水を止めた弘法大師 「二つ石」 (満月と桜)

こんばんは。

昨年は桜を見る機会がほとんどなかったのですが、今年は毎日のように桜を見に行っています。
こんな時間を与えて頂けて、感謝の毎日です。

今日のブログの最後も、とっても綺麗な桜をご紹介します。

では、今日のお話です。

今日は、東温市(旧重信町)のお話です。

弘法大師の湧水や、泉はこれまで何度も紹介してきましたが、
今回ご紹介するところは、今までと全く逆。

弘法大師が、水を止めてしまったという伝説です。

まずは、そのお話から。。。。。


平安時代初期、弘法大師が四国を回って仏の教えを説いていた時のことです。

ある日のこと、弘法大師はこの土地にも来られ、村の豪族だった
横張九右衛門(よこばりきゅうえもん)の家で托鉢(たくはつ)をしていました。

九右衛門が玄関に出てみると、うすぎたない身なりの僧がわんを差し出して、

「何でもけっこうです。どうかお恵みくだされ。」と言いました。

九右衛門は生まれつきたいそうな欲張り。

「お前のようなこじき坊主には、恵んでやるものはなあにもない。さっさと立ち去れ。」

と言って門の戸をピシャリとしめておくへ入ってしまいました。
すると弘法大師はそのままだまってどこかへ行ってしまいました。

次の日の朝のこと。
部落の組頭がふうふう言いながら、九右衛門の家へ駆けこんできました。

「横張様、横張様。た、たいへんでございます。村の泉の水が一滴もなくなって、泉の底がまる見えになっております。」
 これを聞いた九右衛門は、そんな馬鹿なことがあるもんかと、組頭を連れてさっそく泉へかけつけまいした。

すると、昨日(きのう)まであれほどたくさんわいて、青い水がいっぱいあった泉が、組頭のいうとおり泉の底まですっからかんになっていました。

「ううん。こりゃまたどうしたことじゃ。まったく不思議なことじゃ。」
と、九右衛門も首をかしげるばかり。

そのとき、泉の周(まわ)りを回っていた組頭が、見られない二つの大きな石を見つけて、

「横張様。ちょっと来てこれを見てください。
こんな石は今まで見たこともなかったんでございますが・・・・・。」

「どれどれ。おう、こりゃまたおかしな石じゃ。この石が水の出口をふさいどるんかも知れんぞ。
今すぐ、村の若い者に言いつけて取りのけさせてみい。」

 そこで、さっそく村の若い衆が呼び出され、石の根もとを掘り続けたのですが、なんぼ掘っても掘っても石は地中深く続いとって、取り出すことはできませんでした。

 さすがの九右衛門も村の人々も、これは不思議なことじゃ。きっと何かのたたりにちがいないと、おそれおののいたといいます。

 それからというものは、毎年のように日照りが続き、泉の水が田に引けず米がとれませんでした。
そして九右衛門の子どもたちは、悪い病気や災難などで、次から次へと死んでしもうて一人もおらんようになってしまいました。
さすがの九右衛門も弱り果て、見るもあわれな姿になってしもうた。
 
 このありさまを見た村の人々は、
「あれは横張でなく、欲張(よくば)りじゃ。泉がかれたのも、子どもが死んだのもそのむくいじゃ。」
と、うわさしあったそうな。
 そして、これは弘法大師のたたりにちがいないと、二つの石の近くに大師堂を建て、手厚くお祭りをすることにしたということです。そしてそのお祭りは今も毎年続いているといいます。

(重信町教育委員会発行:重信の昔話)

弘法大師が水に困っている人々のために井戸を掘ったり、杖で水を出したりするところはたくさんありますが、ここのように水を止めてしまう場所はそう多くはありません。

ここは、あのニギハヤヒの子供、宇麻志麻治命の降誕の浄地「浮嶋神社」の近くで、
そう遠くない場所に、多くの古代から神社があります。

どうして数キロ離れた場所では、水を出し、ここでは水を止めたのか、
その意味がとても気になります。

ここには水を出してはいけない何かがあったのかもしれません。

今後、日本全国の弘法大師が水を止めた場所を調べていくと、
それがどんな場所なのかがわかってくるのではないかと思っています。

先日岡山に行ってきましたが、
そこにも弘法大師はきていました。
そこは、古代の歴史上はずせない重要な地です。

しかもそこにある弘法大師の跡は、まるで後世の人々に姫の存在を知らせるかのようでした。

弘法大師の伝説が残る場所は、多くの人々の命が戦いによって失われた場所。

そんな気がします。。。。。。

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日本最古の心中事件。
許されない恋の末、皇子と皇女は二人で黄泉の国へと旅たちました。

松山市姫原。 この場所はもう一つの伝説の場所を訪れてから詳しくお話しようと思っているのですが、
桜があまりに綺麗だったので、一足早く、二人の眠る場所に植えられた1本の桜の木を
ご紹介させていただきたいと思います。

皇子と姫の桜。
「比翼塚」

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そして、昨日の満月。
松山からの帰り道。北条でとった満月です。

月の光がまるで太陽のように光輝いていました。

まるでかぐや姫が月へと帰るあの日のように。。。。。。

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by ldc_nikki | 2012-04-08 01:38 | 愛媛県東温市重信町

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