久味国造の地 「氏之宮三嶋神社」  (剣のもう一つの名前)

こんばんは。

今日は、先日の続き、川内町の神社をご紹介します。

ここは、国道11号線。 松山から、東温市を抜け、西条、新居浜方面へと向かう道路から、ほんの少し入った所に鎮座します。

外からみたら、 ごくごく普通の神社です。
でも、中に入り、拝殿の裏へと回るとそこは、 外の世界とは全く違う、異次元の世界へ来たような、空間が広がっていました。

「入らずの杜」 

昔は、神域として、人は入ることを許されなかった場所かもしれません。
でも、今は、柵もなく、ふつうに入ることができます。 でも、 まさか、神社の裏側にこんな所があるなんて誰にも気づかれないからでしょうか、ほとんど人の入った気配はありません。

氏子のみなさんにとっては、ここはごくごく普通の場所かもしれませんが、私たちにとっては、本当に、足を不入れることを戸惑うほど、神聖な空気が漂う場所でした。

この神社は、 現在は、「三嶋神社」 とされていますが、 ただの三嶋神社ではないとすぐに思いました。
かえって調べてみると、やはりその歴史は古く、
ちょうど、卑弥呼、邪馬台国が終わったころ、 応神天皇の時代です。

ここ東温市近辺の国つくりしたと言われる、久味国造が、ここに、神籬をたてたのが始まりと言われます。

久味国造は、神魂命(かみむすびのみこと、神祝命)の13世孫である伊與主命(いよぬしのみこと、伊与主命)を国造に定めたことに始まります。
国造氏族は久米直(くめのあたい)を本姓とし、度会氏と同じく神皇産霊尊を祖とする大久米命の後裔と伝えられています。

そう、ここ東温市付近は、久米氏族の国だったのです。

久米氏の祖神、大来目命は、天忍日命とともに、瓊瓊杵尊を先導して天降ったとされています。

しかし、この東温市には、以前もお話したように、
ニギハヤヒの子供です。 その子供の降誕の浄地があります。
どうしても、ニギハヤヒや瀬織津姫の色が濃いこの地に、反対勢力が国つくりを行ったとは思えないのです。

ここは、 上古の時代は、 瀬織津姫を祀っていたものと思います。
だからこそ、そこに、大山積命を勧請しているといってもいいと思います。

現在、松山市にある 「椿さん」の愛称で親しまれる、
伊豫豆比古神社は伊豫豆比古命・伊豫豆比売命・伊與主命を祭神とします。

この伊予主命が、同一とも、伊豫豆比古命も同一という説があります。

というのも、現在は、松山市に鎮座しますが、 一番初めは、久米国造の領土であったところに祀られていたと言われるからです。 二度の洪水により、御神体は別々に流され、現在は、伊豫豆比古命と伊豫豆比売命は別々の場所に、その御神体はいらっしゃると伝わります。

久米氏。 

実は、今日、この久米氏のことを調べていて、思いもかけない展開がありました。

それは、越智氏、そして風早の祖 「阿佐利」ら物部氏と、葛城氏の関係です。
そして、それは、四国の古代へと繋がります。

私が最近気になっていた、高知県の 「越知町」 だけでなく、「物部村」 「物部川」と、高知県はやはり、物部氏の国があったことがわかってきたのですが、それだけでなく、 四国は葛城氏勢力も強かったことがわかってきました。
しかも、それは、徳島県と高知県とをまたいで。。。。。。

高知県よりも徳島県に、 「剣山」 という山があります。
この山は、 さまざまな伝説の残る山で、 また山のまわりも、 卑弥呼伝説など、 まだまだ解明されていない謎が多くあります。

その剣山には、 物部氏が山の山頂に、「剣」 を埋めたという伝説も。。。。
そして、そこには、葛城氏の影もちらほら。。。。。

この葛城氏は、月と桂、 月桂樹を融合させた縄文の月信仰の民であり、また、「鶴」 とも深いかかわりがありました。

剣山は、昔からこうよばれていたのではありませんでした。
この 「剣」 とは、 「鶴亀」 という意味だったのです。

「鶴」 と 「亀」 で 「剣」 
この意味は、物部氏と葛城氏 もうしかしたら両方の氏族のことを現したことばだったのかもしれません。
もう、「あっ!」 と気づいたかたもいらっしゃると思います。
ここに、とうとう、 「鶴」 と 「亀」 の姿が現れたのです。
ずっと、ここだけが、もう一つ明確にその意味を見出すことができなかった 「鶴」 と 「亀」

あの歌は、 まったく別の意味で、この「剣山」 に関係のある、歌だと言われていますが、
私は、 あの歌は、 やはり、 「瀬織津姫の封印」 に繋がる歌だと。。。。。

四国の古代の謎、 いえ、瀬織津姫のことを考えるうえで、 物部氏と葛城氏との関係はとても重要なものになると思います。
そして、それは、本当の四国の姿をあきらかにするためにも。。。。。

*氏之宮三嶋神社
*東温市則之内甲1555
*祭神
 大山積命(おほやまつみのみこと)
 雷神(いかづちのかみ)
 高龗神(たかおかみのかみ)
*境内社
山神社、八幡若宮神社、龍神社、鎌倉神社、姫宮神社 、他5社
由緒
上古の世久米主命がひもろぎを立て、大山積命を祀り氏之宮大明神と称えてこの里の氏神として崇めた。代々の国司、領主が神領や水田を寄進、元明天皇和銅5年8月越智玉興が、大三島より雷神と高龗神とを勧請合祀した。 
文永・弘安の役に際しては河野通有・通純が戦勝を祈願して出陣し、偉勲をたてたので社殿を修補し水田3反を寄進されたという。嘉吉の頃には名越城主からも武器の奉納があったと伝えられている。
氏之宮三嶋神社はもと則之内村分の総氏神であった。明治時代になって、恵雲の八幡・和田丸の素が、惣田谷大元の各社が保免の三島神社に合祀された時、これら地域の氏子も保免三島神社へ氏子替えをした。

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狛犬
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拝殿
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境内社
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本殿
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そして本殿裏の、神域
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昨日の動画、もうご覧いただけましたでしょうか?

命の意味を思い出させてくれる 「神社」 
今、その神社が、どんどん姿を消そうとしています。  
神社が消えることと、 私たちの 「ふるさと」 の姿が消えることは、 同じ意味をもつような気がします。

もしかしたら、この時代の流れはとめることができないかもしれない。
山を下り、 海を離れ、 都会へと出ていく多くの人たち。

古代の日本の姿が消え、 瀬織津姫の名を忘れ去られたように、 
山奥で、多くの歴史を刻み残してきた神社もまた、 消えていくのかもしれません。

私が今していることは、 もしかしたら、そんな名も知れぬ、 神々が宿る神社の姿を、残すことにも繋がるのかもしれないと思いました。

私たちの命は、 この自然の一部、 この宇宙の一部です。
元は、 たった一つの 大きな大きな命です。 その命のかけらが、私たちの命。

この山も、 この川も、 この空も、 この花も、 みんなみんな、 同じ一つの命が生まれた。

だから、どこに生まれようと、 どこで育とうと、 本当は、 全てがふるさとと言えるかもしれません。。。。
この地球全てが、 私たちの、 「ふるさと」 と。。。。。

「愛姫伝 第8章 ふるさと」 です。





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by ldc_nikki | 2011-10-24 23:03 | 愛媛県東温市川内町

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