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いよいよ大三島。 十六皇子の瀬織津姫は。。。。。

こんばんは。
今日から、いよいよ、大三島のお話です。

考えてみれば、昨日満穂神社の次に行った所が大三島だったんだな~と。。。。
毎週のように、神社に行っていると、どの順番で行ったかさえわからなくなってしまって、写真を見て、次はここだ~と思い出しながら書いています。

昨日書き終わった後、次の写真を見ないで寝てしまって、
朝からずっと、 「今日はどこなんだろう~」 といつもにもまして、気になっていました。
そして、なんとなく、今日は 「大浜八幡神社の姫の所にいかなきゃ!」 と思い、仕事が終わって、行ってきました。

そして、姫にご挨拶の、感謝の気持ちを伝え、かえってきました。

さあ、今日のブログを更新!
(なぜかいつもよりも、気合が?) 
そして、昨日の続きの写真 10月8日の所を開いてみると、、、、、、

(とうとう 大三島!)

もうそろそろとは思っていましたが、まさか今日とは。。。。。
大三島のことを書く前に、 姫の神社へご挨拶に行かないといけなかったんだなと、今日突然思い立ったわけがわかりました。

この週末は、 大三島のことを、 気合を入れて? いや、 心を込めて、書かせて頂きたいと思います。

このブログは、何も考えず、ただただ、その時、思ったこと、思いついた言葉を書き綴っているだけですので、
どんな方向になるかわかりませんが、今の感じるままを書きたいと思います。

では、大三島 第1日目のお話、

                       「十六皇子の瀬織津姫」

大三島に鎮座する、大山祇神社は、もう何度もお話をしていますが、ちょうど古事記の完成に合わせるように、元あった瀬戸から宮浦へと、十六年の年月をかけて大造営をされた神社です。

そして、その時、それまで祀られていた、「瀬織津姫」 の名前は、 「大山積神」へと変えられてしまいました。

これは、大三島だけに限らず、この時から、全国でこの作業は始まりました。
時を同じく、大山積神以外の神へも、名前を変えられて行きました。

でも、大和の国で重要な地は、ここ 「大三島」 だったと思われます。

古事記の中では、大山積神は、 アマテラスの兄。 イザナミとイザナギの間に生まれた 13番目の神です。

どうして、13番目だったのか。。。。
これは私の考えですが、 「13」 という 数に意味があるのではと思います。

この「1」と 「3」 そして、 「13」 には、それぞれに意味があり、偶然にしては、驚くほど、ぴったりと当てはまる数がつかわれています。

まずは、「1」と「3」 
「1」 は その数のごとく、「始まり」を意味し、数霊では、霊(ヒ)・陽(ヒ)とも書き、これは存在の根源は
「霊」からできていることを表していると言われます。
そして、「3」 は、三位一体 
三島家の神紋でもある 「三」 も これを意味していると思われ、その根源には、三位一体の意味が込められていると思います。
例えば、「月」 「太陽」 「地球」 これらは、切ってもきれない縁で繋がり、全てがそろって初めて、「生命」を生むことができる。
大山祇神社の祭神、 「大山積神」 「タカオカミノ神」 「イカヅチノ神」 
これを、大山積一座といい、 これらを合わせて、初めて 「大山積神」 という。とされます。
大山積神の祭神については、後日、古い文献のお話をしながら、この神を祀る時の秘話を書かせていただきたいと思います。

そして、 「13」 
「13」 という数は、西洋では、縁起の悪い数字とされているそうなのですが、本当は、「全てを支配する力」
をもつ数字。
全ての中心的存在になるという意味があります。
数の力で、世界をコントロールできると思われるほどの、威力があると言われます。
「仏教」 でも、 「13」 は最高の数とされ、その数の意味とおり、大山積神の、仏としての姿は、
「大通智勝仏」 三千塵点劫さんぜんじんでんごうのはるか昔に出家して、8,000劫の間、法華経を説きた仏であり、 御釈迦さまの父でもあります。
さらには、 あとでお話する、じゅうろく皇子の父であり、この十六皇子のお弟子たちが、出家して、十方世界に国土を定めて、それぞれの眷族となる者を守護していくこととなったと言われます。

そして、偶然か、必然か。。。 大山祇神社の置かれている場所は、東経133度線に位置し、それを南へ南下すれば、古代の祭祀場、ストーンサークルがあった 「足摺岬」 へ続きます。
ここにも、また 「1」 と 「3」 の数字。

「1」 と 「3」 そして 「13」 の意味を持つ、神様でもあるのです。

そして、この神を、 「日本の総氏神」 としました。
日本国土に住む、全ての人間の、氏神とされた神が、「大山積神」 なのです。

瀬織津姫の名を、この世から消してしまう準備を、大山祇神社が完成する 16年さらに、完成してから、
正遷座行われるまでの 3年、 合計19年の間に、着々と進められていったのです。

少し、話がそれますが、完成したのは、16年後の、716年なのに、どうして3年間も、正遷座が行われなかったのでしょう・・・・。
これも、私の現在の考えですが、 正遷座の719年には、大山積神を祀る 本宮以外にも、4つの神社が完成しています。
この神社については、後日、またお話させて頂きますが、 私は、本来716年に正遷座を行う予定であったはずですが、 その時、どうしても、本宮だけではいけない何かが起こったのだと思われます。

それが、瀬織津姫の祟りだったのか、姫の名前はけしさっっても、その力だけは、消すことができないどころか、その力だけを、利用しようとしたのか、それは、まだわかりませんが、瀬織津姫を、完全に末梢することはできなかったため、本宮以外の、社を建立したのだと思います。

そして、全てが完成した、 719年4月22日。 正遷座は行われたのだと。

現在もそうですが、 瀬織津姫の名前、その意味は変えられてしまっても、全てを消すことは不可能だったのです。 それだけ、 その力は、偉大で、 この国にとって必要なものだったのだと思います。

さて、 今日の 本題。 十六皇子の瀬織津姫です。

先ほどでてきました、 大山積神の本地仏、 大通智勝仏には、十六皇子がいました。
仏の世界では、 大通智勝仏の子供となっていますが、 本当は、十六皇子は、大通智勝仏(大山積神)の分身なのです。

「三位一体」 の考えと同じように、 これから全ての源は、 大山積神であり、十六皇子とは、大山積神の全ての力を、十六に分けた、分御魂だったのです。

それまで、天武天皇家が天皇となっていましたが、770年、天智天皇の血を受け継ぐ、光仁天皇が天皇となりました。
その時代、779年に、初めて、この十六皇子の神がつくられ、その御神体を、大三島を含む 7つの島に祀ったのです。

その十六皇子が、これらです。
1 大気神社・・・保食神──東、阿閦                
2 血島神社・・・磐裂神─────東、須弥頂     
3 倉柱神社・・・倉稲魂神────東南、師子音 
4 轟(動)神社・・啼沢女神(天鈿女命──東南、師子相  
5 阿奈場神社・・磐長姫命────南、虚空住 
6 比目木邑神社…木花開耶姫命──南、常 
7 宇津神社・・・・枉津日神────西南、帝相
8 見前神社・・・・猿田彦神────西南、梵相
9 小山神社・・・・闇靇神─────西、阿弥陀
10 早瀬神社・・・瀬織津姫神───西、度一切世間苦悩
11 速津佐神社・・・速佐須良姫命──西北、多摩羅跋相檀香神通
12 日知神社・・・・・大晝目命──西北、須弥相
13 御子宮神社・・・大直日神──北、雲自在
14 火■神社・・・・・火須勢理神(火闌降命)──北、雲自在王
15 若稚神社・・・・火々出見命───東北、壌一切世間怖畏
16 宮市神社・・・・市杵島姫命───東北、釈迦

*17 諸山積神社・・・・諸山積命 (一の王子)

瀬織津姫の名は、この10番目、早瀬神社に祀られています。
当初は、 それぞれが司る方位に、祀ってあるものだと思っていました。

しかし、司る方角と、祀られている場所は全く違うものでした。
今まで、なかなか見つからなかった、本来祀られていた場所が、やっと、三島に伝わる古文書に見つけることができました。

そして、今回、この古文書を見つける前に、偶然、その場所へとたどりつくことができました。

それが、大三島の 「肥海」 です。
肥海は、 大三島の北に位置し、大山祇神社の真北に位置し、近くには 「鏡山」 「二反山」など、4つの山に囲まれています。
  
正確な場所は、まだわかりませんが、今回参拝した神社に繋がる神社だと思います。

十六皇子としての、瀬織津姫は、龍を切り刻んだの後、尾が飛んでいったと伝わる、北へと祀られていたのです。
そして、その後、1302年、現在の場所、 大山祇神社の境内の中へ、十七神社として祀られたのです。

十六皇子なのに、どうして、十七神社が? と思われた方もいることと思います。
それは、 もう一度、 上をご覧ください。

17番目、 正確には、 この十七番目が、1番目となり、十七神社となったのです。
十六皇子は、愛媛県の中の他の三島神社にも、祀られているのですが、十七とするのは、ここ本宮だけです。
そして、この十七神社の祭神は、 「諸山積命」となっていますが、 この諸山積命こそが、瀬織津姫の名前を裏に秘めたまま、 伊豆へと渡って行った姿なのです。
以前もお話しましたが、 大三島の瀬織津姫(まだ変えられる前)は、瀬織津姫の名前のまま、その御神体を、三宅島へ勧請されます。

そして、それが、伊豆へと渡り、下田・白浜海岸(現:伊古奈比咩命神社)へと渡ります。
ここまでは、瀬織津姫として、祀られていた可能性が高いです。
そして、次の神社、大仁町(現:広瀬神社)もまた、最初は瀬織津姫が祀られていたはずなのですが、ここで、
諸山積命としての、大山積神を祀ることになり、瀬織津姫の名前は消されてしまいます。
そして、現在の三嶋大社の土地を渡すように言われ、伊豆の瀬織津姫もまた、大山積神へと変えられてしまったのでだと思います。

そして、この時、瀬織津姫の御神体はというと、さらに東、そうあの早池峰へと運ばれていったのだと。。。。

今お話したことは、私の見解で、全てがその通りだとは言えません。 これから先、また、変わるかもしれません。 でも、 現時点では、これが、大まかな、姫の足跡だと思っています。

十六皇子(十七皇子)の話に戻りますが、この七つの島に十六皇子と諸山積神を祀った時、大三島の現在の宗方沖に、三つの小島が誕生しました。
その島は、大山積皇太神の御神徳により、現れたと今も伝わり、その島の名前が、
「蓬莱(ほうらい)」・「方丈(ほうじょう)」・「瀛州(えいしゅう)」

始皇帝が探し求めていた、 不老不死の島の名前が この三つの島の名前となったのです。

この島については、今回行ってまいりましたので、また後日、お話させて頂きます。

十六皇子が祀られていた大まかな場所が、今回全てわかりましたので、いつか全てまわってみたいと思っています。 その名前、その場所を見れば、 その姿が、分御魂、瀬織津姫の分身だということが、きっとわかると思います。

「十六皇子 瀬織津姫が祀られていた、「肥海」 に鎮座する 

 「肥海八幡神社 」
*今治市大三島町肥海2457番地
*祭神
 誉田別命(ほむだわけのみこと)
*境内社
五穀社  山祇神社  出雲神社  荒神社 奥津社 多和神社 厳島神社 若宮神社

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境内社(厳島神社)
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境内社 (相殿神社)
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更に階段を上ります。
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鳥居をくぐると、拝殿が見えてきました。
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その前に、ここにも境内社 (荒神社)
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向かいに、(若宮神社)
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そして、拝殿
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本殿です。 本殿の入口にも狛犬が。。。
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本殿の横には、(奥社)
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(出雲社)も。。。。
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そして、神社の裏にそびえる、「二反山」 この山がとても気になるのです。
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そして、この山も。。。。
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次回は、三度目の大山祇神社です。 今回は、今までお話していない神社の歴史をお話したいと思います。
大山祇神社本宮ができた時に、同時に建立された 社です。。。。。

今日の動画は、愛姫伝 第三章 「瀬織津姫物語」 です。
まだ、瀬織津姫の名前を初めて聞いたかたにぜひ、ご覧いただきたい動画です。
瀬織津姫のことを、ぜひ、知ってきださい。 

決して、他で言われているように、怖い女神さまではありません。
とても優しく、 そして、強く、 全ての母のような存在だと私は思います。

今日は、新月です。
新月のことを、、朔(さく)とも言います。
新月は、始まりを意味します。

瀬織津姫は、月の女神でもあります。 再生、復活の女神さまです。
月が無ければ、 今の地球は存在しません。
現在のような、沢山の生物、青い海、四季折々に変化する自然。
この世界が誕生できたのは、月が存在するから。。。。。

月がなければ、地球の自転は早くなり、この地球は嵐の世界になります。

新月に、感謝の祈りをして、新たなスタートです。。。。。。。




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by ldc_nikki | 2011-10-27 23:35 | 愛媛県今治市(旧大三島町)

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