天の香具山 1 「大和三山のもう一つのお話」
2012年 03月 14日
今日から二回に分けて 「天の香具山」 のお話をしたいと思います。
まずは天の香具山、三山の中の二つの山 「畝傍山」と「耳成山」のもう一つのお話を書いておこうと思います。
「伊与の郡。郡家より東北のかたに天山あり。天山と名づくる由は、倭に天の加具山あり。天より天降りし時に、二つに分れて、片端は倭の国に天降り、片端はこの土に天降りき。よりて天山といふ、本なり・・・」
これは八世紀前半に編集された『伊予国風土記』逸文の中に書かれたものです。
伊予の国、現在の松山市にある 「天山」は、
天から降ってきた山が二つに割れ、一つは奈良(大和)へと降り、もう一つはこの伊予の国へと降ったいう伝説が残っています。
そして、天の香具山を頂点としてまるで三角形をかたどるかのようにある
大和三山もまた、奈良と伊予の二つにあると言われます。
その形は空から見るとそっくりで、綺麗な三角形の形になります。
現在の伊予の国での三山は、星岡山、土亀山、天山といわれますが、
私はもしかしたら、もう一つの 「東山」が三山の一つではないかと思います。
大和三山にまつわる歌があります。
万葉集第1巻 13番
中大兄皇子
香具山は 畝火(うねび)雄々(をを)しと
耳成(みみなし)と 相(あひ)争ひき 神代より かくにあるらし
古(いにしえ)も しかにあれこそ うつせみも 妻を争ふらしき
これは一般的には、
「女である香久山が新たに現われた畝傍(火)山(男)に心移りして、古い恋仲の耳梨山(男)と言い争いをした」
と解釈されていますが、今もまだ本当の意味は誰もわかっていません。
中大兄皇子は天智天皇。
この万葉集については、次回もう一度触れたいと思いますが、私はこのうたもこの時代のことをあらわしているうただと解釈しています。
このうたの中にも出てくる
畝傍山と耳梨山にはもう一つのお話があります。
これは能の中のお話として受け継がれているものですが、
皆さんは、このお話を見てどう思うでしょうか。
能『三山』(みつやま)
良忍上人が、三山の一つ大和の耳成山にやって来きました。
上人が山々を眺めていると女の人が現れ、万葉集の歌にある耳成山、香久山、畝傍(火)山の謂れを語りはじめました。
香具山は男の山、耳成と畝傍は女の山で、一男二女の山だと言い伝えられています。
その昔、膳の公成という男が、「耳成山」の 「桂子」 と 「畝傍(火)山」 の 「桜子」 の二人の女のもとに通っていた。
しかし、そのうち公成は若い桜子のもとに通うようになり、耳成山の桂子のもとに通わなくなってしまいました。
桜子を羨み、失望した桂子は、嫉妬のあまり池に身を投げてしまいました。
そしてまさにこの私が桂子の霊なのだと言って、里女は消えてしまいました。
上人が桂子の霊を弔っていると、桜子の幽霊が現れ、桂子の恨みを晴らしてくれるよう頼みます。
するとまもなく桂子の幽霊も現れました。
二人の女は互いに争うが、やがて恨みも晴れて、夜明けとともに二人は消えていったのでした。
この二つの山の名前は
「桂子」 と 「桜子」
どこかで聞いた名前ですね。。。。。
この大和三山は、やはり妻を取り合ったお話ではなく、
天智天皇がその渦中にいた時、古より続いてきた争いがいよいよ週末にさしかかっていることを察し、
伊予の国で繰り広げられた争いを歌にしたのではないでしょうか。。。。
畝火山に鎮座される 「畝火山口神社(うねびやまぐちじんじゃ」の祭神は、
本来は 「大山祇命」 だったといいます。
そして、耳成山に鎮座される 「耳無山 山口神社」もまた
祭神は、「大山祇命」。
そしてどちらの山も 「天神山」ともよばれ、大同元年(806)神封一戸を寄せるという記述があります。
二つに割れた 「天の香具山」
そしてその 「天」は伊予の「天山」 であり、その傍らとして地上に降り地を治めた山が 「香久山」
その 「天山」 藤原宮ができる以前に政庁が置かれたこの場所なのではないでしょうか。。。。
今日は姫をイメージして相棒がつくったこの姫をここにのせたいと思います。

そしてこの言葉を。。。。
あせらず おこらず あきらめず
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