、 今はまだ、そこまで私の中で繋がっておりません。
そのお話は、また、いつかさせて頂きたいと思っています。
私なりの、剣山と、 かごめ歌について。。。。。
私は、自分自身で確信ができる何かを見つけないと、どうしても、人のいうことをそのまま信じることができない性格なようで。。。困ったものです。
ですから、もしかしたら、私の勝手な思い込みも多々あるかもしれません。 でも、もしかしたら、一生だれにもわからないかもしれない真実。
自分の心で、感じ、自分でその真実に向かっていきたいと思っています。
こんな私ですが、 どうぞこれからもよろしくお願いします。
Commented by 銀花 at 2011-12-04 07:09 x
はじまして、上記のコメントに大変感銘を受けました。
同じ四国は高知にて、私も同じ想いで、自分だけの真実・ルーツを探す旅をしています。
今回の記事、大変興味深く読ませていただきました。
おかげ様でいろんなことが繋がりました。
高知県四万十町に高岡神社(五社神社)があります。
そのご祭神は 仁井田大明神 で、伊予の河野家の祖先神・崇敬神を祀っています。
丹後の新崎神社では徐福の伝説があり、徐福は ニイ大明神 と言われているようです。
私はスサノオ(縄文)が徐福と融合し、弥生へ移行し、時代を隔てて元還りして来たユダヤの民=大和の民が更に融合を果たしてきたのだと思っています。
Commented by 銀花 at 2011-12-04 07:10 x
(続きです)
一昨年、イワナガヒメのお導きで大三島に行きましたが、今年になってイワナガヒメは瀬織津媛であると気付きました。
そして、オチノミコトは 弓月の君 に辿れるのでは、と。。。これはまだ追及していません。
これまで、いろんなシンクロとご縁に導かれ、ルーツを探す旅をしてきましたが、
今の時点での私の真実は、元の元がこの龍の国、大和であり、遥かな古代、
世界に散っていった大和の民が、様々な時代を経て、この大和へ戻ってきた。
遥かな血の道の旅、ルーツの旅です。
そして、そのルーツの先には龍宮・ムーに辿りつくのだと浪漫に浸っています^^
私は剣山に関わりが深いようです。やはりユダヤの関連で。。。
まだまだ支離滅裂極まりないですが、今後、まとめていきたいと思っています。
これまで、こちらのブログにて、ルーツの旅を助けていただきました。
心から感謝いたします。本当にありがとうございます。。。合掌

これからもどうぞよろしくお願いします(ペコリ)
Commented by ldc_nikki at 2011-12-05 00:22
銀花さん、はじめまして。 コメントありがとうございます。
銀花さんは、高知県なのですね。同じ四国で、私と同じように真実を探している方がいるなんて、とてもうれしいです。
徐福のお話ですが、高知もやはりとても関係が深いのですね。
実は、今、高知県が気になってしかたないのです。
行きたいのですが、なかなか時間がなくて。。。きっと、凄い繋がりがまだまだ隠れているのでしょうね。
それから、弓月の君。 私も、今とても気になっている人です。オチノミコトと呼ばれる人は、一人ではないと感じています。
弓月の君は、何人かのオチノミコトの中のもしかしたら一人かもしれません。長い歴史の中で、いろいろな人が、混合されて、余計にはっきりとその真実が見えにくくなっているのかもしれません。
少しづつ、近づいていけたらいいな。と思っています。
銀花さん、それぞれのルーツの旅、これからも、探しつづけましょうね。 そして、今後ともどうぞよろしくお願いします。
by ldc_nikki | 2011-10-18 22:41 | 愛媛県小田町 | Trackback | Comments(12)

数あるブログの中からお越しいただきましてありがとうございます。 不思議な数々の出会いから、今は、愛媛の神社めぐりをしながら、神社や女神様そして、神話の神々の伝説を調べています。


by 愛姫
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